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第五章 多様変遷
第三十一話 牙燕将軍の見た未来(二)
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「透珂様は我らに国の未来を託されたのだ。新たな力と共にお戻りになるとおっしゃった。見棄てたわけではないと言ったはずだぞ」
「わ、分かってますよ。けど……」
「消えちまったことに変わりはねえですよ」
「お前たちがそんなことでどうする! それこそ未来に続かんぞ!」
「はあ……」
長老はぎらりと目を光らせた。
その鋭い目は里で立珂を助けようとしてくれた長老とはまるで別人のようで、薄珂は思わず背が伸びた。
(皇族制度を続けるつもりなのか? 透珂がいなきゃ無理――……)
はっと気付き薄珂は立ち上がった。立珂へ近付けないよう間に立ち、じっと牙燕を睨んだ。
「長老様は何で急に戻って来たの? せっかく蛍宮から離れられたのに」
「それはもちろん皆の安寧。お前と立珂もだ。皇太子と伴侶契約だの血を吐いただの尋常じゃない」
「ならもっと早くに来るべきじゃない? この数カ月で病気も怪我もした。有翼人保護区なんて政治にも踏み込んだ。迎えに来るのが遅すぎるよ」
「おお、それはすまない。知らなかったんだ。何しろ歩いていける距離では」
「嘘だ。それは嘘だよ」
「……何故?」
「伴侶契約と血を吐いたことを知ってるから。その二つを知ってるのは数人だ。口止めもされてる。なら長老様は蛍宮中枢の誰かと連絡を取り続けてたってことになる。それは誰? 何のため?」
すうっと牙燕は目を細めた。
薄珂が予想外の反応をしたのか、予想していた中で最悪の反応をしたのか。
それとも予想通りか。
「聞きたいことがあるんだ。俺に公吠伝を読ませたのはどうして?」
「それは――……」
薄珂が知略や政治の実態を知ったのは護栄と深く関わってからだ。
だがそういう知識がこの世に存在するのだと知ったのは、長老が『極北明恭公吠伝』を読ませてくれたからだ。
「今思えば全てあそこから始まった気がするよ。じゃなければ麗亜様と話はしなかった」
「透珂様は必ずや国を取り戻すと仰られた。そのためには皇族の血を持つ子が必要だとも」
しんと静まり返った。里の大人は頭を抱えて俯きいている。
けれど長老はそれを背負って一歩前へ出た。
「時はきた。だから私は蛍宮へ戻って来た!」
「あなたの目的は俺を皇太子に立てることか」
「目的も何も、お前は正当な皇太子だ」
「悪いけど俺は立珂しか大事じゃないんだ」
「何を言う。国を率いるのは皇族の成すべき使命だろう」
「……それは、どうだろうね」
辺りは静まり返っていた。牙燕将軍の言葉を否定する者は一人もいない。
だが賛同する者もいなかった。
しかしこれは薄珂が頷かなければ進みはしない。彼らが何を言おうが、薄珂が協力をしなければ何も変わらない。
薄珂はふうと息を付き肩の力を抜いた。
「長老様には感謝してるし恩に報いたいと思うよ。けど……」
ふと天藍の顔が頭をよぎった。
蛍宮へ来ることを決めたのは立珂の未来のためだ。それは本当だ。
けれど天藍の側にいるためでもあった。
(天藍……)
薄珂はぐっとそれを呑み込んだ。感情論が響く相手ではないだろう。
「護栄様にも恩があるから無視はできない」
「……いいだろう。よく考えるんだ」
牙燕は驚くほどあっさりと引いた。それはきっと護栄を敵にするのは得策では無いからだろう。
だが薄珂が考えているのはそれとはまったく別のことだった。
薄珂は走った。立珂には仕事をしてくると告げて慶都と美星に任せ、薄珂は真っ直ぐ宮廷へ走った。
「わ、分かってますよ。けど……」
「消えちまったことに変わりはねえですよ」
「お前たちがそんなことでどうする! それこそ未来に続かんぞ!」
「はあ……」
長老はぎらりと目を光らせた。
その鋭い目は里で立珂を助けようとしてくれた長老とはまるで別人のようで、薄珂は思わず背が伸びた。
(皇族制度を続けるつもりなのか? 透珂がいなきゃ無理――……)
はっと気付き薄珂は立ち上がった。立珂へ近付けないよう間に立ち、じっと牙燕を睨んだ。
「長老様は何で急に戻って来たの? せっかく蛍宮から離れられたのに」
「それはもちろん皆の安寧。お前と立珂もだ。皇太子と伴侶契約だの血を吐いただの尋常じゃない」
「ならもっと早くに来るべきじゃない? この数カ月で病気も怪我もした。有翼人保護区なんて政治にも踏み込んだ。迎えに来るのが遅すぎるよ」
「おお、それはすまない。知らなかったんだ。何しろ歩いていける距離では」
「嘘だ。それは嘘だよ」
「……何故?」
「伴侶契約と血を吐いたことを知ってるから。その二つを知ってるのは数人だ。口止めもされてる。なら長老様は蛍宮中枢の誰かと連絡を取り続けてたってことになる。それは誰? 何のため?」
すうっと牙燕は目を細めた。
薄珂が予想外の反応をしたのか、予想していた中で最悪の反応をしたのか。
それとも予想通りか。
「聞きたいことがあるんだ。俺に公吠伝を読ませたのはどうして?」
「それは――……」
薄珂が知略や政治の実態を知ったのは護栄と深く関わってからだ。
だがそういう知識がこの世に存在するのだと知ったのは、長老が『極北明恭公吠伝』を読ませてくれたからだ。
「今思えば全てあそこから始まった気がするよ。じゃなければ麗亜様と話はしなかった」
「透珂様は必ずや国を取り戻すと仰られた。そのためには皇族の血を持つ子が必要だとも」
しんと静まり返った。里の大人は頭を抱えて俯きいている。
けれど長老はそれを背負って一歩前へ出た。
「時はきた。だから私は蛍宮へ戻って来た!」
「あなたの目的は俺を皇太子に立てることか」
「目的も何も、お前は正当な皇太子だ」
「悪いけど俺は立珂しか大事じゃないんだ」
「何を言う。国を率いるのは皇族の成すべき使命だろう」
「……それは、どうだろうね」
辺りは静まり返っていた。牙燕将軍の言葉を否定する者は一人もいない。
だが賛同する者もいなかった。
しかしこれは薄珂が頷かなければ進みはしない。彼らが何を言おうが、薄珂が協力をしなければ何も変わらない。
薄珂はふうと息を付き肩の力を抜いた。
「長老様には感謝してるし恩に報いたいと思うよ。けど……」
ふと天藍の顔が頭をよぎった。
蛍宮へ来ることを決めたのは立珂の未来のためだ。それは本当だ。
けれど天藍の側にいるためでもあった。
(天藍……)
薄珂はぐっとそれを呑み込んだ。感情論が響く相手ではないだろう。
「護栄様にも恩があるから無視はできない」
「……いいだろう。よく考えるんだ」
牙燕は驚くほどあっさりと引いた。それはきっと護栄を敵にするのは得策では無いからだろう。
だが薄珂が考えているのはそれとはまったく別のことだった。
薄珂は走った。立珂には仕事をしてくると告げて慶都と美星に任せ、薄珂は真っ直ぐ宮廷へ走った。
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