45 / 45
エピローグ
しおりを挟む
美咲が大学を卒業して一年が経ったころ、漆原朔也率いるアンドロイドカフェ《Cafe Androdia》のプレオープンが始まった。
内装は水族館をイメージしており、壁は埋め込みの水槽になっている。アンドロイドは水濡れ厳禁と思われていて、水を扱う仕事や家事を任せたい主婦層の購入に歯止めがかかっていた。
だが美作アンドロイドは防水も完璧で水に濡れても囲まれても大丈夫、というマイナスイメージの払しょくを兼ねての内装だ。
しかしこれは周辺機器への影響も大きいため実装は難しいと言われていた。
だが北條不動産の全面協力により設備の問題のほとんどがクリアになり、丸二年はかかると思われたカフェのリリースは想定よりも半年以上早まったのだ。
それを成功へ導いたのは漆原朔也と、自らが選んだ若手人材の活躍の力もあった。選出したのはインターンを通じて社員になった――
「久世さん! 列やばいです!」
「いつも通り整理券配布。今日の分だけね。列は壁に沿って敷地内のみ」
「はあい!」
「安西君。NICOLA大丈夫? そろそろ限界でしょ」
「一機オーバーヒートした。充電終わってるの回して」
「了解」
店長は漆原朔也となっているが、現場を率いるのは漆原がインターン時代から育てた久世美咲と安西和也だ。
安西和也がインターンでありながら五千万円という契約を取ったことと、開発技術は皆無の久世美咲が漆原の新プロジェクトを任されたのは若手社員を活気付かせた。
そして漆原も加えた三人が揃うアンドロイドカフェには新卒も中堅もベテランも、老若男女問わず参加希望者が殺到した。
これほど美作の社員を大きく揺るがせたという点はアンドロイド関連事業ではない一般企業でも話題になっている。
こうして話題を集めてのプレオープンはアンドロイド事業関連会社の興味を引き、漆原朔也が広告塔として積極的な広報活動をしているという事でスポンサーも多く付いた。
フロアはどたばたと大慌てで、漆原は隅でくっくっと笑った。そしてその隣には北條不動産の代表としてやって来た久世裕太の姿がある。
「大丈夫なんですか、美咲一人に任せて」
「大丈夫なようにやってますから」
「根回し済みですか」
「さすがに新卒だけで全部やらせたりしませんよ」
多くの部下を持つ男二人は目を合わせてクスッと笑った。
「漆原さんには頭が上がりませんよ。母と暮らせるようになったのはあなたのおかげです」
「俺は責任者としてやるべき事をやっただけです。それにきっかけは俺でも美咲さんでもないですしね」
「きっかけ? 美咲が言い出したんじゃないんですか?」
「違います。そもそもの始まりは奥様が大河さんの荷物を片付けたことです。あれがなければこんなうまく繋がらなかったはずです」
「ああ、たまたまですよそれは」
「そうですか? たまたま長年触れなかった場所の片付けをして、たまたま大河さんを怒らせて、たまたま美咲さんが裕子博士の写真を見つけて、たまたま俺が手を貸す事になり、解決の場にたまたま洸の服を持って来ていた――ってなりますかね。どちらかというとA-RGRYを調べられる俺が美咲さんの上司だと知ったから行動に出たように見えます。それに十年以上もマンションの家賃が久世家に入ってない事に気付かないなんてことありますかね。しかもそれをご主人に一言も漏らしていない。これはちょっと不自然だなと思うんですよ」
「……香織が母の事を知っていたっていうんですか」
「それは俺には分かりません。でも家族円満になって依存症も鳴りを潜めたようですね」
漆原はカフェのソファ席に目をやった。つられて裕太も目を移すとそこではアンドロイド達と遊ぶ妻がいた。
そして初期化され別人となった洸を連れた裕太の母と、むすっとして全く楽しんでいないであろう裕太の父の姿もある。
けれどその膝には猫型のロボットが寝そべっていて、それを優しく撫でている。
裕太の妻は動物型も買いましょうかなどと話していて楽しそうで、それはとても平和な家族の姿だった。
「美咲さんと裕子博士を繋いだのは洸だと思いますか?」
「それは、まあ、そうだと思いますよ」
「俺はそうは思いません。壊れたアンドロイドは動かない。動いたように見えたのは美咲さんが動かしたからです。感謝すべきは俺じゃありませんよ」
「……でもお礼を言わせて下さい。美咲が動けたのはあなたのおかげですから」
「それはまあ、上司ですから」
「有難う御座います。これからも美咲をよろしくお願いします」
「こちらこそ」
会社としても、と漆原と裕太はがっしりと握手を交わした。
するとその時、ホールにいた美咲が駆け寄ってきた。
「漆原さーん」
「ん? どした」
「お客さんがこのアロマと同じの欲しいって言ってるんですけど、どこのですか? 漆原さんのベッドルームのと同じですか?」
「いや、あれとは別物。これはスポンサーから貰ったんだよ」
ソファ席にはほのかにオレンジの香りが漂っている。
アロマは好みが分かれるけれど女性の食い付きは良いだろうと、プレオープンの時に試してみようと設置したのだ。
どこのメーカーだったかなと漆原はアロマのボトルを取り出したけれど、その腕と美咲の肩を掴んだのは裕太だった。
「待ちなさい。何故彼のベッドルームを知ってるんだお前は」
「あー、前泊まった時に」
「泊まった!?」
「おい! 馬鹿!」
「え? あー……でもほら、もう二年以上前の話だし」
「何だと!? じゃあインターンの頃か!?」
「え、あ」
しまった、と美咲は口をぱむっと押さえた。馬鹿、と漆原はため息を吐いてくるりと裕太に背を向けた。
「む。お客様がお呼びだ。じゃあ俺行くから」
「あ、私も~」
「おい! 待て! 待ちなさい!」
「お父さん。今営業中だから静かにしてね」
「待ちなさい! 美咲!」
美咲と漆原は逃げるように客席へ駆けこんで、裕太が帰る時間まで接客に徹していた。
内装は水族館をイメージしており、壁は埋め込みの水槽になっている。アンドロイドは水濡れ厳禁と思われていて、水を扱う仕事や家事を任せたい主婦層の購入に歯止めがかかっていた。
だが美作アンドロイドは防水も完璧で水に濡れても囲まれても大丈夫、というマイナスイメージの払しょくを兼ねての内装だ。
しかしこれは周辺機器への影響も大きいため実装は難しいと言われていた。
だが北條不動産の全面協力により設備の問題のほとんどがクリアになり、丸二年はかかると思われたカフェのリリースは想定よりも半年以上早まったのだ。
それを成功へ導いたのは漆原朔也と、自らが選んだ若手人材の活躍の力もあった。選出したのはインターンを通じて社員になった――
「久世さん! 列やばいです!」
「いつも通り整理券配布。今日の分だけね。列は壁に沿って敷地内のみ」
「はあい!」
「安西君。NICOLA大丈夫? そろそろ限界でしょ」
「一機オーバーヒートした。充電終わってるの回して」
「了解」
店長は漆原朔也となっているが、現場を率いるのは漆原がインターン時代から育てた久世美咲と安西和也だ。
安西和也がインターンでありながら五千万円という契約を取ったことと、開発技術は皆無の久世美咲が漆原の新プロジェクトを任されたのは若手社員を活気付かせた。
そして漆原も加えた三人が揃うアンドロイドカフェには新卒も中堅もベテランも、老若男女問わず参加希望者が殺到した。
これほど美作の社員を大きく揺るがせたという点はアンドロイド関連事業ではない一般企業でも話題になっている。
こうして話題を集めてのプレオープンはアンドロイド事業関連会社の興味を引き、漆原朔也が広告塔として積極的な広報活動をしているという事でスポンサーも多く付いた。
フロアはどたばたと大慌てで、漆原は隅でくっくっと笑った。そしてその隣には北條不動産の代表としてやって来た久世裕太の姿がある。
「大丈夫なんですか、美咲一人に任せて」
「大丈夫なようにやってますから」
「根回し済みですか」
「さすがに新卒だけで全部やらせたりしませんよ」
多くの部下を持つ男二人は目を合わせてクスッと笑った。
「漆原さんには頭が上がりませんよ。母と暮らせるようになったのはあなたのおかげです」
「俺は責任者としてやるべき事をやっただけです。それにきっかけは俺でも美咲さんでもないですしね」
「きっかけ? 美咲が言い出したんじゃないんですか?」
「違います。そもそもの始まりは奥様が大河さんの荷物を片付けたことです。あれがなければこんなうまく繋がらなかったはずです」
「ああ、たまたまですよそれは」
「そうですか? たまたま長年触れなかった場所の片付けをして、たまたま大河さんを怒らせて、たまたま美咲さんが裕子博士の写真を見つけて、たまたま俺が手を貸す事になり、解決の場にたまたま洸の服を持って来ていた――ってなりますかね。どちらかというとA-RGRYを調べられる俺が美咲さんの上司だと知ったから行動に出たように見えます。それに十年以上もマンションの家賃が久世家に入ってない事に気付かないなんてことありますかね。しかもそれをご主人に一言も漏らしていない。これはちょっと不自然だなと思うんですよ」
「……香織が母の事を知っていたっていうんですか」
「それは俺には分かりません。でも家族円満になって依存症も鳴りを潜めたようですね」
漆原はカフェのソファ席に目をやった。つられて裕太も目を移すとそこではアンドロイド達と遊ぶ妻がいた。
そして初期化され別人となった洸を連れた裕太の母と、むすっとして全く楽しんでいないであろう裕太の父の姿もある。
けれどその膝には猫型のロボットが寝そべっていて、それを優しく撫でている。
裕太の妻は動物型も買いましょうかなどと話していて楽しそうで、それはとても平和な家族の姿だった。
「美咲さんと裕子博士を繋いだのは洸だと思いますか?」
「それは、まあ、そうだと思いますよ」
「俺はそうは思いません。壊れたアンドロイドは動かない。動いたように見えたのは美咲さんが動かしたからです。感謝すべきは俺じゃありませんよ」
「……でもお礼を言わせて下さい。美咲が動けたのはあなたのおかげですから」
「それはまあ、上司ですから」
「有難う御座います。これからも美咲をよろしくお願いします」
「こちらこそ」
会社としても、と漆原と裕太はがっしりと握手を交わした。
するとその時、ホールにいた美咲が駆け寄ってきた。
「漆原さーん」
「ん? どした」
「お客さんがこのアロマと同じの欲しいって言ってるんですけど、どこのですか? 漆原さんのベッドルームのと同じですか?」
「いや、あれとは別物。これはスポンサーから貰ったんだよ」
ソファ席にはほのかにオレンジの香りが漂っている。
アロマは好みが分かれるけれど女性の食い付きは良いだろうと、プレオープンの時に試してみようと設置したのだ。
どこのメーカーだったかなと漆原はアロマのボトルを取り出したけれど、その腕と美咲の肩を掴んだのは裕太だった。
「待ちなさい。何故彼のベッドルームを知ってるんだお前は」
「あー、前泊まった時に」
「泊まった!?」
「おい! 馬鹿!」
「え? あー……でもほら、もう二年以上前の話だし」
「何だと!? じゃあインターンの頃か!?」
「え、あ」
しまった、と美咲は口をぱむっと押さえた。馬鹿、と漆原はため息を吐いてくるりと裕太に背を向けた。
「む。お客様がお呼びだ。じゃあ俺行くから」
「あ、私も~」
「おい! 待て! 待ちなさい!」
「お父さん。今営業中だから静かにしてね」
「待ちなさい! 美咲!」
美咲と漆原は逃げるように客席へ駆けこんで、裕太が帰る時間まで接客に徹していた。
0
お気に入りに追加
13
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

I my me mine
如月芳美
恋愛
俺はweb小説サイトの所謂「読み専」。
お気に入りの作家さんの連載を追いかけては、ボソッと一言感想を入れる。
ある日、駅で知らない女性とぶつかった。
まさかそれが、俺の追いかけてた作家さんだったなんて!
振り回し系女と振り回され系男の出会いによってその関係性に変化が出てくる。
「ねえ、小説書こう!」と彼女は言った。
本当に振り回しているのは誰だ?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
よんよんまる
如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。
音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。
見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、
クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、
イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。
だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。
お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。
※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。
※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です!
(医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
あけましておめでとうございます。
こちら、一気に読ませていただきました。
美咲と漆原さんの掛け合いがテンポよく、アンドロイドの設定がリアルで興味深く、面白いですね。
どんな謎が隠されているのかワクワクします。
文芸大賞も投票させていただきました。
引き続き読ませていただきたいです。
更新楽しみにお待ちしてますね。
ひなとはっち様
明けましておめでとうございます!
まさかひなとはっち様が読んで下さるなんて……とっても嬉しいです……!
SFはファンタジーですが、いつか現実でも可能になるのではと思えるようなリアルさを書くところを頑張っていたので、そうおっしゃって頂けてとっても嬉しいです。
終わりまで読んで頂けるような執筆ができるよう頑張ります!
退会済ユーザのコメントです
読んで下さり有難う御座います!
とっても嬉しいです!
最後まで読んで頂けるよう頑張ります^^!