上 下
42 / 51

42 さすがは商人、さすがは淫魔

しおりを挟む
「アンタら遅いぞ!  一体何やってたんだ!」
「て、てめェまさかカオルに手出したんじゃねえだろうな……っ」

 「みみ皆さん落ち着いてください!  私共わたくしどもにも事情がありまして……とにかく、これより報酬をお渡しいたします!」

 作業と戦闘を果たし、やっとの思いでギルドに戻ると、扉を開けた瞬間けたたましい怒号が飛んできた。
 何時間も待たされて痺れを切らした人たちによる、荒々しい出迎えだ。
 中には血走った目でリエフさんを睨む人までいる。

 それもそのはず、カオルはこの場にいるメンバーにとってはアイドルだ。
 そのアイドルと、彼女にあからさまな色目を使っていたリエフさんが、お互い何やら疲れた様子で帰ってきたのだから、何かよからぬ発想が脳をよぎったんだろう

 屈強な冒険者たちが、より屈強なリエフさんへ、恐れもせずに詰め寄っていく。

 しかしながら、彼がジャラジャラと鳴る袋を取り出すと、喧騒はすぐさま静寂へと変わった。
 いや、数人はリエフさんとカオルを交互に見ながら、鼻息を荒くしたままだ。

 でもとにかく、やっぱりみんな目先の報酬には弱いみたいだ。

 リエフさんもそれを分かっていて、下手に釈明せずにお金を取り出しんだろう。さすがは商人だ。お金の使い方をよく理解している。

「はいどうぞ。はい。今日は皆さまに頑張っていただきましたので、色を付けておきましたよ」

 それぞれが袋を受け取り、貨幣の擦れる音がギルド内を満たしていく。
 冒険者たちはみんな袋の中を確認し、一様に驚きの声を上げた。
 つまり、期待できる量ということだ。


 ——そう思っていた矢先、問題は起こった。

「はい、どうぞ」
「ん?  なんか少なくないですか?」

 カオルがいぶかしげにリエフさんを見つめている。
 その手に揺さぶられる袋からは、確かに他よりも小さな音しか聞こえなかった。

 ……ピリついた空気をなだめるように、穏やかな声でリエフさんは言う。

「いえいえ、適正ですとも。それぞれのに合わせてお支払いしているのですから」

 一切嘘のない、既に説明された通りの文言。

 それがむしろカオルの神経を逆撫でしたのか、彼女の声は嫌味っぽさを増した。

「まあ仰る通り、私自身はそんなに石炭掘ってませんけどねぇ、何かお忘れじゃあないですかぁ~?」

「何か、とは?」

「いやほら、あなたさっき『皆さまに頑張っていただきましたので』って言いましたよねェェェ~。それは一体誰のおかげだったのか、もう一度よく考えてほしいんですよォォォ~」

「なるほど。それは間違いなく、サキヤ殿のおかげです」
「なら——」

「ですが、サキヤ殿ももう一度お考えになってください。あなた、戦闘の中で一体何をお使いになりました?」
「え?」

 リエフさんは、カオルを見下ろすようにニヤリとほくそ笑む。
 言われたカオルは、何のことだかまるで分かっていないみたいだ。というか、僕も分からない。

 すると、マルカが思い出したように口を開いた。

「あ!  ツルハシと石炭!」
「「あああーっ!」」

 そうだ。幻覚にばかり気を取られていたけど、カオルが使った武器はそれだけじゃない。
 アドラに向かって投げて回収しきれなかったツルハシ、粉塵爆発を警戒させるために砕いてばら撒いた石炭。
 それらは全て、リエフさんの管理下にあったものだ。

「こちらで差し引いておきましたよ。ああ、お二人の分はキッチリお支払いするのでご心配なく」
「いや待った!  確かにその言い分は正しい。だがそれと比較しても、貢献度の方が上のはず!  だって、みんながあれだけ頑張れたんだから!」

「ハァー。そもそもですね、私はあなたのおかげで危険に巻き込まれたのですよ。それにサキヤ殿、あなた、周囲にバラしたくない秘密があるのでしょう?」
「うぐっ、ぐぐぐぐぐぐ……」

(これは、勝てないな)

 人前で取り繕っていた性格も、サキュバスという正体も、魔法が使えるという事実も、全てが彼に知られてしまっている。
 やられた。、交渉の余地が無い。……さすが商人。

「では、そういうことで」

「くっそぉぉぉ~」
「まあまあ、カオルさん……」

 たてがみを揺らし去っていく彼の背中は、淫魔の鋭い眼光をものともしないほど、非情なまでに威風堂々としたものだった。

 ———完全敗北。それを受け入れ、僕たちも帰ろうとしていたところで

「な、なあカオル。よかったら、コレ……」

 1人の冒険者が、カオルに声をかけてきた。
 見ると、彼の手には数枚の硬貨が握られている。

「俺たちが頑張れたのは、君のおかげだ。だから、せめてものお礼に、受け取ってほしい……」

 そう述べる彼は、まるで一世一代の告白でもするかのような面持ちで、つい応援したくなるくらいにはその純情が伝わってきた。

「いえそんな。私は少しでもみんなの力になりたかっただけです。あなたに頑張ってもらえただけで、十分嬉しいですよ」

 けれどカオルは、その感情ごと押さえ込むように彼の手を握り、自分の胸元へ置いた。
 そして聖母のような微笑みと言葉で、今にも呼吸が止まりそうになっている彼を、完全に捕らえてしまった。

「ね。だからコレは、あなたが持っていて」
「い、いい、いや、どうしても君に渡したいんだ!」

 純情を見事に利用されてしまった彼は、床に置かれていたカオルの報酬袋に、有無を言わさず自分の硬貨を突き入れた。
 その瞬間の、カオルの最低な笑顔を、僕は一生忘れないだろう。

(さすがは淫魔だ。男心の使い方をよく理解してる)

 こんなことをされたら、カオルはお金を。誰が見たってそう思う。
 だから、彼女は何の遠慮もためらいもなく、それを受け取れる。

 そしてこうなってしまえば、後はどうなるか?

「お、俺だってお前のおかげで……!」
「フッ、私はもっと感謝しているよ」
「こ、これ全部やるからっ!」

 そう、決して落札者の現れないオークションが始まるんだ。

「そんなっ、困ります……っ」

 またも男たちに取り囲まれる中、カオルはやけに磨きのかかった白々しい清純さで、容赦なく価格を釣り上げていく。

「お前ら……ほどほどにしておけよ?」

 傍目から一連のやりとりを見守っていたギルドの支部長が、僕とマルカの方へ来て耳打ちする。

「「あ、あはは……」」
 僕たちはぎこちなく笑うしかなかった。

「みんな、ありがとう。機会があれば、ぜひお返しをさせてくださいね」

「「「「「うおおおおおおお!!!!!!!!」」」」」

 この光景をリエフさんが見たらどう思うだろう。
 彼は勝ち誇った様子で去っていったけど、蓋を開けてみれば、最初から最後までカオルの一人勝ちだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔物ばかりの異世界に転移したおっさんは何を思う

甲斐枝
ファンタジー
うだつの上がらないおっさんが転生した先は時代劇の世界。そして魔物しかいない。自分の姿も変化している。その割にイージーモードでストーリーは進みます。何のためにその世界に行かされたのか。どうすればいいのか。魔法とはどういうものなのか。おっさんは生きることに足掻きながら考えます。でも面倒臭がりなので、どうなることやら。 *上記に今のところ相違ないのですが、所々シリアスで陰惨な話が出てきたりしているので、ご注意ください。

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第三部

Hiroko
ファンタジー
全てを失った和也と芹那は、再びあの奈良時代へ。 そして八岐大蛇となった正人が手にしようとしている力とは。 写真はphotoAC より YATA!様の「風景 箱根神社」をいただきました。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

処理中です...