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第五章 多様変遷
第十三話 立珂のお食事会(二)
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薄珂と立珂は宮廷の食堂を使うことは無い。たくさんの匂いにまみれる場所は立珂は得意ではないため離宮に持ち込んで食べるようにしている。
そのせいか、立珂が食堂に来た途端に食事中の職員がざわつき視線が集中した。見つめられる理由を立珂は分かっていないようで、こてんと首を傾げてから手を振ってみせた。職員はこの絶大な癒しに魅了されたのか、食べる手が止まっている。
だが立珂はそれよりも料理が受け渡されている注文台に魅了されていた。料理人がどんどん注文された料理を出し、また出て、また次が出て。その様子が立珂には楽しいようだった。立珂もそれを真似て注文台に駆け寄った。
「くーだーさい!」
「こりゃあ立珂様。どうされました」
「おなかすいたの! 腸詰ある?」
「ありますとも。他はどうします?」
「麺麭と麺麭にはさんでたべれるもの! たまご! おやさい! くだもの!」
「畏まりました。少々お待ちを」
料理人はばたばたと動き、美星もそこへ入ると食材に指示をしていた。
薄珂が作る料理は素材を煮たり焼いたりするだけで、それでいいと思っていた。だがそれを知った美星は驚愕し、栄養が足りないから駄目だと色々な料理を作ってくれている。今では立珂の食事管理はほぼ美星だ。
そしてそんな美星の指導があってか、料理人が出してくれた食材や料理は全て立珂好みだった。
「わああああ!」
「足りなければまた言って下さい」
「うんっ! ありがとー! 薄珂! はさむ!」
「美星さん、広い席使って大丈夫かな」
「もちろんですよ。あちらで広げましょう」
もらった食材をずらりと並べたら、それは立珂のおやつでは終わらないであろう量だった。薄珂と美星、慶都の三人が食べてもなお余る。
「多すぎない?」
「好きなだけ使って余らせて下さい。この時間ならどうせ残飯になるんです」
「残飯。浩然様がそんなこと言ってたな。廃棄費用がかかるとかなんとか」
「そんな余計な話まで気にしなくていいですよ。浩然も護栄様と同類。やれるのにやってないだけの場合も多いんです」
「美星さんは浩然様とも仲良いんだっけ」
「そうですね。私は護栄様付きの侍女でしたので、戸部にも入り浸っていました」
「えっ、そうなの?」
「はい。一時は文官を目指しておりましたよ」
「へー……」
美星がどういう仕事をしていたかを気にしたことはなかったが、よく考えれば響玄の娘であるのなら天一の様子はよくみているはずだ。実際お金に関することは美星が管理していたような場面もしばしばあった。
だがそれ以上に特殊な経歴がもう一つある。
(美星さんてどういう立場なんだろう。母親は先代皇側室の紅蘭様なのに皇女じゃなくて一侍女に収まった……)
響玄一家について薄珂はあまり踏み込んだことは知らない。知る必要がなかったというのもあるが、今自分の身に蛍宮皇族の問題が降りかかっている。となれば先々代と天藍の間にいる先代皇宋睿の身内は少なからず薄珂の今後にも影響があるように思われた。
「どうして文官になりたかったの?」
「……身の程知らずだったんです。でも侍女を選んでよかった。本当によかった」
美星は麺麭に挟む食材を選び悩んでいる立珂の頭をそっと撫でた。母のように姉のように、常に立珂を慈しんでくれている。
(何でもいいや。美星さんがいてくれるだけで立珂は嬉しいんだし)
立珂は麺麭に腸詰を二本挟むと、これどうかな、と美星を見上げた。無邪気で、それでいてとても真剣だ。
「立珂様のお口に二本は入り切りませんよ。一本にして野菜も入れてはいかがですか? それか腸詰はそのまま食べて麺麭は野菜だけとか」
「あ、それいいね! そうしよ! 慶都、はっぱちょーだい!」
「これだな。卵はいいのか?」
「たまごはたまごだけのをつくるの」
子供二人は並んで麺麭にあれこれと挟み始めた。野菜だけのを作ったらたまごだけ、思い切ってくだものも、と立珂は量産していった。慶都は横から腸詰を差し出し食べさせてやり立珂はせっせと麺麭に食材を挟み続け、ふと薄珂は気が付いた。
「立珂さては挟みたいだけだな?」
「う?」
「食べきれないだろ。どうするんだこれ」
「あ、あう」
すでに卓上には麺麭がずらりと並んでいた。肉がぎっしり詰まった物から果物と凝乳の菓子麺麭まで、多種揃いまるで店でも始めるかのようだ。
立珂は困ったようにあせあせと言い訳を探しているが、こんな風に周りの迷惑を顧みず遊ぶのもまた愛おしい。薄珂はよしよしと立珂の頭を撫でた。
「立珂は何か作るのが好きなんだな。凄いな。けど食べ物で遊んじゃ駄目だぞ」
「ごめんなさい……どうしよ……」
立珂はしょんぼりと俯いたが、ぽんっと美星が何か思いついたようにふふっと笑って立珂の顔を覗き込んだ。
「立珂様。職員に配ってはどうです? 皆羨ましそうに見てますよ」
「う?」
美星に促されて食堂を見回すと、たしかに職員は皆こちらを見つめていた。もう食べ終わっている者もそわそわと立珂を見ていて、何かを期待しているのが分かる。
「立珂。みんなにどうぞってしてみるか?」
「するするぅ! みんなー! みんなでたべよー!」
わあい、と立珂はぴょんと飛び上がり手をぶんぶんと振った。
職員は待ってましたとばかりに立ち上がり、だが近付いて良いのか周囲の様子を窺っている。そこで美星はすっと立ち上がり、一歩前に出て立珂の席へ案内するよう手を仰いだ。
「立珂様が是非にとおっしゃっておいでです。さあどうぞ」
「で、では……!」
「私も!」
そのせいか、立珂が食堂に来た途端に食事中の職員がざわつき視線が集中した。見つめられる理由を立珂は分かっていないようで、こてんと首を傾げてから手を振ってみせた。職員はこの絶大な癒しに魅了されたのか、食べる手が止まっている。
だが立珂はそれよりも料理が受け渡されている注文台に魅了されていた。料理人がどんどん注文された料理を出し、また出て、また次が出て。その様子が立珂には楽しいようだった。立珂もそれを真似て注文台に駆け寄った。
「くーだーさい!」
「こりゃあ立珂様。どうされました」
「おなかすいたの! 腸詰ある?」
「ありますとも。他はどうします?」
「麺麭と麺麭にはさんでたべれるもの! たまご! おやさい! くだもの!」
「畏まりました。少々お待ちを」
料理人はばたばたと動き、美星もそこへ入ると食材に指示をしていた。
薄珂が作る料理は素材を煮たり焼いたりするだけで、それでいいと思っていた。だがそれを知った美星は驚愕し、栄養が足りないから駄目だと色々な料理を作ってくれている。今では立珂の食事管理はほぼ美星だ。
そしてそんな美星の指導があってか、料理人が出してくれた食材や料理は全て立珂好みだった。
「わああああ!」
「足りなければまた言って下さい」
「うんっ! ありがとー! 薄珂! はさむ!」
「美星さん、広い席使って大丈夫かな」
「もちろんですよ。あちらで広げましょう」
もらった食材をずらりと並べたら、それは立珂のおやつでは終わらないであろう量だった。薄珂と美星、慶都の三人が食べてもなお余る。
「多すぎない?」
「好きなだけ使って余らせて下さい。この時間ならどうせ残飯になるんです」
「残飯。浩然様がそんなこと言ってたな。廃棄費用がかかるとかなんとか」
「そんな余計な話まで気にしなくていいですよ。浩然も護栄様と同類。やれるのにやってないだけの場合も多いんです」
「美星さんは浩然様とも仲良いんだっけ」
「そうですね。私は護栄様付きの侍女でしたので、戸部にも入り浸っていました」
「えっ、そうなの?」
「はい。一時は文官を目指しておりましたよ」
「へー……」
美星がどういう仕事をしていたかを気にしたことはなかったが、よく考えれば響玄の娘であるのなら天一の様子はよくみているはずだ。実際お金に関することは美星が管理していたような場面もしばしばあった。
だがそれ以上に特殊な経歴がもう一つある。
(美星さんてどういう立場なんだろう。母親は先代皇側室の紅蘭様なのに皇女じゃなくて一侍女に収まった……)
響玄一家について薄珂はあまり踏み込んだことは知らない。知る必要がなかったというのもあるが、今自分の身に蛍宮皇族の問題が降りかかっている。となれば先々代と天藍の間にいる先代皇宋睿の身内は少なからず薄珂の今後にも影響があるように思われた。
「どうして文官になりたかったの?」
「……身の程知らずだったんです。でも侍女を選んでよかった。本当によかった」
美星は麺麭に挟む食材を選び悩んでいる立珂の頭をそっと撫でた。母のように姉のように、常に立珂を慈しんでくれている。
(何でもいいや。美星さんがいてくれるだけで立珂は嬉しいんだし)
立珂は麺麭に腸詰を二本挟むと、これどうかな、と美星を見上げた。無邪気で、それでいてとても真剣だ。
「立珂様のお口に二本は入り切りませんよ。一本にして野菜も入れてはいかがですか? それか腸詰はそのまま食べて麺麭は野菜だけとか」
「あ、それいいね! そうしよ! 慶都、はっぱちょーだい!」
「これだな。卵はいいのか?」
「たまごはたまごだけのをつくるの」
子供二人は並んで麺麭にあれこれと挟み始めた。野菜だけのを作ったらたまごだけ、思い切ってくだものも、と立珂は量産していった。慶都は横から腸詰を差し出し食べさせてやり立珂はせっせと麺麭に食材を挟み続け、ふと薄珂は気が付いた。
「立珂さては挟みたいだけだな?」
「う?」
「食べきれないだろ。どうするんだこれ」
「あ、あう」
すでに卓上には麺麭がずらりと並んでいた。肉がぎっしり詰まった物から果物と凝乳の菓子麺麭まで、多種揃いまるで店でも始めるかのようだ。
立珂は困ったようにあせあせと言い訳を探しているが、こんな風に周りの迷惑を顧みず遊ぶのもまた愛おしい。薄珂はよしよしと立珂の頭を撫でた。
「立珂は何か作るのが好きなんだな。凄いな。けど食べ物で遊んじゃ駄目だぞ」
「ごめんなさい……どうしよ……」
立珂はしょんぼりと俯いたが、ぽんっと美星が何か思いついたようにふふっと笑って立珂の顔を覗き込んだ。
「立珂様。職員に配ってはどうです? 皆羨ましそうに見てますよ」
「う?」
美星に促されて食堂を見回すと、たしかに職員は皆こちらを見つめていた。もう食べ終わっている者もそわそわと立珂を見ていて、何かを期待しているのが分かる。
「立珂。みんなにどうぞってしてみるか?」
「するするぅ! みんなー! みんなでたべよー!」
わあい、と立珂はぴょんと飛び上がり手をぶんぶんと振った。
職員は待ってましたとばかりに立ち上がり、だが近付いて良いのか周囲の様子を窺っている。そこで美星はすっと立ち上がり、一歩前に出て立珂の席へ案内するよう手を仰いだ。
「立珂様が是非にとおっしゃっておいでです。さあどうぞ」
「で、では……!」
「私も!」
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