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第一章

第十話 新生、朱莉有翼人服店

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 星宇さんが『朱莉有翼人服店』の従業員になってくれた。
 美月に報告したらすごく喜んでくれて、ならまずやらなきゃいけないことがある、と提案してくれたことがあった。それがこれだ。

「朱莉有翼人服店の制服完成!」

 今日から制服を着ることにした。美月が言うには店名と並んで店の印象を伝える材料となるという。
 特に有翼人はまだ人里で暮らすことに不安を感じる者も多い。そんな中で星宇さんは人間で、しかも客層ではない男性だ。これでは入店に戸惑う人がでてくるのではないかという懸念があった。
 でも制服があれば『この服を着る者は味方だ』と思わせることもできて、種族間交流のきっかけにもなるだろうということだ。

「星宇さんどうですか?」
「良いな。動きやすいし着心地も良い」

 私は店の主力である印刷生地を使った大きな箱ひだの軽やかな裳とすっきりして動きやすい衣と取り入れ、男女で揃いにした。
 有翼人以外が私の服を着るのは初めてで少し緊張したけれど、星宇さんを見たらそれどころではなかった。
 き、綺麗……
 星宇さんはとても美しい容姿をしてる。背が高くて肉体労働の隊商を経験しているからか筋肉もあり、遠目に見ただけでも目を引く。
 私は思わず見とれてぼうっとしていた。

「どこか変か?」
「いえ! と、とっても素敵かと!」
「ああ。良い服だ。あんた男物も作れるんだな」
「あ、え、ああ、はい」

 星宇さんに見惚れてたのは黙っておこう……
 私は気を取り直して店内をくるりと見回した。

「それじゃあ仕事なんですけど、正直あんまり考えてやってないんです。お店を開けてお客様が来たら売る。それ以外は試作したり。時間になったらお店を閉めて終わり」
「販売はそうだろうが、売上と在庫管理は? 帳簿はどうしてるんだ?」
「帳簿? 何ですかそれ」
「ん?」
「え?」
「え、じゃない。売上と原価のことは考えてるか?」
「も、もちろん。作るのにかかる費用が原価で、それより高いお金で売る」
「その『高いお金』とは具体的にいくらだ? 割合は? 粗利は? 利益は?」
「……え?」

 ぽんぽんと投げつけられた言葉についていけず、私は首を傾げた。
 星宇さんは呆れたようにため息を吐く。

「なるほどな。どうりで安いわけだ」
「え? だ、駄目でしたか?」
「駄目だ。まず『高いお金』に何を含めるか考える必要がある。あんたは売上で経営にかかる費用を支払うよな。生地を買う費用はもちろん、ここの家賃や服を作る工場への業務委託費用。在庫を置いておく倉庫の場所代。俺の給料が現金だった場合は人件費。これら全てを賄える金額を貰わなきゃいけないんだ。だが肌着を三枚で銅一。これは立珂様を真似たのだろうが、これでは元が取れない」
「……そ、っか?」
「分かってないな」
「う……」

 星宇さんは陳列してある肌着を一つ手に取った。
 薄珂様が助言下さった通り年齢問わず売れる商品で、子供なら性別も問わないのでかなり売れる。

「店の売上であんたが家族を養うとする。今の売価でやっていけるか?」
「……無理、かな……」
「そうだろう。大体家賃はどうなってる。結構良い場所だぞここは」
「支援して下さってるんです。羽根を納品すれば良しって」
「羽根? 立珂様の方式か? 羽根なんて一般人には無意味だろう」
「立珂様と縁のある方なんです。有翼人保護区の区長様なんですけど」
「は!? まさか響玄様か!?」
「あ、ご存知ですか」
「ご存知もなにも……」

 星宇さんは目を見開き、相当驚いたのか口を開けて固まってしまった。

「あの、どうかしましたか?」
「どうもこうも、あんたどういう人を後援につけたか分かってるか?」
「区長ですよね。あ、天一のご店主でもあるんですよ」
「そうじゃなくてだな……」

 まだ何かあるのかしら。それ以外にも何かなさってるとか?
 私が外を歩くようになったのは最近だ。国内のことですら知らないことが多い。きっと何かあるのだろう。
 星宇さんは頭を抱えてため息を吐き、じっと私を見つめてゆっくりと口を開く。

「響玄様は立珂様の保護者だ」
「……え!?」
「薄珂様も響玄様に師事し商売を学び、有翼人保護区作りにもご参加なさっている。だから宰相にも縁がある」
「え、あ、え!?」
「薄珂様と立珂様は羽根を元手に響玄様の支援を受けた。つまりあんたは立珂様と似たような立場に立っているんだ。これは心してかからないといけないな」
「え、そ、そんな、すごいことなんですか……」
「当然だ。どうりで先代皇派が目を付けるわけだ」

 先代皇派というのはこの前うちに押し入って来た人達だ。星宇さんが追い返してくれたけど、何故あんな人達が来たのか分からなかった。
 立珂様のような活躍をされたら困るからだ……

「……私にできるでしょうか……」
「できるさ。売ればいいだけだ。売れなくても最悪あんたの羽根を響玄様には渡せばいい」
「そ、そうなんです。お金が必要なら羽根をくれればいいって」
「なんだ。それなら話は早いな」

 星宇さんはにやりと笑った。この顔は何度か見たけれど、その度に私を助けてくれた。

「現金で売り上げを立てる。羽根がなくとも売れる店を作れば有翼人自営業の参考となり、ひいては有翼人保護区の経済活性化に繋がる」
「け、経済?」
「そうだ。有翼人の自立。響玄様の狙いはそちらだろう」
「自立……」
「売上管理に帳簿は必須だ。これは俺がやろう」
「い、いえ。そんなあれこれ申し訳ないです。私勉強します」
「なら経験しろ。これは『人を雇う』という業務で、この先店を拡大すれば必要になる。そのための経験と思えばいい」
「は、はあ」
「それと、響玄様への支払いや交渉の際は俺を連れて行け。あんたは響玄様の部下ではなく対等な経営者だと思わせなくては」
「そんな。お世話になってる方に失礼じゃないですか」
「その姿勢は響玄様の望むところじゃない。あんたが有翼人衣類市場を牽引し他の有翼人へ還元することこそ恩返しだ。なら多少強気でいるくらいの方が期待に応えるということでもある」
「……できるでしょうか」
「できるかどうかじゃない。やるんだ」

 星宇さんはまたにやりと笑った。この笑みを見るだけで私も自身が湧いてくる。

「響玄様の鼻を明かしてやろう」
「はい!」

 そうして星宇さんと二人での営業が始まった。
 最初は人間の男性店員に驚く人もいたけど。数日もすればお馴染みのお客様とは打ち解けていた。妹さんがいるからか、子供の扱いも上手くて店内は日に日に賑やかになっていった。
 これならきっとうまくいく。響玄様の期待に応えられるだろうと思えた。
 けれどこれはもう一つの問題を引き起こす原因にもなると分かったのは、それからまた数日してからだった。
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