人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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第五章 多様変遷

第三十五話 皇太子奪還(一)

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 天藍は突然の宣言であっけに取られていたが、護栄がすかさず前に出て薄珂を睨み付けた。

「これ以上の勝手は許しませんよ」
「どうして? これは天藍が望んでることだよ」
「何ですって?」

 薄珂はにこりと微笑み天藍を見つめた。天藍は気まずそうな顔をして目を泳がせているけれど、薄珂は微笑んでつんっと天藍の胸を突いた。

「最初から皇族に国を返すつもりだったね」
「……何故そう思う?」
「華理の政治を参考にしてるから。一番最初に天藍がくれた有翼人専用服は華理の商品だった。なら当然華理の政治も知っていたはず」

 薄珂はちらりと哉珂を振り返った。哉珂は腕を組んで大きく頷いている。

「今の蛍宮は華理の歴史そのものだ。いずれ現華理の形へ辿り着くだろう」
「華理において皇族は象徴で政治的権限を持たない。天藍は最初から皇太子で居続けるつもりなんてなかったんだ。元より天藍が宋睿を討ったのは私怨。皇族入りしたかったわけじゃない」

 護栄はぐっと拳を強く握りしめ震わせて、何か言おうと口を開いた。しかし天藍はそれを止め、息をついてから薄珂に向き合った。

「……その通りだ。皇族を政治から切り離し象徴にする必要があった」
「それは何で? このまま天藍が蛍宮皇に立つ道筋もあるよね」
「それは失策だと宋睿が証明した。だが宋睿が立ちあがったのも先々代皇の悪政が原因。つまり皇族が政治を握っても、第三者が皇族として政治を握っても失敗すると立証されたんだ。ならばその両者を成立させるのが一番で、これを完成させていたのが華理だった。だが問題は皇族だ。宋睿の宮廷には皇族がいなくなっていた。どうしたものかと困っていた時に牙燕将軍が透珂の子を擁したという情報が入った」

 牙燕が拳を震わせながら身を乗り出した。ほとばしる怒りがその場に広まったが、牙燕はふうと深く深呼吸をして俯いた。
 悔しさは見て取れたが、天藍はそれでも前を向き話を続けた。

「もし透珂殿の子が蛍宮を愛し憂いてくれるのなら皇太子に立ってもらえないかと思い里へ行った。だが……」

 天藍と目が合った。天藍は苦笑いをしていて、立珂が最優先の薄珂は笑って返すしかできない。

「目論見は外れたが行って正解だった。正当な皇太子が生きていたのだからな」
「では何故すぐにそうしなかった。すぐに龍鳴――薄立様を立てることはできただろう」
「本人にそのつもりがあればとうに戻っていただろう。そうしないのはその気がないからだ。無理に連れ帰っても意味がない。しかし待ったかいはあった」

 天藍は孔雀の前に立った。そしてゆっくりと膝を付き深く頭を下げる。

「どうかお戻りを。人間と獣人を繋ぎ、有翼人をも愛するあなたこそこの国の象徴に相応しい」
「国民の英雄は天藍様と護栄様です。金剛の件も本来は薄珂君の手柄。手柄を譲って頂いただけの私にその資格などないでしょう」
「譲ったのではなく共生の手段です。俺は一宮廷職員となりあなたが象徴となる国を共に守りましょう」
「それに国民はもう孔雀先生を慕ってるよ。この前だって獣人保護区を守ってくれたし」
「……まさかこのために私の評判をあげようと?」
「いやいや。もう孔雀先生じゃないと説得力ないんだよ。だって孔雀先生が凄い人だってのはみんな知ってる。毎日獣人保護区の各家庭を回ってくれたり有翼人のために加密列茶を広めたり、水道水に反対もしてくれてたんだよね。金剛なんてきっかけに過ぎないよ」
「薄珂君はまさしく護栄様の教え子ですね」

 孔雀は嬉しそうにくすりと微笑み護栄へ振り返った。
 一瞬だけ護栄が驚き困った瞬間を薄珂は見逃さなかった。

「護栄様。あなたも私に皇太子の座を譲る準備をしていましたね。それも天藍様が皇太子を名乗る前から」
「えっ!?」
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