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第五章 多様変遷
第二十九話 子供達の選択(一)
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里の面々が獣人保護区へ入居ししばらく経った。
当初は警戒している者が多かったようだが、烙玲と錐漣の徹底した警備で大人も子供もすぐ新生活に慣れたという。常に鼠と猫を傍に置き、長老が全てを把握していることが何よりの安心感だそうだ。
これは薄珂が安全を訴えるよりもはるかに効果的で、薄珂は二人から様子を聞くようにいしていた。
「みんなどう?」
「すっかり馴染んだ。大人の方がちょっと警戒してるかな」
「そっか。困ったことあれば言ってね」
「困るのはお前の方だろ、公佗児」
「別に困ることなんてないよ。獣化しないし」
薄珂が里の移住者の中で最も気にかかっていたのが烙玲と錐漣だった。その理由はもちろんあれだ。
(護栄様が目を付けてるってのが厄介なんだよね。絶対何かしらに巻き込まれる)
はっきり言えば巻き込まれるのは確定だ。巻き込むつもりが無いのなら採用をかけたりしない。
だが二人が守りたいのは蛍宮ではなく里の人々だ。それを引きずり込むのは、里に恩のある薄珂としても良い気はしない。
しかしその時、長老がこちらに目を向け苦い顔をして近付いて来た。だがその目は薄珂たち三人ではなくその後ろに向いている。
何かと思い振り向くと、確かに苦い顔をするしかない人物がいた。
「護栄様……」
「おや。薄珂も一緒でしたか」
「やっぱり諦めてなかったね」
「いつ諦めると言いました?」
にこりと護栄は微笑んだ。まあそうだよな、と薄珂はため息を吐く程度で終わるが長老はそれでは終われないだろう。
まだ何の会話も始まっていないけれど、長老は烙玲と錐漣の前に立ち護栄を睨み付けた。
「平穏だからこそこの地を選んだ。子供達をこれ以上危険に晒すつもりは無い」
「お気持ちは分かります。ですがそれは子供の将来を潰すことだと分かっておいでですか」
「……どういう意味だ」
長老はぎろりと護栄を睨み付けた。一触即発の空気に薄珂は身を縮こまらせたが、あろうことか護栄はこちらに視線を移した。
「薄珂は自ら学び有翼人保護区を完成に導いた。もはやこの国になくてはならない存在です」
今度は慶都に目を向けた。今は里の皆と遊び回っているが、普段はあんな無邪気に過ごしているわけではない。
「慶都殿は立珂殿――国の要人を守り受勲した。今では有翼人保護区警備の一角を担っている。その実力は我が国最強の武人、玲章殿が認めたほどです。そしてそれは君達も」
護栄はちらりと目線を動かした。その先にいるのは烙玲と錐漣だ。
「先日の誘拐騒ぎは素晴らしい対応でした。君達がいなければ五人は売り飛ばされていた。ああいった状況での人質は恐怖で精神に傷を負ってもおかしくありませんが、猫と鼠が励ましていたので心身共に健康で帰還した。殿下を始め刑部や兵部、医師からも受勲させるべきだと推薦がありました。だが君達は身をひそめているがゆえにそれもできない」
護栄は長老から二人へと身体の向きを変えた。
差し出したその手には二つの勲章があった。以前に天藍が慶都へ与え、意味がないと紛失した勲章と同じ物だ。
輝く勲章など見たことも無いのか、二人とも目を丸くしてぽかんと口を開けている。
「悔しくはありませんか。それだけの力を持ちながら人知れず朽ちて良いのですか!」
「そ、それは……」
「私はぜひ宮廷に欲しい。そうしてもらえなくとも埋もれさせるのはあまりにも惜しい。もし希望するなら学舎や軍事訓練の参加をさせてあげましょう」
ごくりと二人の喉が鳴った。
里は隠れ住む場所で、二人はそれが当然だった。長老の指導のもとそうして生きてきて、それ以外の生き方など知らないのだろう。
里しかしらない二人は、きっと国を統べる立場にある人たちから褒められることなど初めてなのだろう。
「将軍ともあろう方が国の若い芽を、未来を摘み取るのですか」
二人の目は勲章とそれを差し出す護栄に向いていた。いついかなる時も長老と里の仲間を見つめていた二人が、今は違う方向へ目を向けている。
しかし薄珂は長老の気持ちもよく分かる。薄珂も里で平穏を得てしまった時は里を出ることを恐れた。けれど未来に夢を見始めた立珂の足をとどめることはそれ以上に恐ろしく、天藍に導かれ里を出た。それは正しかったのだと自信を持って言える。
(長老様もあの時の俺と同じ岐路にいるんだ)
だが弟一人を守るのと里全員を守るのでは規模が違う。
そして世界の絶対強者からの攻撃は防げないことの方が多いだろう。あの響玄でさえ娘の羽を切り落とす選択を強いられたほどだ。
その当時を知り国を出たのなら護栄の側に子供達を置くことがどれほどの恐怖か、かつて最強の名を冠した将軍である長老は誰よりも分かっているのだろう。
しかし立珂を見ていれば一歩踏み出す勇気がどれだけ大事かも薄珂は分かっている。
二人が勲章に目を輝かせ護栄に興味を惹かれるなら、それはまさに踏み出す時だ。薄珂は護栄と長老の間に割って入った。
「それじゃあこういうのはどう? いきなり職員になるんじゃなくて慶都と一緒に仕事をする。全て知ったうえでどうするかは二人が自分で決める。どうかな、護栄様」
「私は歓迎ですよ。ぜひ色々なことを経験してほしい」
「長老様はどう?」
安全面など今更薄珂が主張することはないだろう。伴う危険だって長老はその身をもって知っている。
少しの間沈黙が流れた。そして長老は烙玲と錐漣の肩をぽんと叩いた。
「興味があればやってみなさい。皆のことは私も目を配っている」
「は、はい!」
「有難うございます!」
「決まりですね。では二人ともよろしくお願いします」
「はい! よろしくお願いします!」
「では早速手配します。牙燕様。二人のことは慶都殿に任せ、無理はさせないよう言っておきます」
「……頼みましたよ」
長老はため息を吐いた。それが護栄への怒りなのか子供が巣立つことへの悲しみなのか、それとも自分への嘲笑か。
その意味は分からなかったけれど、烙玲と錐漣が大喜びして輝く瞳はお洒落に目覚めた立珂とそっくりだった。
当初は警戒している者が多かったようだが、烙玲と錐漣の徹底した警備で大人も子供もすぐ新生活に慣れたという。常に鼠と猫を傍に置き、長老が全てを把握していることが何よりの安心感だそうだ。
これは薄珂が安全を訴えるよりもはるかに効果的で、薄珂は二人から様子を聞くようにいしていた。
「みんなどう?」
「すっかり馴染んだ。大人の方がちょっと警戒してるかな」
「そっか。困ったことあれば言ってね」
「困るのはお前の方だろ、公佗児」
「別に困ることなんてないよ。獣化しないし」
薄珂が里の移住者の中で最も気にかかっていたのが烙玲と錐漣だった。その理由はもちろんあれだ。
(護栄様が目を付けてるってのが厄介なんだよね。絶対何かしらに巻き込まれる)
はっきり言えば巻き込まれるのは確定だ。巻き込むつもりが無いのなら採用をかけたりしない。
だが二人が守りたいのは蛍宮ではなく里の人々だ。それを引きずり込むのは、里に恩のある薄珂としても良い気はしない。
しかしその時、長老がこちらに目を向け苦い顔をして近付いて来た。だがその目は薄珂たち三人ではなくその後ろに向いている。
何かと思い振り向くと、確かに苦い顔をするしかない人物がいた。
「護栄様……」
「おや。薄珂も一緒でしたか」
「やっぱり諦めてなかったね」
「いつ諦めると言いました?」
にこりと護栄は微笑んだ。まあそうだよな、と薄珂はため息を吐く程度で終わるが長老はそれでは終われないだろう。
まだ何の会話も始まっていないけれど、長老は烙玲と錐漣の前に立ち護栄を睨み付けた。
「平穏だからこそこの地を選んだ。子供達をこれ以上危険に晒すつもりは無い」
「お気持ちは分かります。ですがそれは子供の将来を潰すことだと分かっておいでですか」
「……どういう意味だ」
長老はぎろりと護栄を睨み付けた。一触即発の空気に薄珂は身を縮こまらせたが、あろうことか護栄はこちらに視線を移した。
「薄珂は自ら学び有翼人保護区を完成に導いた。もはやこの国になくてはならない存在です」
今度は慶都に目を向けた。今は里の皆と遊び回っているが、普段はあんな無邪気に過ごしているわけではない。
「慶都殿は立珂殿――国の要人を守り受勲した。今では有翼人保護区警備の一角を担っている。その実力は我が国最強の武人、玲章殿が認めたほどです。そしてそれは君達も」
護栄はちらりと目線を動かした。その先にいるのは烙玲と錐漣だ。
「先日の誘拐騒ぎは素晴らしい対応でした。君達がいなければ五人は売り飛ばされていた。ああいった状況での人質は恐怖で精神に傷を負ってもおかしくありませんが、猫と鼠が励ましていたので心身共に健康で帰還した。殿下を始め刑部や兵部、医師からも受勲させるべきだと推薦がありました。だが君達は身をひそめているがゆえにそれもできない」
護栄は長老から二人へと身体の向きを変えた。
差し出したその手には二つの勲章があった。以前に天藍が慶都へ与え、意味がないと紛失した勲章と同じ物だ。
輝く勲章など見たことも無いのか、二人とも目を丸くしてぽかんと口を開けている。
「悔しくはありませんか。それだけの力を持ちながら人知れず朽ちて良いのですか!」
「そ、それは……」
「私はぜひ宮廷に欲しい。そうしてもらえなくとも埋もれさせるのはあまりにも惜しい。もし希望するなら学舎や軍事訓練の参加をさせてあげましょう」
ごくりと二人の喉が鳴った。
里は隠れ住む場所で、二人はそれが当然だった。長老の指導のもとそうして生きてきて、それ以外の生き方など知らないのだろう。
里しかしらない二人は、きっと国を統べる立場にある人たちから褒められることなど初めてなのだろう。
「将軍ともあろう方が国の若い芽を、未来を摘み取るのですか」
二人の目は勲章とそれを差し出す護栄に向いていた。いついかなる時も長老と里の仲間を見つめていた二人が、今は違う方向へ目を向けている。
しかし薄珂は長老の気持ちもよく分かる。薄珂も里で平穏を得てしまった時は里を出ることを恐れた。けれど未来に夢を見始めた立珂の足をとどめることはそれ以上に恐ろしく、天藍に導かれ里を出た。それは正しかったのだと自信を持って言える。
(長老様もあの時の俺と同じ岐路にいるんだ)
だが弟一人を守るのと里全員を守るのでは規模が違う。
そして世界の絶対強者からの攻撃は防げないことの方が多いだろう。あの響玄でさえ娘の羽を切り落とす選択を強いられたほどだ。
その当時を知り国を出たのなら護栄の側に子供達を置くことがどれほどの恐怖か、かつて最強の名を冠した将軍である長老は誰よりも分かっているのだろう。
しかし立珂を見ていれば一歩踏み出す勇気がどれだけ大事かも薄珂は分かっている。
二人が勲章に目を輝かせ護栄に興味を惹かれるなら、それはまさに踏み出す時だ。薄珂は護栄と長老の間に割って入った。
「それじゃあこういうのはどう? いきなり職員になるんじゃなくて慶都と一緒に仕事をする。全て知ったうえでどうするかは二人が自分で決める。どうかな、護栄様」
「私は歓迎ですよ。ぜひ色々なことを経験してほしい」
「長老様はどう?」
安全面など今更薄珂が主張することはないだろう。伴う危険だって長老はその身をもって知っている。
少しの間沈黙が流れた。そして長老は烙玲と錐漣の肩をぽんと叩いた。
「興味があればやってみなさい。皆のことは私も目を配っている」
「は、はい!」
「有難うございます!」
「決まりですね。では二人ともよろしくお願いします」
「はい! よろしくお願いします!」
「では早速手配します。牙燕様。二人のことは慶都殿に任せ、無理はさせないよう言っておきます」
「……頼みましたよ」
長老はため息を吐いた。それが護栄への怒りなのか子供が巣立つことへの悲しみなのか、それとも自分への嘲笑か。
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