人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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第五章 多様変遷

第三十七話 あるべき姿へ(四)

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 孔雀が舞台袖から壇上へ姿を見せた。その直下にいる国民は目を向いて驚きの声を上げ、誰かが「あれは先々代の皇太子殿下の袍だ」と叫んだ。
 孔雀が一歩歩くごとにその声は広がっていく。そして中央に辿り着いた時、わあっと叫び声は広場全体に広がった。壇上からでは目を合わせることのできない距離にいる人々へもあっという間に広まっていく。

「改めて紹介する! 皆も知っているだろうが、宮廷でも活躍してくれている孔雀医師だ。だがそれは偽りの名」

 孔雀は一歩前へ出た。皇太子のみに許された袍を纏い、深く頭を下げた。

「先々代皇が第二子、薄立と申します」
「彼は先代皇宋睿に命を狙われたところを牙燕将軍が保護して下さっていた。しかし平和になった今、ご自身が名乗りを上げる必要があるか迷っておられた。いたずらに混乱を招くだけなら名乗らぬ方が良いのではと。だが私は平和になった今こそお戻り頂く時だと思っている!」

 天藍は声を上げ孔雀の背を支えた。

「この国にはまだ先々代皇を愛する国民がいる。対立こそしたが先代皇宋睿の成した政策は今なお支持されるものもあり、それがあるからこそ俺は全種族平等を掲げられた。そんな蛍宮の象徴には世代を超え種族を超え、国民を愛する彼こそが相応しい!」

 孔雀は前を向いた。背筋を伸ばし国民を真っ直ぐ見つめている。
 その目に何が映っているかは分からない。けれど孔雀は国民から目を逸らすことはない。

「長きに渡り目を背けた罪が許されるとは思っておりません。ですがこの国は私にとっても祖国であり皆様は愛すべき国民。二度と踏みにじられることのないよう歴史を語り継ぎたい。どうか私が皇太子を名乗ることをお許し下さい」

 辺りは静まり返った。静寂は不安を掻き立てる。
 天藍たち宮廷と薄珂にとっては大きな意味のあるできごとだ。だが国民にとってどういう意味を持つのか、薄珂には分からない。
 そしてついに国民から声があがった。

「ほら見ろ! 俺の言った通りだろ! あれだけのこと一般人にできるわけがねえ!」
「あたしは分かってましたよ。あの気品は高貴な血筋に違いない」
「こうしちゃいらんねえ! おい! 他の広場にも知らせてこい! 孔雀先生が俺らの皇太子だ!」
「祭りの準備だ! 急げ!」

 歓喜の声が響いた。盛大に拍手が上がり、同時に皇太子だ皇太子だと喜び叫びながら走って行く者もいる。
 一部は孔雀の足元に集まり、待っていました、ようやくですね、と涙する者もいた。そのほとんどが高齢者で、きっと先々代皇の頃からこの国に留まった者だろう。

(先生が薄立だと気付いてたのかもしれない。宋睿が皇族を軽視したのも価値がないと思わせるためだったのかな。宋睿に無価値ならわざわざ追う必要もなくなって、生き延びた皇族は平穏に生きていける――……は考えすぎかな)

 先々代皇と宋睿がどんな間柄だったのか薄珂は知らない。けれどその戦乱があってもなお国民は皆笑顔でいる。

(ま、俺には関係無い)

 薄珂は抱っこしている立珂にこそっと耳打ちをした。立珂は大きく頷きぱあっと両手を広げる。

「おくりものとおそろいの服は『りっかのおみせ』と『天一有翼人店』で買えるから見に来てね! 人間用も獣人用もあるよ~!」

 え、と国民は立珂を振り向いた。立珂がぷんぷんと手を振っている間に何名かが走り始め、会場内部に立っていた者はずるいずるいと叫び人をかき分け走り出す。
 もはや国民の視線は孔雀と立珂へ向けられ、天藍は苦笑いで身を引いた。
 その光景に一息吐いた護栄は薄珂をじっと見つめてくる。

「相変わらず商魂たくましいですね」
「贈り物だからちょっと高めに単価羽根二十枚。寸法変更は特注になるから羽根三十枚。現在庫は二百で、以降は予約必須の受注生産だよ」

 護栄は目を丸くした。
 薄珂と立珂は蛍宮を離れる。立珂がいなくなれば店舗の集客力は格段に落ちるだろう。

「羽根が手に入る流れはなるべく多く残していくよ。無くても困らないだろうけど」
「……いえ。助かります」

 護栄は困ったような顔をしたけれど、くすくすと笑ってくれた。
 こうして国葬の式典は終わり、天藍と孔雀は一日中国内を歩き回っていた。
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