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episode7
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ランチを終えて漆原の会議が終わるのを待ち十四時半。
出勤して会社から車で行くとは聞いていたので当然アンドロイド運搬資格所有者、つまりメール室が運転をしてくれるのだろうなと美咲は思っていた。
だが漆原に連れられて行った駐車場に停められていた車を見て美咲は目をひん剥いた。
「……これで行くんですか……」
「そうだよ」
アンドロイド運搬用というのは大きなトラック型である場合が多い。運転の振動で壊れないために厳重な梱包をするからだ。
決してスポーツカー、しかも二席しかないオープンカーでは運ばない。
「何故にオープンカー……?」
「俺の車でアンドロイド対応してるのこれだけなんだよ」
「これアンドロイド対応なんですか!? というかアンドロイドはどこに?」
「トランク」
「壊れますよ! ただでさえ壊れてるのに!」
「壊れねえよ。エアバッグで梱包材が隙間なく膨らむようになってるから」
「えっ、何ですかその機能。そんなスポーツカーあります?」
「ねえよ。作った」
「げ~。それいくらかかるんですか?」
「二、三千万かな。多分」
「げぇ」
アンドロイドの中でも高単価のラバーズを五台買おうと思ったら最安中古でも二千万円は必要だ。新機種ならもっといくだろう。
そんな財が二十代の給料でぽんと出せるものなのか。それとも、漆原ほどの人物であればそれくらい楽々稼いでしまうのだろうか。
よく見ると今日着ているスーツもとても高そうに見える。
色は一般的にはあまり見ないつややかなボルドーでシャツは黒。これだけでもホスト感を感じるが、さらにネクタイは見た事もない柄の地模様がある赤。
加えて顔面の仕上がりも強いせいでホスト感はあるものの、いつもぴょんぴょん飛び跳ねてる髪をきちんと整えているせいかふざけているようには見えなかった。
「……漆原さんて年収いくらですか?」
「もうちょい色気ある質問できねえの?」
「例えば?」
「私以外の女を乗せた事あるの!? とかさ」
「その顔で無い方がびっくりしますけど……」
「二人きりでドキドキしちゃう! とか無いわけ?」
「ドキドキして欲しいなら私のランチを漆原さんへの熱狂で潰す女性社員を乗せたらよいのでは?」
「お前アンドロイド背負って歩くか?」
「あ、嘘です。ごめんなさい。ドキドキしちゃう」
「はい、どーも」
何だこの茶番は、と思いながら美咲は助手席に乗り込んだ。
いかにも高級そうなレザーのシートだが、スポーツカーだからかひどく狭い。きゅうっと身体を縮めてなんとか収まるように座ったが、座席がこうではトランクはもっと苦しいのではないだろうか。
「あの子大丈夫かなあ」
「誰?」
「アンドロイド。トランクに押し込んでるんでしょう?」
「……それは何だ。トランクが狭いから可哀そうとか思ってるんじゃねーだろうな」
「え、そうですけど」
当たり前のように答えると、漆原はあんぐりと口を開け美咲を見た。
美咲はその表情が何を言いたいのか分からず首を傾げたが、それを見て漆原はさらに大きなため息を吐いた。
「何ですか」
「着くまでにアンドロイド依存症の初期症状を復習しとけ」
道中アンドロイド依存症についての質疑応答が繰り返され、到着する頃に美咲はすっかり疲労しきっていた。
何でこんな目に、と思ったがよく考えれば今は業務時間中だから当然だ。それに人間性はともかく、漆原朔也に一対一の講義をして貰えるというのは貴重な体験だ。
そう言い聞かせて一時間ほど車に揺られて付いた先には日常生活では絶対に必要ではない広さの大豪邸があった。
そこには『藤堂』という表札がかかっているが、本当にここなのか、と美咲の思考回路は固まった。
「……お城ですかね……?」
「当たらずとも遠からずだな」
「絶対金持ちじゃないですか」
「アンドロイド買う人間は大体金持ちだ」
ぽかんとする美咲と違い、漆原は物おじせずにずんずんと進む。もしかしたら漆原の自宅もこういうレベルなのかもしれない。
漆原がインターフォンを押すと、数秒してすぐに女性の声が聞こえて来た。
『はい?』
「株式会社美作ホールディングスの漆原と申します。先日ご連絡したアンドロイドをお持ちしました」
『ああ、はいはい。ちょっとお待ちになってね』
いつの間に連絡していたのだろうか。既に藤堂家へ話が通っているようで、特に疑われる事も怪しまれる事もない。
しかし豪邸すぎるが故か、インターフォンが切れてから数分は扉が開かれない。
「リビングから外まで徒歩五分とかですかね」
「庭から車かもしれないぞ」
「漆原さんのご自宅のように?」
「何でだよ。うちは二十七階だ」
「あ、当然のように高層マンション」
「……何を突っかかってくんのお前」
「べ~つに~。ところでそのスーツどこで売ってるんですか~?」
何だその口のきき方は、と漆原につむじをぐりぐりと力いっぱい押し潰される。
しばらくぎゃあぎゃあ言い争っていると、あらあら、と扉から顔を出した老齢の女性がふふっと笑っていた。
豪邸とは反比例して、くたくたのワンピースにカーディガンを羽織っている。頬もこけていてとても健康そうには見えない。美咲の脳裏にアンドロイド依存症による自殺のニュースが思い浮かび、生きててよかった、と胸をなでおろした。
女性はぱたぱたと駆け寄ると、じいっと不思議そうに二人を見つめた。
「ええと、漆原さんと……そちらの女性は……」
「アンドロイドを拾いました久世美咲と言います」
「私の部下です。本来なら警察へ届けるんですが、所有権が移行してしまったので直接伺いました」
「遅くなって申し訳ありません」
「ああ、いえ……」
漆原は上着を脱いで美咲に持たせると、トランクから壊れたアンドロイドを抱き上げた。
そのまま女性の方へ向かおうとしたけれど、それを待たずに女性はアンドロイドの顔を覗き込んだ。
すると、アンドロイドの顔を見た途端に女性はうう、と涙をこらえて小さく呻いた。
「よろしければ中まで運びますよ」
「あ、ああ、ごめんなさいね。じゃあこっちにお願いします」
女性は漆原の横にぴったりとくっついて、アンドロイドの頬を撫でながら歩いた。
とても幸せそうなその顔を見ると、三カ月もほったらかしにしておいた事が申し訳なくなってくる。
美咲はしゅんと俯いて、女性から隠れるように漆原の後ろに身を潜めた。
出勤して会社から車で行くとは聞いていたので当然アンドロイド運搬資格所有者、つまりメール室が運転をしてくれるのだろうなと美咲は思っていた。
だが漆原に連れられて行った駐車場に停められていた車を見て美咲は目をひん剥いた。
「……これで行くんですか……」
「そうだよ」
アンドロイド運搬用というのは大きなトラック型である場合が多い。運転の振動で壊れないために厳重な梱包をするからだ。
決してスポーツカー、しかも二席しかないオープンカーでは運ばない。
「何故にオープンカー……?」
「俺の車でアンドロイド対応してるのこれだけなんだよ」
「これアンドロイド対応なんですか!? というかアンドロイドはどこに?」
「トランク」
「壊れますよ! ただでさえ壊れてるのに!」
「壊れねえよ。エアバッグで梱包材が隙間なく膨らむようになってるから」
「えっ、何ですかその機能。そんなスポーツカーあります?」
「ねえよ。作った」
「げ~。それいくらかかるんですか?」
「二、三千万かな。多分」
「げぇ」
アンドロイドの中でも高単価のラバーズを五台買おうと思ったら最安中古でも二千万円は必要だ。新機種ならもっといくだろう。
そんな財が二十代の給料でぽんと出せるものなのか。それとも、漆原ほどの人物であればそれくらい楽々稼いでしまうのだろうか。
よく見ると今日着ているスーツもとても高そうに見える。
色は一般的にはあまり見ないつややかなボルドーでシャツは黒。これだけでもホスト感を感じるが、さらにネクタイは見た事もない柄の地模様がある赤。
加えて顔面の仕上がりも強いせいでホスト感はあるものの、いつもぴょんぴょん飛び跳ねてる髪をきちんと整えているせいかふざけているようには見えなかった。
「……漆原さんて年収いくらですか?」
「もうちょい色気ある質問できねえの?」
「例えば?」
「私以外の女を乗せた事あるの!? とかさ」
「その顔で無い方がびっくりしますけど……」
「二人きりでドキドキしちゃう! とか無いわけ?」
「ドキドキして欲しいなら私のランチを漆原さんへの熱狂で潰す女性社員を乗せたらよいのでは?」
「お前アンドロイド背負って歩くか?」
「あ、嘘です。ごめんなさい。ドキドキしちゃう」
「はい、どーも」
何だこの茶番は、と思いながら美咲は助手席に乗り込んだ。
いかにも高級そうなレザーのシートだが、スポーツカーだからかひどく狭い。きゅうっと身体を縮めてなんとか収まるように座ったが、座席がこうではトランクはもっと苦しいのではないだろうか。
「あの子大丈夫かなあ」
「誰?」
「アンドロイド。トランクに押し込んでるんでしょう?」
「……それは何だ。トランクが狭いから可哀そうとか思ってるんじゃねーだろうな」
「え、そうですけど」
当たり前のように答えると、漆原はあんぐりと口を開け美咲を見た。
美咲はその表情が何を言いたいのか分からず首を傾げたが、それを見て漆原はさらに大きなため息を吐いた。
「何ですか」
「着くまでにアンドロイド依存症の初期症状を復習しとけ」
道中アンドロイド依存症についての質疑応答が繰り返され、到着する頃に美咲はすっかり疲労しきっていた。
何でこんな目に、と思ったがよく考えれば今は業務時間中だから当然だ。それに人間性はともかく、漆原朔也に一対一の講義をして貰えるというのは貴重な体験だ。
そう言い聞かせて一時間ほど車に揺られて付いた先には日常生活では絶対に必要ではない広さの大豪邸があった。
そこには『藤堂』という表札がかかっているが、本当にここなのか、と美咲の思考回路は固まった。
「……お城ですかね……?」
「当たらずとも遠からずだな」
「絶対金持ちじゃないですか」
「アンドロイド買う人間は大体金持ちだ」
ぽかんとする美咲と違い、漆原は物おじせずにずんずんと進む。もしかしたら漆原の自宅もこういうレベルなのかもしれない。
漆原がインターフォンを押すと、数秒してすぐに女性の声が聞こえて来た。
『はい?』
「株式会社美作ホールディングスの漆原と申します。先日ご連絡したアンドロイドをお持ちしました」
『ああ、はいはい。ちょっとお待ちになってね』
いつの間に連絡していたのだろうか。既に藤堂家へ話が通っているようで、特に疑われる事も怪しまれる事もない。
しかし豪邸すぎるが故か、インターフォンが切れてから数分は扉が開かれない。
「リビングから外まで徒歩五分とかですかね」
「庭から車かもしれないぞ」
「漆原さんのご自宅のように?」
「何でだよ。うちは二十七階だ」
「あ、当然のように高層マンション」
「……何を突っかかってくんのお前」
「べ~つに~。ところでそのスーツどこで売ってるんですか~?」
何だその口のきき方は、と漆原につむじをぐりぐりと力いっぱい押し潰される。
しばらくぎゃあぎゃあ言い争っていると、あらあら、と扉から顔を出した老齢の女性がふふっと笑っていた。
豪邸とは反比例して、くたくたのワンピースにカーディガンを羽織っている。頬もこけていてとても健康そうには見えない。美咲の脳裏にアンドロイド依存症による自殺のニュースが思い浮かび、生きててよかった、と胸をなでおろした。
女性はぱたぱたと駆け寄ると、じいっと不思議そうに二人を見つめた。
「ええと、漆原さんと……そちらの女性は……」
「アンドロイドを拾いました久世美咲と言います」
「私の部下です。本来なら警察へ届けるんですが、所有権が移行してしまったので直接伺いました」
「遅くなって申し訳ありません」
「ああ、いえ……」
漆原は上着を脱いで美咲に持たせると、トランクから壊れたアンドロイドを抱き上げた。
そのまま女性の方へ向かおうとしたけれど、それを待たずに女性はアンドロイドの顔を覗き込んだ。
すると、アンドロイドの顔を見た途端に女性はうう、と涙をこらえて小さく呻いた。
「よろしければ中まで運びますよ」
「あ、ああ、ごめんなさいね。じゃあこっちにお願いします」
女性は漆原の横にぴったりとくっついて、アンドロイドの頬を撫でながら歩いた。
とても幸せそうなその顔を見ると、三カ月もほったらかしにしておいた事が申し訳なくなってくる。
美咲はしゅんと俯いて、女性から隠れるように漆原の後ろに身を潜めた。
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