人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

文字の大きさ
上 下
331 / 356
第五章 多様変遷

第三十一話 牙燕将軍の見た未来(二)

しおりを挟む
「透珂様は我らに国の未来を託されたのだ。新たな力と共にお戻りになるとおっしゃった。見棄てたわけではないと言ったはずだぞ」
「わ、分かってますよ。けど……」
「消えちまったことに変わりはねえですよ」
「お前たちがそんなことでどうする! それこそ未来に続かんぞ!」
「はあ……」

 長老はぎらりと目を光らせた。
 その鋭い目は里で立珂を助けようとしてくれた長老とはまるで別人のようで、薄珂は思わず背が伸びた。

(皇族制度を続けるつもりなのか? 透珂がいなきゃ無理――……)

 はっと気付き薄珂は立ち上がった。立珂へ近付けないよう間に立ち、じっと牙燕を睨んだ。

「長老様は何で急に戻って来たの? せっかく蛍宮から離れられたのに」
「それはもちろん皆の安寧。お前と立珂もだ。皇太子と伴侶契約だの血を吐いただの尋常じゃない」
「ならもっと早くに来るべきじゃない? この数カ月で病気も怪我もした。有翼人保護区なんて政治にも踏み込んだ。迎えに来るのが遅すぎるよ」
「おお、それはすまない。知らなかったんだ。何しろ歩いていける距離では」
「嘘だ。それは嘘だよ」
「……何故?」
「伴侶契約と血を吐いたことを知ってるから。その二つを知ってるのは数人だ。口止めもされてる。なら長老様は蛍宮中枢の誰かと連絡を取り続けてたってことになる。それは誰? 何のため?」

 すうっと牙燕は目を細めた。
 薄珂が予想外の反応をしたのか、予想していた中で最悪の反応をしたのか。
 それとも予想通りか。

「聞きたいことがあるんだ。俺に公吠伝を読ませたのはどうして?」
「それは――……」

 薄珂が知略や政治の実態を知ったのは護栄と深く関わってからだ。
 だがそういう知識がこの世に存在するのだと知ったのは、長老が『極北明恭公吠伝』を読ませてくれたからだ。

「今思えば全てあそこから始まった気がするよ。じゃなければ麗亜様と話はしなかった」
「透珂様は必ずや国を取り戻すと仰られた。そのためには皇族の血を持つ子が必要だとも」

 しんと静まり返った。里の大人は頭を抱えて俯きいている。
 けれど長老はそれを背負って一歩前へ出た。

「時はきた。だから私は蛍宮へ戻って来た!」
「あなたの目的は俺を皇太子に立てることか」
「目的も何も、お前は正当な皇太子だ」
「悪いけど俺は立珂しか大事じゃないんだ」
「何を言う。国を率いるのは皇族の成すべき使命だろう」
「……それは、どうだろうね」

 辺りは静まり返っていた。牙燕将軍の言葉を否定する者は一人もいない。
 だが賛同する者もいなかった。
 しかしこれは薄珂が頷かなければ進みはしない。彼らが何を言おうが、薄珂が協力をしなければ何も変わらない。
 薄珂はふうと息を付き肩の力を抜いた。

「長老様には感謝してるし恩に報いたいと思うよ。けど……」

 ふと天藍の顔が頭をよぎった。
 蛍宮へ来ることを決めたのは立珂の未来のためだ。それは本当だ。
 けれど天藍の側にいるためでもあった。

(天藍……)

 薄珂はぐっとそれを呑み込んだ。感情論が響く相手ではないだろう。

「護栄様にも恩があるから無視はできない」
「……いいだろう。よく考えるんだ」

 牙燕は驚くほどあっさりと引いた。それはきっと護栄を敵にするのは得策では無いからだろう。
 だが薄珂が考えているのはそれとはまったく別のことだった。
 薄珂は走った。立珂には仕事をしてくると告げて慶都と美星に任せ、薄珂は真っ直ぐ宮廷へ走った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

ニケの宿

水無月
BL
危険地帯の山の中。数少ない安全エリアで宿を営む赤犬族の犬耳幼子は、吹雪の中で白い青年を拾う。それは滅んだはずの種族「人族」で。 しっかり者のわんことあまり役に立たない青年。それでも青年は幼子の孤独をゆるやかに埋めてくれた。 異なる種族同士の、共同生活。 ※過激な描写は控えていますがバトルシーンがあるので、怪我をする箇所はあります。  キャラクター紹介のページに挿絵を入れてあります。  苦手な方はご注意ください。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

あの日の記憶の隅で、君は笑う。

15
BL
アキラは恋人である公彦の部屋でとある写真を見つけた。 その写真に写っていたのはーーー……俺とそっくりな人。 唐突に始まります。 身代わりの恋大好きか〜と思われるかもしれませんが、大好物です!すみません! 幸せになってくれな!

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

処理中です...