【キャラ文芸大賞 奨励賞】壊れたアンドロイドの独り言

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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エピローグ

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 美咲が大学を卒業して一年が経ったころ、漆原朔也率いるアンドロイドカフェ《Cafe Androdia》のプレオープンが始まった。
 内装は水族館をイメージしており、壁は埋め込みの水槽になっている。アンドロイドは水濡れ厳禁と思われていて、水を扱う仕事や家事を任せたい主婦層の購入に歯止めがかかっていた。
 だが美作アンドロイドは防水も完璧で水に濡れても囲まれても大丈夫、というマイナスイメージの払しょくを兼ねての内装だ。
 しかしこれは周辺機器への影響も大きいため実装は難しいと言われていた。
 だが北條不動産の全面協力により設備の問題のほとんどがクリアになり、丸二年はかかると思われたカフェのリリースは想定よりも半年以上早まったのだ。
 それを成功へ導いたのは漆原朔也と、自らが選んだ若手人材の活躍の力もあった。選出したのはインターンを通じて社員になった――

「久世さん! 列やばいです!」
「いつも通り整理券配布。今日の分だけね。列は壁に沿って敷地内のみ」
「はあい!」
「安西君。NICOLA大丈夫? そろそろ限界でしょ」
「一機オーバーヒートした。充電終わってるの回して」
「了解」

 店長は漆原朔也となっているが、現場を率いるのは漆原がインターン時代から育てた久世美咲と安西和也だ。
 安西和也がインターンでありながら五千万円という契約を取ったことと、開発技術は皆無の久世美咲が漆原の新プロジェクトを任されたのは若手社員を活気付かせた。
 そして漆原も加えた三人が揃うアンドロイドカフェには新卒も中堅もベテランも、老若男女問わず参加希望者が殺到した。
 これほど美作の社員を大きく揺るがせたという点はアンドロイド関連事業ではない一般企業でも話題になっている。
 こうして話題を集めてのプレオープンはアンドロイド事業関連会社の興味を引き、漆原朔也が広告塔として積極的な広報活動をしているという事でスポンサーも多く付いた。
 フロアはどたばたと大慌てで、漆原は隅でくっくっと笑った。そしてその隣には北條不動産の代表としてやって来た久世裕太の姿がある。

「大丈夫なんですか、美咲一人に任せて」
「大丈夫なようにやってますから」
「根回し済みですか」
「さすがに新卒だけで全部やらせたりしませんよ」

 多くの部下を持つ男二人は目を合わせてクスッと笑った。

「漆原さんには頭が上がりませんよ。母と暮らせるようになったのはあなたのおかげです」
「俺は責任者としてやるべき事をやっただけです。それにきっかけは俺でも美咲さんでもないですしね」
「きっかけ? 美咲が言い出したんじゃないんですか?」
「違います。そもそもの始まりは奥様が大河さんの荷物を片付けたことです。あれがなければこんなうまく繋がらなかったはずです」
「ああ、たまたまですよそれは」
「そうですか? たまたま長年触れなかった場所の片付けをして、たまたま大河さんを怒らせて、たまたま美咲さんが裕子博士の写真を見つけて、たまたま俺が手を貸す事になり、解決の場にたまたま洸の服を持って来ていた――ってなりますかね。どちらかというとA-RGRYを調べられる俺が美咲さんの上司だと知ったから行動に出たように見えます。それに十年以上もマンションの家賃が久世家に入ってない事に気付かないなんてことありますかね。しかもそれをご主人に一言も漏らしていない。これはちょっと不自然だなと思うんですよ」
「……香織が母の事を知っていたっていうんですか」
「それは俺には分かりません。でも家族円満になって依存症も鳴りを潜めたようですね」

 漆原はカフェのソファ席に目をやった。つられて裕太も目を移すとそこではアンドロイド達と遊ぶ妻がいた。
 そして初期化され別人となった洸を連れた裕太の母と、むすっとして全く楽しんでいないであろう裕太の父の姿もある。
 けれどその膝には猫型のロボットが寝そべっていて、それを優しく撫でている。
 裕太の妻は動物型も買いましょうかなどと話していて楽しそうで、それはとても平和な家族の姿だった。

「美咲さんと裕子博士を繋いだのは洸だと思いますか?」
「それは、まあ、そうだと思いますよ」
「俺はそうは思いません。壊れたアンドロイドは動かない。動いたように見えたのは美咲さんが動かしたからです。感謝すべきは俺じゃありませんよ」
「……でもお礼を言わせて下さい。美咲が動けたのはあなたのおかげですから」
「それはまあ、上司ですから」
「有難う御座います。これからも美咲をよろしくお願いします」
「こちらこそ」

 会社としても、と漆原と裕太はがっしりと握手を交わした。
 するとその時、ホールにいた美咲が駆け寄ってきた。

「漆原さーん」
「ん? どした」
「お客さんがこのアロマと同じの欲しいって言ってるんですけど、どこのですか? 漆原さんのベッドルームのと同じですか?」
「いや、あれとは別物。これはスポンサーから貰ったんだよ」

 ソファ席にはほのかにオレンジの香りが漂っている。
 アロマは好みが分かれるけれど女性の食い付きは良いだろうと、プレオープンの時に試してみようと設置したのだ。
 どこのメーカーだったかなと漆原はアロマのボトルを取り出したけれど、その腕と美咲の肩を掴んだのは裕太だった。

「待ちなさい。何故彼のベッドルームを知ってるんだお前は」
「あー、前泊まった時に」
「泊まった!?」
「おい! 馬鹿!」
「え? あー……でもほら、もう二年以上前の話だし」
「何だと!? じゃあインターンの頃か!?」
「え、あ」

 しまった、と美咲は口をぱむっと押さえた。馬鹿、と漆原はため息を吐いてくるりと裕太に背を向けた。

「む。お客様がお呼びだ。じゃあ俺行くから」
「あ、私も~」
「おい! 待て! 待ちなさい!」
「お父さん。今営業中だから静かにしてね」
「待ちなさい! 美咲!」

 美咲と漆原は逃げるように客席へ駆けこんで、裕太が帰る時間まで接客に徹していた。
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感想 2

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みんなの感想(2件)

ひなとはっち

あけましておめでとうございます。
こちら、一気に読ませていただきました。
美咲と漆原さんの掛け合いがテンポよく、アンドロイドの設定がリアルで興味深く、面白いですね。
どんな謎が隠されているのかワクワクします。
文芸大賞も投票させていただきました。
引き続き読ませていただきたいです。
更新楽しみにお待ちしてますね。

蒼衣ユイ/広瀬由衣
2023.01.03 蒼衣ユイ/広瀬由衣

ひなとはっち様

明けましておめでとうございます!
まさかひなとはっち様が読んで下さるなんて……とっても嬉しいです……!
SFはファンタジーですが、いつか現実でも可能になるのではと思えるようなリアルさを書くところを頑張っていたので、そうおっしゃって頂けてとっても嬉しいです。
終わりまで読んで頂けるような執筆ができるよう頑張ります!

解除
2022.01.08 ユーザー名の登録がありません

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蒼衣ユイ/広瀬由衣
2022.01.08 蒼衣ユイ/広瀬由衣

読んで下さり有難う御座います!
とっても嬉しいです!
最後まで読んで頂けるよう頑張ります^^!

解除

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