人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

文字の大きさ
上 下
299 / 356
第五章 多様変遷

第十八話 南へ(一)

しおりを挟む
 最近の立珂は以前にも増して昼寝をするようになっていた。
 起きていても突然こくこくと眠くなり、かと思えばぱっと起きたりもする。今日も離宮の露台で侍女とお洒落談義をしていたが、突然眠くなったようでころんと薄珂の膝に転がってきた。

「ねえ、美星さん。寝たり起きたりしてるの大丈夫なんだよね」
「ええ。成長期は赤ん坊に返って身体を作り直すようなものです。これが正常ですよ」
「そっか。歩けなかった頃の立珂がこうだったから心配で」

 今の立珂は飛び跳ねて走り回って、元気そのものだ。そんな時期があったことなど知らない侍女もいるくらいで、薄珂もまるで遠い過去の様に感じていた。
 しかし今の立珂はそれを思い出さ不案になってしまう。そっと立珂の頬を撫でると、むにゅむにゅと口を動かしている。

「みずあめ~……」
「あ、腸詰じゃない」
「まあよかった。立珂様はとても良い成長期ですね」
「寝言が?」
「欲する食べ物が変わったことがです。成長期は必要な栄養を知り、羽を含め体内へ循環する体内組織作りです。食の好みが変わるのは栄養判断が正しく行われ成長期が中盤に入った証拠なんですよ」
「そういや最近色々食べるかも。甘いお菓子欲しがるんだよね」
「糖分ですね。頭を使うには糖分が必要といいます。服作りでたくさん考えていらっしゃいますから」
「そっか……」

 ほっと安心し立珂を撫でた。侍女もぷうぷうと寝息を立てる立珂を扇で仰ぎながら見守ってくれている。
 言葉少なな穏やかな時間は心地良く、全員で立珂を見つめていると露台の向こう側から誰かがやってきた。

「立珂殿はお昼寝中ですか」
「護栄様。うん。何か用だった?」
「ええ。先ほど愛憐姫から書簡が届いたのでお届けに」
「あいれんちゃん!?」
「おわっ」
「突然起きますね」
「あいれんちゃん! あいれんちゃん!」

 気になることがあるとこうしてぱっと目を覚ますと、勢い余って床に落ちそうだったのを慌てて抱きかかえた。
 立珂はいそいそと愛憐からの書簡を開いた。淡い桃色に色とりどりの花が描かれていて、とってもお洒落、と喜んでいる。中には蛍宮では見たことのない橙色の花をあしらった髪飾りが同封されていて、侍女が立珂の髪を結ってくれている。

「薄珂にも。麗亜殿からです」
「有難う」

 書簡を受け取ると、用紙は愛憐とはまた違い白一色に銀で繊細な模様が四隅に描かれている。凛として涼やかな雰囲気は麗亜に良く似合う。
 広げてみると、書いてあるのは立珂が考案した羽根糸衣類が想像以上に好評なことや愛憐が各国の有翼人親善大使として活躍しているという近況報告、そしてこれから何をするつもりだというものだった。

「あ! あいれんちゃんあそびにくるって!」
「ふた月後にはいらっしゃいますよ。また宴の用意をしなくては」
「ならあいれんちゃんにあたらしい服つくる! 一緒にちっちゃい羽根のおかざりつくる!」

 立珂はぴょんぴょんと飛び跳ねて走り回り、侍女も一緒になって喜んでくれていた。
 そして夜になると、立珂は響玄と美星の家ではなく薄珂と立珂二人の家に帰りたいと言った。どうやら明恭について口外してはいけないと約束したことを覚えていたようで、家に帰った途端に火が付いたように喋り始めた。

*

「羽根糸の服すっごくよろこんでくれてるって! もっとほしいって!」
「うーん。でも羽根にも限りがあるしな」
「有翼人保護区でもっとお願いしてみる?」
「それじゃあ足りないくらい明恭は人が多いんだ」

 薄珂は棚から宮廷でもらった帳面と筆を取り出し図を描いた。紙面を東西南北、そして中央に小さな一角を設けて五つに分けた。簡易的な世界地図だ。

「それぞれの国はこれくらい大きさが違う。上の大きい部分が明恭で、蛍宮は真ん中の小さい丸のとこ」
「ちっちゃい」
「だろ。千、二千じゃ足りないんだ」
「じゃあ大きい国の有翼人にもおねがいしようよ。この下のとこは?」

 立珂が小さな指でつついたのは紙の下、南に位置する大陸だ。

「華理だな。ほら、天藍が一番最初にくれた有翼人専用服作ってる国だ」
「そうなの!? 見に行きたい!」
「自分でか? 南は暑いぞ」
「う!? じゃあすずしい服にくわしい人がいるよ! うすい生地いっぱいあるよきっと! うすい生地用の糸も!」
「ああ、そうだよな。そっか。立珂よく気付くな。本当にすごいな立珂は」
「んふふ。本よむだけじゃわからないこともあるんだよ」
「そっか。それは行ってみたいな」
「うん! いきたい! いける!?」

 立珂はきらきらと目を輝かせている。立珂のお願いなら応えないわけにはいかない。

「護栄様に相談してみよう。けど仕事始まる前じゃないと会えないから、今日は早く寝て早起きするぞ」
「はあい! ぐう!」
「ぐう」

 眠ったふりなのか、立珂は口でぐうぐうと言いながら横になった。それから数秒もすれば本当に眠りに付き、南の国で遊ぶ夢でも見ているのかとても楽しそうな寝顔だった。

*

 そして翌朝、成長期になってからは起こさないとずっと寝ている立珂が先に起きていた。着替えもすっかり終わっていて、食事をする時間も惜しいようなので薄珂も着替えていそいそと宮廷へ向かった。
 始業時間前は宮廷も静かなもので、各部専属の女官と侍女が掃除や業務の下準備をしているだけだ。
 けれどそんな中で誰よりも出勤が早いのは護栄だ。いつでも宮廷にいるので住んでいるのではないかと噂されている。
 護栄の執務室へ向かうとやはり明りが付いていて窓が解放されている。薄珂はこんこんと扉を叩いて中に入ると、護栄は驚きながらも飛びついてくる立珂を抱き上げてくれた。
 一連の事情を説明すると、護栄は少し考え込んだ。

「今度は南ですか」
「天藍と一緒に途中まで連れて行ってもらえないかなと思って。東までは行かないからさ。駄目?」
「それは可能ですよ。ですが羽根交渉は難しいでしょう。あそこは私の名もさして威力を発揮しない」
「え。そんなことあるの?」
「ええ。華理はどの国からも遠く地形は凄まじい高低差。必然的に世界中から隔離され実質鎖国状態です。そんな国が蛍宮の提案を受けるとは思えない。提案するにしても今回の調査が終わってからでしょうね」
「見に行くだけでもいいんだ。な?」
「うん! あたらしい服みたい! 生地と糸も!」

 立珂はきらきらでするするのはあるかなあ、とまだ見ぬ土地へ思いを馳せている。
 この純粋な笑顔には護栄も弱く、ぽんっと立珂の頭を優しく頭を撫でてくれた。

「では手配しましょう。護衛を付けたいですが兵を出すのはちょっと……」
「間諜に見えるよね」
「ええ。やはりここは」
「慶都! 慶都がいい!」
「そうですね。実力は玲章殿のお墨付きですし。後は現場の案内人ですね。誰か紹介してもらいましょう」
「あ、それは当てがあるんだ。響玄先生と相談するよ」
「分かりました。では私からも響玄殿に報告しておきます」

 護栄は立珂を抱き上げ膝に乗せ、もう一度頭を撫でてくれた。

「気を付けて行くんですよ」
「うんっ! ありがとう、護栄様!」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

リナリアの夢

冴月希衣@商業BL販売中
BL
嶋村乃亜(しまむらのあ)。考古資料館勤務。三十二歳。 研究ひと筋の堅物が本気の恋に落ちた相手は、六歳年下の金髪灰眼のカメラマンでした。 ★花吐き病の設定をお借りして、独自の解釈を加えています。シリアス進行ですが、お気軽に読める短編です。 作中、軽くですが嘔吐表現がありますので、予め、お含みおきください。 ◆本文、画像の無断転載禁止◆ No reproduction or republication without written permission.

【運命】に捨てられ捨てたΩ

雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

ニケの宿

水無月
BL
危険地帯の山の中。数少ない安全エリアで宿を営む赤犬族の犬耳幼子は、吹雪の中で白い青年を拾う。それは滅んだはずの種族「人族」で。 しっかり者のわんことあまり役に立たない青年。それでも青年は幼子の孤独をゆるやかに埋めてくれた。 異なる種族同士の、共同生活。 ※過激な描写は控えていますがバトルシーンがあるので、怪我をする箇所はあります。  キャラクター紹介のページに挿絵を入れてあります。  苦手な方はご注意ください。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

あの日の記憶の隅で、君は笑う。

15
BL
アキラは恋人である公彦の部屋でとある写真を見つけた。 その写真に写っていたのはーーー……俺とそっくりな人。 唐突に始まります。 身代わりの恋大好きか〜と思われるかもしれませんが、大好物です!すみません! 幸せになってくれな!

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

処理中です...