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1.旅立ち
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「何にせよ、君は私に命を預けるしかないんだ」
夜明け際、周囲を森に囲まれた高原の中で、蒼炎を宿す瞳をこちらに向けながら彼女は囁く。
僕は、これから共に過ごすことになるであろうこの女性を、改めて見据えた。
キャミソールのような形の、ゆとりを持った黒い服。さらに足のラインに沿い、動きやすさを重視した青のジーンズが、彼女の若々しさとおおらかな性格を体現している。
そしてその上から全身を包むように羽織られた白衣が、トレードマークのようにはためいていた。
色気の中にどことなくだらしなさも感じる装いだけれど、同時に、彼女の言葉は表現しがたい威厳を備えている。
そう思ってしまうのは何故か。
それはきっと──彼女が『サキュバス』だからだ。
俄には信じられない光景、しかしそれが紛れもない事実だということを、他でもないこの人が物語っていた。
つまり僕は今、目の前にいるこの淫魔から、命を要求されている。
相手は男を喰らい、糧とする怪物。
もはや逃げ場はどこにもない。
人間離れした艶やかさを持つ美貌に見つめられ、僕はため息まじりに覚悟を決めた。
「分かったよ、カオル。ここに留まり続けるわけにもいかないし、僕も一緒に行くよ」
そう返事をすると、先程までの重厚な気配が一気に消え失せ、彼女はいかにも嬉しそうに笑い、赤く長いポニーテールを揺らしながら跳ねた。
本来毛髪があるだけのはずの側頭部からは、羊の角のようなものが姿を表し、鈍い金色の光を放つ。
「さすがは私のユウくんだ! 物分かりが良くてお姉さんすごく助かる!」
カオルはひとしきり喜びを表現した後、服の隙間、腰の辺りから生える尻尾で僕の体をガシッと引き寄せ、密着して頭を撫でてきた。
「フフッ、こんなにカワイイ子と一緒に旅ができるなんて、私は幸せ者だなー」
恍惚の表情で僕を撫で続ける彼女は気づいていないようだけど、今僕の顔には、彼女の無駄に豊満な胸が押し付けられている。
「ね、ねえ! いくらなんでも無防備すぎるよ。仮にも女性が……」
危機感のない無遠慮な抱擁に、たまらず僕は忠告する。
けれどカオルは忠告を遮り、屈託のない笑顔で言った。
「大丈夫、君以外にはこんなことしないから。」
(いや、僕にもやらないでほしいんだけど。……言っても通じないだろうな)
なすがまま、大抵の男なら羨むであろう状況に身を任せる。
しばらくしてやっと満足したのか、彼女は僕を開放し、森の遥か向こうへ目をやった。
「さーて、この先にはどんな光景が広がっているんだろうね。私の計算通りになってくれてれば良いんだけど」
楽しそうにしている彼女を横目に、僕は一抹の不安を投げかける。
「今更だけど、2人で大丈夫かな」
「問題ないよ。君と私の力があれば、きっとどんなことだって乗り越えられるさ」
落ち着いた、ハリのある声が僕を包み、体の底から温かい気持ちが湧き上がる。
僕はあと少しだけこの感覚が欲しいと思って、質問を続けた。
「ここに来たことを後悔する日があるかも」
「あるものか、あのクソッタレな世界よりはきっとマシだろう。君だって、もう戻りたくはないんじゃないか?」
確実に、僕の背中を押す言葉をくれる。
うん、やっぱり、この人といると何故か安心できる。
本当に、大丈夫だと思える。
僕がゆっくり微笑むのを見て、彼女は更に景気づけるかのように腕を大きく広げた。
尻尾が興奮を隠しきれない様子で、白衣を押しのけながら踊っている。
「さあ行こうかユウくん! 淫魔と少年兵のコンビなんて滅多にないぞ、楽しくなるに決まってる! これから始まるのは、希望に満ちた第二の人生だ!」
赤い髪と金色の角がキラキラと輝く。朝日に照らされるシルエットは淫魔そのものだったのに、僕の目には、それがまるで女神のように見えた。
ここに至るまでの日々を思い出しながら、僕はカオルの手を取った。
これは、僕とカオルが居場所を取り戻す物語。
──僕は、サキュバスと旅をする。
夜明け際、周囲を森に囲まれた高原の中で、蒼炎を宿す瞳をこちらに向けながら彼女は囁く。
僕は、これから共に過ごすことになるであろうこの女性を、改めて見据えた。
キャミソールのような形の、ゆとりを持った黒い服。さらに足のラインに沿い、動きやすさを重視した青のジーンズが、彼女の若々しさとおおらかな性格を体現している。
そしてその上から全身を包むように羽織られた白衣が、トレードマークのようにはためいていた。
色気の中にどことなくだらしなさも感じる装いだけれど、同時に、彼女の言葉は表現しがたい威厳を備えている。
そう思ってしまうのは何故か。
それはきっと──彼女が『サキュバス』だからだ。
俄には信じられない光景、しかしそれが紛れもない事実だということを、他でもないこの人が物語っていた。
つまり僕は今、目の前にいるこの淫魔から、命を要求されている。
相手は男を喰らい、糧とする怪物。
もはや逃げ場はどこにもない。
人間離れした艶やかさを持つ美貌に見つめられ、僕はため息まじりに覚悟を決めた。
「分かったよ、カオル。ここに留まり続けるわけにもいかないし、僕も一緒に行くよ」
そう返事をすると、先程までの重厚な気配が一気に消え失せ、彼女はいかにも嬉しそうに笑い、赤く長いポニーテールを揺らしながら跳ねた。
本来毛髪があるだけのはずの側頭部からは、羊の角のようなものが姿を表し、鈍い金色の光を放つ。
「さすがは私のユウくんだ! 物分かりが良くてお姉さんすごく助かる!」
カオルはひとしきり喜びを表現した後、服の隙間、腰の辺りから生える尻尾で僕の体をガシッと引き寄せ、密着して頭を撫でてきた。
「フフッ、こんなにカワイイ子と一緒に旅ができるなんて、私は幸せ者だなー」
恍惚の表情で僕を撫で続ける彼女は気づいていないようだけど、今僕の顔には、彼女の無駄に豊満な胸が押し付けられている。
「ね、ねえ! いくらなんでも無防備すぎるよ。仮にも女性が……」
危機感のない無遠慮な抱擁に、たまらず僕は忠告する。
けれどカオルは忠告を遮り、屈託のない笑顔で言った。
「大丈夫、君以外にはこんなことしないから。」
(いや、僕にもやらないでほしいんだけど。……言っても通じないだろうな)
なすがまま、大抵の男なら羨むであろう状況に身を任せる。
しばらくしてやっと満足したのか、彼女は僕を開放し、森の遥か向こうへ目をやった。
「さーて、この先にはどんな光景が広がっているんだろうね。私の計算通りになってくれてれば良いんだけど」
楽しそうにしている彼女を横目に、僕は一抹の不安を投げかける。
「今更だけど、2人で大丈夫かな」
「問題ないよ。君と私の力があれば、きっとどんなことだって乗り越えられるさ」
落ち着いた、ハリのある声が僕を包み、体の底から温かい気持ちが湧き上がる。
僕はあと少しだけこの感覚が欲しいと思って、質問を続けた。
「ここに来たことを後悔する日があるかも」
「あるものか、あのクソッタレな世界よりはきっとマシだろう。君だって、もう戻りたくはないんじゃないか?」
確実に、僕の背中を押す言葉をくれる。
うん、やっぱり、この人といると何故か安心できる。
本当に、大丈夫だと思える。
僕がゆっくり微笑むのを見て、彼女は更に景気づけるかのように腕を大きく広げた。
尻尾が興奮を隠しきれない様子で、白衣を押しのけながら踊っている。
「さあ行こうかユウくん! 淫魔と少年兵のコンビなんて滅多にないぞ、楽しくなるに決まってる! これから始まるのは、希望に満ちた第二の人生だ!」
赤い髪と金色の角がキラキラと輝く。朝日に照らされるシルエットは淫魔そのものだったのに、僕の目には、それがまるで女神のように見えた。
ここに至るまでの日々を思い出しながら、僕はカオルの手を取った。
これは、僕とカオルが居場所を取り戻す物語。
──僕は、サキュバスと旅をする。
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