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第一章

第一話 純白の奇跡(二)

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 立珂様は持っていた袋を漁ると何かを取り出し私の前に並べてくれる。
 それは服だった。どれも色鮮やかで、初めて立珂様を見た時に目を奪われたお洒落な服とよく似ていた。

「何色が好き?」
「え? あ、えっと、朱色……」
「朱色ね! じゃあこれ着てみて!」
「は、はあ……」

 立珂様はひと揃え私に与えて下さり、私はそれを持って隣の部屋へ着替えに向かった。
 そしてそれを広げると、私は腰を抜かすほど驚いた。

「凄い! 全部ばらばらになるんだわ!」

 広げたのは確かに服だが、あちこちに釦が付いている。
 釦を全て外すと数枚の生地に分割されていた。どこも縫い合わさっていないので被ったり羽や腕を通す必要が無い。

「組み立てながら着るんだわ。羽を通すんじゃなくて服を置くんだ」

 私は羽の下に後身頃を滑り込ませて飛び出ている両端を肩にかけた。
 端を前へ持ってくると、鎖骨を隠した辺りに釦が付いている。番の前身頃に釦を留めると、身体の前をすっかり隠してくれた。
 背中は首と羽付近が露出しているが、そこで登場したのが肌を隠す付け布だ。
 布は露出した肌を覆い隠せる形状になっていて、肩と身頃の釦に止めると全て肌が隠れるのだ。

「これで出来上がりかしら。あ、違う。まだ何か部品が……」

 ひらりと落ちた布を拾うと中心が丸く繰り抜かれていた。
 布には小さな紙が添えてあり『羽の付け根を覆う布だよ! 自分に合った大きさに切ってつけてね! 立珂より』と書いていある。
 布は服の生地よりもずっと柔らかくて、これなら個人差のある羽の付け根の凸凹にも対応できるだろう。ふにゃふにゃしているので傷みもなさそうだ。

「着る前に付けなきゃいけないんだ。じゃあとりあえずこれで完成……」

 私は自分の身体をじっと見た。
 分割されていた布を組み立てただけなのにちゃんとした服になっている。
 着替えなどという大変な作業はしていない。釦を止めただけだ。汗をかく暇もなく着替えは完了した。
 私は立ち尽くした。こんな簡単に着替えをできる日がくると想像できただろうか。
 身体を包んでいた布を放り捨てて立珂様の待つ部屋へ戻ると、私の姿を見て母は膝から崩れ落ちた。

「なんてお洒落なの……!」
「……立珂様は神様なの?」
「う? 僕は有翼人だよ」

 立珂様はこてんと首を傾げた。にこりと愛らしい微笑みで、今起きているのは何でも無い日常だと言っているようだった。
 あの日見たものは幻だと否定することで悔しさを堪えていた。
 けれどその奇跡が私にも与えられた。ほんの数分で奇跡が日常になったのだ。
 私は立珂様に駆け寄り膝を付き、思わず両手を握りしめた。

「お礼をさせて下さい! お金は無いですが、何か、何か」
「じゃあ羽根一枚ちょうだい。うちの店は一着羽根一枚と交換なんだ」
「そんな汚い羽根捨てるだけですよ!」
「うちは使い道あるから集めてるんだ。抜けたの貰うね」
「は、はあ……」

 薄珂様は抜けたばかりの羽根を一枚広い、腰の鞄にぽいっと無造作に放り込んだ。
 抜け羽根なんて踏み躙られる落ち葉と同じだ。埃を舞散らすことを考えると落ち葉より質が悪い。
 お母さんも不安そうだったが、私たちの顔を見て立珂様はぴょんっと跳ねた。

「じゃあ今度おみせに来て! それでお洒落な姿見せて!」
「もちろん行きます! けどそれじゃあ私が幸せなだけです」
「しあわせになってくれたらそれが一番うれしいよ! 笑顔見せに来てね!」

 じわりと胸が熱くなり、涙がこみあげてくるのが分かった。
 奇跡を与えてくれただけでなく、会いに来てと言ってくれる。
 薄珂様があれほど愛おしそうに立珂様を見つめる意味が私もようやく分かった。
 美しいのは羽じゃない。心だ。立珂様は心が美しいんだ。
 羽は心だとどこかで聞いた覚えがあった。それがどういう意味かは分からないし気にしたいことも無かったけれど、きっとそれは真実なのだと感じる。
 私はもう一度強く立珂様の手を握りしめた。

「行きます! 絶対行きます!」
「うん! 約束だからね!」

 立珂様はにこりと微笑み家を出た。外には迎えの女性が立っていた。
 身なりの良いいかにもお嬢様といった風で、駆け寄る立珂様を抱きしめて、立珂様はばいばいと手を振ってくれた。
 二十二年間の苦しみは一瞬で全て消え去り、私の心は純白の輝きに満ちていた。
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