人でなしより愛を籠めて

極楽 ちどり

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1章

12話*

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明るい部屋の中、ぐちゅぐちゅと酷い水音が響いていた。

「ッ!!ぅ、ふぅううぅ゛ッ!ぅううぅ゛ッ!」
「あかんって。こっち見とってよ」

脚を少し開いた状態で太ももの上にしっかりと乗られてしまっていて、まともに身動きが取れない。口元を抑える手を引きはがそうとしていた私の手は、もはやその手に縋っているような状態だ。

「潮を吹くとこ見せろ」なんていう、小学生男子みたいな好奇心でのたまった夏樹は、びっくりする位優しい手つきで、Gスポットを攻め立ててくる。

それなりに経験があるけれど、逆に丁寧なセックスというのにはとんと縁がなかったのだと、今更気が付いてももう遅い。

夏樹の代用品が欲しい私と、適当に突っ込みたい男とのマッチングじゃさもありなんというところだが、そんな事にさえ今更気が付いたのだ。セックスに求めていたものが、快感というより、隙間を埋める体温でしかなかっただろう。そんな浅い経験、誇れることもなければ、経験値としても薄味で、大好きな相手との行為に直面している今、それらはなんの助けにもなっていなかった。

焦がれに焦がれた夏樹との行為というのは、私が知っていた今までのセックスを根本から覆す程の快感を伴っていた。

だって、口を押さえつけられて呼吸が苦しいのに、本気でそれを拒むどころか、そんな状態で普通に快感に流されてしまっているのだ。自分で自分が信じられない。

「ん゛っ!んん゛っ!!んんんぅ゛ッ!!」

あ、待って、あっ、やばい、やばいこれ本当に出ちゃう奥熱くなってるじわってしてきてるッ!

必死に首を振る。必死で口元を抑えている手を叩いて、腰を逃がそうと身を捩るが、びくともしない。

「出ちゃう?」

うっとりと目を細めた夏樹が尋ねてくる。これぞ猫なで声、という甘く優しく作られた声だ。喋れなくさせているのは夏樹のくせに、質問形式なところが憎らしい。

どうにか下っ腹に力込めて潮を吹くなんて行為を阻止しようとしたのと、Gスポットを今までよりほんの少し強い力で押し上げて揺らされたのは、ほとんど同時の出来事だった。

「~~~~~~~っ゛!!!」

ぷしゃっ

「わっ!すっごい勢い。んははっ可愛いー、ちょぉ待って。可愛すぎるて」
「っ!!ん゛っっ!!ふぅ゛っ!」
「あー、これって一回出したら止まらへんの?だらだら溢れよる」
「ぅ゛~~~~~ッ!!」

知らない、知らないっ!こんなの知らないっ!!

もう潮を吹いてしまったというのに、夏樹が手を止めてくれないせいで、そこから更にだらだらと潮を溢れさせてしまっている。こんなことは経験がなくて、どうしていいのか分からない。体が完全に自分の制御下から外れてしまっていた。

「こっちも一緒に触ったらどうなん?」
「きゅぅ゛ッ゛!」

ぷしゅしゅっ

喉から変な音が漏れる。

目の前が真っ白に染まっていて、もう何が起きているのかよく分からない。息苦しい。頭が痺れたみたいにふわふわしてる。

「きゅうって・・・かわい。ははっどこ見てんねん。白目むかんと、ちゃんと俺の方見とってって。なーぁ」
「っ!!――――ッ!!」

クリ、クリトリス潰さにゃいでっ!ナカもやめてぇっ!もお無理なのっ!しんどいっ!もぉしんどいぃっ!イけないっ!やだもうイくのやだぁあ゛っ!

「ここまで乱れたとこ見んのは初めてやわぁ・・・そんなに俺の事好き?」

夏樹が何か言ってる。でも全く意味が分からない。声は聞こえているけれど、その言葉の内容が全然理解できなくて、もはやただの音でしかない。

体の中で渦を巻く快感を吐き出すために、せめて叫びたくて、夏樹の掌の下で口がはくはくと動くけれど、音らしい音も出てくれない。

にゅぷん、と彼の手が抜ける。ただそれだけの動作で、体の筋肉がびくっと跳ねる動きをする。当然、太ももの上に居座られているのでその動きは完全に殺されてしまうのだが、今の私にそれをどうこうする気力は皆無だ。

口を塞いでいた手も同時に外され、私の脚に座り込んでいた夏樹の体も離れた。

呼吸は一気に楽になったけれど、まともに声も出せない。ひどく荒い喘鳴混じりの呼吸を繰り返す事しかできなかった。遠い昔、授業で長距離を走らされた時でさえもう少しまともに息ができていた気がする。


不意に、名前を呼ばれてぼやけていた意識が僅かに浮上する。それでも、頭を持ち上げる事すら億劫で、ぼーっとどこでもない場所を見ていた視線を、夏樹の方へ流すことしかできなかった。

そんな瀕死の私に覆いかぶさった夏樹は、陶酔という表現がまさにぴったりと当てはまる表情で覗き込んで来ながら、汗で濡れた私の髪を優しく梳いた。

「ほんまに人間やめてしまってええの?」

静かな声だった。

でもそれは、問いかけの形式の割に疑問を孕んでいるようには聞こえなかった。
もう私の答えなんてわかっているというような、そんな雰囲気がしていたのだ。きっと夏樹は、私が彼の手の中から逃げ出すなんて、欠片も考えていないのだろう。

それに対して傲慢だとか、自惚れ過ぎだとか、そんな事を考えるよりも先に、ああ、信頼してくれたんだ、という悦びが溢れる辺り、私はどうしようもないヤツなのだろう。

「そし、たら・・・は、ぁっ・・・夏樹と、いられる・・・でしょ?」

荒い呼吸の合間に問を返す。声が少し震えていた。

怖いからだろうか。それとも、まだ体を巡っている快楽の残滓のせいだろうか。分からなかったし、別に分かりたいとも思わなかった。

「うん。永劫ずっとな」

静かな声のまま、彼が答える。

それなら別に、なんでもいいかなぁ、と。そう思った。

快楽で理性の融けた脳みそは、大して考えもせずに答えを出す。「ずっと」なんてちょっと幼稚な言葉を使った夏樹が、なんだか可愛くて、私はへらりと笑って彼の方へと手を伸ばす。腕が重しでも付けているみたいで、のろのろとしか上がらない。

その腕を補助するように、夏樹の手が支えてくれて、どうにか彼の首へと腕を回して縋りつく。唇を合わせたのは自然な流れだった。そうするのが当然のように、私たちはどちらからともなく目を細め、顔を寄せた。

口付けながら夏樹の手が私の体の上を滑っていく。指先でなぞって官能を高めるような触れ方ではなく、掌全体を使った労わるようなその手つきが、敏感になりほてった体には大層気持ちよくて、そうでなくても無駄に上手なキスで回らない思考が、加速度的に溶けだしていく。

食べ合うように口付けながら、私はもう芸もなく、ただ夏樹の首に縋りついている事しかできなかった。
もうまったく、頭が回らない。

脚を大きく開かれて、その間に彼の体が割り込んだ。足に触れた感触で、夏樹も服を全部脱いでいたらしい事に気付く。大洪水の割れ目に、熱いモノが掠めて、一瞬息が止まった。

「ッ!んむっん゛っ!」

ぬるり、ぬるりと割れ目とクリトリスを彼のモノがなぞる。抱え上げられた脚が悶えても、夏樹は気にもしないで口付けを続けていたけれど、不意に顔を離し、それからばつが悪そうに私を見た。

「ごめん、ノールックで挿入れんのはやっぱちょっと無理っぽいわ」
「んっ、ふっふへ、はぇっ」

実に童貞っぽい事を言ってるのに、こっちにそれを揶揄からかう余裕がない。
彼からしたら挿入に失敗していたのかもしれなが、こっちは敏感な場所をぬるぬるごりごりと擦られていただけなのだ。そんな余裕あるはずがなかった。

体を起こした夏樹が、大きく開いた脚の間、もうぐちゃぐちゃに濡れて、彼が挿入ってくるのを今か今かと待ちわびているその場所に、ぺちんっ!と自身のモノを叩きつける。

「ぁぅっん゛っ!」
「うわ・・・エっロ」

焦らすこともなく、夏樹はぬぷりと私のナカへと挿入ってきた。先っぽの太い所を捻じ込まれた衝撃に頤を跳ね上げる。

熱い。熱、はっ硬い、なに、なんか変、え、あっアっなにっ!?なんかぼこぼこしてるっなにっこれなにっ――――!?

「なちゅ、あ゛っ!な、ッ、なん、何、変、ッ、へんっ!」
「はっ、あー、うん、ちょっと、ッ、待って・・・はッ、後で説明、するから、待っ、てなんなんこれ――――ッ」

「気持ちよすぎるやろ」と掠れた声で呟きながら、夏樹が奥までゆっくりと挿入ってくる。

気持ちいいって言って貰えるのが嬉しいなんて、私、本当に馬鹿だな。体の具合を褒められて何喜んでんだろう。そんな斜に構えた思考も僅かに流れるけれど、夏樹と体を繋げているという事実の前に、そんなもの大した意味を持たなかった。

ただただ、今自分の腹の中で脈打つ、自分とは別の熱があることに、それが夏樹である事に、もはや感動すら覚えている。それでも、今まで感じたことのない、膣壁を抉ってくるような突起物の存在を感じていて、でもどう考えても温度感も、質感も、そして夏樹の反応からしても、彼に生えているものを突っ込まれているようで、疑問が頭の中で爆発しそうだった。

「はっ、待って、待っ、ちょ、そんな締め付けんとい、っ、出るって」
「あっあっわか、ないっあっぅあっ」

そんな事言われたってどうしようもない。こっちだって別に、やろうと思って締め付けているわけじゃないのだ。それに待ってほしいのは、むしろ私の方だ。完全に快感が過剰すぎる。本当に、切実に一回待ってほしい。

「あかんって、も、っっ!」

ぱちゅっ!

「ひゅっ!?」
「くっ、っっ!」
「あ゛っ~~~~ッッ!!!♡」

上から腰を叩きつけられ、子宮をこれでもかと抉られて、まともに声も上げられないまま、味わった事のない深い絶頂感に意識を攫われた。腹筋が変な痙攣を起こしていて、絶頂感が引いてくれない。

お腹の底にじわりと熱が滲む。その慣れない感触が妙に心地いい。あれ・・・待って、これって・・・あ、え、これ生・・・?

二人分の乱れた呼吸音だけが響く部屋。湿度のある沈黙の中でぼーっと現状を把握しようと、のろまにしか回ってくれない思考を回す。

「夏――――」
「あ゛ークソもー、気持ちよすぎんねん」
「あっ!?ッんくぅっ!」

ぬめり気を増したナカからわずかばかり引き抜かれた感触に、思わず呻く。少し硬さの落ち着いたそれは、でも十分に熱いいし、未だ硬さを保っていた。何より、慣れない突起物で膣壁をぞりぞりと擦られる感触が本当にダメだ。

「はー、っ、あー、こぼれてきよる・・・エっロいわぁ・・・んははっ、おめでと。あんたもこれで人からはみ出た存在に仲間入りやで」
「はっ、ぁ、え・・・?」

するりとおへその下、子宮の上を撫でられる。何を言われているのかまるで分からなくて、のろのろと視線を下へ向けた。

見ると、下腹部には見慣れない模様が浮かんでいる。じわりと滲むように、段々と黒く濃くなっていくその模様は、車輪を描いたもののようだ。

「んはっ、くくっふっ、あははははははっ!!」

突如、場違いな大爆笑が室内に響いた。周囲から苦情が来てもおかしくないような、狂気じみた笑い声。どうしたんだろういきなり。なにが・・・どうして・・・なに。分からなくて怖い。

「っ、なつ、き・・・?」

それでもそこにいるのは確かに夏樹で、恐る恐る彼へと手を伸ばす。

仰け反るように笑っていた彼はしかし、私が手を伸ばしている事に気が付くと、喉の奥で笑いながらも、手を差し伸べてくれた。今しがた、狂った笑い声をあげていたとは思えない程に優しく、掌同士を合わせて、指を絡め貝殻のように繋いでくれる。

「長かったわ、ほんまに・・・気が狂うかと思った」
「ぁっ、はっあっ」

まっちろい腹に刻まれた車輪に雲・・・炎だろうか、そんな模様が纏わりついている車輪模様を、それはそれは愛おしそうに撫でながら、彼はゆるゆると腰を振る。
じわじわと彼の白目が暗い朱色へ侵食されている。化けの皮が剥がれかかっているらしい。それでも彼の口調は優しいままだし、お腹を撫でる手も、繋いでいる手も、どちらも優しく力を加減されていた。

長かったって何。どういう事?

この痛い程じゃないけどとげとげしてるの何?

何で笑ったの?

この模様は・・・?

私って、どうなってるの?

聞きたいことが渋滞している。なのに、体の内側を優しく撫でられるのが気持ちよすぎて言葉が出てこない。

「好きやで。愛してる」
「ッ!」

唐突な告白に、きゅっと胸が締め上げられて、同時にナカにいる彼の事も締め上げてしまう。

「っ、んはっ!めっちゃ素直やん。可愛すぎるやろ」
「ぁっ、ぅあっはっ、っんと、せつめっぇあっあっ説明っ!」
「するよ。もう取り返しもつかん状態やし、いくらでも説明したるけど、んっ、後にしようや。な?」
「あ゛ッ」

化けの皮が剥がれる程に興奮しているくせに、夏樹は変わらず穏やかな口調を崩さない。余裕そうな表情をして、上体を倒して私に覆いかぶさる。繋いだ手はゆっくりと顔の横に抑え込まれ、いつの間にかもう片方の手も同じように貝殻繋ぎにして反対側へと沈められる。

「なあ俺たち、もう夫婦やねんで」
「あっはっあ・・・?」
「こういうの、契りを交わす、って言うやろ?」
「あッ!ふぁっ!んッ!」

こういうの、と言いながら、夏樹は少し強く腰を揺する。優しくお腹のどん詰まりを小突かれるのが気持ちよすぎて腰が浮いてしまう。

「あ゛ー、そのだらしない顔やばい・・・なあ、人間の夫婦と違ってな?こうやって刻印を刻んだ者同士は、どうなったって離れられへんねんで・・・っは!素敵すぎるやろ?」
「ふぁ゛ッ!ッ、ッッ、ぅ゛~~~~~ッ!♡」

ぐっと奥に押し込まれ、子宮を押しつぶされる。その瞬間、一気に昇り詰めて思考が白く弾け飛んだ。

勝手にうねる腹筋の暴走に翻弄されながら、かすかに残る思考で、離れられないのは、確かに素敵だなんて馬鹿げたことを考えながら、私の視界は完全に白い闇に飲まれたのだった。
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