彼岸花の咲く頃に

令和屋遊女

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序章

あなたは知らない2

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 飛び出して行った行次の後ろ姿に思いを馳せながら、私は開いたままの扉の向こうに咲いている彼岸花をただただ見つめていた。

 お腹の赤ん坊は行次の子供に間違いはない。傷跡だらけの女に入れ上げて毎日のようにやってくる奇特な男など彼ぐらいのものだ。

「じいちゃんの生まれ変わりかねぇ」

お腹をさすりながらふと、突飛な事を思いついた。冷たい秋風が頬を撫でていくのを感じながら穴だらけの障子戸を閉める。

 彼岸の季節。あの世から仏さん達が帰ってくる季節。家族の中で唯一私を溺愛してくれた祖父が戻って来て腹に宿ったのではないかと何となく思ったのだ。

 そして、この吉原で子を産むことなど到底出来やしない。かと言ってしがない車夫の行次に身受けできるほどの金が用意出来るとも思えない。
 ただ、彼は奇特な上に突拍子もない事をしでかす男なのだ。何より私を何故か溺愛している。

「ちいとばかし期待してもいいかねぇ、ねぇ陳さん」

 昔の馴染み客、というより私が狂ったように好いた男の名を蜘蛛の巣が張った天井に向けて呟いた。

 名を呼ぶだけで身体が熱くなるような気がして、同時に生暖かいものが頬を伝う。

 猛烈に愛してくれる行次の子を腹に宿しながら、違う男を思い涙する女。

 薄情な女だと自らを嘲笑した。

今ごろ行次は喜び勇んで金作に奔走している事だろう。

 行次は何も知らない。

知らなくて良い。

これは私が墓場まで持っていかなければならない物語である。
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