人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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第五章 多様変遷

第十四話 閃里(二)

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「閃里様?」
「あの子は涼音様にそっくりだな。透珂様がご存命だったら溺愛なさったろうに」
「夫婦仲良かったの?」
「嫌になるくらいな」
「ふうん。……ん? 涼音って透珂の奥さん? 薄立じゃなくて透珂?」
「そうだが、何故だ?」
「牙燕将軍が立珂は薄立の子だって言ってたんだ。なら涼音は薄立の奥さんじゃないの?」
「何だと? 知らないぞそんな話は。薄立殿は何と言っていたんだ」
「何も。俺達が透珂を知ったのも牙燕将軍に聞いただけなんだ」
「ふうん……?」

 閃里は再び立珂をじっと見た。薄珂は透珂も涼音も知りはしない。誰とどういう関係性だったかなど全く知らないのだ。だから当時の繋がりはそれぞれの話を鵜呑みにするしかない。

(父さんと俺は何となく似てたけど、立珂だけが全く似てなかった)

 実際の血縁がどうなのか確かめる術はない。薄珂が分かっているのは、立珂が薄珂とわずかにでも血が繋がっていることを大喜びした事実だけだ。
 立珂はきゃあきゃあとはしゃいで麺麭に具を挟んでいく。いつものように野菜だけでなく総菜を挟むのも美味しいと分かったようで、大いに盛り上がっている。
 しかしその時、まだ訝し気な顔をしていた職員の一人が立珂から麺麭を受け取りながら恐る恐る口を開いた。

「君は有翼人なのに獣人が怖くないのかい?」
「う? なんで?」
「有翼人は我ら獣人を恐れるだろう」
「そうなの? でも僕獣人のおともだちいっぱいいるよ」
「だが有翼人保護区を作ったろう。我らが恐ろしいからではないのか」
「ちがうよ。せいかつが違うからべつべつになっただけなんだよね」
「そうですよ。それぞれが本能のままに生きられる場所が欲しかっただけ。決して分断や政治的対立を示すものではありません」

 そんなことより腸詰もどう、と立珂はまるで興味が無いようだった。毒気がなさすぎて拍子抜けしたのか、職員は苦笑いをして次はそれを、と言ってくれている。

「あそぶのに種族はかんけいないもの。薄珂も天藍も護栄様も莉雹様も愛憐ちゃんもみーんな大好きだよ僕」
「はは。私達はそれでは終われないんだよ」
「天藍と手を取り合うなどできはしない」
「なんで? 天藍は獣人とも人間とも有翼人とも仲良くしてくれるからみんなしあわせだよ」
「ふん! 蛍宮皇は肉食獣人であるべきだ!」
「そうなの? じゃあそれは肉食獣人がやって天藍と護栄様が他のことがんばれば?」

 びくりと職員達は震えた。それは薄珂が言ったことと同じで、護栄と閃里はふっと笑った。
 浩然は我関せずで立珂の作った麺麭を頬張り、美星も表情を変えず皿を入れ替えていく。

「いっしょにおしょくじしてくれる人はこわくないよ。あ、有翼人保護区へあそびにいこうよ。みんなにせんりさまをしょうかいしたいの!」
「俺を? 何のためにだ」
「薄珂をたすけてくれたんだよって!」
「……せっかくだが遠慮しよう。国民を無駄に委縮させたくないからな」
「いしゅくってなあに?」
「怯えさせるということだ」
「う? せんりさまたちはこわくないよ」
「誰もが君のようには思わないんだよ。護栄は怖かっただろう?」
「あそっか。じゃあぼくがこわくないよって言うよ。おはなしすれば仲良くなれるんだよ!」

 いいかんがえでしょ、と立珂は一人で万歳をした。職員たちはおろおろと困り果てている。浩然は良い子だなあと笑い、美星は当然ですと自慢げに微笑んでいた。
 閃里は根負けしたのか、ふうと息を吐いて立珂を撫でた。

「では紹介してくれるか」
「うんっ! たのしみだねえ!」

 立珂はきゃっきゃとはしゃいでいた。知らず知らずのうちに全員が笑顔になり、最後には声を上げて笑い合うくらいになっていた。
 ただ一人、護栄だけが口を開かず表情を変えずにいたことだけが薄珂は気になっていた。
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