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第五章 多様変遷
第二十五話 侵入者(一)
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華理を出立して数日、船は無事蛍宮へ到着した。
天藍が帰ってきたわけでは無いので出迎えというほどのものは無いが、立珂を抱っこしている薄珂の元に一人の青年が近づいて来た。
「薄珂、立珂」
「浩然様!」
「はおらんさまー!」
「おかえり。元気そうだね」
出迎えてくれたのは浩然だ。浩然は真っ直ぐ立珂に歩み寄りぷにっと頬を突くと、ふと何かに気付いたように驚いたような顔をした。
「ぽっぽしてるね。もしかして羽熱?」
「そーなの。とんとんするんだよ。しってる?」
「知ってるよ、よくね。まだ元気と思ってるうちにお昼寝するんだよ。熱を自力で下げるまでが羽熱だから」
「はあい! ぐう!」
「ぐう?」
立珂はいつかのようにぐうぐうと言いながら薄珂の胸に顔を埋めると、数秒すると本当に眠ってしまった。
浩然は一瞬だけきょとんとしたが、薄珂と顔を見合わせるとくすくすと穏やかに笑った。
「良いね。立珂は本当に良い成長期だ。他に変わったことはなかった?」
「俺は特に。でも柳さんが付いてきました」
「どうも」
哉珂は本当に蛍宮まで付いて来てくれた。もちろん本人にも考えるところがあるからだが。
「これはまた予期せぬ方が。華理にいらしたんですか?」
「ええ。しばらくは蛍宮で生活しますよ」
「それじゃあ護栄様に報告しておかないと。あ、そうそう聞いてよ。護栄様が有休使ったんだ」
「え!? 病気ですか!?」
「元気元気。ただそのつけで大忙しだよ。挨拶行くのは三日待ってね。それまでよく休むんだよ」
「はい。有難うございます」
そう言うと、浩然は立珂を優しく撫でると足早に宮廷へと戻っていった。
しかし浩然を待っていたのか、我先にと宮廷規定服を着た男性職員が群がり行列になっていく。
「忙しいのにわざわざ教えに来てくれたのかな」
「どうだかな。それより俺は調べることがあるから適当にしてる。護栄殿に挨拶する時は俺も連れて行けよ」
「え? どこに泊まるの? うち来ると思ってたんだけど」
「適当にするって。三日後の朝お前の家行くよ」
「あ、ちょっと!」
薄珂が引き留めようとするのも待たずに哉珂はひらひらと手を振り何処かへ行ってしまった。
(調べるって透珂のことだよね。俺も手伝った方がいいかな)
気にならないわけではない。けれど今は父のこともあり、何より立珂が成長期で不安定だ。余計なことに首を突っ込んで迷惑をこうむりたくないというのが本音で。
(まあ哉珂なら大丈夫だよね)
ふう、と薄珂はため息を吐くと立珂を抱いて久しぶりに二人きりの自宅に戻った。
それからしばらくは莉雹や侍女など、いつもの顔ぶれに土産を配って回った。大勢が立珂の土産話を求めて集まり、賑やかな時間が続いた。
そしてようやく三日が経ち、哉珂と共に宮廷へ向かった。
「護栄様ただいま~!」
「お帰りなさい。元気そうですね」
「うん! あ! 孔雀先生だ! せんせー!」
「お帰りなさい。華理はどうでしたか」
「有翼人がいっぱいいた! 森そっくりだった!」
「森?」
「後でまとめて報告するよ。それより天藍から書簡預かってる。ちゃんと哉珂をもてなすようにって」
「聞いていますよ。哉珂殿。離宮をご用意するのでお使い下さい」
「そんな申し訳ない。麗亜がいるならともかく俺一人ですし」
「いいえ。どうぞ使ってやってください。美星、用意を」
「承知致しました」
美星が行ってしまうと思ったのか、立珂はきゅっと美星の袖を掴んだ。
成長期をずっと一緒に過ごしてくれているからか、立珂は以前よりも美星に懐いているようだった。美星はすぐに戻ります、と告げると廊下にいた侍女へ何か指示をし始めた。そして約束通りすぐに立珂の側へと戻って来て、抱っこして欲しいとねだる立珂を抱いてくれた。
まるで親子のような光景に胸が熱くなり、薄珂は立珂を美星に預けると孔雀へ声を掛けた。
「先生、久しぶ――……やつれたね。何してたの?」
「少し立て込んでしまって。医者の不養生とは情けない。薄珂君はもう大丈夫ですか?」
「うん。そのお礼言いたかったんだ。薬作ってくれて有難う」
「希少種は分からないことが多いですからね。何かあればすぐ言うんですよ」
「分かった。有難う、先生」
孔雀は安心したように微笑んでくれて、いつもと変わらない面々に囲まれて薄珂もほっと一息ついた。
しかしその時、数名の職員が駆け込んできてちらりと美星を見た。美星はそれだけで何か察したようで、立珂にお昼寝をしましょうかと提案し慶都を伴い露台へ出ていった。それを見届けると職員はささっと護栄の側へ駆け寄って来る。
「護栄様。よろしいでしょうか」
「ええ。どうしました」
職員は薄珂に背を向けこそこそと耳打ちをし始めた。扉の外は妙にざわついていて、女官は不安そうにおろおろする若い侍女へ「念のため医務室の用意を」と不穏なことを言っている。
薄珂は不安になり護栄を見ると、にこりと微笑んでくれた。
「少し席を外します。また後で話を聞かせて下さい」
「うん」
「護栄様。私も参りましょう」
「助かります」
孔雀は急ぎましょうと先行し、護栄はいつも通り落ち着いた足取りで廊下へ出た。
しかし外に出た途端にばたばたと動き始めた。職員や侍女はともかく、あの護栄が足音を立てて廊下を駆けるのはそれだけで異常事態であることが明らかだった。
「どうしたんだろうな」
「うん……」
薄珂は廊下の騒ぎ越えに耳をそばだてると、いくつかの会話が聴こえてくる。そしてふいに聞こえた一つの単語に薄珂はぴくりと身体を揺らした。
小走りで露台の美星に駆け寄り立珂の様子を見ると、ぐっすりと眠っていた、ぷうぷうと寝息を立てている時は大体ぐっすり眠っていてすぐには起きない。
「美星さん。立珂見ててくれる? 俺ちょっと見て来る」
「構いませんが、どうかなさいましたか」
「ちょっとね。慶都」
慶都は目が合うとすぐに大きく頷いた。その手はしっかりと立珂の手を握りしめている。
「立珂を守れ」
「言われなくても」
薄珂は美星と慶都に立珂を任せ、獣人保護区を見てみたいという哉珂を連れて宮廷を出た。
天藍が帰ってきたわけでは無いので出迎えというほどのものは無いが、立珂を抱っこしている薄珂の元に一人の青年が近づいて来た。
「薄珂、立珂」
「浩然様!」
「はおらんさまー!」
「おかえり。元気そうだね」
出迎えてくれたのは浩然だ。浩然は真っ直ぐ立珂に歩み寄りぷにっと頬を突くと、ふと何かに気付いたように驚いたような顔をした。
「ぽっぽしてるね。もしかして羽熱?」
「そーなの。とんとんするんだよ。しってる?」
「知ってるよ、よくね。まだ元気と思ってるうちにお昼寝するんだよ。熱を自力で下げるまでが羽熱だから」
「はあい! ぐう!」
「ぐう?」
立珂はいつかのようにぐうぐうと言いながら薄珂の胸に顔を埋めると、数秒すると本当に眠ってしまった。
浩然は一瞬だけきょとんとしたが、薄珂と顔を見合わせるとくすくすと穏やかに笑った。
「良いね。立珂は本当に良い成長期だ。他に変わったことはなかった?」
「俺は特に。でも柳さんが付いてきました」
「どうも」
哉珂は本当に蛍宮まで付いて来てくれた。もちろん本人にも考えるところがあるからだが。
「これはまた予期せぬ方が。華理にいらしたんですか?」
「ええ。しばらくは蛍宮で生活しますよ」
「それじゃあ護栄様に報告しておかないと。あ、そうそう聞いてよ。護栄様が有休使ったんだ」
「え!? 病気ですか!?」
「元気元気。ただそのつけで大忙しだよ。挨拶行くのは三日待ってね。それまでよく休むんだよ」
「はい。有難うございます」
そう言うと、浩然は立珂を優しく撫でると足早に宮廷へと戻っていった。
しかし浩然を待っていたのか、我先にと宮廷規定服を着た男性職員が群がり行列になっていく。
「忙しいのにわざわざ教えに来てくれたのかな」
「どうだかな。それより俺は調べることがあるから適当にしてる。護栄殿に挨拶する時は俺も連れて行けよ」
「え? どこに泊まるの? うち来ると思ってたんだけど」
「適当にするって。三日後の朝お前の家行くよ」
「あ、ちょっと!」
薄珂が引き留めようとするのも待たずに哉珂はひらひらと手を振り何処かへ行ってしまった。
(調べるって透珂のことだよね。俺も手伝った方がいいかな)
気にならないわけではない。けれど今は父のこともあり、何より立珂が成長期で不安定だ。余計なことに首を突っ込んで迷惑をこうむりたくないというのが本音で。
(まあ哉珂なら大丈夫だよね)
ふう、と薄珂はため息を吐くと立珂を抱いて久しぶりに二人きりの自宅に戻った。
それからしばらくは莉雹や侍女など、いつもの顔ぶれに土産を配って回った。大勢が立珂の土産話を求めて集まり、賑やかな時間が続いた。
そしてようやく三日が経ち、哉珂と共に宮廷へ向かった。
「護栄様ただいま~!」
「お帰りなさい。元気そうですね」
「うん! あ! 孔雀先生だ! せんせー!」
「お帰りなさい。華理はどうでしたか」
「有翼人がいっぱいいた! 森そっくりだった!」
「森?」
「後でまとめて報告するよ。それより天藍から書簡預かってる。ちゃんと哉珂をもてなすようにって」
「聞いていますよ。哉珂殿。離宮をご用意するのでお使い下さい」
「そんな申し訳ない。麗亜がいるならともかく俺一人ですし」
「いいえ。どうぞ使ってやってください。美星、用意を」
「承知致しました」
美星が行ってしまうと思ったのか、立珂はきゅっと美星の袖を掴んだ。
成長期をずっと一緒に過ごしてくれているからか、立珂は以前よりも美星に懐いているようだった。美星はすぐに戻ります、と告げると廊下にいた侍女へ何か指示をし始めた。そして約束通りすぐに立珂の側へと戻って来て、抱っこして欲しいとねだる立珂を抱いてくれた。
まるで親子のような光景に胸が熱くなり、薄珂は立珂を美星に預けると孔雀へ声を掛けた。
「先生、久しぶ――……やつれたね。何してたの?」
「少し立て込んでしまって。医者の不養生とは情けない。薄珂君はもう大丈夫ですか?」
「うん。そのお礼言いたかったんだ。薬作ってくれて有難う」
「希少種は分からないことが多いですからね。何かあればすぐ言うんですよ」
「分かった。有難う、先生」
孔雀は安心したように微笑んでくれて、いつもと変わらない面々に囲まれて薄珂もほっと一息ついた。
しかしその時、数名の職員が駆け込んできてちらりと美星を見た。美星はそれだけで何か察したようで、立珂にお昼寝をしましょうかと提案し慶都を伴い露台へ出ていった。それを見届けると職員はささっと護栄の側へ駆け寄って来る。
「護栄様。よろしいでしょうか」
「ええ。どうしました」
職員は薄珂に背を向けこそこそと耳打ちをし始めた。扉の外は妙にざわついていて、女官は不安そうにおろおろする若い侍女へ「念のため医務室の用意を」と不穏なことを言っている。
薄珂は不安になり護栄を見ると、にこりと微笑んでくれた。
「少し席を外します。また後で話を聞かせて下さい」
「うん」
「護栄様。私も参りましょう」
「助かります」
孔雀は急ぎましょうと先行し、護栄はいつも通り落ち着いた足取りで廊下へ出た。
しかし外に出た途端にばたばたと動き始めた。職員や侍女はともかく、あの護栄が足音を立てて廊下を駆けるのはそれだけで異常事態であることが明らかだった。
「どうしたんだろうな」
「うん……」
薄珂は廊下の騒ぎ越えに耳をそばだてると、いくつかの会話が聴こえてくる。そしてふいに聞こえた一つの単語に薄珂はぴくりと身体を揺らした。
小走りで露台の美星に駆け寄り立珂の様子を見ると、ぐっすりと眠っていた、ぷうぷうと寝息を立てている時は大体ぐっすり眠っていてすぐには起きない。
「美星さん。立珂見ててくれる? 俺ちょっと見て来る」
「構いませんが、どうかなさいましたか」
「ちょっとね。慶都」
慶都は目が合うとすぐに大きく頷いた。その手はしっかりと立珂の手を握りしめている。
「立珂を守れ」
「言われなくても」
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