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反転《truth》
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「なんで……なんだこれ……」
腰が抜けてしまったのか、尻もちをついたままじわじわと後退りながら、クルセイダーは必死に状況を整理しようとしていた。その間にも少女はゆっくりと椅子から立ち上がり、優雅な所作で制服の皺をなおしている。
そこで彼は、何かに思い至ったように両目を見開く。
「えっじゃあ……もしかして、ほんものの……クルセイダー?」
その言葉を聞いた少女は、心底から呆れたといわんばかりに深い溜め息をついていた。
「ちがうちがうちがう。言ったでしょ、十字架じゃなくバッテンだって。救済とかくだらない話じゃないの。アレは人間としての答え合わせがマチガイでしたって意味の、ペケ印だよ」
カッターナイフで空中に、大きくバツを描いて見せながら。
「だからクルセイダーなんてダサい呼び名はやめて! そうだなあ、せっかくなら可愛くペケ子ちゃんとでも呼んでほしい」
そう言って、最後に小首を傾げた。カッターナイフを頬に添え。
「……じゃあ、妹ってのも嘘か?」
「ちがうよー、ほんときみはマチガイばかりだね」
うんざりした様子で、かぶりを振る。
「私の──ペケ子ちゃんの最初の獲物は、まちがいなく実の姉だよ。ひきこもりの妹を虐待して支配して、体を売らせて自分が遊ぶ金を稼いでた、大マチガイ人間」
部屋の隅へと後退るクルセイダーに、話しかけながら彼女は一歩一歩迫っていく。
「それから、金の出どこを知ってたくせにいっしょに遊んでた腰ぎんちゃく女とか?」
まるでいつか食べたスイーツの記憶を思い返すかのように。
「あとは『客』どもね。お姉ちゃんが居なくなって辛いから慰めて、とかメールしたら面白いくらいホイホイ会いに来た。わざわざ自分から『人目に付きにくい場所』を指定してね」
とても楽しげに語るのだ。
「それでね、四人目ぐらいに気付いたの。私、すっごく好きなんだなって」
「……へえ、そうなんだ。……なにが?」
どうにかその気を逸らそうとしてだろう、クルセイダーは少女の自分語りに、上ずった声で合いの手を入れる。
「ほら、好きこそものの上手なれ、とか言うじゃない?」
返答は特になかった。ただし歩みはそこで止まる。ちょうど、彼の背もまた部屋の隅に到達していた。
「なのに」
彼女は声のトーンをひとつ落とし、顔を俯けて続ける。
「私の知らない女の子がニセモノに殺されて、私のせいにされた」
うって変わった冷たい声。
「しかもセンス最悪の名前まで付けられて。だから私は、殺しを我慢することにした。つぎはニセモノ──そう、クルセイダーに決めたから」
淡々とそう宣告し終えたところで、彼女は顔を上げる。そして次に発されたのは、恋人に語りかけるような甘い囁きだった。
「だからほんとに、うれしいの。あなたに逢えて」
腰が抜けてしまったのか、尻もちをついたままじわじわと後退りながら、クルセイダーは必死に状況を整理しようとしていた。その間にも少女はゆっくりと椅子から立ち上がり、優雅な所作で制服の皺をなおしている。
そこで彼は、何かに思い至ったように両目を見開く。
「えっじゃあ……もしかして、ほんものの……クルセイダー?」
その言葉を聞いた少女は、心底から呆れたといわんばかりに深い溜め息をついていた。
「ちがうちがうちがう。言ったでしょ、十字架じゃなくバッテンだって。救済とかくだらない話じゃないの。アレは人間としての答え合わせがマチガイでしたって意味の、ペケ印だよ」
カッターナイフで空中に、大きくバツを描いて見せながら。
「だからクルセイダーなんてダサい呼び名はやめて! そうだなあ、せっかくなら可愛くペケ子ちゃんとでも呼んでほしい」
そう言って、最後に小首を傾げた。カッターナイフを頬に添え。
「……じゃあ、妹ってのも嘘か?」
「ちがうよー、ほんときみはマチガイばかりだね」
うんざりした様子で、かぶりを振る。
「私の──ペケ子ちゃんの最初の獲物は、まちがいなく実の姉だよ。ひきこもりの妹を虐待して支配して、体を売らせて自分が遊ぶ金を稼いでた、大マチガイ人間」
部屋の隅へと後退るクルセイダーに、話しかけながら彼女は一歩一歩迫っていく。
「それから、金の出どこを知ってたくせにいっしょに遊んでた腰ぎんちゃく女とか?」
まるでいつか食べたスイーツの記憶を思い返すかのように。
「あとは『客』どもね。お姉ちゃんが居なくなって辛いから慰めて、とかメールしたら面白いくらいホイホイ会いに来た。わざわざ自分から『人目に付きにくい場所』を指定してね」
とても楽しげに語るのだ。
「それでね、四人目ぐらいに気付いたの。私、すっごく好きなんだなって」
「……へえ、そうなんだ。……なにが?」
どうにかその気を逸らそうとしてだろう、クルセイダーは少女の自分語りに、上ずった声で合いの手を入れる。
「ほら、好きこそものの上手なれ、とか言うじゃない?」
返答は特になかった。ただし歩みはそこで止まる。ちょうど、彼の背もまた部屋の隅に到達していた。
「なのに」
彼女は声のトーンをひとつ落とし、顔を俯けて続ける。
「私の知らない女の子がニセモノに殺されて、私のせいにされた」
うって変わった冷たい声。
「しかもセンス最悪の名前まで付けられて。だから私は、殺しを我慢することにした。つぎはニセモノ──そう、クルセイダーに決めたから」
淡々とそう宣告し終えたところで、彼女は顔を上げる。そして次に発されたのは、恋人に語りかけるような甘い囁きだった。
「だからほんとに、うれしいの。あなたに逢えて」
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