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第六話 新たなるの金魚の少年(一)

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 何となく土日の予定を空けておくようになってから三回目の土曜日。
 予定は無いがなんとなく早起きをして、八時前には寝間着のままパソコンを立ち上げていた。調べたいことがあるわけでも、見たい動画があるわけでもない。
 欲しいものがあるわけでもないのに通信販売のサイトを見るけれど、結局何もせずパソコンを閉じた。
 ため息を吐いてぼうっとしていると、やはり頭に浮かぶのは叶冬の言葉だった。

『アキちゃん双子だったろう。それも死産か、物心つく前に亡くなってる。違う?』

 あれは金魚が魂だという前提を元にした予想にすぎない。秋葉のことを調べていたわけではなく、ただ叶冬が人の斜め上をいく発想をしただけだ。
 そう思うものの不信感が拭えず、金魚の話を親身に聞いてくれる貴重な人間と距離を取ってしまった。
 謝ろうか、けど何を謝ったらいいんだ。謝らずともあそこは神社と喫茶店と水族館という、客として行くことのできる場所だ。いっそ何も考えず乗り込んでしまおうか。
 そんなことを考えながらもスマートフォンでアプリゲームを立ち上げログインボーナスを獲得しようとしたその瞬間、同時にメッセージの受信を告げる音楽が鳴った。

「うわっ」

 あまりにもタイミングが良くて思わずスマートフォンを落としてしまった。割れてないか焦ってモニターを確認すると、表示されているメッセージ送信者は――

「……店長?」

 このタイミングの良さ、まるで盗撮でもされている気分だ。そんなわけはないだろうけれど、なんとなく部屋をきょろきょろと見回してしまう。
 おそるおそるメッセージを開くと、そこにはいかにもあの男らしい内容が書かれていた。

『金魚が金魚とごちゃまぜでぴかぴかするから黒猫喫茶においで』

 何も分からなかった。
 きっといつものように着物を羽織って大仰なアクションで周りから白い目を向けられているのだろう。声に出してメッセージを打ってそうだ。
 三十五歳にもなって子供のような振る舞いをする男を思い出すと、ついつい吹き出し笑ってしまう。

「黒猫喫茶って金魚屋の隣のあそこだよな……」

 金魚屋の隣に猫とは恐れ入る。
 しかも喫茶店で金魚の何をするというのだろうか。とても水槽を運び込んでイベントができるほどの広さは無い。けれどぴかぴかと言うからには光るのだろう。光る物を見せてくれるということだろうか。
 外を見ると、九月になったばかりの今日は日が強い。薄着の方が良さそうだが、手持ちの夏服はTシャツしかない気がする。それではあの男の横に立つにはあまりにもバランスが悪いけれど、だからといって着物を羽織る気にはなれない。そもそもあの着物はオールシーズン羽織っているのだろうか。

「いやいや、何考えてんだ」

 秋葉はぱっぱっと空中をかき混ぜ思考を払った。考えるのなら服装じゃなくて行くか行かないかだろうに。

「……取り合えず行くか」

 何も考えず乗り込んでしまおうか。そう思っていたのだからこれは良い口実だ。
 秋葉はクローゼットに飛びついて、まるで新品のような半袖のワイシャツがあることに気が付いた。確か大学に入学した当初は着ていたが、次第に堅苦しくて面倒になり着なくなったものだ。そのくせ何を考えていたのか、クリーニングにまで出している。

「これにするか……」

 あの男は奇天烈だが、着物を脱いだその下はきちんとした服装をしている。
 いつも黒いベストにパンツだが、生地は様々で同じ物を着ていたことはない。いざとなれば礼儀正しいことを思うと、本当はちゃんとした人間なのかもしれない。
 秋葉はノリでパリッとした着なれないワイシャツを手に取った。
 着心地の悪いワイシャツに少し後悔しながら黒猫喫茶に到着すると『閉店』のプレートが出ていた。

「あれ? 休み?」

 てっきり新しい展示でもやっているのだろうと思ったが、喫茶店の中は静まり返っている。金魚屋の方へ行ってみたがこちらも『休業日』とプレートが出ていて誰もいない。
 どうしたものかとうろうろしていると、後ろからどんっと二回ほど何かがぶつかってきた。

「痛っ! なん」
「どわ~~~~~~~!」
「わ~~~~~~~い!」
「わああああ!」

 勢い余って転んでしまい、叫び声の主を振り向くとそこには見覚えのある男がいた。

「やあやあアキちゃん! よく来たね!」
「店長。それに、ええと」
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
「君はたしか……」

 叶冬の隣にいたのは桃色の着物姿の少女だった。秋葉と同じくらいかそれより少し幼くも見える。
 友人ではないが秋葉はこの少女に見覚えがあった。

「お祭りの時に店長の介抱してた巫女さん?」
「あ、覚えててくれたんですね」
「これは僕の妹の紫音という娘だ! 日中から着物だなんて風変わりな娘だろう。喋り方立ち居振る舞いも変わっているし」
「ええ? 変人代表のかなちゃんにだけは言われたくないわ」
「なにぃ!? 僕のどこが変人だというんだい!?」
「それよ、それ」

 どうやら妹は普通の感性のようだ。それにしても兄と一緒に突進してくるあたりはさすが妹というべきか。

「ほらほら。紫音がおかしなことを言うからアキちゃんがびっくり仰天してるじゃあないか」
「違うわ。かなちゃんがおかしなことを言うからよ」
「……あの、それより金魚がぴかぴかって何ですか?」
「うむ! よくぞ聞いてくれた! 金魚がぴかぴかするんだよ!」
「はあ……」
「かなちゃん! それじゃあ何のことかさっぱりよ。ごめんね、アキちゃん。かなちゃんと話すと疲れるでしょう」
「はは……」

 本人と妹を前にして否定はしないが肯定もしにくいので苦笑いで誤魔化した。
 しかし異性にいきなり愛称で呼ばれるのはなかなかない。兄ほどではないが、妹も常人よりはほんの僅かばかり斜め上かもしれない。

「全くこの子たちは。ぴかぴかと言えばこれしかないだろう」

 ずいっと勢いよく叶冬が差し出してきたのはチケットだった。
 そこには美しくライトアップされた水槽で泳ぐ金魚が映っている。

「アクアリウム?」
「そうなの。うちの父が新しく始めたんだけど、その入場チケット」
「ぴかぴかってそういうこと。けど店長の家ってお金持ちですね。喫茶店に水族館にアクアリウムまで」
「うちは普通よ。これは父の友人に大変な資産家がいらっしゃって、スポンサードして下さったの」

 大変な資産家の友人がいる時点で凄いだろうに。何かしら成功している人間じゃなきゃそんな知り合いができるとは思えない。
 それに喫茶店と水族館の二つをやってるあたり普通ではない。

「つまりは金持ちの道楽さあ。何となくやりたいことをやる人なんだ」
「何となくでアクアリウムですか……」
「アクアリウムにはかなちゃんの金魚を貸してるのよ。見に行ってあげて」
「そういうことだ! さあ行くよ!」
「え? 今から?」
「今行かないでいつ行くんだい」
「は、はい。ああ、でも紫音さんはその服装でいいんですか?」
「え?」
「今日暑いし動きにくいでしょう。あ、慣れてるなら平気なのかな」
「ええと……」

 紫音は何故か少し困ったような顔をしてちらりと兄を見上げた。もしや一緒に行くつもりではなかったのだろうか。
 仲が悪いようには見えないが、年の離れた兄妹とは複雑なのかもしれない。無神経だったかなと少し焦っていると、叶冬はぽんっと妹の頭を撫でた。

「そうだね。熱中症になったら困るし着替えておいで」
「う、うんっ!」
「僕も着物は置いていくかな。目立っていけない」
「え、羞恥心あったんですか」
「失敬な。それに紫音まで奇異な目で見られるのは困るからね」

 この服装が奇異であることはやはり自覚があるようだった。ならば着物を羽織るのには何かしらの目的があるということだが、一体何のためだろうか。
 それにしても同行者が奇異な目で見られると分かっているのなら二人で行動する時も脱いでいてほしいとは思う。
 ――それとも金魚に繋がる何かなのだろうか
 着物について追及をして良いものか迷ったが、そうこうしているうちに紫音が洋服に着替えて戻って来た。着物と同じく桃色のワンピースで、手には白い日傘を持っている。上品ないで立ちはいかにもお嬢様といった風だ。長い黒髪を下ろしていたのは日本人形のようで着物に良く似合っていたが、結い上げているとまた違った印象だった。

「紫音に手ぇ出したら殺すよ」
「だ、出してないです」
「目がいやらしかったよ」
「気のせいですよ」
「ほぉ~ん? ほぉ~んと~に~?」
「本当に。妹思いなんですね、意外と」
「当り前さあ! 可愛い妹なのだからね!」
「か、かなちゃん急にどうしたの」
「急じゃないさ。僕はいつだって妹が可愛いのだよ」

 叶冬がよしよしと妹の頭を撫でると、紫音ははにかんで兄の手を享受した。
 なんとなくだが、普通の兄妹の距離感とは少し違うような印象を受けた。だが仲は良さそうだし、あまり人の家庭を探るのは気が咎める。そういうものなんだろうと秋葉は特に追及はせずにおいた。

「車で行こう。少し遠いからね」
「……店長って運転できるんですか」
「できるよ。何だい。僕の運転じゃ不満だというのかね」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「大丈夫よ。意外と運転は普通なの」
「あ、そうなんだ。ならまあ」
「どういう意味だい」

 今までの様子からして運転も破天荒なのではという恐怖があるに決まってるじゃないか――と思ったのは黙っておくことにした。
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