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第五章 多様変遷
第三十四話 生きていた薄立(一)
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哉珂はにやりと笑み孔雀の肩をとんっと叩いた。
「こいつは孔雀でも龍鳴でもない。先々代皇の第二子、薄立だ」
その場の全員が黙った。驚き目を見張り、全員が孔雀に視線を注いだ。
だがしばらくは沈黙が続いたが、ついに孔雀はため息を吐いて顔を上げた。
「……一度すれ違っただけなのによく覚えておいでだ」
「お前も透珂も憎かったもんでね。脳裏に焼き付いてるよ」
「誰の味方でもない貴方だけが脅威でしたよ。あなたが名を伏せ麗亜様と共にいらした時に……こうなるだろうことは予感していました……」
「龍鳴、お前……」
震えながら声を漏らしたのは牙燕だ。長く龍鳴を傍に置いていたのに全く知らなかったのだから当然だろう。
「だ、だが待て。私の知る薄立様は赤ん坊の薄珂と立珂を見せに来たあの男だ。あの顔で間違いない。龍鳴が蛍宮市街で生まれ生活していたことも知っている」
「その全てが違うんです。これは薄立本人に説明してもらった方が良いでしょう」
哉珂はじっと孔雀を見つめた。孔雀はまた一つため息を吐き、ちらりと薄珂へ目をやった。
「薄珂君は何故気付いたんです?」
「辻褄の合わないことが多かったからね。でも一番は閃里様かな。俺が透珂の子と知ったうえで、倒れた時に宮廷医ではなく孔雀先生を名指しで呼んだ。孔雀先生が対処方法を知っていると確信があったんだ。そして哉珂は薄立なら公佗児の生態を知っていると断言した」
「閃里! お前知っていたのか!?」
「……はい」
「な、何故言わなかった! そんな大事なことを何故!」
「迷っていたからです。『孔雀』は人間と獣人の架け橋になった。それは先々代皇の理想そのもの。そして我らには牙燕様がいて下さる。もうこのままで良いのではないかと……」
「これは莉雹様も同じかな」
びくりと莉雹が大きく震えた。ぐっと顔を伏せ背けているのは牙燕と目が合わないようにだろうか。その唇は小さく震えている。
「莉雹様も知ってたんじゃないの? 真の薄立は牙燕将軍と共にいずれ戻って来る。だから宋睿の元でも自分は目立たず陰から宮廷を支え続けた」
「……その通りです。ですがもう、墓まで持っていくつもりでした」
「何故、何故だ」
「立珂様がいらしたからです。蛍宮は新たな未来を見つけた。もう過去に縋る必要などなくなったのです」
牙燕はただ震えていた。求め続けた透珂の子は子ではなく、いるのは正しく皇太子に立つ権利を持っている男。しかもそれは長年共に連れていた者となれば裏切られたようなものだ。
「……龍鳴」
「込み入った話になります。座りましょう」
孔雀はふいっと顔を逸らして背を向け、ゆっくりと広場の片隅にある四阿へと向かった。
四阿には茶器が一式揃っていた。孔雀が有翼人のために国内各地に設置した加密列茶だ。
莉雹はいつも通りの美しい所作で茶を淹れてくれて、そうしてようやく孔雀は語り始めた。
「私は生まれてからずっと『龍鳴』として人間の区画で生活をしていました。薄立として人前に出たことは一度もありません。表に出ていたのは牙燕様がご存知の男で、私の影武者です」
「何で影武者なんて立ててたの?」
「命を狙われていたからです。透珂と私は皇位継承権に関して政治的な対立がありました。第一子である透珂は側室の子で、第二子の私は正妃の子。双方陣営が命を狙いあっていた。牙燕様は透珂陣営を統括していた方で、私陣営が最も注意べき相手です。私が宋睿侵略後に龍鳴として宮廷へ入ったのも牙燕様を取り込むため――という私陣営の思惑でした」
「一体どうしてこんなややこしいことになったんだ?」
「私も又聞きになりますが、関わっているのは四組です。透珂陣営と私陣営、透珂の影武者数名、私の影武者数名。この影武者達の中に『牙燕様へ薄珂君と立珂君を見せた男』と『薄珂君と立珂君を育てた男』の二名が含まれます」
「え? それ別人なの?」
「ここが複雑なところなんです。まず前提として、私陣営の狙いは『宋睿を討ち薄立を蛍宮皇にする』こと。透珂陣営の狙いは『宋睿を討ち透珂を蛍宮皇にする』ことです。そのために利用されたのが『透珂の息子』です。例え透珂が死んでも息子がいれば引き継がれていきますからね。ですが当時透珂にも私にも子供はいなかったのでいるように見せた。それに利用されたのが薄珂君です」
「何で『見せた男』と『育てた男』は別なんだ?」
「ここまでは前提です。実際に発生した出来事はここから先で、大きく二つ。透珂陣営による『透珂の息子を育てる』という出来事と、私陣営による『薄立の息子を牙燕様に見せた』という出来事。これは同時に発生しただけで、全く繋がっていない出来事なんです」
「繋がってない? 双方知らないということか?」
「最初は。まず透珂の影武者が薄珂君と立珂君を連れて森へ逃げたのは単純に身を隠しただけ。彼が薄珂君たちに私の名を語った理由は分かりませんが、透珂陣営の男で間違いありません。牙燕様へ薄珂君と立珂君を見せた男こそが世間一般の知る『薄立』ですが、これは目的が全く違う別の出来事なんです」
「でも赤ん坊の俺を連れてたんだよね」
「それは無関係の子を息子に見立てただけ。影武者のようなものです。そしてこの時点でこの『薄立』は薄珂君のことなど知らないんです。何しろ目的は透珂でも薄珂君でもなく、牙燕様に『薄立は透珂の息子を連れて東へ逃げた』と誤認させることだったんです。私は西へ逃げていたんですよ。君達が本当に東へ逃げていたのは偶然の一致でした」
「それは、なんでそんな嘘が必要だったの?」
「透珂陣営――牙燕様が私を殺しに来る可能性があったからです。私が逃げた方向を誤魔化す策だった。透珂の子を連れているとなれば必死にならざるを得ないでしょう。これが二つの出来事です」
「それはおかしくないか? 立珂はお前の実子じゃないんだろ? 何でいもしない息子の影武者を作ってわざわざ牙燕殿へ見せに行ったんだ。敵だったんだろう?」
「そうせざるを得ない大きな転機があったんです。これが護栄様の台頭」
「護栄様?」
突如関係のなさそうな名前が出て来て、薄珂はぐりんと護栄を振り向いた。
護栄は顔色一つ変えずに茶を飲んでいる。
「こいつは孔雀でも龍鳴でもない。先々代皇の第二子、薄立だ」
その場の全員が黙った。驚き目を見張り、全員が孔雀に視線を注いだ。
だがしばらくは沈黙が続いたが、ついに孔雀はため息を吐いて顔を上げた。
「……一度すれ違っただけなのによく覚えておいでだ」
「お前も透珂も憎かったもんでね。脳裏に焼き付いてるよ」
「誰の味方でもない貴方だけが脅威でしたよ。あなたが名を伏せ麗亜様と共にいらした時に……こうなるだろうことは予感していました……」
「龍鳴、お前……」
震えながら声を漏らしたのは牙燕だ。長く龍鳴を傍に置いていたのに全く知らなかったのだから当然だろう。
「だ、だが待て。私の知る薄立様は赤ん坊の薄珂と立珂を見せに来たあの男だ。あの顔で間違いない。龍鳴が蛍宮市街で生まれ生活していたことも知っている」
「その全てが違うんです。これは薄立本人に説明してもらった方が良いでしょう」
哉珂はじっと孔雀を見つめた。孔雀はまた一つため息を吐き、ちらりと薄珂へ目をやった。
「薄珂君は何故気付いたんです?」
「辻褄の合わないことが多かったからね。でも一番は閃里様かな。俺が透珂の子と知ったうえで、倒れた時に宮廷医ではなく孔雀先生を名指しで呼んだ。孔雀先生が対処方法を知っていると確信があったんだ。そして哉珂は薄立なら公佗児の生態を知っていると断言した」
「閃里! お前知っていたのか!?」
「……はい」
「な、何故言わなかった! そんな大事なことを何故!」
「迷っていたからです。『孔雀』は人間と獣人の架け橋になった。それは先々代皇の理想そのもの。そして我らには牙燕様がいて下さる。もうこのままで良いのではないかと……」
「これは莉雹様も同じかな」
びくりと莉雹が大きく震えた。ぐっと顔を伏せ背けているのは牙燕と目が合わないようにだろうか。その唇は小さく震えている。
「莉雹様も知ってたんじゃないの? 真の薄立は牙燕将軍と共にいずれ戻って来る。だから宋睿の元でも自分は目立たず陰から宮廷を支え続けた」
「……その通りです。ですがもう、墓まで持っていくつもりでした」
「何故、何故だ」
「立珂様がいらしたからです。蛍宮は新たな未来を見つけた。もう過去に縋る必要などなくなったのです」
牙燕はただ震えていた。求め続けた透珂の子は子ではなく、いるのは正しく皇太子に立つ権利を持っている男。しかもそれは長年共に連れていた者となれば裏切られたようなものだ。
「……龍鳴」
「込み入った話になります。座りましょう」
孔雀はふいっと顔を逸らして背を向け、ゆっくりと広場の片隅にある四阿へと向かった。
四阿には茶器が一式揃っていた。孔雀が有翼人のために国内各地に設置した加密列茶だ。
莉雹はいつも通りの美しい所作で茶を淹れてくれて、そうしてようやく孔雀は語り始めた。
「私は生まれてからずっと『龍鳴』として人間の区画で生活をしていました。薄立として人前に出たことは一度もありません。表に出ていたのは牙燕様がご存知の男で、私の影武者です」
「何で影武者なんて立ててたの?」
「命を狙われていたからです。透珂と私は皇位継承権に関して政治的な対立がありました。第一子である透珂は側室の子で、第二子の私は正妃の子。双方陣営が命を狙いあっていた。牙燕様は透珂陣営を統括していた方で、私陣営が最も注意べき相手です。私が宋睿侵略後に龍鳴として宮廷へ入ったのも牙燕様を取り込むため――という私陣営の思惑でした」
「一体どうしてこんなややこしいことになったんだ?」
「私も又聞きになりますが、関わっているのは四組です。透珂陣営と私陣営、透珂の影武者数名、私の影武者数名。この影武者達の中に『牙燕様へ薄珂君と立珂君を見せた男』と『薄珂君と立珂君を育てた男』の二名が含まれます」
「え? それ別人なの?」
「ここが複雑なところなんです。まず前提として、私陣営の狙いは『宋睿を討ち薄立を蛍宮皇にする』こと。透珂陣営の狙いは『宋睿を討ち透珂を蛍宮皇にする』ことです。そのために利用されたのが『透珂の息子』です。例え透珂が死んでも息子がいれば引き継がれていきますからね。ですが当時透珂にも私にも子供はいなかったのでいるように見せた。それに利用されたのが薄珂君です」
「何で『見せた男』と『育てた男』は別なんだ?」
「ここまでは前提です。実際に発生した出来事はここから先で、大きく二つ。透珂陣営による『透珂の息子を育てる』という出来事と、私陣営による『薄立の息子を牙燕様に見せた』という出来事。これは同時に発生しただけで、全く繋がっていない出来事なんです」
「繋がってない? 双方知らないということか?」
「最初は。まず透珂の影武者が薄珂君と立珂君を連れて森へ逃げたのは単純に身を隠しただけ。彼が薄珂君たちに私の名を語った理由は分かりませんが、透珂陣営の男で間違いありません。牙燕様へ薄珂君と立珂君を見せた男こそが世間一般の知る『薄立』ですが、これは目的が全く違う別の出来事なんです」
「でも赤ん坊の俺を連れてたんだよね」
「それは無関係の子を息子に見立てただけ。影武者のようなものです。そしてこの時点でこの『薄立』は薄珂君のことなど知らないんです。何しろ目的は透珂でも薄珂君でもなく、牙燕様に『薄立は透珂の息子を連れて東へ逃げた』と誤認させることだったんです。私は西へ逃げていたんですよ。君達が本当に東へ逃げていたのは偶然の一致でした」
「それは、なんでそんな嘘が必要だったの?」
「透珂陣営――牙燕様が私を殺しに来る可能性があったからです。私が逃げた方向を誤魔化す策だった。透珂の子を連れているとなれば必死にならざるを得ないでしょう。これが二つの出来事です」
「それはおかしくないか? 立珂はお前の実子じゃないんだろ? 何でいもしない息子の影武者を作ってわざわざ牙燕殿へ見せに行ったんだ。敵だったんだろう?」
「そうせざるを得ない大きな転機があったんです。これが護栄様の台頭」
「護栄様?」
突如関係のなさそうな名前が出て来て、薄珂はぐりんと護栄を振り向いた。
護栄は顔色一つ変えずに茶を飲んでいる。
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