2 / 10
看破《detect》
しおりを挟む
「──半年前、いちばん最初に殺されたのは私の姉です」
ほんの数秒だけ、沈黙が落ちる。
「……へえ、そうなんだ。まあ、話がずいぶん早すぎるとは感じてたよ。どんだけ金に困ってるのかと思いきや、なるほどそういうことか」
しかし意外な告白にも動揺を見せることはなく、殺人鬼はゆっくり屈んで少女の顔をまじまじと覗き込んだ。
「言われてみれば、すこし似ているね。……ああ、そんな怖い顔をしないでおくれよ、せっかくの綺麗なお顔が台無しだ」
そして彼女の白い頬を、カッターの刃でぺちぺちと叩く。
「で、まさかだけど、お姉ちゃんの復讐でもしようというの? この状況で?」
それはもっともな問いかけだった。彼女が身を囮にして犯人を突き止めたところで、これでは被害者がひとり増えるだけ。警察がそのような危険行為を許すはずもないから、連携しているという線もないだろう。
「まあ、安心していいよ。きみの顔にもお姉ちゃんと同じ、贖罪と救済の美しい十字架を刻んであげる。そしたらきっと、天国でまた会えるから」
自己陶酔の漂う言葉を並べ立てながら男──クルセイダーは手にしたカッターの刃がぎりぎり触れないよう少女の顔の中心線をなぞり、左右の眼球の前を横断させる。
そこに十字を、描いてみせる。
「どうしたの、黙っちゃって。何か言いたいことは?」
彼女はその間もずっと無言だった。クルセイダーは口元を笑みに歪めながら、カッターナイフを左手に持ち替え、右手で少女の制服の胸を鷲掴みにする。
そこで、とうとう堪えきれなくなったように彼女は、口を開いた。
「──けっこう、お喋りなんだね」
わずかな怯えも怒りも滲まない、落ち着き払った声で。
「え……」
「ね、いいこと教えてあげる」
予想外の反応に戸惑いを隠せないクルセイダーに向かって、同級生に耳寄りゴシップを話すテンションで彼女は語りはじめた。
「被害者の顔の傷ね。たしかに十字なのだけど、まっすぐな十字架なんかじゃないの」
そこで言葉を区切ると、声のトーンを落とし囁くように続ける。他の誰が聞いているわけでもないのに。
「斜めと斜めに切り裂いた、醜いバツ印だよ」
そうして、うふふと笑う。
「つまり、あなたは噂を模倣したニセモノでしかないっ……んッ……」
そこで言葉が途切れたのは、クルセイダーが彼女の胸を掴んだ右手に力を込めたから。青い果実を、育ち切らないまま握りつぶさんばかりに。
「ああ、そういうこと……被害者の遺族だから知り得る情報ってわけだ」
彼はあいかわらず柔らかに、淡々と話す。しかしそれが動揺を悟らせないための「演出」だろうということは、言葉の端々の震えを聞くまでもなく透けはじめていた。
「ならこっちもいいことを教えてあげるよ。実はね、クルセイダーの設定を最初に考えてネットに広めたのはこの俺なんだ」
心の底から誇らしげに言い放った彼にとって、それは劣勢を覆す渾身の一手だったのかも知れない。
「そして六人目と七人目をやったのも俺! あれから鳴りを潜めた真犯人なんかより、俺こそクルセイダーを名乗る権利がある!」
そこまで言い終えるころには、すっかり感情が剥き出しになっていた。きっとこれが演出抜きの、クルセイダーを名乗る男の本来なのだろう。
「残念だったな、お姉ちゃんの仇じゃなくて。でも気に病むことはない、このクルセイダーが、復讐に捉われたお前の魂を救済してやる!」
高らかに宣言し、男は少女の顔を睨みつけた。今度こそ、そこに浮かんでいるのは恐怖か、憎悪か、あるいは絶望の三択であるはずだ。
だから少女の口から漏れるのは、哀願か、暴言か、あるいは嗚咽であるはずだ。
前の二人と、同じように。
「ふふっ、うれしいな」
しかし期待は儚くも裏切られ、それが彼女の答えだった。
ほんの数秒だけ、沈黙が落ちる。
「……へえ、そうなんだ。まあ、話がずいぶん早すぎるとは感じてたよ。どんだけ金に困ってるのかと思いきや、なるほどそういうことか」
しかし意外な告白にも動揺を見せることはなく、殺人鬼はゆっくり屈んで少女の顔をまじまじと覗き込んだ。
「言われてみれば、すこし似ているね。……ああ、そんな怖い顔をしないでおくれよ、せっかくの綺麗なお顔が台無しだ」
そして彼女の白い頬を、カッターの刃でぺちぺちと叩く。
「で、まさかだけど、お姉ちゃんの復讐でもしようというの? この状況で?」
それはもっともな問いかけだった。彼女が身を囮にして犯人を突き止めたところで、これでは被害者がひとり増えるだけ。警察がそのような危険行為を許すはずもないから、連携しているという線もないだろう。
「まあ、安心していいよ。きみの顔にもお姉ちゃんと同じ、贖罪と救済の美しい十字架を刻んであげる。そしたらきっと、天国でまた会えるから」
自己陶酔の漂う言葉を並べ立てながら男──クルセイダーは手にしたカッターの刃がぎりぎり触れないよう少女の顔の中心線をなぞり、左右の眼球の前を横断させる。
そこに十字を、描いてみせる。
「どうしたの、黙っちゃって。何か言いたいことは?」
彼女はその間もずっと無言だった。クルセイダーは口元を笑みに歪めながら、カッターナイフを左手に持ち替え、右手で少女の制服の胸を鷲掴みにする。
そこで、とうとう堪えきれなくなったように彼女は、口を開いた。
「──けっこう、お喋りなんだね」
わずかな怯えも怒りも滲まない、落ち着き払った声で。
「え……」
「ね、いいこと教えてあげる」
予想外の反応に戸惑いを隠せないクルセイダーに向かって、同級生に耳寄りゴシップを話すテンションで彼女は語りはじめた。
「被害者の顔の傷ね。たしかに十字なのだけど、まっすぐな十字架なんかじゃないの」
そこで言葉を区切ると、声のトーンを落とし囁くように続ける。他の誰が聞いているわけでもないのに。
「斜めと斜めに切り裂いた、醜いバツ印だよ」
そうして、うふふと笑う。
「つまり、あなたは噂を模倣したニセモノでしかないっ……んッ……」
そこで言葉が途切れたのは、クルセイダーが彼女の胸を掴んだ右手に力を込めたから。青い果実を、育ち切らないまま握りつぶさんばかりに。
「ああ、そういうこと……被害者の遺族だから知り得る情報ってわけだ」
彼はあいかわらず柔らかに、淡々と話す。しかしそれが動揺を悟らせないための「演出」だろうということは、言葉の端々の震えを聞くまでもなく透けはじめていた。
「ならこっちもいいことを教えてあげるよ。実はね、クルセイダーの設定を最初に考えてネットに広めたのはこの俺なんだ」
心の底から誇らしげに言い放った彼にとって、それは劣勢を覆す渾身の一手だったのかも知れない。
「そして六人目と七人目をやったのも俺! あれから鳴りを潜めた真犯人なんかより、俺こそクルセイダーを名乗る権利がある!」
そこまで言い終えるころには、すっかり感情が剥き出しになっていた。きっとこれが演出抜きの、クルセイダーを名乗る男の本来なのだろう。
「残念だったな、お姉ちゃんの仇じゃなくて。でも気に病むことはない、このクルセイダーが、復讐に捉われたお前の魂を救済してやる!」
高らかに宣言し、男は少女の顔を睨みつけた。今度こそ、そこに浮かんでいるのは恐怖か、憎悪か、あるいは絶望の三択であるはずだ。
だから少女の口から漏れるのは、哀願か、暴言か、あるいは嗚咽であるはずだ。
前の二人と、同じように。
「ふふっ、うれしいな」
しかし期待は儚くも裏切られ、それが彼女の答えだった。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
シカガネ神社
家紋武範
ホラー
F大生の過去に起こったホラースポットでの行方不明事件。
それのたった一人の生き残りがその惨劇を百物語の百話目に語りだす。
その一夜の出来事。
恐怖の一夜の話を……。
※表紙の画像は 菁 犬兎さまに頂戴しました!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio

えっ!?屋敷の悪霊たちを鎮めていた私を解雇するんですか!?
永久保セツナ
ホラー
ドゥリドゥ家の屋敷でメイドをしているリザは突然、女主人のアン・ドゥリドゥから解雇を言い渡された。 でも、いいんですか……? 屋敷の悪霊たちを鎮めていたの、私なんですが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる