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第19話 破魔屋の旦那と跡取りの秘密

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 「あんたが破魔屋の旦那だったのか」
 「まあな」

 旦那はちらりと依都を見た。
 依都はこんにちは、とにこにこしている。驚かないところを見ると初対面では無いのだろう。
 そして旦那は大きくため息をついて、呆れたように神威を見た。

 「お前また依都にやられたのか。ここには連れて来るなって言ったろうが」
 「しょ、しょうがねえだろ。どうしてもって言うから」
 「どうしてもで毎回言う事聞いてりゃ世話ねえよ。何を報酬にされたんだ今度は。また膝枕じゃねえだろうな」
 「違いますよー。凄い事してあげるんです」
 「凄い事ォ?具体的になんだそりゃ」
 「神威君の喜ぶ事ですね」
 「はあ?前払いもなく内容すら決めてねえの?お前いい加減にしろよ」

 う、と神威はバツの悪そうな顔をした。
 旦那はまともだなと安心すると同時に、神威のこれは本気なのかと思うとそれはそれで問題を感じざるを得ない。

 「何だ。依都が好きなの身内にもバレてんの」
 「こいつは昔から依都にべったりだからな。まあ依都に育てられたようなとこもあるからしょうがないっちゃしょうがないけどよ」
 「え?そうなの?」
 「そうですよ。生まれたばっかりの神威君にご飯食べさせて寝かしつけてたのは僕です。だから神威君は僕の膝枕が好きなんです」

 それでか、と累は納得がいった。
 神威を見ていると、単に好きな相手を守るだけというよりも、絶対的に守らなくてはならない対象だから離れてはいけない、と思わせるほどべったりと傍にいる。
 外見のせいで混乱するが、親を守るような気持ちだったのかとようやく腑に落ちた。
 けれど容姿という点を考えると気になる事が出てくる。
 
 「この世界って生まれた時から姿変わらないとか言ってなかった?ずっとこの姿でそれやってたわけ?」
 「神威君は生まれた時赤ちゃんでしたよ。そういう人もいます」
 「ああ、全員一律じゃないのか。へー。それで依都が好きなわけね」
 「それはどうなんでしょうね。物心ついた頃は色々あって会えなかったんですよ。それで再会した時は僕を女の子と思っ」
 「っだー!どうでもいいだろその話!さっさと用件話せ!終わったら呼べ!」 

 あははと全員に笑われると神威は拗ねたように社から出て行ってしまい、拗ねないの、と依都は神威を追いかけて行った。
 依都が親のようなものだと聞いてしまうと、なんとも微笑ましい光景に思えてくる。

 「じゃあ用件とやらを聞こうか。まさか神威に依都と遠足させるためじゃねえだろうな」
 「んな馬鹿な。あんたに頼みがあるんだ」
 「報酬は?」
 「え?まだ何の相談もしてないんだけど」
 「報酬の提示が先だ。価値がなければ何も聞かねえよ」

 こいつも商売人だな、と累は鈴屋を思い出した。魂の世界というわりに、鈴屋や大店のように商売っ気のある人間が多い。
 しかも先に報酬を要求するとなると、鈴屋の様に先行投資案で誤魔化すのは無理そうだな、と累は肩をすくめた。

 「報酬、これじゃ駄目か?」
 「そりゃあ卸鈴じゃねえか」

 累が取り出したのは鈴屋がくれた大店の卸鈴だった。
 旦那はそれを受け取り品質確認をするかのように鈴を叩いたり房を一本一本摘まんで手触りを確かめていく。

 「まあ報酬としては悪くねえな。けど大店に出入りできなくなるぞ」
 「もう名声と人脈は手に入ったよ。鈴が無くても人は俺に価値を見出した。俺は鈴屋に繋がってっていう価値をな」
 「鈴屋を利用するか!こりゃあ確かに鈴屋の言う通り、顔に似合わずあくどい男だ」
 「知り合いなのか?」
 「鈴屋を知らない奴ぁいねえよ」

 そうだったとしても、個人として付き合いがあるかは別の話じゃないか、と累は眉を顰めた。
 依都は鈴屋の事を手の届かない凄い人物だと言っていたし、鉢の人間にもそうであるようだった。大店にとっては上司のようなもので、個人として取引をしているのは飴屋の旦那くらいのものだ。

 (破魔屋も飴屋みたいに独立してるのか?となると相当特殊な組織だぞ、こいつら)

 けれどそれが依都の口から説明された事は無い。だから累も深く考えてこなかったが、よく考えると依都も特別な存在ではある。
 鈴屋が直接声をかける程度には地位があり、だからこそ鉢では馴染めずにいた。

 (金魚屋より上位では無いって事だ。でもその地位を決めてるのが鯉屋でそれに従うなら、鯉屋の傘下組織で飴屋みたいに独立してるわけじゃない)

 ここにきてあまりにも情報過多で累は混乱した。
 それが分かったのか、破魔屋の旦那はにやにやと馬鹿にしたような笑いを絶やさない。

 「じゃあ用件を聞こう。望みは何だ」
 「出目金退治をしてほしい。鉢の人は防御手段が何も無いからこのままじゃ死ぬ一方だ」
 「鉢ぃ?赤の他人、それも罪人のために卸鈴を捨てるのか」
 「命の方が大事だ。それに当面必要な物資は持ち出してあるからいい」
 「準備万端じゃねえか。さすが鈴屋を動かした男だ」

 どこからか宙を泳いできた金魚がつんつんと卸鈴をつつき、けれど興味無さそうにするりと旦那の手を通り抜けていった。
 旦那はその鈴を懐にしまい、いいだろう、と頷いた。

 「それで?何匹退治すればいい」
 「何匹っていうか、鉢を守って欲しいんだよ。あんなのにうろつかれたら危ないじゃないか」
 「護衛か。卸鈴一つなら十日ってとこか」
 「期限付きなのか!?」
 「ったりめーだ。それにお前も十日が限度だろう」
 「俺?」

 俺は別に何も無いぞ、と累は首を傾げた。
 けれど破魔屋の旦那はまたにやにやといやらしい笑いを累に投げかけてた。

 「十日後、跡取りが放流をする」

 は、と累は息を飲んだ。
 放流は鯉屋の跡取り、つまり結の仕事だ。そしてそれは魂を削り結を生贄にする。
 そしてそれは一か月後に控えてると言ったのはこの男だ。

 「あんた一ヶ月後って言ってたじゃないか!なんだよ十日後って!」
 「一ヶ月後が本番。それまでに小規模の放流をするんだよ。ああ、そういやこの前倒れたって聞いたな」
 「倒れた!?」

 くく、と旦那は面白そうに笑った。
 累はそんな笑いに怒りを示す余裕も無く、結が死ぬかもしれない恐怖に震え始めた。

 「急げよ。跡取りは死んでも良いんだ」
 「……どういう意味だよ。跡取りがいなきゃこの世界の人だって困るだろ」
 「ンなの新しい跡取りを呼べばいいだけだろ」

 旦那はまた馬鹿にしたようにくくっと笑い、つうっと通り抜ける金魚を撫でるように指を動かした。

 「お前の弟は放流に耐えられるかな?」

 累の頭は真っ暗になっていた。

 *

 同時刻、結は練習程度の放流すらうまくできず、またも倒れて寝込んでいた。

 (駄目だ……吐きそう……)

 生前と同じように顔を白くして、水でも飲もうとよろよろと立ち上がった。
 ばしゃりと顔を洗うと少し気分が良くなるような気がしたけれど、やはり吐き気は収まらない。

 (ここの食事ってあんまり美味しくないからあれも気分悪くなるし。よりちゃんのお茶は美味しかったのになあ……)

 累同様、結にも現世と同じような食事が用意される。
 けれどそもそも現世を知らない彼らが用意する物は褒められたものでは無く、味が無かったり異常に濃かったりする。
 一体どういう料理を作ったつもりなのか分からない物も多く、料理などした事は無かったけれど、どうせなら食材のままもらって自分で料理しようかと思うほどだった。
 はあとため息をついて部屋へ戻ろうとすると、またひそひそと話声が聞こえてきた。

 (……跡取り様って言う割に反跡取り派ってそれなりにいるよね。何だろうこの派閥)

 これが結を疲れさせる原因でもあった。
 結が鯉屋に来た数日で知った事の一つがこれで、鯉屋の中は大きく二つの派閥が存在した。
 紫音を筆頭にして鯉屋を愛し跡取りを敬う人間と、利益のために鯉屋を利用する人間だ。これを誰が率いているかは分からないが、彼らは結がスムーズに放流をこなさない事を不利益として陰口を叩く。

 「聞きましたか。また跡取り殿は倒れたそうですよ。此度の跡取り殿はどうにも魂が弱い」
 「見目は麗しくともいかにも弱々しいのは頼り無いですなあ」

 この程度は何度も聞いていた。
 だが跡取りは数百年に一度で何度もやって来るものでは無い。そのくせ「今回の跡取りは」という比較をするのもおかしな話で、これは単に僕を気に入らないんだろうなと結は感じていた。
 考え方は人それぞれだし、そんな小さな嫌味にいちいち取り合う必要も無いと結はあまり気にしていない。
 けれどこの時ばかりは違っていた。

 「本番はどうなる事やら。一度放流したら死ぬのでは?」
 「こんな早くに死ぬとは、なんとも使えぬ跡取り殿だ」

 ぴたりと結は脚を止めた。

 (……死ぬ?)

 それだけ言うと陰口をたたいていた男達はどこかへ行ってしまった。

 (まさかこの吐き気って疲労じゃなくて、僕の何かを消費してるから……?)

 結は生前の事を思い出した。
 息が苦しくて食事などとてもできない日々も多く、いつも累は泣きながら手を握ってくれていた。
 学校にもいかず傍にいて、出席日数が足りなくなると怒られていたのを見た事がある。
 そんな累が叫んだ言葉が脳裏に響く。

 『お前は利用されてるんだ!鯉屋にいたら殺されるんだ!』

 双子なのに兄は常に自分の一歩先を行き、決して追い付けず手を差し伸べてもらうのを待つしかできない。
 累はそうする事を面倒だと思った事など無いし、それが同情ではなく純粋に愛情である事は結も分かっていた。病室から出れなくても他より劣る人間であるように扱われた事など一度も無いし、傍にいてくれるのはただただ嬉しかった。
 それでも劣等感は感じていたし、その愛情が苦しく感じる事もあった。
 そして今自由に動ける身体になって、初めて愛情自ら突き放した。それは初めて結が自らの力で自尊心を満たした行動でもあった。

 けれど今、結の脳裏に浮かぶのは累の泣きそうな顔と悲痛な叫びだった。

 「……殺される?」

 結はぺたりと座り込んで動けなくなっていった。
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