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episode24-1
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漆原の力強く迷いのない言葉に美咲もその家族も鼓動が高鳴った。
どちらかといえば感情的で思い込みの激しい美咲にとって、論理的で付け入る隙のない話は芸術の様にも感じるほどだった。
それはおそらく美咲だけでないだろう。いつもほわほわしている美咲の母はともかく、いかなる時でも己が正義の久世大河から反論どころか暴言の一つすら出てこない事が漆原の圧倒的強さを物語っていた。
「裕子さんを迎えにいきましょう。放置すれば遠からず命を落とします」
「……なんだと?」
「先日お会いした際『私の家族はアンドロイドだけ』とおっしゃったんです」
美咲も両親も、それに深い意味があるようには思わなかった。自分が孤独であると感じている言葉ではあるが、死に直結する言葉には思えない。
三人は顔を見合わせて首を傾げていたが、ただ一人、美咲の祖父だけが目を見開いてぶるぶると震え出した。
「やはりお気付きでしたね。やけに動画を念入りにチェックなさるなと思ってたんです」
漆原はコツンとノートパソコンを突いた。
夫と我が子を置いて出ていく様子を、唯一動向を許されたアンドロイド視点で撮影された動画なんて見て楽しいものではない。
だが逃げられた夫本人はそれを何度も何度も入念に見ていた。美咲は言われて初めてそれがおかしい事だったと理解したけれど、だが祖母の言った言葉が震えるほど恐ろしい事である意味は分からなかった。
けれどそれを質問すれば十中八九漆原は馬鹿にしてくるであろう事は想像に難しくない。だが理解せず進められるのも気分が悪い。
嫌だと思いながらも意味を聞こうとしたけれど、その時母がひょいと手を上げた。
「あのぉ~、アンドロイドが家族だとだとまずいんですか~?」
楽しいと思います~、とのん気な口調で美咲の母が質問した。
これなら漆原も丁寧に解説をするだろう。よし、と美咲は心の中でガッツポーズをした。
「アンドロイドと心中する依存症末期患者に共通して発生する出来事があるんです。ハイ久世、答えて」
「え!? 答え!? え、え~っと……」
急に振られて美咲はあわあわと汗をかいた。
さては気付いてたな、と美咲はうう、と呻き声をあげる。
「……分かりません……」
「アンドロイド史の講義を受け直してこい。正解はアンドロイドが壊れる――パートナーが死ぬ事だ」
分かっててやらないでくれ、と美咲はぼそりと毒づいた。
しかしそんな事は気にも留めず、美咲の父が焦った顔をして漆原の腕をひっぱった。
「待って下さい。母のアンドロイドは壊れてるんですよね」
「はい。そして家族はアンドロイドだけだと断言してしまった。これは末期患者が自殺する一歩手前です。意識が正常なうちに保護をした方が良いでしょう」
「待て! 駄目だ! それは駄目だ!!」
「父さん!?」
「……それは駄目だ」
「いい加減にしなさいよね! プライドと命どっちが大事なのよ!」
「久世、止めろ」
「でも!!」
「いいから。お父様も落ち着いて下さい」
顔を蒼白にして焦る美咲と父宥め、漆原はがたがたと震える祖父の肩をぽんと軽く叩いた。
「大丈夫です。孫との再会を喜べるのは人間に気持ちが残っている証拠です。家族へ愛情が向いているのならまだ間に合います」
アンドロイド依存症でアンドロイドと心中や自殺をするのは末期患者である。
末期患者というよりも、それをして初めて末期だったと断定されるのがほとんどだ。それまでは楽しく暮らしているのだから、末期だなどと誰も気付かない。
気付いてから出は遅いのだ。
「俺はあなたが何を考えているか、思想の是非について禅問答をする気はありません。けど久世の言う通り、命より大事なものはありません」
ぐう、と祖父が息を飲むのが分かり、美咲は言葉を詰まらせた。
祖母を傷つけ苦しめ続けた祖父に何か言ってやりたい気持ちは募るけれど、自分を背に隠す漆原を見ると何も言ってはいけないような気がしたからだ。
「……連れ戻して悪くなったりはしないのか……」
「俺は医者じゃないので分かりません。ただ研究結果として、他者に受け入れられた末期患者は回復に向かう傾向にあるとされています」
「だが俺の元に戻りたくは無いだろう。お前達四人であのマンションに」
「あなたと縁を切りたいなら家賃なんて受け取らず研究者として社会復帰しましたよ。でもしなかった」
「それは……」
「手を差し伸べるのは裕子さんが待っている人間でなくては駄目です。自分は行かなくて良いと、本当にそう思いますか」
誰も声を出さなかった。
しんと静まり返ったが、ぼそりと祖父の声が零れた。
「……美咲。裕子を連れて来てくれるか」
「うん!」
「よし。じゃあ俺の家に行くぞ」
「え? 何でですか?」
「裕子さんには私の家にいらして頂いています。ああ、別にあなた方への思いやりではありませんよ。アンドロイド修繕のためです」
販売管理責任者なんで、と漆原はにっこりと微笑んだ。
どこまで先読みしてるんだこの人は、と美咲は呆れでも尊敬でもなくもはや恐ろしさを感じていた。
どちらかといえば感情的で思い込みの激しい美咲にとって、論理的で付け入る隙のない話は芸術の様にも感じるほどだった。
それはおそらく美咲だけでないだろう。いつもほわほわしている美咲の母はともかく、いかなる時でも己が正義の久世大河から反論どころか暴言の一つすら出てこない事が漆原の圧倒的強さを物語っていた。
「裕子さんを迎えにいきましょう。放置すれば遠からず命を落とします」
「……なんだと?」
「先日お会いした際『私の家族はアンドロイドだけ』とおっしゃったんです」
美咲も両親も、それに深い意味があるようには思わなかった。自分が孤独であると感じている言葉ではあるが、死に直結する言葉には思えない。
三人は顔を見合わせて首を傾げていたが、ただ一人、美咲の祖父だけが目を見開いてぶるぶると震え出した。
「やはりお気付きでしたね。やけに動画を念入りにチェックなさるなと思ってたんです」
漆原はコツンとノートパソコンを突いた。
夫と我が子を置いて出ていく様子を、唯一動向を許されたアンドロイド視点で撮影された動画なんて見て楽しいものではない。
だが逃げられた夫本人はそれを何度も何度も入念に見ていた。美咲は言われて初めてそれがおかしい事だったと理解したけれど、だが祖母の言った言葉が震えるほど恐ろしい事である意味は分からなかった。
けれどそれを質問すれば十中八九漆原は馬鹿にしてくるであろう事は想像に難しくない。だが理解せず進められるのも気分が悪い。
嫌だと思いながらも意味を聞こうとしたけれど、その時母がひょいと手を上げた。
「あのぉ~、アンドロイドが家族だとだとまずいんですか~?」
楽しいと思います~、とのん気な口調で美咲の母が質問した。
これなら漆原も丁寧に解説をするだろう。よし、と美咲は心の中でガッツポーズをした。
「アンドロイドと心中する依存症末期患者に共通して発生する出来事があるんです。ハイ久世、答えて」
「え!? 答え!? え、え~っと……」
急に振られて美咲はあわあわと汗をかいた。
さては気付いてたな、と美咲はうう、と呻き声をあげる。
「……分かりません……」
「アンドロイド史の講義を受け直してこい。正解はアンドロイドが壊れる――パートナーが死ぬ事だ」
分かっててやらないでくれ、と美咲はぼそりと毒づいた。
しかしそんな事は気にも留めず、美咲の父が焦った顔をして漆原の腕をひっぱった。
「待って下さい。母のアンドロイドは壊れてるんですよね」
「はい。そして家族はアンドロイドだけだと断言してしまった。これは末期患者が自殺する一歩手前です。意識が正常なうちに保護をした方が良いでしょう」
「待て! 駄目だ! それは駄目だ!!」
「父さん!?」
「……それは駄目だ」
「いい加減にしなさいよね! プライドと命どっちが大事なのよ!」
「久世、止めろ」
「でも!!」
「いいから。お父様も落ち着いて下さい」
顔を蒼白にして焦る美咲と父宥め、漆原はがたがたと震える祖父の肩をぽんと軽く叩いた。
「大丈夫です。孫との再会を喜べるのは人間に気持ちが残っている証拠です。家族へ愛情が向いているのならまだ間に合います」
アンドロイド依存症でアンドロイドと心中や自殺をするのは末期患者である。
末期患者というよりも、それをして初めて末期だったと断定されるのがほとんどだ。それまでは楽しく暮らしているのだから、末期だなどと誰も気付かない。
気付いてから出は遅いのだ。
「俺はあなたが何を考えているか、思想の是非について禅問答をする気はありません。けど久世の言う通り、命より大事なものはありません」
ぐう、と祖父が息を飲むのが分かり、美咲は言葉を詰まらせた。
祖母を傷つけ苦しめ続けた祖父に何か言ってやりたい気持ちは募るけれど、自分を背に隠す漆原を見ると何も言ってはいけないような気がしたからだ。
「……連れ戻して悪くなったりはしないのか……」
「俺は医者じゃないので分かりません。ただ研究結果として、他者に受け入れられた末期患者は回復に向かう傾向にあるとされています」
「だが俺の元に戻りたくは無いだろう。お前達四人であのマンションに」
「あなたと縁を切りたいなら家賃なんて受け取らず研究者として社会復帰しましたよ。でもしなかった」
「それは……」
「手を差し伸べるのは裕子さんが待っている人間でなくては駄目です。自分は行かなくて良いと、本当にそう思いますか」
誰も声を出さなかった。
しんと静まり返ったが、ぼそりと祖父の声が零れた。
「……美咲。裕子を連れて来てくれるか」
「うん!」
「よし。じゃあ俺の家に行くぞ」
「え? 何でですか?」
「裕子さんには私の家にいらして頂いています。ああ、別にあなた方への思いやりではありませんよ。アンドロイド修繕のためです」
販売管理責任者なんで、と漆原はにっこりと微笑んだ。
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