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第五章 多様変遷
第二十五話 侵入者(二)
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獣人保護区へ到着すると想像よりも大きな騒ぎが発生していた。数名の宮廷職員に獣人保護区の住民が食って掛かっている。
「連れてかれたんです! あんな奴ら見たこと無いわ!」
「まだ五歳なんです! 早く探して!」
「鳥獣人がいたの! 鳥が連れてったの!」
「探しています。兵を総動員しているので」
子供が連れて行かれたのだろうか、母親らしき女性は涙をぼろぼろと流していた。
しかし兵は何もせず、落ち着いて落ち着いてと繰り返すだけだ。
薄珂が宮廷で聞いたのはこれだった。獣人保護区で失踪があった、金剛はちゃんと牢にいる、という報告が聴こえたのだ。
(誘拐か。慶都なら探す間もなく突き止めてただろうに)
慶都はよく褒められていたが、比較対象を知らなかった薄珂は初めて慶都がどれだけ優秀なのかを実感した。
だが薄珂の目的は兵でも職員でもない。きょろきょろと辺りを見回すと、くんっと袖を引かれた。
「薄珂こっち」
「烙玲。錐漣」
薄珂が探していたのはこの二人だ。
長老のいる場所で起きた騒ぎを把握していないわけがない。
「よかった。調べてほしいことがあるんだ」
「もう調べた。この前の穴、他にもああいうのがいくつかあったんだ。どれもあの洞窟に続いてる。連中の中に小動物獣人がいて出入りしてるみたいだ」
「穴は全部猫と鼠で塞いでもらってる。でも鳥獣人ばっかりはどうにもならない。崖の方から出入りしてるんだ」
「何人?」
「鳥獣人が三に獅子が二。偵察用の鼠が三で兎が一。戦闘員は獅子だけだ。他はどれもひょろくて戦えるとは思えないな」
「目的は分かる?」
「獣人売買だな。どこに売るか相談してた。すぐ助けに行こうと思ったんだけど、人質が五人だから連中も運べないみたいなんだよ。売り物にならなくなるから傷はつけるなって言ってたし、なら様子だけ見て宮廷に任せようと思って」
「人質にはすぐ助けに行くって伝えたから大丈夫。救助が来るって分かれば落ち着いて待ってるだろ」
烙玲は手に持っていた紙をひらひらと揺らした。猫か鼠に手紙を運んでもらったのだろう。
「助かるよ。そしたら里のみんなをどこかに連れて行ってあげてくれる? 怖がらせたくない」
「それは平気。鼠が来た時に移動させといたから。全員朝市広場で遊んでるよ」
「俺らは長老様の護衛に戻る。猫と鼠には人質と保護区の住民を守るように言ってあるから後は頼む」
「ああ。有難う!」
薄珂は二人に保護区内の調査と、必要であれば警備を頼むつもりだった。これは華理で見た警備体制だ。
哉珂はぽかんとしていたが、薄珂はまだもう一つ目的があったので走り出した。
相変わらず兵は詰め寄られていたが、それとは別に人が集まっている輪があり薄珂はその中に飛び込んだ。
「孔雀先生!」
「薄珂君!? 何してるんですか!」
輪の中心にいたのは孔雀だった。こういう事態であれば獣人の英雄はまさしく求心力だ。
「ちょっとね。護栄様は?」
「対策をすると宮廷へ戻られました。ここはまだ現状調査が終わっていなくて」
「そっか。じゃあ先生こっち来て」
「え? 何です?」
孔雀はおろおろとしていたが、薄珂はその腕を掴んでぐいぐいと引っ張った。
訳も分からないといった困り顔をしている孔雀を騒ぎの中心へ立たせると、薄珂はすうっと息を吸い込み大声で叫んだ。
「みんな大丈夫だよ! 孔雀先生が敵の居所を見つけたんだ!」
「えっ」
「もう宮廷の兵が助けに行ってる。すぐに戻って来るから大丈夫だよ!」
「ちょ、ちょっと薄珂君。何を」
「おお! さすが孔雀先生だ!」
「先生! うちの子をどうか!」
「え、ええと」
おお、と兵を詰めていた者も一斉に孔雀へと駆け寄った。まるで唯一神を崇める宗教と言っても過言ではないその光景に哉珂はあんぐりと口を開けている。
「すぐ助けてくるからあんまり騒がないでね。他の人が不安になっちゃうから。特に子供は」
「そうよね。ええ、分かったわ!」
「孔雀先生。よろしくお願いします!」
「え、ええ」
「もちろん大丈夫だよ。だって孔雀先生は象獣人を仕留めたんだから」
「そうよね。ええ、そうだわ」
まだ何も終わってないというのに、国民は安堵のため息を吐いている。
中には仕事へ戻るかと騒ぎの場を離脱する者もいて、兵までもが孔雀先生が動くなら安心だと言っている。
しかし当の孔雀は困り果てているようだった。
「薄珂君。どういういことですか」
「大丈夫。準備できてるはずだよ」
「え、ええ?」
「行こう。柳さんは立珂のところに戻ってて!」
「ああ……」
今だぽかんとしている哉珂を残し、薄珂は孔雀を連れて宮廷へ走った。
「連れてかれたんです! あんな奴ら見たこと無いわ!」
「まだ五歳なんです! 早く探して!」
「鳥獣人がいたの! 鳥が連れてったの!」
「探しています。兵を総動員しているので」
子供が連れて行かれたのだろうか、母親らしき女性は涙をぼろぼろと流していた。
しかし兵は何もせず、落ち着いて落ち着いてと繰り返すだけだ。
薄珂が宮廷で聞いたのはこれだった。獣人保護区で失踪があった、金剛はちゃんと牢にいる、という報告が聴こえたのだ。
(誘拐か。慶都なら探す間もなく突き止めてただろうに)
慶都はよく褒められていたが、比較対象を知らなかった薄珂は初めて慶都がどれだけ優秀なのかを実感した。
だが薄珂の目的は兵でも職員でもない。きょろきょろと辺りを見回すと、くんっと袖を引かれた。
「薄珂こっち」
「烙玲。錐漣」
薄珂が探していたのはこの二人だ。
長老のいる場所で起きた騒ぎを把握していないわけがない。
「よかった。調べてほしいことがあるんだ」
「もう調べた。この前の穴、他にもああいうのがいくつかあったんだ。どれもあの洞窟に続いてる。連中の中に小動物獣人がいて出入りしてるみたいだ」
「穴は全部猫と鼠で塞いでもらってる。でも鳥獣人ばっかりはどうにもならない。崖の方から出入りしてるんだ」
「何人?」
「鳥獣人が三に獅子が二。偵察用の鼠が三で兎が一。戦闘員は獅子だけだ。他はどれもひょろくて戦えるとは思えないな」
「目的は分かる?」
「獣人売買だな。どこに売るか相談してた。すぐ助けに行こうと思ったんだけど、人質が五人だから連中も運べないみたいなんだよ。売り物にならなくなるから傷はつけるなって言ってたし、なら様子だけ見て宮廷に任せようと思って」
「人質にはすぐ助けに行くって伝えたから大丈夫。救助が来るって分かれば落ち着いて待ってるだろ」
烙玲は手に持っていた紙をひらひらと揺らした。猫か鼠に手紙を運んでもらったのだろう。
「助かるよ。そしたら里のみんなをどこかに連れて行ってあげてくれる? 怖がらせたくない」
「それは平気。鼠が来た時に移動させといたから。全員朝市広場で遊んでるよ」
「俺らは長老様の護衛に戻る。猫と鼠には人質と保護区の住民を守るように言ってあるから後は頼む」
「ああ。有難う!」
薄珂は二人に保護区内の調査と、必要であれば警備を頼むつもりだった。これは華理で見た警備体制だ。
哉珂はぽかんとしていたが、薄珂はまだもう一つ目的があったので走り出した。
相変わらず兵は詰め寄られていたが、それとは別に人が集まっている輪があり薄珂はその中に飛び込んだ。
「孔雀先生!」
「薄珂君!? 何してるんですか!」
輪の中心にいたのは孔雀だった。こういう事態であれば獣人の英雄はまさしく求心力だ。
「ちょっとね。護栄様は?」
「対策をすると宮廷へ戻られました。ここはまだ現状調査が終わっていなくて」
「そっか。じゃあ先生こっち来て」
「え? 何です?」
孔雀はおろおろとしていたが、薄珂はその腕を掴んでぐいぐいと引っ張った。
訳も分からないといった困り顔をしている孔雀を騒ぎの中心へ立たせると、薄珂はすうっと息を吸い込み大声で叫んだ。
「みんな大丈夫だよ! 孔雀先生が敵の居所を見つけたんだ!」
「えっ」
「もう宮廷の兵が助けに行ってる。すぐに戻って来るから大丈夫だよ!」
「ちょ、ちょっと薄珂君。何を」
「おお! さすが孔雀先生だ!」
「先生! うちの子をどうか!」
「え、ええと」
おお、と兵を詰めていた者も一斉に孔雀へと駆け寄った。まるで唯一神を崇める宗教と言っても過言ではないその光景に哉珂はあんぐりと口を開けている。
「すぐ助けてくるからあんまり騒がないでね。他の人が不安になっちゃうから。特に子供は」
「そうよね。ええ、分かったわ!」
「孔雀先生。よろしくお願いします!」
「え、ええ」
「もちろん大丈夫だよ。だって孔雀先生は象獣人を仕留めたんだから」
「そうよね。ええ、そうだわ」
まだ何も終わってないというのに、国民は安堵のため息を吐いている。
中には仕事へ戻るかと騒ぎの場を離脱する者もいて、兵までもが孔雀先生が動くなら安心だと言っている。
しかし当の孔雀は困り果てているようだった。
「薄珂君。どういういことですか」
「大丈夫。準備できてるはずだよ」
「え、ええ?」
「行こう。柳さんは立珂のところに戻ってて!」
「ああ……」
今だぽかんとしている哉珂を残し、薄珂は孔雀を連れて宮廷へ走った。
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