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episode14-2
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「あ、えっと……すみません。成功してるなんて初めて聞きました」
「成功? 成功かあ。朔也と同じこと言うんだね。さすが部下」
「え?」
「こっちの話。僕のことは気にしないでいいよ。知ってほしいのはアンドロイド医療のためにまだ動く機体をどんどん解体したことなんだ。進展は無く、それでも科学者は研究を続けた。けどプロジェクトは凍結された。アンドロイド(かれら)は無駄死にしたんだよ」
「そんな……」
「でも生き残ったアンドロイドもいるんだ」
蒼汰はベルトに下げていた小さなバッグから何かを取り出し美咲に手渡した。
するとそれは手のひらでもぞもぞと動き、ひゅっと飛び上がる。
「鳥!?」
「うん。でもロボットなのこの子」
蒼汰が手を伸ばすと、くるくると旋回しながらその指に降りてくる。
ちょこちょことした動きと柔らかな肉体と毛はまるで鳥そのもので、あまりにも精巧な造りに美咲はため息を吐いた。
市販の鳥ロボットというのはいかにもロボットという物が多い。こんな風に生身そのものにするためには毛が抜けても内部に入らないように貼り付けるのは手作業になるしメンテナンスとなればボディを開けなくてはいけないが、そのためには毛を切らなくてはいけないのでメンテナンスごとに買い替えるようなものなのだ。作る事はできるが量産には向かない
「大変ですよね、この子。メンテナンスも」
「うん。でもどうしても生きた姿にしたかったんだ。ていうのもね、この子には僕の右目になって壊れたアンドロイドのパーソナルが入ってる。生まれ変わったんだ」
「壊れた、アンドロイド……」
鳥は自在に飛び回り、とんっと蒼汰の頭に降り立った。
つんつんと髪を啄んでいる様子はとても仲睦まじく見えて平和そのものだ。蒼汰は髪でじゃれる鳥を包み込むようにして頭から降ろして撫でた。
「僕はね、アンドロイドの個を証明するのはパーソナルだと思ってるんだ」
「個を証明……?」
「久世さんは自分が久世美咲だって証明する物は何だと思う?」
「えっと、顔ですか」
「それは年齢と共に変わるよね。ならそれは個の証明にはならないよ」
「えーっと……な、内臓、とか」
「移植できるよね。入れ替えられるのなら個の証明にはならない」
「じゃあ何ですか」
美咲は聞くだけではピンとこなくてむくれた。
ふふ、と蒼汰は何故か嬉しそうにほほ笑んだ。蒼汰が鳥に頬を摺り寄せると、鳥もそれに応えるかのようにちょんちょんと嘴で触れる。
「僕は性格だと思うんだ。姿が変わっても変わらない物が個人を個人たらしめる。じゃあアンドロイドの性格はどうやって決まるかな?」
「……パーソナルプログラム」
蒼汰は大きく頷いて、鳥を美咲に持たせた。
けれど鳥はそれを嫌がり蒼汰の元へ飛んで行ってしまう。
「久世さんにとってアンドロイドは代わりの効かない物なんだよね」
「そりゃあそうです。アンドロイドだって誰かが代わりになることなんてできないし」
「そう? でも同機種はいっぱいいるし故人の再生を望む人も少なくないよ」
「でも同一人物にはならない。だから新しいパートナーに選んでもらえた時はアンドロイドが役目を果たしたってことだと思います。それが依存症になる良し悪しは……別の話ですけど……」
「……そう思えるのはその子のパーソナルを個として認めたからだ。でもね、そうやって一体一体を気にしていては量産型アンドロイドのボディを作るのは苦しいよ。だってコストに見合わなければ諦めないといけないし廃棄される」
開発研究現場で生まれたアンドロイドは廃棄される。生き残るアンドロイドはほぼ存在しない。
愛情をかければかけるほどアンドロイド依存症になり、人間も死ぬ可能性が出てくるのだ。
「でもアンドロイド一体一体と向き合わなきゃ新しいパーソナルなんて作れない。彼らが何を思うかが分からなきゃアンドロイドの未来を作る事はできないんだ」
蒼汰はパソコンの画面を美作グループのホームページに切り替えた。
そこには一目見ただけでは数えきれないほどのグループ企業が並んでいる。
ボディ開発専門企業もあればメンテナンス専門の企業もあり、グループ内だけでもこれだけ様々なアプローチをしている。
「朔也が心配してたよ」
「え? 何をですか?」
「美咲ちゃんはアンドロイドをとっても大切にする子だって言ってた。今のままじゃいつか辛くなるだろうって」
「そう、なんですか……?」
「うん。でもそういう子はパーソナルに向いてる。だから朔也は僕を呼んだんだよ」
蒼汰は数冊の本を取り出した。
それはアンドロイドパーソナルについて書かれた本ばかりで、作者名には穂積蒼汰と記載されている。
「論文のテーマは自由なんだよね。僕はパーソナルが専門だから少しは教えてあげられるよ。ちょっとやってみない?」
美咲が今の話の全てを理解できたかというと、正直に言えば半分半分というところだった。
具体的にパーソナル開発については必修授業で学ぶ最低限の知識しか無い。
それでも蒼汰の言うアンドロイドの個を証明し未来を作るという言葉はとても大切な事のように感じた。
「……お願いします!」
「よかった。じゃあ今日中にやっちゃおうか」
「うげ」
こうして美咲は論文に着手する事と引き換えに、漆原が調べてくれることになった。だが実際はどちらも美咲のためだ。そう思うと有難いことこの上ない。
だがこの一連の話を聞き、美咲の父は背に『がっかり』という文字を背負っていた。
漆原にも父にもため息を吐かれるばかりで、ここまでくるといっそ諦めもついた。
「……良くして頂いてるんだな」
「意外と面倒見は良いみたい」
何を偉そうに、と呆れ果てている父親に美咲は誤魔化すように笑った。
「だからさ、漆原さんなら何か見つけてくれるよ」
「……くれぐれもよろしくお伝えしてくれ。もし費用が必要になる事があれば連絡しなさい」
「ん。分かった」
「成功? 成功かあ。朔也と同じこと言うんだね。さすが部下」
「え?」
「こっちの話。僕のことは気にしないでいいよ。知ってほしいのはアンドロイド医療のためにまだ動く機体をどんどん解体したことなんだ。進展は無く、それでも科学者は研究を続けた。けどプロジェクトは凍結された。アンドロイド(かれら)は無駄死にしたんだよ」
「そんな……」
「でも生き残ったアンドロイドもいるんだ」
蒼汰はベルトに下げていた小さなバッグから何かを取り出し美咲に手渡した。
するとそれは手のひらでもぞもぞと動き、ひゅっと飛び上がる。
「鳥!?」
「うん。でもロボットなのこの子」
蒼汰が手を伸ばすと、くるくると旋回しながらその指に降りてくる。
ちょこちょことした動きと柔らかな肉体と毛はまるで鳥そのもので、あまりにも精巧な造りに美咲はため息を吐いた。
市販の鳥ロボットというのはいかにもロボットという物が多い。こんな風に生身そのものにするためには毛が抜けても内部に入らないように貼り付けるのは手作業になるしメンテナンスとなればボディを開けなくてはいけないが、そのためには毛を切らなくてはいけないのでメンテナンスごとに買い替えるようなものなのだ。作る事はできるが量産には向かない
「大変ですよね、この子。メンテナンスも」
「うん。でもどうしても生きた姿にしたかったんだ。ていうのもね、この子には僕の右目になって壊れたアンドロイドのパーソナルが入ってる。生まれ変わったんだ」
「壊れた、アンドロイド……」
鳥は自在に飛び回り、とんっと蒼汰の頭に降り立った。
つんつんと髪を啄んでいる様子はとても仲睦まじく見えて平和そのものだ。蒼汰は髪でじゃれる鳥を包み込むようにして頭から降ろして撫でた。
「僕はね、アンドロイドの個を証明するのはパーソナルだと思ってるんだ」
「個を証明……?」
「久世さんは自分が久世美咲だって証明する物は何だと思う?」
「えっと、顔ですか」
「それは年齢と共に変わるよね。ならそれは個の証明にはならないよ」
「えーっと……な、内臓、とか」
「移植できるよね。入れ替えられるのなら個の証明にはならない」
「じゃあ何ですか」
美咲は聞くだけではピンとこなくてむくれた。
ふふ、と蒼汰は何故か嬉しそうにほほ笑んだ。蒼汰が鳥に頬を摺り寄せると、鳥もそれに応えるかのようにちょんちょんと嘴で触れる。
「僕は性格だと思うんだ。姿が変わっても変わらない物が個人を個人たらしめる。じゃあアンドロイドの性格はどうやって決まるかな?」
「……パーソナルプログラム」
蒼汰は大きく頷いて、鳥を美咲に持たせた。
けれど鳥はそれを嫌がり蒼汰の元へ飛んで行ってしまう。
「久世さんにとってアンドロイドは代わりの効かない物なんだよね」
「そりゃあそうです。アンドロイドだって誰かが代わりになることなんてできないし」
「そう? でも同機種はいっぱいいるし故人の再生を望む人も少なくないよ」
「でも同一人物にはならない。だから新しいパートナーに選んでもらえた時はアンドロイドが役目を果たしたってことだと思います。それが依存症になる良し悪しは……別の話ですけど……」
「……そう思えるのはその子のパーソナルを個として認めたからだ。でもね、そうやって一体一体を気にしていては量産型アンドロイドのボディを作るのは苦しいよ。だってコストに見合わなければ諦めないといけないし廃棄される」
開発研究現場で生まれたアンドロイドは廃棄される。生き残るアンドロイドはほぼ存在しない。
愛情をかければかけるほどアンドロイド依存症になり、人間も死ぬ可能性が出てくるのだ。
「でもアンドロイド一体一体と向き合わなきゃ新しいパーソナルなんて作れない。彼らが何を思うかが分からなきゃアンドロイドの未来を作る事はできないんだ」
蒼汰はパソコンの画面を美作グループのホームページに切り替えた。
そこには一目見ただけでは数えきれないほどのグループ企業が並んでいる。
ボディ開発専門企業もあればメンテナンス専門の企業もあり、グループ内だけでもこれだけ様々なアプローチをしている。
「朔也が心配してたよ」
「え? 何をですか?」
「美咲ちゃんはアンドロイドをとっても大切にする子だって言ってた。今のままじゃいつか辛くなるだろうって」
「そう、なんですか……?」
「うん。でもそういう子はパーソナルに向いてる。だから朔也は僕を呼んだんだよ」
蒼汰は数冊の本を取り出した。
それはアンドロイドパーソナルについて書かれた本ばかりで、作者名には穂積蒼汰と記載されている。
「論文のテーマは自由なんだよね。僕はパーソナルが専門だから少しは教えてあげられるよ。ちょっとやってみない?」
美咲が今の話の全てを理解できたかというと、正直に言えば半分半分というところだった。
具体的にパーソナル開発については必修授業で学ぶ最低限の知識しか無い。
それでも蒼汰の言うアンドロイドの個を証明し未来を作るという言葉はとても大切な事のように感じた。
「……お願いします!」
「よかった。じゃあ今日中にやっちゃおうか」
「うげ」
こうして美咲は論文に着手する事と引き換えに、漆原が調べてくれることになった。だが実際はどちらも美咲のためだ。そう思うと有難いことこの上ない。
だがこの一連の話を聞き、美咲の父は背に『がっかり』という文字を背負っていた。
漆原にも父にもため息を吐かれるばかりで、ここまでくるといっそ諦めもついた。
「……良くして頂いてるんだな」
「意外と面倒見は良いみたい」
何を偉そうに、と呆れ果てている父親に美咲は誤魔化すように笑った。
「だからさ、漆原さんなら何か見つけてくれるよ」
「……くれぐれもよろしくお伝えしてくれ。もし費用が必要になる事があれば連絡しなさい」
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