292 / 356
第五章 多様変遷
第十四話 閃里(二)
しおりを挟む
「閃里様?」
「あの子は涼音様にそっくりだな。透珂様がご存命だったら溺愛なさったろうに」
「夫婦仲良かったの?」
「嫌になるくらいな」
「ふうん。……ん? 涼音って透珂の奥さん? 薄立じゃなくて透珂?」
「そうだが、何故だ?」
「牙燕将軍が立珂は薄立の子だって言ってたんだ。なら涼音は薄立の奥さんじゃないの?」
「何だと? 知らないぞそんな話は。薄立殿は何と言っていたんだ」
「何も。俺達が透珂を知ったのも牙燕将軍に聞いただけなんだ」
「ふうん……?」
閃里は再び立珂をじっと見た。薄珂は透珂も涼音も知りはしない。誰とどういう関係性だったかなど全く知らないのだ。だから当時の繋がりはそれぞれの話を鵜呑みにするしかない。
(父さんと俺は何となく似てたけど、立珂だけが全く似てなかった)
実際の血縁がどうなのか確かめる術はない。薄珂が分かっているのは、立珂が薄珂とわずかにでも血が繋がっていることを大喜びした事実だけだ。
立珂はきゃあきゃあとはしゃいで麺麭に具を挟んでいく。いつものように野菜だけでなく総菜を挟むのも美味しいと分かったようで、大いに盛り上がっている。
しかしその時、まだ訝し気な顔をしていた職員の一人が立珂から麺麭を受け取りながら恐る恐る口を開いた。
「君は有翼人なのに獣人が怖くないのかい?」
「う? なんで?」
「有翼人は我ら獣人を恐れるだろう」
「そうなの? でも僕獣人のおともだちいっぱいいるよ」
「だが有翼人保護区を作ったろう。我らが恐ろしいからではないのか」
「ちがうよ。せいかつが違うからべつべつになっただけなんだよね」
「そうですよ。それぞれが本能のままに生きられる場所が欲しかっただけ。決して分断や政治的対立を示すものではありません」
そんなことより腸詰もどう、と立珂はまるで興味が無いようだった。毒気がなさすぎて拍子抜けしたのか、職員は苦笑いをして次はそれを、と言ってくれている。
「あそぶのに種族はかんけいないもの。薄珂も天藍も護栄様も莉雹様も愛憐ちゃんもみーんな大好きだよ僕」
「はは。私達はそれでは終われないんだよ」
「天藍と手を取り合うなどできはしない」
「なんで? 天藍は獣人とも人間とも有翼人とも仲良くしてくれるからみんなしあわせだよ」
「ふん! 蛍宮皇は肉食獣人であるべきだ!」
「そうなの? じゃあそれは肉食獣人がやって天藍と護栄様が他のことがんばれば?」
びくりと職員達は震えた。それは薄珂が言ったことと同じで、護栄と閃里はふっと笑った。
浩然は我関せずで立珂の作った麺麭を頬張り、美星も表情を変えず皿を入れ替えていく。
「いっしょにおしょくじしてくれる人はこわくないよ。あ、有翼人保護区へあそびにいこうよ。みんなにせんりさまをしょうかいしたいの!」
「俺を? 何のためにだ」
「薄珂をたすけてくれたんだよって!」
「……せっかくだが遠慮しよう。国民を無駄に委縮させたくないからな」
「いしゅくってなあに?」
「怯えさせるということだ」
「う? せんりさまたちはこわくないよ」
「誰もが君のようには思わないんだよ。護栄は怖かっただろう?」
「あそっか。じゃあぼくがこわくないよって言うよ。おはなしすれば仲良くなれるんだよ!」
いいかんがえでしょ、と立珂は一人で万歳をした。職員たちはおろおろと困り果てている。浩然は良い子だなあと笑い、美星は当然ですと自慢げに微笑んでいた。
閃里は根負けしたのか、ふうと息を吐いて立珂を撫でた。
「では紹介してくれるか」
「うんっ! たのしみだねえ!」
立珂はきゃっきゃとはしゃいでいた。知らず知らずのうちに全員が笑顔になり、最後には声を上げて笑い合うくらいになっていた。
ただ一人、護栄だけが口を開かず表情を変えずにいたことだけが薄珂は気になっていた。
「あの子は涼音様にそっくりだな。透珂様がご存命だったら溺愛なさったろうに」
「夫婦仲良かったの?」
「嫌になるくらいな」
「ふうん。……ん? 涼音って透珂の奥さん? 薄立じゃなくて透珂?」
「そうだが、何故だ?」
「牙燕将軍が立珂は薄立の子だって言ってたんだ。なら涼音は薄立の奥さんじゃないの?」
「何だと? 知らないぞそんな話は。薄立殿は何と言っていたんだ」
「何も。俺達が透珂を知ったのも牙燕将軍に聞いただけなんだ」
「ふうん……?」
閃里は再び立珂をじっと見た。薄珂は透珂も涼音も知りはしない。誰とどういう関係性だったかなど全く知らないのだ。だから当時の繋がりはそれぞれの話を鵜呑みにするしかない。
(父さんと俺は何となく似てたけど、立珂だけが全く似てなかった)
実際の血縁がどうなのか確かめる術はない。薄珂が分かっているのは、立珂が薄珂とわずかにでも血が繋がっていることを大喜びした事実だけだ。
立珂はきゃあきゃあとはしゃいで麺麭に具を挟んでいく。いつものように野菜だけでなく総菜を挟むのも美味しいと分かったようで、大いに盛り上がっている。
しかしその時、まだ訝し気な顔をしていた職員の一人が立珂から麺麭を受け取りながら恐る恐る口を開いた。
「君は有翼人なのに獣人が怖くないのかい?」
「う? なんで?」
「有翼人は我ら獣人を恐れるだろう」
「そうなの? でも僕獣人のおともだちいっぱいいるよ」
「だが有翼人保護区を作ったろう。我らが恐ろしいからではないのか」
「ちがうよ。せいかつが違うからべつべつになっただけなんだよね」
「そうですよ。それぞれが本能のままに生きられる場所が欲しかっただけ。決して分断や政治的対立を示すものではありません」
そんなことより腸詰もどう、と立珂はまるで興味が無いようだった。毒気がなさすぎて拍子抜けしたのか、職員は苦笑いをして次はそれを、と言ってくれている。
「あそぶのに種族はかんけいないもの。薄珂も天藍も護栄様も莉雹様も愛憐ちゃんもみーんな大好きだよ僕」
「はは。私達はそれでは終われないんだよ」
「天藍と手を取り合うなどできはしない」
「なんで? 天藍は獣人とも人間とも有翼人とも仲良くしてくれるからみんなしあわせだよ」
「ふん! 蛍宮皇は肉食獣人であるべきだ!」
「そうなの? じゃあそれは肉食獣人がやって天藍と護栄様が他のことがんばれば?」
びくりと職員達は震えた。それは薄珂が言ったことと同じで、護栄と閃里はふっと笑った。
浩然は我関せずで立珂の作った麺麭を頬張り、美星も表情を変えず皿を入れ替えていく。
「いっしょにおしょくじしてくれる人はこわくないよ。あ、有翼人保護区へあそびにいこうよ。みんなにせんりさまをしょうかいしたいの!」
「俺を? 何のためにだ」
「薄珂をたすけてくれたんだよって!」
「……せっかくだが遠慮しよう。国民を無駄に委縮させたくないからな」
「いしゅくってなあに?」
「怯えさせるということだ」
「う? せんりさまたちはこわくないよ」
「誰もが君のようには思わないんだよ。護栄は怖かっただろう?」
「あそっか。じゃあぼくがこわくないよって言うよ。おはなしすれば仲良くなれるんだよ!」
いいかんがえでしょ、と立珂は一人で万歳をした。職員たちはおろおろと困り果てている。浩然は良い子だなあと笑い、美星は当然ですと自慢げに微笑んでいた。
閃里は根負けしたのか、ふうと息を吐いて立珂を撫でた。
「では紹介してくれるか」
「うんっ! たのしみだねえ!」
立珂はきゃっきゃとはしゃいでいた。知らず知らずのうちに全員が笑顔になり、最後には声を上げて笑い合うくらいになっていた。
ただ一人、護栄だけが口を開かず表情を変えずにいたことだけが薄珂は気になっていた。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説

【運命】に捨てられ捨てたΩ
雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。

ニケの宿
水無月
BL
危険地帯の山の中。数少ない安全エリアで宿を営む赤犬族の犬耳幼子は、吹雪の中で白い青年を拾う。それは滅んだはずの種族「人族」で。
しっかり者のわんことあまり役に立たない青年。それでも青年は幼子の孤独をゆるやかに埋めてくれた。
異なる種族同士の、共同生活。
※過激な描写は控えていますがバトルシーンがあるので、怪我をする箇所はあります。
キャラクター紹介のページに挿絵を入れてあります。
苦手な方はご注意ください。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

あの日の記憶の隅で、君は笑う。
15
BL
アキラは恋人である公彦の部屋でとある写真を見つけた。
その写真に写っていたのはーーー……俺とそっくりな人。
唐突に始まります。
身代わりの恋大好きか〜と思われるかもしれませんが、大好物です!すみません!
幸せになってくれな!

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」

金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる