上 下
16 / 37

第15話 裏切られた兄

しおりを挟む
 金魚屋で仕事の無い時間、累は鉢に通うようになっていた。
 大店の宿泊施設からあれこれと運び出し配り歩くのだ。平等に行きわたるように依都が計算をしてその個数を神威が配布して回る。
 その間に累は鉢の中の状況を調べ、必要な物を聞いて回っていた。

 「薬が欲しい?」
 「はい。ここらは出目金が出るもんで……」

 出目金の多い少ないは場所によるようだった。
 身を隠せる場所が多いところを好むようで、鬱蒼とした森が隣接する地区は怪我人も多く見られた。
 これには累達も心を痛めてはいたが、だがこれは依都が頑張ってどうにかなるものではなかった。
 何しろ薬は高価だ。大店にしか扱いが無いため手に入れるには金銭が必要になる。物々交換で手に入る事はまずない。宿泊施設のアメニティにも置いていないので手にするにはどうしたって金銭が必要だった。

 「けど鉢で貰える収入は飴だけですよ」
 「……けど飴以上を望むのはちょっと難しいな」

 これは既に累が交渉をした事があった。
 お金として扱われるのは現代の十円玉のような茶色い円形の金属だ。それ以外に硬貨や紙幣はなく、この一種類でやり取りがされる。
 もっと種類を増やさないのかと聞いたら、金属を加工する技術が乏しく生産自体が難しいためできないらしい。
 だからこそこの硬貨一つにも価値があるようだ。

 その硬貨を流通させているのは銀行のような店だった。金属加工ができるいくつかの店が物々交換で提供をしている。
 けれどその交換条件が凄まじい内容だった。服やら花でも良いのだが、これは鉢では手に入らない。街でも大店が喜ぶほどの物など有るわけが無く、これは現実的じゃない。なら累でも手に入れられるようになった飴ならどうかと思ったが、一枚に付き千個を寄越せと言われた。
 それでも卸鈴を持つ累ならば、という特別価格だ。通常では千五百個で交換をするらしい。たった数十個手に入れるのがやっとな現状ではどう考えても無理だった。

 そして薬というのは高いなんてものじゃない。
 そもそも傷を治すというのはこの世界に置いては「魂を修復する」という出来事になるため、それは現世へ生まれ変わる時に選べる肉体のランクが上がるのだ。分かりやすく言えば裕福な家庭を選べるようになる、という事だ。
 そんな物をホイホイと手に入れられるわけもなく、傷薬を5gほど手に入れるのに硬貨が五十枚も必要だった。

 「鈴屋に貰えないのかよ」
 「とっくに断られた。利益のない取引はしないってさ」
 「なら直談判するっきゃねえか」
 「誰に何をだよ」
 「鯉屋の大旦那だよ。あんた鉢を無視すんのか!ってな」

 はは、と累は笑った。
 あんな暴力を振るう奴が助けてくれるかよと心の中で呆れつつも、神威の考えるよりも行動する真っ直ぐな気持ちは人の心を打つ。
 依都もそんな神威を見て、まったく、と呆れ声を漏らしながらも嬉しそうにほほ笑んでいた。神威が依都に向ける気持ちとは違ったとしても、依都が神威に懐いているのもこういうところなのだろう。

 「交渉できたとしてもしばらく大旦那様もお嬢さんもいない。どのみち無理だよ」
 「いない?何で?」
 「鯉屋様は野良出目金の回収で時々お出かけになるんですよ」
 「出目金!?何だよそれ!!それは結も一緒なのか!?」
 「わ、解りませんけど。そうじゃないですか?」

 出目金は凶悪だ。防護手段が無ければ命を落とすのはすぐだろう。
 鯉屋は結を守るだろうけれど、それでも万が一を思うと累は居ても立ってもいられず鯉屋へ向かおうとした。
 けれどその時、ぎゃあ、という叫び声が聞こえて来た。

 「出目金だ!いっぱい出て来た!みんな逃げろ!」

 鉢の人々が栄養不足で痛々しい手足を必死に振り回して逃げ出していた。
 だがろくに隠れる場所の無い鉢では出目金が立ち去るまで逃げ回るしかないのだ。どうしたらいい、と累は焦ったけれど、真っ先に動いたのは神威だった。

 「累!依都を隠せ!」

 神威は依都を累に預けて出目金の群れに向かっていった。見る限りで十匹はいる。
 大丈夫なのか不安になったが、依都は神威を振り返らずに鉢の人を守らなければと転ぶ人達に手を貸した。隠れる場所など無い以上、いかに効率的に逃げるかが勝負になる。依都には子供を抱っこさせて、累は大人達に手を貸した。

 誰もが不安に思ったが、カタが付くのは早かった。
 身体の大きな出目金が多いと恐怖も倍増するが神威にとっては的が大きくて切りやすいようで、派手に動き回る事もなく軽々と切り捨てていく。
 依都もこの程度では心配もしないようで、大丈夫だよ、と子供をあやしていた。

 そうして、わずか十分程度で出目金退治は終わり神威が剣を収めた。
 それを見て、依都には念のためまだ隠れてるように言ってから神威の傍へ駆け寄った。
 足元にはとても子供には見せられないほどグロテスクな姿になった出目金が転がっている。

 「依都は?」
 「大丈夫。しっかし、改めて見ると凄いなお前」
 「これでも破魔屋イチの腕っぷしなんでね」
 「まじか。依都の尻追っかけてるだけじゃないんだな」
 「オイコラ。出目金の餌にするぞ」
 「はいはい。なあ、出目金ていつもこんな多いのか?」
 「季節による。多いのは冬だ。十月を皮切りに一月あたりまでだから今は時期外れだ。それにこれは出目金じゃない」

 神威は切り捨てたその死骸を足で蹴飛ばしごろりと転がした。
 よく見るとそれは黒一色ではなく、白や赤といった柄も入っている。それに金魚屋出目金よりも全長が幾分か長い。

 「こいつは錦鯉だ」
 「人工出目金とかいう?」
 「ああ。鯉屋が飼ってる」
 「けどこいつらは出目金から守ってくれるんじゃないのか?」
 「そのはずだ。それに錦鯉を持ち出せるのは鯉屋の大旦那かお嬢さんだけのはずだが……」
 「でも今いないだろ」
 「そうだ。て事は、可能なのはあと一人」
 「誰だよ」
 「跡取りだよ」

 累はカッと怒りで顔を赤くして、力任せで神威に掴みかかった。
 当然累程度の力では揺らぎもしないし表情一つ変えやしない。

 「結が仕掛けてるって言うのかよ!!」
 「違うのか?」
 「違うに決まってんだろ!」
 「ふうん。じゃあアレは?」
 「アレ?」

 神威が目で累の向こう側を睨みつけた。
 何だ、と累は苛立ったままぐるりと神威の視線の先を振り返った。
 そこにいたのは――

 「……結?」

 鯉の鱗柄をした黒い羽織を着た結だった。
 その周りを錦鯉がうろうろと泳いでいる。それはまるで結が引き連れているかのようだった。

 「結!よかった、逃げてこれたんだな!」

 累はこれがどういう状況か考えるより先に、救出できずにいた最愛の弟との邂逅を喜び駆け寄った。
 けれど結は兄の愛情を鬱陶し気に目を細めて一瞥すると、累に背を向け鯉屋の方へ足を向けた。

 「結!?どうしたんだよ!お前は利用されてるんだ!鯉屋にいたら殺されるんだ!」

 累は喉が潰れるのではないかと思えるほど強く叫んだ。
 聞こえてないはずは無いのに、結は振り返りも立ち止まりもしない。
 くそ、っと累は全力で走ったけれど、ついっと錦鯉が累の行く手を阻んだ。見れば十数匹もそこらを泳いでいて、出目金並みの攻撃力を持つ錦鯉相手では強行突破もできない。
 それでも累は飛び込もうとしたけれど、神威が正面から累を捕獲して錦鯉から離れてしまう。

 「放せよ!!結!!結っ!!」
 「落ち着け!この状況じゃ無理だ!」
 「嫌だ!結!結!結!」

 神威の腕から逃げる事はできず、そうしているうちに結も錦鯉も立ち去ってしまった。

 「……結、何で……」

 累は愕然として座り込んだ。
 それは錦鯉を連れてここに居た事に対してではなく、弟が自分を拒絶した事へのショックからだった。
 喧嘩をした事はあっても、嫌悪された事も憎まれた事も、記憶の限りでは一度も無い。守ってやらなければといつでも傍にいた。
 それがあんな風に睨んでくるなんて、その鋭い視線は累の心臓を貫き、累はその痛みで立ち方を忘れてしまった。
 どう慰めたら良いのか分からずに神威も立ち尽くしていたが、その時一人の男が走って来た。神威と似たような服で、全身黒尽くめだ。

 「神威様」
 「どうしたんだよ」
 「依都様のお傍へお戻りを。鉢が出目金に襲われています」
 「何だと!?」

 しまった、と神威は呆然としたまま立とうとしない累を担ぎ上げて依都の元へ向かった。

*

 鉢に戻ると、そこはまるで地獄絵図だった。

 「なんっだ、こりゃあ……」

 出目金が人を食い、食い足りないと共食いをする。
 食われた人間はそこらに転がるしかなく、そうなったら出目金が集中して群がってしまう。助ける術が無い以上、それを見捨てて逃げるしかなかった。
 攻撃手段も防御手段も無い鉢の人は逃げ惑うしかなく、駆けつけた破魔屋も出目金の進行を阻むので精いっぱいだった。

 「神威君!遅いよ!」
 「多いっつか、それよりデカすぎだろ!なんでこんなになってんだよ!」
 「共食いしたんだと思う。最近やけにいっぱいいたし」

 累は出目金の暴れる惨状を見て恐怖を感じたが、それでも思ったのは弟の事だった。

 『共食いみたいなもんさ。出目金を自らの中に放流し、己の魂と出目金(たましい)を相殺する』

 男の声が頭に響く。

 「……結はこんなのを相手にするのか?」
 「どうかな。その結サマがこれをけしかけてるかもしれないだろ」
 「何だと!?そんなわけあるか!!」
 「じゃあさっきの錦鯉は何なんだよ!」
 「っ……」

 錦鯉は鯉屋だけが従える物だ。
 出目金のように襲ったりせず、結を守っていた。

 「現実を見ろ。お前は弟に裏切られたんだ」

 ざくりとその言葉は累の脳に突き刺さり、身体のどこにも力が入らなくなってしまった。
 言い捨てた神威は再び累を担ぎ依都を抱え鉢を出た。
 二人を金魚屋に放り込むと鉢へ戻ったようだったが、累はぴくりとも動かなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜

櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。 和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。 命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。 さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。 腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。 料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!! おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

変わり者と呼ばれた貴族は、辺境で自由に生きていきます

染井トリノ
ファンタジー
書籍化に伴い改題いたしました。 といっても、ほとんど前と一緒ですが。 変わり者で、落ちこぼれ。 名門貴族グレーテル家の三男として生まれたウィルは、貴族でありながら魔法の才能がなかった。 それによって幼い頃に見限られ、本宅から離れた別荘で暮らしていた。 ウィルは世間では嫌われている亜人種に興味を持ち、奴隷となっていた亜人種の少女たちを屋敷のメイドとして雇っていた。 そのこともあまり快く思われておらず、周囲からは変わり者と呼ばれている。 そんなウィルも十八になり、貴族の慣わしで自分の領地をもらうことになったのだが……。 父親から送られた領地は、領民ゼロ、土地は枯れはて資源もなく、屋敷もボロボロという最悪の状況だった。 これはウィルが、荒れた領地で生きていく物語。 隠してきた力もフルに使って、エルフや獣人といった様々な種族と交流しながらのんびり過ごす。 8/26HOTラインキング1位達成! 同日ファンタジー&総合ランキング1位達成!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...