【キャラ文芸大賞 奨励賞】壊れたアンドロイドの独り言

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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 実は今、法律や権利とは別の理由でアンドロイドの存在意義が疑問視され始めている。
 現在の日常生活には愛玩用動物型ロボットと労働用アンドロイドが根付いている。
 この二つは外見だけでなく、重視される機能が大きく異なる。共通して求められるのは『人間の目的に沿うこと』だが、これは人間が相手に何を求めるかによって変わってくる。
 愛玩用――つまりペットに求めるのは『個性』のため幅広いカスタマイズ機能が必要だ。
 対して労働目的のアンドロイドには正確な業務の完遂を求めるため『無個性なマニュアル行動』が必要となる。
 だが今新たな用途が台頭してきている。それがアンドロイドを家族や友人といったパートナーにすることだ。
 これまで無個性を追及してきたアンドロイドに愛玩用の個性カスタマイズを持たせる必要が出てきたのだ。
 これは人間の個性によるイレギュラー行動をどれだけレギュラーにできるかで商品満足度が代わり、それこそがアンドロイド開発関連企業の優劣となっている
 そこを各企業が競うわけだが、これと同時に急増したのが『アンドロイド依存症』だった。
 これはアンドロイドの普及とともに発生した病気で、病状はその名の通りアンドロイドがいないと日常生活を送れなくなるといったものだ。
 例えば、パートナーとして一家の大黒柱規模の労働をやらせていた場合、パートナーの喪失と同時に収入が無くなり働く必要が出てくる。これによるストレスでノイローゼやうつになってしまうのだ。
 これが今急速に拡大しているが、その原因は発症する患者層の移り変わりにあった。
 今までアンドロイド依存症患者は主婦が多かった。これは人間性や性別によるものではなく、単純に一緒に過ごす時間が長いからだ。
 アンドロイドは人間に優しくするようプログラムされているから不愉快な思いをさせられる事が無い。
 常に気分良くしてくれる事に慣れてしまい、家族の些細な言い争いですら激しいストレスになってしまうのだ。
 だが近年最も多い患者はアンドロイド開発従事者だ。
 アンドロイド開発者になるためには相当な努力が必要だ。
 勉強量も学費も研究時間も、一日のほとんどをアンドロイドのために生きる。大学は六年間通う生徒も少なくない。共に過ごす時間が長い、いや、長すぎるのだ。

 しかもアンドロイド開発者は全職業の中でも花形で、希望者が多いだけに患者数も多いというわけだ。
「アンドロイド作ってる学生がアンドロイド依存症って笑えないよね」
「またパーソナルプログラム学部だって。やっぱ入れ込んじゃうんだろうね」

 アンドロイドの製造は大きく三種類に分かれる。
 肉体にあたるボディと脳にあたるAI、そして性格になるパーソナルプログラムだ。
 ボディの開発者は作るまでが仕事なので、接するのはアンドロイドではなくアンドロイドになる前の部品だ。
 ねじやケーブルに人間同様の思い入れを持つかというとまず無い。
 AIはデータなので人間だと誤認する外見が無く、汎用化された文字列に個性など無い。そのため個人的な愛着を持つ人は少ない。
 だがパーソナルプログラムは別だ。
 一度作るとAIと連動して個性を持つ。それをアンドロイドにインストールして稼働実験や研究をする。
 つまり、個性を持った一個人と接することになり、これを自分のパートナーと思ってしまう開発者が非常に多いのだ。
 そしてアンドロイド依存症になっていくのだが、ここで問題になるのが廃棄だ。
 どれだけ大事にしても企業の機密情報保護のため研究終了と同時に廃棄される規則になっている。
 これがパートナーを殺されたように感じてしまいアンドロイド依存症が悪化するのだ。

「厄介だよね。初期か末期のどっちかだし」
「アンドロイドは『便利に使う物』だからね。ぱっと見自堕落になった程度にしか見えないっていうし」
「外から見れば家事も仕事も成立してるってことだよね。依存症だなんて気づけないよ」

 依存症になっていると気付いた時点では既に末期で、この時点で治療は難しい。もはやアンドロイドが壊れないように維持するのみだ。
 それでもいつか修復できなくなる日はくる。この『修復不可能』を『死』ととらえる患者は少なくない。
 その結果アンドロイドと心中する人もいるが、この現場がなかなかに狂気じみている。
 現場は決まって赤いペンキで染められているのだ。そして本人は壊れたアンドロイドを抱いてこと切れている。その壮絶さはメディアでも放送規制がかかるほどだ。
 アンドロイド依存症が特筆して異常だと思われるのはこれが理由でもある。

「けど赤ペンキって何の意味あんの?」
「血液に見立ててんのよ。機械なのに血液があるのは愛情の成した奇跡だ~って」
「うわー……インターン気を付けよ。変に思い入れ持たないようにしなきゃ」
「大丈夫でしょ。あんたの目的はアンドロイドじゃないわけだし」

 う、と美咲は声を呑み込み頬を膨らませ、麻衣子は目を逸らす美咲の頬を突いてにやにやと笑った。
 麻衣子は美咲の持って来た女性ファッション雑誌の表紙をつんっと突く。
 そこには妖艶な笑みと艶めかしいポーズをした漆原朔也が映っている。

「最低限プライベートの連絡先は勝ち取りなさいよ。半年も無駄にするんだから」
「ぐっ……」

 インターンには一日だけのものもあれば一週間、一ヶ月のものもある。
 それも確認せずに美咲が選んだのはなんと長期インターンで半年も続く。
 そのくせ就職はしないならその他企業への就職活動は完全に後手になる。はっきり言って無駄なのだ。
 正論すぎて美咲は言い返すこともできず押し黙った。

「辞めるならさっさと辞めな」
「漆原さんと同じこと言わないで……」
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