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たぶらかしてから
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「はんっ、んっんふぅ・・・ふ、」
「はっ、千尋」
ニシキさんの手が私の胸を優しく揉みしだく。気持ちいい。呼吸をする隙間を開けながらも、幾度となく口づけは繰り返された。ああ、ニシキさんのキスには中毒性があると思う。
いつもなら前戯の時は散々焦らされるけれど今日は違った。
いつの間にか尖ってしまった乳首をそっと摘ままれて、捏ねられる。その動きはあくまでゆっくりと優しいもので、頭が真っ白になるような快楽ではなくて、眠気の延長のような揺蕩うような快楽へと誘われる。
ほんのわずかに唇が離れて、熱を持ってしまった息を吐き出す。爛れてしまいそうな甘ったるい視線が私を見つめる。ああだめ。幸せになってしまうなんて不謹慎だ。
彼の後頭部に手を回して、抱き着くようにして私から唇を重ねた。胸にあった手が背中に回って、きゅっと抱きしめられ、舌が絡められる。さっきより強く、それでもいつもよりずっと優しく、巻き付いた舌がずりゅっと扱かれて背筋がぞくぞくと粟立つ。跨いだ蛇腹に無意識にソコを押し付けてしまって、はっと我に返り、ぎくっと腰の動きを止める。ニシキさんの手が腰骨を優しくなでた。
「んっ、はあっはあっ、ぁッ」
息継ぎにとほんのわずかに開いた唇の隙間で見つめあう。優しく頭を撫でられて、どうしてか、泣きたくなった。ニシキさんは何も言わないのに、全部許されているみたいな気になってしまう。自制が利かなくなっていく。恥ずかしいのに、ニシキさんに全部見てほしくなってしまう。
私が十分に息を吸ったと判断したのか、また唇が重なる。舌を絡めとられ、腰を撫でられる。尾てい骨まで下りてはくびれまで戻って、また撫でおろす。もう少し下まで撫でられたら、お尻まで濡れてしまっているのが、お湯の中でもばれてしまうに違いなかった。
ヌルヌルのソコをニシキさんの蛇腹に押し付けてしまう。じわっと快感が広がっていく。だめ、止められない。小さく腰を前後に動かす。変わらず、ニシキさんは優しく口づけ、舌を絡めていて、ますます腰が動くのを止めることができなかった。
くちゅっと音を立てて舌が離れた。それと同時に尾てい骨まで下りてきていたニシキさんの指先がさらに降りてきた。あくまでゆっくり、探るように、優しく。
震える熱い呼吸を吐きながらも抵抗はできない。したくない。
「はっ、はあっんっ、はっ、ニシキさん」
「ん。千尋、辛くない?触っても平気?」
両方の目じりにキスをされて、鼻の頭にキスをされ、それから問われた内容に、まさか否やはなかった。ほんのわずかに頷く。
ぬるぬるとお尻の穴を撫でられる。指はさらに滑って進み、ニシキさんの蛇の腹と陰唇の間になめらかに入り込んで、割れ目をなぞった。
「ぁ、あ、ふぁあ、あ」
指はあくまでそっと表面をなぞる。もっと撫でてほしくて、お尻を突き出すような姿勢になってしまう。抱き着いていた腕がずり落ちて、首筋にすがり付くようにして上半身を預ける。
何度も何度も、尾てい骨から膣口までの間をゆっくりと撫でられ、その度にお尻が揺れてしまう。すぐに首にすがった腕にも力が入らなくなって、肩を抱くニシキさんの手に支えられていた。
だらしない呼吸を繰り返しつつも、あからさまに喘ぐほど強い刺激ではない。ふわふわと快楽の中を揺蕩うみたいな、むしろこちらの方が何も考えられなくなってしまいそうな、抵抗しようという気にまるでなれない快感だった。
「んっ!」
包皮の上から陰核に触れられて、ぴくっと肩が跳ねた。包皮を剥かれて触れられるような強烈な刺激ではない。くるくると表面をかすめるようにして撫でて、また尾てい骨へと戻っていく。恥ずかしい。恥ずかしい。でも、ドキドキする。この鼓動がニシキさんに伝わればいいと思った。
腰骨を撫でた手が、また濡れそぼった溝をなぞっていく。陰核の上をくるくると撫でられると、ぴくっぴくっと腰が跳ねてしまう。
何度もそれを繰り返されて、もう堪らなくて、ちょうどニシキさんの指先が膣口の上に差し掛かったところで少し腰を突き出した。溶け切ったそこは、角度を少し与えただけで簡単にニシキさんの指先をわずかに咥え込む。
はっと小さくニシキさんが息を詰める。のっそりと凭れ掛かっていた上半身をもたげ、ニシキさんを見下ろす。溶けた視線に子宮がきゅんと疼く。半開きの唇にキスをして、私から舌を忍ばせた。
「んふっ、ふっんっんっ」
私が舌を絡めだすと、ニシキさんの指がゆっくりと中へと入っていく。じれったいほどゆっくりと。
私の舌では短すぎて、ニシキさんの舌を絡めとるなんて芸当はできないので、できる限りゆっくりと舌をなぞった。
たった一本の指が執拗に私の中をなぞっていく。入口を広げられる感触がたまらないのだ。優しく性感帯を撫でられる。絶妙な力加減で、ツボ押しマッサージでもするようにゆっくりと的確に押し込む。
「あっあっあっ」
「まだイキたくない?」
キスをしていられなくて、思わず唇を離してしまった私の頭を撫でながら、ニシキさんが優しく聞いてくる。首を横に振る。このまま、このまま果てたい。ニシキさんに、ダメにされちゃいたい。
「んっ、あっ、イかせてぇっ」
ねだると、却ってニシキさんのほうが切羽詰まったような表情をして、けれどすぐに唇を奪われ、深く舌を絡められた。
指が二本に増やされて、何度も抜き差しされるともうどうしようもなかった。入口を何度も固い関節が擦っていって、性感帯を優しく指先に押されるのだ。指が突き込まれるとお湯も少し入ってきてなんだか妙な感じだった。
ひくひくと膣が痙攣しだして、体がどんどん快楽に流されていく。快感自体は強くなっているはずなのに、揺蕩うような感覚はなくなっていない。
そうして私は、舌を絡めたまま、静かに達した。
びくっびくっと膣が痙攣を起こしている。ニシキさんは指先で性感帯を押したまま指の動きを止めて、そっと唇を離した。短距離を走り終えた後みたいな呼吸を繰り返す私を、切ない表情で見下ろしている。
痙攣が収まると、ニシキさんの指がそっと抜かれて、同時に触れるだけのキスをされた。
「お風呂、あがろうか。のぼせちゃう」
「ん」
頷いて返すと、抱きかかえられてざばっとお湯から上げられた。ぬるま湯に浸っていたから体がぽかぽかと温かくて、ニシキさんの腕の中はすごく安心できて、そのまま彼の首に抱き着いて甘えることにした。
「葵」
珍しいことに脱衣所でニシキさんが葵さんのことを呼んだ。基本的にお風呂上がりの私の世話はニシキさんがしたがるのだ。いや、そもそも、自分でできるのだけれど。
葵さんを呼んだ割に、ニシキさんは私を蛇の体に座らせて、せっせと体をふいたり浴衣を着せたりとしてくれている。どういうことなのだろう。とは考えつつも、殊更考えを巡らせられるほど私の脳は働いていなかった。
「お館様、葵でございます」
脱衣所の向こうで、葵さんの声がした。ニシキさんが彼女を呼んでから声がかかるまでの間は、この屋敷の広さから考えたらめちゃくちゃな速さと言える。だけどニシキさんの手際の良さは更に上を行っていた。葵さんが来る頃には、私は糊のきいた浴衣に着替えさせられて、同じく浴衣を着たニシキさんの腕に抱かれていた。なんとなくまだ夢うつつな気分で、抱っこされたのでそのまま胸に頭を預けて大人しくしている。
「入れ。片づけを頼む」
「はい。かしこまりました」
片づけるって程散らかってるかなあ?とぼんやり考える。ちらりと葵さんの方に目をやると、なんかいつも以上に肌艶がいい気がした。というかなんだか彼女の視線がすごく煌めいて、ニシキさんの背後に向かっている。なにかあるの?と思ってのぞき込んでみたけれど、ニシキさんの真っ白な体が幾重にもうねって見えるばかりだった。ニシキさんを見上げるとにっこりと笑って返される。
「寝室は?」
「はい。すでに整えてございます」
いまいち二人のやり取りに頭の回転がついていかない。納得した様子で頷いたニシキさんに頭を撫でられるとどうでもよくなってくる。
「ほかの連中にも分けてやるのだぞ」
ニシキさんはそんな謎の言葉を残すと、脱衣所を後にした。
寝室につくと、いつも通り布団はきれいに整えられていて朝のあの違和感なんてまるで感じなかった。やっぱりニシキさんがいなくて不安になったのか。そりゃ、これだけ四六時中いたらいきなりいなくなったら不安にもなるよ。仕方ないよ。別に依存症じゃない。断じて違う。
寝室のふすまを閉じてしまうと、ニシキさんは私を布団におろし、珍しいことにヒト型になって私を抱いて敷布団を被った。
抱き合って横になって布団をかぶる、というのはこうして考えてみても初めてのことではないだろうか。なんだか変な感じで、でもとてもうれしい。
薄い浴衣ごしにニシキさんの体を感じる。ニシキさんに足があるのがなんだか新鮮で、ついつい自分のつま先でなぞってその存在を確かめる。足もすべすべ。気持ちいい。
ごくっと彼ののどぼとけが上下する。心臓の音が聞きたくて、浴衣の袷をちょっとばかり緩めて肌をさらけ出して、そこに耳を押し当てる。彼の胸から短く息が吐き出される音がした。
ゆっくりと打つ鼓動。でも、いつもより少し早い。生きている音だ。
「ニシキさんの音・・・・」
そっと目を閉じた。きゅっとニシキさんの背中に手を回して抱き着いて。
「好き・・・・大好き」
そっと背筋をなぞる。その形を確かめたくて。そこにいることを、幻なんかじゃないことを確かめたくて。はだけた胸に、心臓の上にそっとキスをした。
ウエストの締め付けが緩む。瞬く間にニシキさんの背中に回していた手を頭上にひとまとめにされ、締め切られて薄暗い部屋の中でもわかるくらい顔を赤く染めたニシキさんに組み敷かれた。
染まった目もとと、切なげな表情と、滝のように流れ落ちてくる白い髪と、はだけた着物が、もういっそ絵画か何かなんじゃないかというような、完璧なバランスでそこにあった。見惚れてしまうのも仕方のないことだ。
「千尋お願い煽らないで。虐めたくなる」
真剣な目でふざけたことを言われたが、何を返すまでもなく深く口づけられた。
もともと、抵抗をする気なんてこれっぽっちもなくて、頭上に抑え込まれた私の手にはまるで力が入っていない。
さっきとは逆で、私の腰のあたりを跨いで起座をつく彼は、器用に片手で私の帯を抜き取って、さっき着せてくれたばかりの浴衣をさっさと剥いでしまった。彼は着せるより脱がせる方が手際がいいかもしれない。
絡めあっていた舌が解かれる。同時に頭上の手も。はっと熱い呼気が唇をくすぐった。そっと頬を撫でられ、少し心配そうな目が私をのぞき込む。
「千尋・・・もう怖くない?」
「わかんない。ニシキさんが生きてるのと、私が生きてるのを確かめてたいの」
私の答えにゆったりと笑った彼は、「いくらでも確かめて?」と言って額にキスをしてくれた。
自由になった手をニシキさんの背中に回して帯を解き、彼の浴衣を剥いでしまう。素肌に触れていたかったのだ。
「ぎゅってして。心臓の音、聞いてたい」
「ふふふっ、はい。どうぞ」
どうぞ、といった彼は私を抱き込んで、ごろんと反転した。ニシキさんが仰向けに寝転がって、私がその上に上半身を乗り上げている感じだ。私は完全に布団の中に埋まってしまっていて、でもぬくぬくしていて気持ちがいい。裸で布団にもぐるのって気持ちがいいものだ。
ニシキさんの胸に抱き着きながらその真ん中に耳を寄せる。ゆっくりした鼓動を聞くために。私の上半身にぐるっと腕を巻き付けて、ぎゅうっと抱きしめてくれる。
だめだ。やっぱり幸せだ。私今、とても、幸せだ。
「ニシキさん、あの鳥の妖怪、死んでしまったのに・・・なのに私幸せなの。ニシキさんとこうしていられることがね、すごく、幸せなの」
きっとこれは罪だ。あの鳥の妖怪にも、恋人がいたかもしれない。もしかしたら子供がいたかもしれない。それでも、それでも私は、彼を犠牲にしても、ニシキさんの隣にこうしていたいと願ってしまうのだ。
ぎゅっと私を抱く腕に力がこもる。
「私、残酷だっ」
止まったはずの涙がまた溢れていく。ニシキさんの胸を濡らしていく。
きっとこの、どうしようもなく複雑な感情はしばらく私を苛むのだろう。そしてどこかできっと折り合いをつけるのだろう。そして馴れていくのだ。
でも今はまだ、私はまだ、誰かを殺して手に入れる幸せを素直に喜べないのだ。たとえそれが、ニシキさんがくれたものでも。
ニシキさんは何も言わないで、私を抱き上げると、深く深く口づけた。
なんで泣いているのかよく分からなくなるくらい、深く長く口づけられて、唇がぽてっと腫れてしまう。ようやっと解放されると、囁くような声で問われた。
「千尋。あの鳥の命を奪った私を、怖いと思う?」
考えるまでもなく、私は首を横に振った。自分でもびっくりするくらい、私はニシキさんに恐怖を抱いていなかった。血みどろだろうが何だろうが、抱きしめられる自信がある。
ほっとしたように笑った彼は、手の甲で私の頬をくすぐって言葉をつづけた。
「千尋、私のために残酷になって。私と同じところまで堕ちておいで。私は」
あなたを守るためなら、なんだってしてしまうから。
また、体が反転した。組み敷かれて、そのまま口づけられる。優しく優しく、体を冷たい手が這う。さっき上り詰めた体は簡単に火がついてしまう。首筋を舐めおろされ、鎖骨を甘噛みされた。熱いため息をつく。投げ出していた手を持ち上げてニシキさんのうなじを撫でた。
ニシキさんの手が両方とも乳房を掴み、優しく捏ねる。乳首がぷくっと主張し始めると、鎖骨を舐めまわしていた舌が下がっていって、まるで焦らすこともなく、絡みついた。
「あっあっんっ」
優しく優しく。いっそ儚いほどの触れ合いにまた私の意識が揺蕩いだす。
舌が絡むのとは反対の乳首は、親指に押し倒されて、そのまま先端を撫でまわされる。腰がびくっと跳ねてしまう。それ気持ちいい。じんじんする。
脚の間にニシキさんの膝が割って入って、ゆっくりと付け根に向かって進んでくる。心拍数が上がる。たどり着いた膝に陰核を柔らかく押しつぶされた。あくまでゆっくりとした、そして来るであろうことを予測させる動きのせいで衝撃的な快感に襲われることはないものの、してほしいと思っていたことがすべて叶えられてしまっているような感覚に、思考が高揚する。ニシキさんの絹のような手触りの髪に指を突っ込んで、かき混ぜるようにして抱き寄せた。
「ふあっあっ」
くに、くにっと陰核が包皮の上から押しつぶされる。ニシキさんの膝がもう濡れてしまっている。恥ずかしくて、でも止めたくなくて、わずかに腰を押し付けるように動かしてしまう。
ちゅぱっと音を立てて乳首が解放される。するすると綿で包まれたの二人きりの世界を、ニシキさんが下降していく。両足を持ち上げられても、これから襲うであろう快感を期待するばかりだ。
持ち上げられた太ももの内側を、唇がなぞる。付け根に向かってするすると下りていく。私の脚の間に裸のニシキさんがいることに緊張して、期待してしまう。
熱い呼吸を繰り返す。ニシキさんの視線が私を見上げて、私が手を伸ばすとひざ裏を腕に引っ掛けるようにして脚を持ち上げたまま手を握られた。
安心してちょっとだけ笑う。脚の間から顔をのぞかせたニシキさんが、おへその下、子宮の上あたりに厳かに唇を落として、それからするすると唇が滑って、陰核をペロッと軽く舐めて、そのまま中へと、舌を挿し入れられた。
「あっ!はぁ、んっ」
思わずつないだ手をきゅっと握ると、握り返してくれる。
長い舌が膣内の壁を舐め擦りながら、ゆっくりと奥へ進んでくる。鼻の頭が包皮越しに陰核を押しつぶす。がくっと膝が揺れ、腰が跳ねた。
「ああっ!んあっあっあっ、深っ、んっ」
「んっおいしい。浅い方がいい?」
深い方が気持ちがいいことを散々覚え込まされてしまっている体は、深くまで触れられることに何の抵抗もない。ただ、ちょっと、恥ずかしいだけなのだ。
何も答えない代わりにぎゅっと手を握ったら、小さく笑われてしまって、けれど舌はそのまま奥へと進んできた。
ちょん、と様子でも窺うように子宮口を舌先でつつかれて体をびくつかせ、かくんと頤が持ち上がる。どれだけ長いの、その舌は。
「あっんはっふぁ、あ」
べろり、子宮を舐められる。なめらかで平たい感触に子宮を舐めあげられて、悶えむせび泣いた。
「あっあっああっあ、あうっあっうああっ」
つま先がきゅっと丸まっていく。おなかの底が熱い。漏らしてしまいそうで、でも違う感覚なことは知っている。抵抗ができない。
くるくると子宮口を舐めていた舌の先端が子宮内に入り込む。いつも押し入ってくるものとは違ってうすべったいそれは、しかし動きの自由度は格段にうえだった。子宮口に挿し込んで撫で摩るように舐める。
「あっ!あっ!おなかっ熱っひゃぅっ!あっあっでちゃっでちゃうぅっ」
「ん。ちょうだい」
ぐりぐりとニシキさんの鼻が陰核を押しつぶした。あっさりとトドメを刺された私は、サラサラとした体液を零しながら絶頂にうちふるえた。
「あーーーーーーっっ!!」
体が震える。私が弛緩するのを待ってニシキさんの舌が引き抜かれた。慰めるように陰唇を舐めとると、手が離れ、脚が解放され、ずり上がってきて、抱きしめられた。
きっといつもだったらあのまま数回絶頂に叩きあげられていたのだろうが、今日のニシキさんはとことん私のペースに合わせてくれるつもりらしい。
深い絶頂に指先を動かすのすら億劫な私を抱きしめて、ごろんと横になる。向かい合わせで抱きしめられて腕枕をされながら頭を撫でられる。太ももにニシキさんの熱くて硬いものが擦れ、子宮が疼いた。
「あっ」
「っ、急所がこうもわかり易く外に出てるのって、ほんとに落ち着かない」
「ん。これ?」
照れ隠しなのか、そんなことを言って少し腰を離そうとしたニシキさんの陰茎をつつ、と人差し指でなぞった。冷たい肌と違ってそこだけは熱を持っている。
人の姿になると、こっちも人のになるらしい。いつものトゲトゲもないし、先端も丸っこくて太い。大きいのは、デフォルトらしいが。。。
「んっ、はっ、千尋のえっち」
悪態をつくくせに、私の頭を撫でる手はどこまでも優しい。掠れた色っぽい声。見上げると、さっきよりも切なそうな、見てるこっちが涎を垂らしてしまいそうな、艶やかな表情をして恍惚と私を見ていた。
まったく。えっちなのはどっちだ。
吐息だけで笑った彼が、私の額にキスをする。顎をあげてねだると、そのまま唇にもキスをして、それは少しずつ深くなっていった。
口付けながら手の中のものを上下に扱く。ニシキさんが舌を絡めながら、鼻から深く息を吐き出した。気持ちよさそうに目を細めている。頭を撫でていた手が、体の側面を撫でおろして、お尻を半周して、腰骨を辿って前へ。おへその下を撫でてさらに下り、陰核をかすめてびしょびしょの亀裂をなぞり、ゆっくりと膣内へと侵入していった。予期していた刺激であるにもかかわらず、びくっと太ももが震えてしまう。
腕枕をしてくれている方の手で頭を優しく抱かれて、もうほとんど入っていないはずの体の力がますます抜けていく。節くれだった関節が入口を何度も擦る感触が、手のひらが押しつぶす陰核のしびれが、気持ちよくてだんだんと呼吸が続かなくなる。
「はっはっぁっ」
私だってニシキさんのことを気持ちよくしたくて、必死に手を上下に動かすのだけれど、それは段々と疎かになってしまう。気が付くと手の動きが止まっていて、ぼーっと与えられる快楽を享受していて、はっとして手を動かすのだけれど、、それもまたいつの間にか止まってしまっていて・・・ということを幾度も繰り返していた。口づけは深いけれど、息継ぎの間をくれるので、呼吸ができないわけではない。手の動きだって激しいものじゃない。
のったり、ゆっくり、私の中を優しく擦って奥を探って、また出て行く。それでも、それだから、頭には霞がかかったようで、穏やかな快感に思考が溶かされていく。時折膣がひきつけを起こすように痙攣して、視界が明滅する。それは強い快楽を伴っているはずなのに、体は弛緩したまま、まるで緊張を覚えない。どこからが絶頂なのかももうよく分からなかった。全部投げ出してニシキさんのくれる感覚に浸る。
ああまるで、静かな湖に沈んでいくみたいだ。
「はあっ。んっ、千尋」
「んっはっ、あっああっはぅっ、あっああっ、ニシキさ、っあ、んっも、ふあっ溺れ、ちゃう」
「ん。溺れて。はあっねえ私も、一緒に溺れていい?」
ニシキさんがすがるように片手で私を抱き竦める。ちゅぷ、ぐちゅ、と湿った音が鳴りやまない。いつの間にか手放してしまっていたニシキさんの陰茎に手を這わす。熱い。硬い。欲しい。
向かい合わせに横たわったまま、口づけあって、お互いの性器を触りあって、快楽の湖に溺れていく。なんて淫らな行為だろう。
「んっんっ一緒、ああっ一緒がい、いっ。はあっんっニシキさん」
灼熱の切っ先が私の亀裂に擦り付けられる。ドキドキする。期待に呼吸が早まる。いつもと違う太さのある先端部分に、少し怖いような気がして、それがまた心拍数を速めてしまう。彼の首筋に縋った。
私の中に押し入ろうとする彼と、形ばかりに抵抗する私の入り口。勝敗なんて最初から見え透いていて、そして私は彼に負かされてしまうことを熱望しているのだ。ぐずぐずに溶けきったそこは、私の望み通り、簡単に敗北し、彼の熱を嬉々として迎え入れた。
「あっ!あっあっあっふあっあっ」
膣を押し広げて侵入される感触のあまりの気持ちよさに痙攣が収まらない。すすり泣くような小刻みな声を上げることしかできなかった。
彼のスローペースは乱れなかった。私のびしょびしょに濡れそぼった膣をゆっくりと侵略していく。何度も何度も痙攣を繰り返して、思わず目を閉じる。すると、そっと瞼の上を撫でられて、微かに目を開く。
「目を、閉じないで。見ていて。一緒に溺れたいんだ。ね?」
ゆっくり、ゆっくり。きっとニシキさんは私のことを慰めたくて、たくさん我慢してくれているんだ。その切ない表情でわかる。だけど、その緩慢な動きは、かえって私の敗北を知らしめていて、私はそれに信じられないくらいの恍惚感を覚えていた。
朱金の目が私を捕えて離さない。うわ言の様にニシキさんを呼ぶ。片手は腰を抱いていて、もう片方は頬に添えられた。くすぐるようにして顔中に唇が落とされる。快感のあまり零れる生理的な涙をすすられる。意思とは関係なしに悶える脚は、シーツを引っ掻くばかりで何の意味もなしていなかった。
今日のニシキさんがあまりにも優しいものだから、ほんのわずかでも私が否定の言葉を吐いたらそれ以上してくれなくなってしまうような気がした。彼の熱が子宮へ近づいてくることで感じる焦燥感に、ついつい「だめ」と天邪鬼な否定をしそうになって、ギリギリのところでそれを耐える。そんなことを考えられる程度には理性が残っていて、だけどもう府抜けてしまいそうなほど快楽に落ちていて、私はこのままでは廃人になってしまうのではないかと不安に駆られる。
「あっあっ、っっ、ニシキさ、あっ奥、っあ、ニシキさんっあっあっぁっ、、シキさ」
「そうだね。もうだいぶ、奥まで来たよ」
「んやっあああっあんっあーーっあっ」
「千尋、ゆっくりするの気持ちがいいの?んっもう、ずっと中がキュンキュンしてるよ?ふふふっすっごく気持ちよさそうな顔しちゃって」
「あっあっあっはっんあっ!だ、だめぇっもう、あっだめっもうだめなのっ」
「んっいいよ、もっとだめになって」
子宮まであとほんのわずかというところで、私の焦燥は限界に達し、思わず「だめ」とねだる。予想に反して、彼は私の裏切られることを期待した否定を優しくいなした。
本当に私をダメにするつもりなのか、ニシキさんはあくまで優しく私に口づけて、舌を絡める。私の上側の脚を持ち上げて彼の腰に絡めさせたうえで、腰を抱く。逃げられない。
横向きに寝そべって、向かい合わせに抱きしめあっているこの体制は、けして挿入しやすい姿勢ではないはずなのに、恐らくは私が大洪水を起こしてしまっているせいだろう、何ら問題なく滑らかに侵入してくる。
だめ、本当にダメ。こんな、もっと、わけわかんなくなってからじゃないと、私――――
「あ、あ、あ、あ、うあっ!うあああああっ!」
首を振りつつも、言葉で訴える暇はなかった。ほんのわずかなその隙間は、いくらニシキさんがゆっくりと侵入してきているといったってあっという間に埋められてしまった。
ぷちゅう、と子宮口に押し付けられたニシキさんの先端の、その熱に、感触に、体を仰け反らせて咽び泣く。丸みを帯びた先端が子宮を押し上げてくる。熱い、熱い。
がくっと腰が震えた。こんな強い改悪に翻弄されているのに、全然力むことができない。体が緊張することもない。優しいのだ。どこまで優しく、ニシキさんは私を快楽へと連れ込むから、だから抵抗なんてする気すら起こせない。
今まで以上にひどく痙攣する私を、ぎゅっと抱きしめてニシキさんは奥まで隙間なく埋めたまま動かなかった。こんなに快感に弱り切った私を前にして「待て」をするなんて初めてのことだ。ただただ、私が落ち着くのを待ってくれていることに、愛情がこみ上げて、こんな私でいいのかと、いっそ申し訳なくなってしまって、胸が苦しくなる。
「ごめ、なさい。ニシキさ、あっあっ、ニシキさん」
「んー?ふふふっいいよ。全部許してあげる。大丈夫だよ、千尋」
私が一体何に謝罪をしているかなんて、あまりに感覚的過ぎてもはや私にもわからないのに、ニシキさんは穏やかに笑って私を許してしまう。実際、ニシキさんはきっと、私が何をしたって許してくれるんだろう。甘やかされすぎてそのうちとんでもない高慢で我儘な女になってしまったらどうしてくれるんだろう。自制しなければ。
もう私の体の痙攣は治まらないとみたのだろう。それとも彼が限界だったのだろうか。多少落ち着いてくると、またゆっくりとニシキさんのが引き抜かれる。緩慢な動きで出ては入ってを繰り返す。長いストロークで膣内を擦られることにすっかり免疫をなくしていた私は、そのピストン運動によって生まれる快感にまるで太刀打ちができなくて、子宮を押されるたびに潮を吹いてしまっていた。
止めようという無駄な努力や、羞恥心を感じる程度に理性は残っていて、けれど快楽には抗えなくて、理性を生殺しにされたような状態だった。体は快感に完敗しているのに、溶け残った氷のように、まだ理性が脳の真ん中に居座っている。
「あっああああっあーーー!はっあうっあっあっ、ぁ、あっあっだめっだめでちゃっまたでちゃうっあっ!あーーーーーっ!」
「はあっはあっんっ千尋」
苦しそうな呼吸を繰り返していたニシキさんがついにどさり、と私を組み敷いた。ぽたたっと彼の汗がしたたり落ちる。長い髪が汗で頬に張り付いていて、口を半開きにして、かつてない切なそうな苦しそうな表情で私を見下ろす。押し上げられた子宮がきゅうきゅうと反応してしまう。意図して出している色気ではない。完全にただもうダダ漏れになってしまっている色気だ。いつも涼しげなニシキさんが汗をしたたらせて私の為に必死で我慢してる。ただただ、私に優しくしたい一心でニシキさんが耐えている。もはやどう形状したらいいのかもわからないような感情の奔流に襲われる。獣みたいな欲求と、私と彼が一つの生き物でない哀愁と、言葉にもできないほどの愛情と。
衝動にまかせて片足だけ彼の腰に引っかかっていたのを、もう片方も持ち上げて彼の腰に絡め締め上げる。放したくない。
「あ、あ・・・もっと、ね、ニシキさんっもっと。あ、中にっ」
「っっ、っふ、くっ」
「中に、くださっあっうあっニシキさんの、あっちょうだいっ」
「――――――――っ」
据わった眼をしたニシキさんが、がしっと私の腰を固定して、絡みつく脚もそのままにギリギリまで引き抜く。そしてそのまま、思い切り、叩きつけた。
ぱんっという肌を打つ破裂音と、卑猥な濡れた音が響き、一拍遅れて快感を理解した脳がじんとしびれる。
「っ、ひっ、あああああああああああああああああああああああああっ!!」
「あっ、はっもう、我慢してたのにっ、っっ、千尋の、はあっ!千尋の馬鹿っ」
ガツン!ガツン!とニシキさんが突き上げてくるたびに腰骨に衝撃が走る。それだけ深く突き込まれればもちろん子宮にも突き当たっているわけで、頭が何度も真っ白く染まる。正常位で、尚且つ私から絡めてしまった脚は麻痺してしまったように解くことができなくて、逃げを打つことができない。シーツを引っ張るようにして握りこむ。
「あっ!ひっ!あっ!あっ!きゃひっ!」
「んはっはあっ千尋、ったら、っん、あ、ほらまたっ、そんなに潮吹いてっ、はあっ気持ちいいの?はっ」
「やあっ!やああっ抱っこ、あっ!ニシキさんっ」
「っっ!!はあっ、千尋っ千尋っ」
ニシキさんもだけれど、私も大概汗みどろで、しかも私に至ってはもういろんな体液でべたべたでひどいありさまだろうけれど、もう今は、そんなことどうだってよかった。
珍しくニシキさんの体は温かくなっていて、抱きしめられると熱いくらいだった。腰から手を放して私の背中と後頭部に腕を回し、私の名前を何度も呼ぶニシキさんの背中に手を回す。絡めた脚にも力を込めた。
「あっ千尋っも、うっあっ、はっ、っ!っっ」
「んーーーっ!あっあっあっひああっ!あーーーーーっ!」
ぐっと子宮口に押し付けられたニシキさんの鈴口から勢いよく精が吐き出される。子宮内に吐き出される熱に目を見開いて跳ねた。けれど所詮は彼の腕の中で、抱き込まれたままの腰は微動だにできず、ニシキさんの陰茎が脈動するのに合わせて吐き出されるそれを、流し込まれるしかない。
「あっ、熱、あっ熱いっ、んっあっ、まだ出て、あっひんっも、入らな、ひゃあっ」
「はあ、はあ、はっ、ん。まだ入るでしょ、ほら、全部飲んで」
「あうっあっひいっひゃんぅっ」
あくまで子宮口から離さないまま、ゆるゆると腰を振られて、彼の腕の中でびくびくと震える。弾んだ呼吸を整えるニシキさんの息遣いを耳元に感じて、じわっと胸に温かさが滲む。
全部吐き出して、私の中もようやっと痙攣が収まると、彼はゴロン、と私を抱きしめたまま寝転がった。私を上にのせて仰向けで横たわった彼は、まるで動けない私の頭と言わず背中と言わず、子どもでもあやすかのようにして撫でていった。私はニシキさんの胸の上にだらしなく伸びきっていて、まだ時折ぴくぴくと体を震わせながら、早くなっていたニシキさんの鼓動が落ち着いていく様子に耳を傾けていた。
二人してぼけーっとしながら呼吸を整える。気だるさが眠気に代わっていく。でもどろどろだし、またお風呂行かないと。
まだ私の中に納まっているニシキさんのブツは、蛇の時とは違ってちゃんとしぼんでくれた。そうだよ。普通出したらしぼむものなんだよ。まったくありがたい限りである。
たぶん、これもあるから人型を取ってくれたんだろうな、とそんなことを思った。
力をなくしつつあるものを収めたまま、私を抱えてニシキさんが上体を起こした。ん、と小さく呻いてニシキさんの首に抱き着く。胡坐をかいたニシキさんに向かい合わせで跨るような姿勢になった。そのままそっと口づけられる。
「お風呂、行かなきゃね」
「ん」
「眠たい?」
「ん」
「ふふっいいよ、眠って。お風呂は私が入れておいてあげるから」
「んーん」
「やなの?」
「ん」
「なんなのもう、可愛いな」
「抱っこ」
「してるでしょう?」
「もっと」
子ども扱いしてくるので、子どもっぽく駄々をこねて見せる。さあ甘やかせ。私が駄々をこねるのを甘やかすのが大好きなの、バレバレだからねニシキさん。ちょっと美形が分からなくなるくらいだらしない笑顔してるからね。
ぎゅうぎゅうと抱きすくめられて頬ずりをされ、私は大変満足だ。
ニシキさんの思惑通り、と言ったら聞こえは悪いだろうか。私の体の芯はもう震えていなかった。今は思考がマヒしているせいもきっとあるとは思うけれど。
意図的に、鳥の妖怪の死に顔を思いださないよう努める。きっとまた、寝て覚めれば思考回路も戻って、思い出したくなくても思い出してしまうに違いないし、そうすればまた、泣き叫びたくもなるんだろうけれど、それでも今この時は幸せで、たぶん、彼がいて私がいるというこの幸福感はすごく本質的なことなのだ。
ここで生きていくのなら、私は命を狙われることもあって、そしてその撃退にニシキさんが失敗したとき、私は死ぬのだろう。私が死んだら、恐らくニシキさんは本当に死んでしまうのだと思う。
そう考えると、やっぱり私は死にたくない。相手を殺しても死にたくないけれど、できれば相手も殺したくない。そんな方法を考えたい。
私には頑丈な爪も生えてはこないし、八重歯だってこれ以上尖らせることはできないし、体も小さくて貧弱だ。きっと鍛えたところでニシキさんほど強くはなれないだろう。それでも、それでも武器を使ったら?爪がないならば鉄の爪をはめればいいし、牙はなくても刀なら握れる。貧弱な体なのだから小回りだってきくだろう。
せめて、最低限。自分の身を守ることを覚えたい。私はどうあがいても被捕食者だろうけれど、だからこそ抵抗する力が必要だ。ニシキさんがいなかったら喰われるだけの存在じゃ、だめだ。
今のままではだめだと、強く思った。強くなりたいと思った。どういった強さを手に入れればいいのか、まだわからないけれど、漠然と、強くならないといけないと、決意した。怖いけれど、でも、ニシキさんとちゃんと生きていきたいのだ。一緒に生きたいの。
それならば、ニシキさん任せなのは、ズルだ。あの鳥の妖怪をニシキさんに殺させたのは、私なのだから。
眠たい。体中が重たい。ニシキさんの体温がいつもと違って暖かいのがいけないんだ。ぬくぬくしているのも気持ちいい。
結局、私はニシキさんの腕の中なら冷たかろうが暑かろうがなんだっていいんだろう。
「ニシキさん、」
蚊の鳴くような声で呼びかける。
「うん?」
「私・・・強くなるからね。ちゃんと、・・・自分のことくらい、守れるように」
「・・・・・」
「ニシキさんとね・・・・生きたいんだ」
「・・・・・うん」
もう本当に眠たくて、瞼も開けていられない。それでも、私の背中を伝い落ちたのが、ニシキさんの涙なのはちゃんと気づいていて、そーっとその頭を撫でてあげて、そのまま、私は夢も見ないような深い眠りに落ちていった。
+ + + + +
「おかあさま、おかーさま!」
「おっと、」
縁側に藍染の質素な着物を着た黒髪の女性が座っていた。白い敷物に腰かけているように見える。
彼女を母と呼び、縁側の向こうからすっ飛んできたのは、真っ白なおかっぱ頭の子どもだった。ハッとするほどきれいな顔立ちで、声は幼子特有の甲高いものだ。なかなかな勢いをつけて懐へと飛び込んできたその子を、難なく受け止めて彼女は小さく笑った。
「どうしたの、イオリ」
「これよんで!ハナビさんにかりたの!」
「花菱さんね」
イオリと呼ばれたその子は、持っていた本を母に押し付ける。和紙に墨で絵をつけた、なかなかに渋い絵本だ。紙は新しいもので、半人半蛇の妖怪と、それに守られるように立つ鎖鎌を持つ女性が、牛鬼らしき妖怪と対峙している絵が描かれている。
ねだるようにキラキラと目を輝かせたイオリはまだまだ貧弱な下半身の真っ白い蛇体を、きゅるっと母の胴に巻き付ける。
「・・・・・・。」
しばらくそれを眺めた女性は、すいっと背後に視線を流す。この前少し違う表紙の似たような絵本の読み聞かせをせがまれたばかりだ。
彼女が視線を流すのとほぼ同時に、背後から白い腕が伸び、彼女と、彼女の腕に抱かれたイオリを抱きしめた。
「照れてるの?千尋。いいじゃない。だってあの時の千尋格好良かったんだもの。頼んで作ってっもらっちゃった」
「ちゃったじゃないわよ。なにしてくれちゃってんの?これ何冊目?息子に自分の話読み聞かせるとか恥ずかしすぎるでしょ。バカなの?」
「えー?読んでほしいな。私も聞きたいんだもの。ねえイオリ?お母様に読んでほしいよね?」
「ききたい!よんでよんで、ねえおかあさま、おねがい」
千尋は頭を抱えたくなった。息子がねだり上手すぎて先行きが不安だ。
いつも通り座布団代わりのニシキの体に腰かけて、縁側でのんびりお茶をしていたはずが、これだ。ニシキ一人でもなかなかに面倒だったのに、ほとんど夫のコピーみたいな見た目の息子は、こと千尋に甘えることに関しては、それはもう夫と息がぴったりなのだ。とはいえ、その焦げ茶色の、唯一自身に似ていると思える瞳に見つめられてしまうとどうにも弱い。腹に回っているまだまだ幼くて頼りない蛇の体も可愛い。
イオリの白髪をさらさらと梳いてやるとくすぐったそうに笑って胸に甘えてくる。あー可愛い。超かわいい。なにこれたまんない。なんなんだろうこの生き物は。
「しょうがないな。ほら座って」
「わーいっ!」
きゃっきゃと笑うと、イオリはスルンと滑って正座を崩して座る千尋の膝に小さなとぐろを巻いて落ち着いた。
さあ読め!とばかりに見上げてくる。
「むかーしむかし」
千尋ははらりと絵本を開く。イオリに中の絵を見せてやりながら、この絵本の出だしの決まり文句を指でなぞる。背後にいるニシキに背中を凭れ、その言葉を口にした。
あるところに、幸せな夫婦がありました。
「はっ、千尋」
ニシキさんの手が私の胸を優しく揉みしだく。気持ちいい。呼吸をする隙間を開けながらも、幾度となく口づけは繰り返された。ああ、ニシキさんのキスには中毒性があると思う。
いつもなら前戯の時は散々焦らされるけれど今日は違った。
いつの間にか尖ってしまった乳首をそっと摘ままれて、捏ねられる。その動きはあくまでゆっくりと優しいもので、頭が真っ白になるような快楽ではなくて、眠気の延長のような揺蕩うような快楽へと誘われる。
ほんのわずかに唇が離れて、熱を持ってしまった息を吐き出す。爛れてしまいそうな甘ったるい視線が私を見つめる。ああだめ。幸せになってしまうなんて不謹慎だ。
彼の後頭部に手を回して、抱き着くようにして私から唇を重ねた。胸にあった手が背中に回って、きゅっと抱きしめられ、舌が絡められる。さっきより強く、それでもいつもよりずっと優しく、巻き付いた舌がずりゅっと扱かれて背筋がぞくぞくと粟立つ。跨いだ蛇腹に無意識にソコを押し付けてしまって、はっと我に返り、ぎくっと腰の動きを止める。ニシキさんの手が腰骨を優しくなでた。
「んっ、はあっはあっ、ぁッ」
息継ぎにとほんのわずかに開いた唇の隙間で見つめあう。優しく頭を撫でられて、どうしてか、泣きたくなった。ニシキさんは何も言わないのに、全部許されているみたいな気になってしまう。自制が利かなくなっていく。恥ずかしいのに、ニシキさんに全部見てほしくなってしまう。
私が十分に息を吸ったと判断したのか、また唇が重なる。舌を絡めとられ、腰を撫でられる。尾てい骨まで下りてはくびれまで戻って、また撫でおろす。もう少し下まで撫でられたら、お尻まで濡れてしまっているのが、お湯の中でもばれてしまうに違いなかった。
ヌルヌルのソコをニシキさんの蛇腹に押し付けてしまう。じわっと快感が広がっていく。だめ、止められない。小さく腰を前後に動かす。変わらず、ニシキさんは優しく口づけ、舌を絡めていて、ますます腰が動くのを止めることができなかった。
くちゅっと音を立てて舌が離れた。それと同時に尾てい骨まで下りてきていたニシキさんの指先がさらに降りてきた。あくまでゆっくり、探るように、優しく。
震える熱い呼吸を吐きながらも抵抗はできない。したくない。
「はっ、はあっんっ、はっ、ニシキさん」
「ん。千尋、辛くない?触っても平気?」
両方の目じりにキスをされて、鼻の頭にキスをされ、それから問われた内容に、まさか否やはなかった。ほんのわずかに頷く。
ぬるぬるとお尻の穴を撫でられる。指はさらに滑って進み、ニシキさんの蛇の腹と陰唇の間になめらかに入り込んで、割れ目をなぞった。
「ぁ、あ、ふぁあ、あ」
指はあくまでそっと表面をなぞる。もっと撫でてほしくて、お尻を突き出すような姿勢になってしまう。抱き着いていた腕がずり落ちて、首筋にすがり付くようにして上半身を預ける。
何度も何度も、尾てい骨から膣口までの間をゆっくりと撫でられ、その度にお尻が揺れてしまう。すぐに首にすがった腕にも力が入らなくなって、肩を抱くニシキさんの手に支えられていた。
だらしない呼吸を繰り返しつつも、あからさまに喘ぐほど強い刺激ではない。ふわふわと快楽の中を揺蕩うみたいな、むしろこちらの方が何も考えられなくなってしまいそうな、抵抗しようという気にまるでなれない快感だった。
「んっ!」
包皮の上から陰核に触れられて、ぴくっと肩が跳ねた。包皮を剥かれて触れられるような強烈な刺激ではない。くるくると表面をかすめるようにして撫でて、また尾てい骨へと戻っていく。恥ずかしい。恥ずかしい。でも、ドキドキする。この鼓動がニシキさんに伝わればいいと思った。
腰骨を撫でた手が、また濡れそぼった溝をなぞっていく。陰核の上をくるくると撫でられると、ぴくっぴくっと腰が跳ねてしまう。
何度もそれを繰り返されて、もう堪らなくて、ちょうどニシキさんの指先が膣口の上に差し掛かったところで少し腰を突き出した。溶け切ったそこは、角度を少し与えただけで簡単にニシキさんの指先をわずかに咥え込む。
はっと小さくニシキさんが息を詰める。のっそりと凭れ掛かっていた上半身をもたげ、ニシキさんを見下ろす。溶けた視線に子宮がきゅんと疼く。半開きの唇にキスをして、私から舌を忍ばせた。
「んふっ、ふっんっんっ」
私が舌を絡めだすと、ニシキさんの指がゆっくりと中へと入っていく。じれったいほどゆっくりと。
私の舌では短すぎて、ニシキさんの舌を絡めとるなんて芸当はできないので、できる限りゆっくりと舌をなぞった。
たった一本の指が執拗に私の中をなぞっていく。入口を広げられる感触がたまらないのだ。優しく性感帯を撫でられる。絶妙な力加減で、ツボ押しマッサージでもするようにゆっくりと的確に押し込む。
「あっあっあっ」
「まだイキたくない?」
キスをしていられなくて、思わず唇を離してしまった私の頭を撫でながら、ニシキさんが優しく聞いてくる。首を横に振る。このまま、このまま果てたい。ニシキさんに、ダメにされちゃいたい。
「んっ、あっ、イかせてぇっ」
ねだると、却ってニシキさんのほうが切羽詰まったような表情をして、けれどすぐに唇を奪われ、深く舌を絡められた。
指が二本に増やされて、何度も抜き差しされるともうどうしようもなかった。入口を何度も固い関節が擦っていって、性感帯を優しく指先に押されるのだ。指が突き込まれるとお湯も少し入ってきてなんだか妙な感じだった。
ひくひくと膣が痙攣しだして、体がどんどん快楽に流されていく。快感自体は強くなっているはずなのに、揺蕩うような感覚はなくなっていない。
そうして私は、舌を絡めたまま、静かに達した。
びくっびくっと膣が痙攣を起こしている。ニシキさんは指先で性感帯を押したまま指の動きを止めて、そっと唇を離した。短距離を走り終えた後みたいな呼吸を繰り返す私を、切ない表情で見下ろしている。
痙攣が収まると、ニシキさんの指がそっと抜かれて、同時に触れるだけのキスをされた。
「お風呂、あがろうか。のぼせちゃう」
「ん」
頷いて返すと、抱きかかえられてざばっとお湯から上げられた。ぬるま湯に浸っていたから体がぽかぽかと温かくて、ニシキさんの腕の中はすごく安心できて、そのまま彼の首に抱き着いて甘えることにした。
「葵」
珍しいことに脱衣所でニシキさんが葵さんのことを呼んだ。基本的にお風呂上がりの私の世話はニシキさんがしたがるのだ。いや、そもそも、自分でできるのだけれど。
葵さんを呼んだ割に、ニシキさんは私を蛇の体に座らせて、せっせと体をふいたり浴衣を着せたりとしてくれている。どういうことなのだろう。とは考えつつも、殊更考えを巡らせられるほど私の脳は働いていなかった。
「お館様、葵でございます」
脱衣所の向こうで、葵さんの声がした。ニシキさんが彼女を呼んでから声がかかるまでの間は、この屋敷の広さから考えたらめちゃくちゃな速さと言える。だけどニシキさんの手際の良さは更に上を行っていた。葵さんが来る頃には、私は糊のきいた浴衣に着替えさせられて、同じく浴衣を着たニシキさんの腕に抱かれていた。なんとなくまだ夢うつつな気分で、抱っこされたのでそのまま胸に頭を預けて大人しくしている。
「入れ。片づけを頼む」
「はい。かしこまりました」
片づけるって程散らかってるかなあ?とぼんやり考える。ちらりと葵さんの方に目をやると、なんかいつも以上に肌艶がいい気がした。というかなんだか彼女の視線がすごく煌めいて、ニシキさんの背後に向かっている。なにかあるの?と思ってのぞき込んでみたけれど、ニシキさんの真っ白な体が幾重にもうねって見えるばかりだった。ニシキさんを見上げるとにっこりと笑って返される。
「寝室は?」
「はい。すでに整えてございます」
いまいち二人のやり取りに頭の回転がついていかない。納得した様子で頷いたニシキさんに頭を撫でられるとどうでもよくなってくる。
「ほかの連中にも分けてやるのだぞ」
ニシキさんはそんな謎の言葉を残すと、脱衣所を後にした。
寝室につくと、いつも通り布団はきれいに整えられていて朝のあの違和感なんてまるで感じなかった。やっぱりニシキさんがいなくて不安になったのか。そりゃ、これだけ四六時中いたらいきなりいなくなったら不安にもなるよ。仕方ないよ。別に依存症じゃない。断じて違う。
寝室のふすまを閉じてしまうと、ニシキさんは私を布団におろし、珍しいことにヒト型になって私を抱いて敷布団を被った。
抱き合って横になって布団をかぶる、というのはこうして考えてみても初めてのことではないだろうか。なんだか変な感じで、でもとてもうれしい。
薄い浴衣ごしにニシキさんの体を感じる。ニシキさんに足があるのがなんだか新鮮で、ついつい自分のつま先でなぞってその存在を確かめる。足もすべすべ。気持ちいい。
ごくっと彼ののどぼとけが上下する。心臓の音が聞きたくて、浴衣の袷をちょっとばかり緩めて肌をさらけ出して、そこに耳を押し当てる。彼の胸から短く息が吐き出される音がした。
ゆっくりと打つ鼓動。でも、いつもより少し早い。生きている音だ。
「ニシキさんの音・・・・」
そっと目を閉じた。きゅっとニシキさんの背中に手を回して抱き着いて。
「好き・・・・大好き」
そっと背筋をなぞる。その形を確かめたくて。そこにいることを、幻なんかじゃないことを確かめたくて。はだけた胸に、心臓の上にそっとキスをした。
ウエストの締め付けが緩む。瞬く間にニシキさんの背中に回していた手を頭上にひとまとめにされ、締め切られて薄暗い部屋の中でもわかるくらい顔を赤く染めたニシキさんに組み敷かれた。
染まった目もとと、切なげな表情と、滝のように流れ落ちてくる白い髪と、はだけた着物が、もういっそ絵画か何かなんじゃないかというような、完璧なバランスでそこにあった。見惚れてしまうのも仕方のないことだ。
「千尋お願い煽らないで。虐めたくなる」
真剣な目でふざけたことを言われたが、何を返すまでもなく深く口づけられた。
もともと、抵抗をする気なんてこれっぽっちもなくて、頭上に抑え込まれた私の手にはまるで力が入っていない。
さっきとは逆で、私の腰のあたりを跨いで起座をつく彼は、器用に片手で私の帯を抜き取って、さっき着せてくれたばかりの浴衣をさっさと剥いでしまった。彼は着せるより脱がせる方が手際がいいかもしれない。
絡めあっていた舌が解かれる。同時に頭上の手も。はっと熱い呼気が唇をくすぐった。そっと頬を撫でられ、少し心配そうな目が私をのぞき込む。
「千尋・・・もう怖くない?」
「わかんない。ニシキさんが生きてるのと、私が生きてるのを確かめてたいの」
私の答えにゆったりと笑った彼は、「いくらでも確かめて?」と言って額にキスをしてくれた。
自由になった手をニシキさんの背中に回して帯を解き、彼の浴衣を剥いでしまう。素肌に触れていたかったのだ。
「ぎゅってして。心臓の音、聞いてたい」
「ふふふっ、はい。どうぞ」
どうぞ、といった彼は私を抱き込んで、ごろんと反転した。ニシキさんが仰向けに寝転がって、私がその上に上半身を乗り上げている感じだ。私は完全に布団の中に埋まってしまっていて、でもぬくぬくしていて気持ちがいい。裸で布団にもぐるのって気持ちがいいものだ。
ニシキさんの胸に抱き着きながらその真ん中に耳を寄せる。ゆっくりした鼓動を聞くために。私の上半身にぐるっと腕を巻き付けて、ぎゅうっと抱きしめてくれる。
だめだ。やっぱり幸せだ。私今、とても、幸せだ。
「ニシキさん、あの鳥の妖怪、死んでしまったのに・・・なのに私幸せなの。ニシキさんとこうしていられることがね、すごく、幸せなの」
きっとこれは罪だ。あの鳥の妖怪にも、恋人がいたかもしれない。もしかしたら子供がいたかもしれない。それでも、それでも私は、彼を犠牲にしても、ニシキさんの隣にこうしていたいと願ってしまうのだ。
ぎゅっと私を抱く腕に力がこもる。
「私、残酷だっ」
止まったはずの涙がまた溢れていく。ニシキさんの胸を濡らしていく。
きっとこの、どうしようもなく複雑な感情はしばらく私を苛むのだろう。そしてどこかできっと折り合いをつけるのだろう。そして馴れていくのだ。
でも今はまだ、私はまだ、誰かを殺して手に入れる幸せを素直に喜べないのだ。たとえそれが、ニシキさんがくれたものでも。
ニシキさんは何も言わないで、私を抱き上げると、深く深く口づけた。
なんで泣いているのかよく分からなくなるくらい、深く長く口づけられて、唇がぽてっと腫れてしまう。ようやっと解放されると、囁くような声で問われた。
「千尋。あの鳥の命を奪った私を、怖いと思う?」
考えるまでもなく、私は首を横に振った。自分でもびっくりするくらい、私はニシキさんに恐怖を抱いていなかった。血みどろだろうが何だろうが、抱きしめられる自信がある。
ほっとしたように笑った彼は、手の甲で私の頬をくすぐって言葉をつづけた。
「千尋、私のために残酷になって。私と同じところまで堕ちておいで。私は」
あなたを守るためなら、なんだってしてしまうから。
また、体が反転した。組み敷かれて、そのまま口づけられる。優しく優しく、体を冷たい手が這う。さっき上り詰めた体は簡単に火がついてしまう。首筋を舐めおろされ、鎖骨を甘噛みされた。熱いため息をつく。投げ出していた手を持ち上げてニシキさんのうなじを撫でた。
ニシキさんの手が両方とも乳房を掴み、優しく捏ねる。乳首がぷくっと主張し始めると、鎖骨を舐めまわしていた舌が下がっていって、まるで焦らすこともなく、絡みついた。
「あっあっんっ」
優しく優しく。いっそ儚いほどの触れ合いにまた私の意識が揺蕩いだす。
舌が絡むのとは反対の乳首は、親指に押し倒されて、そのまま先端を撫でまわされる。腰がびくっと跳ねてしまう。それ気持ちいい。じんじんする。
脚の間にニシキさんの膝が割って入って、ゆっくりと付け根に向かって進んでくる。心拍数が上がる。たどり着いた膝に陰核を柔らかく押しつぶされた。あくまでゆっくりとした、そして来るであろうことを予測させる動きのせいで衝撃的な快感に襲われることはないものの、してほしいと思っていたことがすべて叶えられてしまっているような感覚に、思考が高揚する。ニシキさんの絹のような手触りの髪に指を突っ込んで、かき混ぜるようにして抱き寄せた。
「ふあっあっ」
くに、くにっと陰核が包皮の上から押しつぶされる。ニシキさんの膝がもう濡れてしまっている。恥ずかしくて、でも止めたくなくて、わずかに腰を押し付けるように動かしてしまう。
ちゅぱっと音を立てて乳首が解放される。するすると綿で包まれたの二人きりの世界を、ニシキさんが下降していく。両足を持ち上げられても、これから襲うであろう快感を期待するばかりだ。
持ち上げられた太ももの内側を、唇がなぞる。付け根に向かってするすると下りていく。私の脚の間に裸のニシキさんがいることに緊張して、期待してしまう。
熱い呼吸を繰り返す。ニシキさんの視線が私を見上げて、私が手を伸ばすとひざ裏を腕に引っ掛けるようにして脚を持ち上げたまま手を握られた。
安心してちょっとだけ笑う。脚の間から顔をのぞかせたニシキさんが、おへその下、子宮の上あたりに厳かに唇を落として、それからするすると唇が滑って、陰核をペロッと軽く舐めて、そのまま中へと、舌を挿し入れられた。
「あっ!はぁ、んっ」
思わずつないだ手をきゅっと握ると、握り返してくれる。
長い舌が膣内の壁を舐め擦りながら、ゆっくりと奥へ進んでくる。鼻の頭が包皮越しに陰核を押しつぶす。がくっと膝が揺れ、腰が跳ねた。
「ああっ!んあっあっあっ、深っ、んっ」
「んっおいしい。浅い方がいい?」
深い方が気持ちがいいことを散々覚え込まされてしまっている体は、深くまで触れられることに何の抵抗もない。ただ、ちょっと、恥ずかしいだけなのだ。
何も答えない代わりにぎゅっと手を握ったら、小さく笑われてしまって、けれど舌はそのまま奥へと進んできた。
ちょん、と様子でも窺うように子宮口を舌先でつつかれて体をびくつかせ、かくんと頤が持ち上がる。どれだけ長いの、その舌は。
「あっんはっふぁ、あ」
べろり、子宮を舐められる。なめらかで平たい感触に子宮を舐めあげられて、悶えむせび泣いた。
「あっあっああっあ、あうっあっうああっ」
つま先がきゅっと丸まっていく。おなかの底が熱い。漏らしてしまいそうで、でも違う感覚なことは知っている。抵抗ができない。
くるくると子宮口を舐めていた舌の先端が子宮内に入り込む。いつも押し入ってくるものとは違ってうすべったいそれは、しかし動きの自由度は格段にうえだった。子宮口に挿し込んで撫で摩るように舐める。
「あっ!あっ!おなかっ熱っひゃぅっ!あっあっでちゃっでちゃうぅっ」
「ん。ちょうだい」
ぐりぐりとニシキさんの鼻が陰核を押しつぶした。あっさりとトドメを刺された私は、サラサラとした体液を零しながら絶頂にうちふるえた。
「あーーーーーーっっ!!」
体が震える。私が弛緩するのを待ってニシキさんの舌が引き抜かれた。慰めるように陰唇を舐めとると、手が離れ、脚が解放され、ずり上がってきて、抱きしめられた。
きっといつもだったらあのまま数回絶頂に叩きあげられていたのだろうが、今日のニシキさんはとことん私のペースに合わせてくれるつもりらしい。
深い絶頂に指先を動かすのすら億劫な私を抱きしめて、ごろんと横になる。向かい合わせで抱きしめられて腕枕をされながら頭を撫でられる。太ももにニシキさんの熱くて硬いものが擦れ、子宮が疼いた。
「あっ」
「っ、急所がこうもわかり易く外に出てるのって、ほんとに落ち着かない」
「ん。これ?」
照れ隠しなのか、そんなことを言って少し腰を離そうとしたニシキさんの陰茎をつつ、と人差し指でなぞった。冷たい肌と違ってそこだけは熱を持っている。
人の姿になると、こっちも人のになるらしい。いつものトゲトゲもないし、先端も丸っこくて太い。大きいのは、デフォルトらしいが。。。
「んっ、はっ、千尋のえっち」
悪態をつくくせに、私の頭を撫でる手はどこまでも優しい。掠れた色っぽい声。見上げると、さっきよりも切なそうな、見てるこっちが涎を垂らしてしまいそうな、艶やかな表情をして恍惚と私を見ていた。
まったく。えっちなのはどっちだ。
吐息だけで笑った彼が、私の額にキスをする。顎をあげてねだると、そのまま唇にもキスをして、それは少しずつ深くなっていった。
口付けながら手の中のものを上下に扱く。ニシキさんが舌を絡めながら、鼻から深く息を吐き出した。気持ちよさそうに目を細めている。頭を撫でていた手が、体の側面を撫でおろして、お尻を半周して、腰骨を辿って前へ。おへその下を撫でてさらに下り、陰核をかすめてびしょびしょの亀裂をなぞり、ゆっくりと膣内へと侵入していった。予期していた刺激であるにもかかわらず、びくっと太ももが震えてしまう。
腕枕をしてくれている方の手で頭を優しく抱かれて、もうほとんど入っていないはずの体の力がますます抜けていく。節くれだった関節が入口を何度も擦る感触が、手のひらが押しつぶす陰核のしびれが、気持ちよくてだんだんと呼吸が続かなくなる。
「はっはっぁっ」
私だってニシキさんのことを気持ちよくしたくて、必死に手を上下に動かすのだけれど、それは段々と疎かになってしまう。気が付くと手の動きが止まっていて、ぼーっと与えられる快楽を享受していて、はっとして手を動かすのだけれど、、それもまたいつの間にか止まってしまっていて・・・ということを幾度も繰り返していた。口づけは深いけれど、息継ぎの間をくれるので、呼吸ができないわけではない。手の動きだって激しいものじゃない。
のったり、ゆっくり、私の中を優しく擦って奥を探って、また出て行く。それでも、それだから、頭には霞がかかったようで、穏やかな快感に思考が溶かされていく。時折膣がひきつけを起こすように痙攣して、視界が明滅する。それは強い快楽を伴っているはずなのに、体は弛緩したまま、まるで緊張を覚えない。どこからが絶頂なのかももうよく分からなかった。全部投げ出してニシキさんのくれる感覚に浸る。
ああまるで、静かな湖に沈んでいくみたいだ。
「はあっ。んっ、千尋」
「んっはっ、あっああっはぅっ、あっああっ、ニシキさ、っあ、んっも、ふあっ溺れ、ちゃう」
「ん。溺れて。はあっねえ私も、一緒に溺れていい?」
ニシキさんがすがるように片手で私を抱き竦める。ちゅぷ、ぐちゅ、と湿った音が鳴りやまない。いつの間にか手放してしまっていたニシキさんの陰茎に手を這わす。熱い。硬い。欲しい。
向かい合わせに横たわったまま、口づけあって、お互いの性器を触りあって、快楽の湖に溺れていく。なんて淫らな行為だろう。
「んっんっ一緒、ああっ一緒がい、いっ。はあっんっニシキさん」
灼熱の切っ先が私の亀裂に擦り付けられる。ドキドキする。期待に呼吸が早まる。いつもと違う太さのある先端部分に、少し怖いような気がして、それがまた心拍数を速めてしまう。彼の首筋に縋った。
私の中に押し入ろうとする彼と、形ばかりに抵抗する私の入り口。勝敗なんて最初から見え透いていて、そして私は彼に負かされてしまうことを熱望しているのだ。ぐずぐずに溶けきったそこは、私の望み通り、簡単に敗北し、彼の熱を嬉々として迎え入れた。
「あっ!あっあっあっふあっあっ」
膣を押し広げて侵入される感触のあまりの気持ちよさに痙攣が収まらない。すすり泣くような小刻みな声を上げることしかできなかった。
彼のスローペースは乱れなかった。私のびしょびしょに濡れそぼった膣をゆっくりと侵略していく。何度も何度も痙攣を繰り返して、思わず目を閉じる。すると、そっと瞼の上を撫でられて、微かに目を開く。
「目を、閉じないで。見ていて。一緒に溺れたいんだ。ね?」
ゆっくり、ゆっくり。きっとニシキさんは私のことを慰めたくて、たくさん我慢してくれているんだ。その切ない表情でわかる。だけど、その緩慢な動きは、かえって私の敗北を知らしめていて、私はそれに信じられないくらいの恍惚感を覚えていた。
朱金の目が私を捕えて離さない。うわ言の様にニシキさんを呼ぶ。片手は腰を抱いていて、もう片方は頬に添えられた。くすぐるようにして顔中に唇が落とされる。快感のあまり零れる生理的な涙をすすられる。意思とは関係なしに悶える脚は、シーツを引っ掻くばかりで何の意味もなしていなかった。
今日のニシキさんがあまりにも優しいものだから、ほんのわずかでも私が否定の言葉を吐いたらそれ以上してくれなくなってしまうような気がした。彼の熱が子宮へ近づいてくることで感じる焦燥感に、ついつい「だめ」と天邪鬼な否定をしそうになって、ギリギリのところでそれを耐える。そんなことを考えられる程度には理性が残っていて、だけどもう府抜けてしまいそうなほど快楽に落ちていて、私はこのままでは廃人になってしまうのではないかと不安に駆られる。
「あっあっ、っっ、ニシキさ、あっ奥、っあ、ニシキさんっあっあっぁっ、、シキさ」
「そうだね。もうだいぶ、奥まで来たよ」
「んやっあああっあんっあーーっあっ」
「千尋、ゆっくりするの気持ちがいいの?んっもう、ずっと中がキュンキュンしてるよ?ふふふっすっごく気持ちよさそうな顔しちゃって」
「あっあっあっはっんあっ!だ、だめぇっもう、あっだめっもうだめなのっ」
「んっいいよ、もっとだめになって」
子宮まであとほんのわずかというところで、私の焦燥は限界に達し、思わず「だめ」とねだる。予想に反して、彼は私の裏切られることを期待した否定を優しくいなした。
本当に私をダメにするつもりなのか、ニシキさんはあくまで優しく私に口づけて、舌を絡める。私の上側の脚を持ち上げて彼の腰に絡めさせたうえで、腰を抱く。逃げられない。
横向きに寝そべって、向かい合わせに抱きしめあっているこの体制は、けして挿入しやすい姿勢ではないはずなのに、恐らくは私が大洪水を起こしてしまっているせいだろう、何ら問題なく滑らかに侵入してくる。
だめ、本当にダメ。こんな、もっと、わけわかんなくなってからじゃないと、私――――
「あ、あ、あ、あ、うあっ!うあああああっ!」
首を振りつつも、言葉で訴える暇はなかった。ほんのわずかなその隙間は、いくらニシキさんがゆっくりと侵入してきているといったってあっという間に埋められてしまった。
ぷちゅう、と子宮口に押し付けられたニシキさんの先端の、その熱に、感触に、体を仰け反らせて咽び泣く。丸みを帯びた先端が子宮を押し上げてくる。熱い、熱い。
がくっと腰が震えた。こんな強い改悪に翻弄されているのに、全然力むことができない。体が緊張することもない。優しいのだ。どこまで優しく、ニシキさんは私を快楽へと連れ込むから、だから抵抗なんてする気すら起こせない。
今まで以上にひどく痙攣する私を、ぎゅっと抱きしめてニシキさんは奥まで隙間なく埋めたまま動かなかった。こんなに快感に弱り切った私を前にして「待て」をするなんて初めてのことだ。ただただ、私が落ち着くのを待ってくれていることに、愛情がこみ上げて、こんな私でいいのかと、いっそ申し訳なくなってしまって、胸が苦しくなる。
「ごめ、なさい。ニシキさ、あっあっ、ニシキさん」
「んー?ふふふっいいよ。全部許してあげる。大丈夫だよ、千尋」
私が一体何に謝罪をしているかなんて、あまりに感覚的過ぎてもはや私にもわからないのに、ニシキさんは穏やかに笑って私を許してしまう。実際、ニシキさんはきっと、私が何をしたって許してくれるんだろう。甘やかされすぎてそのうちとんでもない高慢で我儘な女になってしまったらどうしてくれるんだろう。自制しなければ。
もう私の体の痙攣は治まらないとみたのだろう。それとも彼が限界だったのだろうか。多少落ち着いてくると、またゆっくりとニシキさんのが引き抜かれる。緩慢な動きで出ては入ってを繰り返す。長いストロークで膣内を擦られることにすっかり免疫をなくしていた私は、そのピストン運動によって生まれる快感にまるで太刀打ちができなくて、子宮を押されるたびに潮を吹いてしまっていた。
止めようという無駄な努力や、羞恥心を感じる程度に理性は残っていて、けれど快楽には抗えなくて、理性を生殺しにされたような状態だった。体は快感に完敗しているのに、溶け残った氷のように、まだ理性が脳の真ん中に居座っている。
「あっああああっあーーー!はっあうっあっあっ、ぁ、あっあっだめっだめでちゃっまたでちゃうっあっ!あーーーーーっ!」
「はあっはあっんっ千尋」
苦しそうな呼吸を繰り返していたニシキさんがついにどさり、と私を組み敷いた。ぽたたっと彼の汗がしたたり落ちる。長い髪が汗で頬に張り付いていて、口を半開きにして、かつてない切なそうな苦しそうな表情で私を見下ろす。押し上げられた子宮がきゅうきゅうと反応してしまう。意図して出している色気ではない。完全にただもうダダ漏れになってしまっている色気だ。いつも涼しげなニシキさんが汗をしたたらせて私の為に必死で我慢してる。ただただ、私に優しくしたい一心でニシキさんが耐えている。もはやどう形状したらいいのかもわからないような感情の奔流に襲われる。獣みたいな欲求と、私と彼が一つの生き物でない哀愁と、言葉にもできないほどの愛情と。
衝動にまかせて片足だけ彼の腰に引っかかっていたのを、もう片方も持ち上げて彼の腰に絡め締め上げる。放したくない。
「あ、あ・・・もっと、ね、ニシキさんっもっと。あ、中にっ」
「っっ、っふ、くっ」
「中に、くださっあっうあっニシキさんの、あっちょうだいっ」
「――――――――っ」
据わった眼をしたニシキさんが、がしっと私の腰を固定して、絡みつく脚もそのままにギリギリまで引き抜く。そしてそのまま、思い切り、叩きつけた。
ぱんっという肌を打つ破裂音と、卑猥な濡れた音が響き、一拍遅れて快感を理解した脳がじんとしびれる。
「っ、ひっ、あああああああああああああああああああああああああっ!!」
「あっ、はっもう、我慢してたのにっ、っっ、千尋の、はあっ!千尋の馬鹿っ」
ガツン!ガツン!とニシキさんが突き上げてくるたびに腰骨に衝撃が走る。それだけ深く突き込まれればもちろん子宮にも突き当たっているわけで、頭が何度も真っ白く染まる。正常位で、尚且つ私から絡めてしまった脚は麻痺してしまったように解くことができなくて、逃げを打つことができない。シーツを引っ張るようにして握りこむ。
「あっ!ひっ!あっ!あっ!きゃひっ!」
「んはっはあっ千尋、ったら、っん、あ、ほらまたっ、そんなに潮吹いてっ、はあっ気持ちいいの?はっ」
「やあっ!やああっ抱っこ、あっ!ニシキさんっ」
「っっ!!はあっ、千尋っ千尋っ」
ニシキさんもだけれど、私も大概汗みどろで、しかも私に至ってはもういろんな体液でべたべたでひどいありさまだろうけれど、もう今は、そんなことどうだってよかった。
珍しくニシキさんの体は温かくなっていて、抱きしめられると熱いくらいだった。腰から手を放して私の背中と後頭部に腕を回し、私の名前を何度も呼ぶニシキさんの背中に手を回す。絡めた脚にも力を込めた。
「あっ千尋っも、うっあっ、はっ、っ!っっ」
「んーーーっ!あっあっあっひああっ!あーーーーーっ!」
ぐっと子宮口に押し付けられたニシキさんの鈴口から勢いよく精が吐き出される。子宮内に吐き出される熱に目を見開いて跳ねた。けれど所詮は彼の腕の中で、抱き込まれたままの腰は微動だにできず、ニシキさんの陰茎が脈動するのに合わせて吐き出されるそれを、流し込まれるしかない。
「あっ、熱、あっ熱いっ、んっあっ、まだ出て、あっひんっも、入らな、ひゃあっ」
「はあ、はあ、はっ、ん。まだ入るでしょ、ほら、全部飲んで」
「あうっあっひいっひゃんぅっ」
あくまで子宮口から離さないまま、ゆるゆると腰を振られて、彼の腕の中でびくびくと震える。弾んだ呼吸を整えるニシキさんの息遣いを耳元に感じて、じわっと胸に温かさが滲む。
全部吐き出して、私の中もようやっと痙攣が収まると、彼はゴロン、と私を抱きしめたまま寝転がった。私を上にのせて仰向けで横たわった彼は、まるで動けない私の頭と言わず背中と言わず、子どもでもあやすかのようにして撫でていった。私はニシキさんの胸の上にだらしなく伸びきっていて、まだ時折ぴくぴくと体を震わせながら、早くなっていたニシキさんの鼓動が落ち着いていく様子に耳を傾けていた。
二人してぼけーっとしながら呼吸を整える。気だるさが眠気に代わっていく。でもどろどろだし、またお風呂行かないと。
まだ私の中に納まっているニシキさんのブツは、蛇の時とは違ってちゃんとしぼんでくれた。そうだよ。普通出したらしぼむものなんだよ。まったくありがたい限りである。
たぶん、これもあるから人型を取ってくれたんだろうな、とそんなことを思った。
力をなくしつつあるものを収めたまま、私を抱えてニシキさんが上体を起こした。ん、と小さく呻いてニシキさんの首に抱き着く。胡坐をかいたニシキさんに向かい合わせで跨るような姿勢になった。そのままそっと口づけられる。
「お風呂、行かなきゃね」
「ん」
「眠たい?」
「ん」
「ふふっいいよ、眠って。お風呂は私が入れておいてあげるから」
「んーん」
「やなの?」
「ん」
「なんなのもう、可愛いな」
「抱っこ」
「してるでしょう?」
「もっと」
子ども扱いしてくるので、子どもっぽく駄々をこねて見せる。さあ甘やかせ。私が駄々をこねるのを甘やかすのが大好きなの、バレバレだからねニシキさん。ちょっと美形が分からなくなるくらいだらしない笑顔してるからね。
ぎゅうぎゅうと抱きすくめられて頬ずりをされ、私は大変満足だ。
ニシキさんの思惑通り、と言ったら聞こえは悪いだろうか。私の体の芯はもう震えていなかった。今は思考がマヒしているせいもきっとあるとは思うけれど。
意図的に、鳥の妖怪の死に顔を思いださないよう努める。きっとまた、寝て覚めれば思考回路も戻って、思い出したくなくても思い出してしまうに違いないし、そうすればまた、泣き叫びたくもなるんだろうけれど、それでも今この時は幸せで、たぶん、彼がいて私がいるというこの幸福感はすごく本質的なことなのだ。
ここで生きていくのなら、私は命を狙われることもあって、そしてその撃退にニシキさんが失敗したとき、私は死ぬのだろう。私が死んだら、恐らくニシキさんは本当に死んでしまうのだと思う。
そう考えると、やっぱり私は死にたくない。相手を殺しても死にたくないけれど、できれば相手も殺したくない。そんな方法を考えたい。
私には頑丈な爪も生えてはこないし、八重歯だってこれ以上尖らせることはできないし、体も小さくて貧弱だ。きっと鍛えたところでニシキさんほど強くはなれないだろう。それでも、それでも武器を使ったら?爪がないならば鉄の爪をはめればいいし、牙はなくても刀なら握れる。貧弱な体なのだから小回りだってきくだろう。
せめて、最低限。自分の身を守ることを覚えたい。私はどうあがいても被捕食者だろうけれど、だからこそ抵抗する力が必要だ。ニシキさんがいなかったら喰われるだけの存在じゃ、だめだ。
今のままではだめだと、強く思った。強くなりたいと思った。どういった強さを手に入れればいいのか、まだわからないけれど、漠然と、強くならないといけないと、決意した。怖いけれど、でも、ニシキさんとちゃんと生きていきたいのだ。一緒に生きたいの。
それならば、ニシキさん任せなのは、ズルだ。あの鳥の妖怪をニシキさんに殺させたのは、私なのだから。
眠たい。体中が重たい。ニシキさんの体温がいつもと違って暖かいのがいけないんだ。ぬくぬくしているのも気持ちいい。
結局、私はニシキさんの腕の中なら冷たかろうが暑かろうがなんだっていいんだろう。
「ニシキさん、」
蚊の鳴くような声で呼びかける。
「うん?」
「私・・・強くなるからね。ちゃんと、・・・自分のことくらい、守れるように」
「・・・・・」
「ニシキさんとね・・・・生きたいんだ」
「・・・・・うん」
もう本当に眠たくて、瞼も開けていられない。それでも、私の背中を伝い落ちたのが、ニシキさんの涙なのはちゃんと気づいていて、そーっとその頭を撫でてあげて、そのまま、私は夢も見ないような深い眠りに落ちていった。
+ + + + +
「おかあさま、おかーさま!」
「おっと、」
縁側に藍染の質素な着物を着た黒髪の女性が座っていた。白い敷物に腰かけているように見える。
彼女を母と呼び、縁側の向こうからすっ飛んできたのは、真っ白なおかっぱ頭の子どもだった。ハッとするほどきれいな顔立ちで、声は幼子特有の甲高いものだ。なかなかな勢いをつけて懐へと飛び込んできたその子を、難なく受け止めて彼女は小さく笑った。
「どうしたの、イオリ」
「これよんで!ハナビさんにかりたの!」
「花菱さんね」
イオリと呼ばれたその子は、持っていた本を母に押し付ける。和紙に墨で絵をつけた、なかなかに渋い絵本だ。紙は新しいもので、半人半蛇の妖怪と、それに守られるように立つ鎖鎌を持つ女性が、牛鬼らしき妖怪と対峙している絵が描かれている。
ねだるようにキラキラと目を輝かせたイオリはまだまだ貧弱な下半身の真っ白い蛇体を、きゅるっと母の胴に巻き付ける。
「・・・・・・。」
しばらくそれを眺めた女性は、すいっと背後に視線を流す。この前少し違う表紙の似たような絵本の読み聞かせをせがまれたばかりだ。
彼女が視線を流すのとほぼ同時に、背後から白い腕が伸び、彼女と、彼女の腕に抱かれたイオリを抱きしめた。
「照れてるの?千尋。いいじゃない。だってあの時の千尋格好良かったんだもの。頼んで作ってっもらっちゃった」
「ちゃったじゃないわよ。なにしてくれちゃってんの?これ何冊目?息子に自分の話読み聞かせるとか恥ずかしすぎるでしょ。バカなの?」
「えー?読んでほしいな。私も聞きたいんだもの。ねえイオリ?お母様に読んでほしいよね?」
「ききたい!よんでよんで、ねえおかあさま、おねがい」
千尋は頭を抱えたくなった。息子がねだり上手すぎて先行きが不安だ。
いつも通り座布団代わりのニシキの体に腰かけて、縁側でのんびりお茶をしていたはずが、これだ。ニシキ一人でもなかなかに面倒だったのに、ほとんど夫のコピーみたいな見た目の息子は、こと千尋に甘えることに関しては、それはもう夫と息がぴったりなのだ。とはいえ、その焦げ茶色の、唯一自身に似ていると思える瞳に見つめられてしまうとどうにも弱い。腹に回っているまだまだ幼くて頼りない蛇の体も可愛い。
イオリの白髪をさらさらと梳いてやるとくすぐったそうに笑って胸に甘えてくる。あー可愛い。超かわいい。なにこれたまんない。なんなんだろうこの生き物は。
「しょうがないな。ほら座って」
「わーいっ!」
きゃっきゃと笑うと、イオリはスルンと滑って正座を崩して座る千尋の膝に小さなとぐろを巻いて落ち着いた。
さあ読め!とばかりに見上げてくる。
「むかーしむかし」
千尋ははらりと絵本を開く。イオリに中の絵を見せてやりながら、この絵本の出だしの決まり文句を指でなぞる。背後にいるニシキに背中を凭れ、その言葉を口にした。
あるところに、幸せな夫婦がありました。
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