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第五章 多様変遷
第十二話 求めるもの(二)
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天藍は前のめりになり、言葉の通り真面目な顔をした。皇太子として働いているところをあまり見たことのない薄珂には少し新鮮で胸が高鳴った。
(いや、今そういうのじゃないから)
薄珂はぷんぷんと首を振り邪念を振り払った。そんなことには気付いていないのか、天藍は重々しい空気で話し始める。
「お前達は森で襲われたな。狙われた理由は何だと思う」
「俺が公佗児だからだよ」
「そうだな。だが何故そこに公佗児がいると分かった? 聞く限りお前達の森は相当な高所で奥地。ちょっと見に行こう、の距離じゃない」
「仮にそうだったとしても妙です。鳥獣人を捕らえる目的は軍事か観賞ですが、軍事に置いて公佗児は致命的な欠点があるんです。何だと思いますか?」
「えー……っと……」
「大きさです。大きすぎるので敵に見つかりやすいんです。あなたは偵察も奇襲もできないんですよ」
「ああ、そうだよね。風圧凄いから飛び立つのも降りるのも場所を選ぶし」
「それだけじゃありません。猛禽は観賞用として圧倒的に需要が無い。野生が死肉を食うのでその印象が強く、かつ白鳥のように美しい種がいるので求められることはまずない。実際、密売市場で猛禽鳥類は圧倒的に価格が低いんです」
「でも軍相手なら分からないよ」
「軍とは国。国は密売組織を捕えることはあっても密売に参加なんてしませんよ。犯罪なんですから。軍事利用というのは『やりませんか?』と声をかけて承諾をもらって教育をするものなんです。だから子供は狙われやすい。訳も分からないうちに書類に署名させてしまえば表向きは正しい契約となりますからね。考える力のある成人は不利益を被る可能性があまりにも高いんです。あなたの場合は立珂殿を人質にする必要もある。これを商売で言うと?」
「割に合わない……」
「そうです。あなたは殿下と関係があってもなくても捕まえる労力で赤字。公佗児は羽付き狩りの対象になりえないんです」
「じゃあ最初から俺個人を狙ってたってこと?」
「お前というか薄立殿だろう。当時蛍宮では『透珂の身内』を追っている連中がいた。羽付き狩りを隠れ蓑に利用したんだろう。だが問題は狙われる理由だ。何故今になって透珂殿の身内を狙う必要がある。俺を弱体化させるならまず慶真で、捕まえるなら教育可能な慶都だ。実際狙ってる奴もいたしな」
「有翼人保護区とか、色々されて邪魔だったんじゃないの?」
「それは今の理由だろう。森にいた時点でお前は何も無かった。仮に有翼人保護区を見据えていたとしても、それはあくまでも未来への貢献。無くなっても現状俺の痛手にはならないんだ」
「そっか。狙いは天藍じゃないってことになるね」
「そうだ。では何が目的だ?」
しんと全員が言葉を失った。
薄珂は公佗児であることを憎んだ。家族を失う原因となり獣化制御ができないが故に立珂を守ることもままならない。その上悪名高い噂まであるなんて良いことは一つも無いように思えたからだ。
それでも公佗児だったから里へ辿り着くことができて、蛍宮で立珂はお洒落を楽しむことができるようになったのも事実だ。それだけで幾分か救われた気がした。だが公佗児であり透珂と似ているというだけで、今またそれが崩れようとしている。
「目的は分からないが、透珂殿の身内が生きていては困る奴がいる。そんな奴らがお前達を生かしておくと思うか」
「それは……」
「透珂殿、何より涼音殿については皇太子として無視はできない。これがお前であってもなくても俺達は動かざるを得ないが、お前にとっては立珂を守る最高の手段を手に入れることでもある。なら俺と伴侶契約しておくべきだろう?」
「でもそれで余計な問題が起きてるんでしょ」
「それだ。これは俺も聞きたいんだが」
天藍はくるりと視線を護栄へ移した。目を細め、何かを探るようにじっと睨んでいる。
「お前は何で伴侶契約を許したんだ」
「はい?」
「冷静に考えておかしいだろ。薄珂の言うとおり『少年狂い』が再発する。お前の一番嫌がるそれが。なのに何で伴侶契約を快諾したんだ」
「確かに」
契約当初は軽い気持ちだったが、これがどれだけ意味のある契約課はさすがに分かっている。分かった今、護栄が許すとは思えない。
薄珂は天藍と一緒にじいっと護栄を睨んだ。
「私だって損得じゃなく殿下の幸せを願う心くらい持ってますよ」
「「嘘だ」」
「失礼ですね」
「だが実際そうだろう。損得無視なんてありえない。つまり俺と薄珂の伴侶契約は護栄にとって利益があるんだ。何だかは知らんが」
「知らないなら駄目じゃん……」
「こいつの手の内を読める頭があるなら宋睿討伐くらい一人でやったっての。だが商談と考えれば護栄が味方なのは最強の一手だろう?」
「それはそうだけど」
「俺は利益が無くても傍にいて欲しい。護栄は利益があるから傍に置いておきたい。俺の伴侶とその身内なら国を挙げて守れるし養ってやれる。どうだ。立珂にとって良いことしかないだろう」
「……立珂を持ってくるのはずるいよ」
「ずるくもなるさ。お前が離れていくならどんな手を使っても阻止してやる」
天藍は手を伸ばすと、ぎゅっと薄珂の手を握りしめてくれた。
出会った時は単なる商人だと思っていた。だが実際は皇太子で、今ここまで守り続け助けてくれている。
護栄がここまでしてくれるのも天藍の我がままにすぎないと思っていたけれど、そこに利益があるのなら別だ。離れようとしても護栄は捕まえに来るだろう。
そうでなくとも、この先立珂が思う存分楽しく生きていくなら確かに天藍と護栄の援助は手放すにはあまりにも惜しい。
「解約は俺と護栄が死んだ後にしろ。それが立珂のためにもなる」
「……分かった。でも俺が一番大事なのは立珂だよ。それは覚えておいて」
「ああ」
天藍は安心したようにほっと息を吐いた。伴侶契約解約書類を手に取るとびりびり破き、これでよし、と笑った。
護栄もくすくすと笑い、ぽんっと優しく背を叩いてくれる。
「ゆっくり大人になりなさい。諦めるのはそれからでいい」
「……うん。有難う」
護栄は天藍が破いた解約書類のかけらを集めてぽいとごみ箱に捨てた。
(紙切れ一枚で天藍との関係は変わらない)
そう思いつつも、解約書類が破かれた事に安心している気持ちもあった。けれどそれもまた天藍と護栄に与えられたことが悔しくもあった。
(いや、今そういうのじゃないから)
薄珂はぷんぷんと首を振り邪念を振り払った。そんなことには気付いていないのか、天藍は重々しい空気で話し始める。
「お前達は森で襲われたな。狙われた理由は何だと思う」
「俺が公佗児だからだよ」
「そうだな。だが何故そこに公佗児がいると分かった? 聞く限りお前達の森は相当な高所で奥地。ちょっと見に行こう、の距離じゃない」
「仮にそうだったとしても妙です。鳥獣人を捕らえる目的は軍事か観賞ですが、軍事に置いて公佗児は致命的な欠点があるんです。何だと思いますか?」
「えー……っと……」
「大きさです。大きすぎるので敵に見つかりやすいんです。あなたは偵察も奇襲もできないんですよ」
「ああ、そうだよね。風圧凄いから飛び立つのも降りるのも場所を選ぶし」
「それだけじゃありません。猛禽は観賞用として圧倒的に需要が無い。野生が死肉を食うのでその印象が強く、かつ白鳥のように美しい種がいるので求められることはまずない。実際、密売市場で猛禽鳥類は圧倒的に価格が低いんです」
「でも軍相手なら分からないよ」
「軍とは国。国は密売組織を捕えることはあっても密売に参加なんてしませんよ。犯罪なんですから。軍事利用というのは『やりませんか?』と声をかけて承諾をもらって教育をするものなんです。だから子供は狙われやすい。訳も分からないうちに書類に署名させてしまえば表向きは正しい契約となりますからね。考える力のある成人は不利益を被る可能性があまりにも高いんです。あなたの場合は立珂殿を人質にする必要もある。これを商売で言うと?」
「割に合わない……」
「そうです。あなたは殿下と関係があってもなくても捕まえる労力で赤字。公佗児は羽付き狩りの対象になりえないんです」
「じゃあ最初から俺個人を狙ってたってこと?」
「お前というか薄立殿だろう。当時蛍宮では『透珂の身内』を追っている連中がいた。羽付き狩りを隠れ蓑に利用したんだろう。だが問題は狙われる理由だ。何故今になって透珂殿の身内を狙う必要がある。俺を弱体化させるならまず慶真で、捕まえるなら教育可能な慶都だ。実際狙ってる奴もいたしな」
「有翼人保護区とか、色々されて邪魔だったんじゃないの?」
「それは今の理由だろう。森にいた時点でお前は何も無かった。仮に有翼人保護区を見据えていたとしても、それはあくまでも未来への貢献。無くなっても現状俺の痛手にはならないんだ」
「そっか。狙いは天藍じゃないってことになるね」
「そうだ。では何が目的だ?」
しんと全員が言葉を失った。
薄珂は公佗児であることを憎んだ。家族を失う原因となり獣化制御ができないが故に立珂を守ることもままならない。その上悪名高い噂まであるなんて良いことは一つも無いように思えたからだ。
それでも公佗児だったから里へ辿り着くことができて、蛍宮で立珂はお洒落を楽しむことができるようになったのも事実だ。それだけで幾分か救われた気がした。だが公佗児であり透珂と似ているというだけで、今またそれが崩れようとしている。
「目的は分からないが、透珂殿の身内が生きていては困る奴がいる。そんな奴らがお前達を生かしておくと思うか」
「それは……」
「透珂殿、何より涼音殿については皇太子として無視はできない。これがお前であってもなくても俺達は動かざるを得ないが、お前にとっては立珂を守る最高の手段を手に入れることでもある。なら俺と伴侶契約しておくべきだろう?」
「でもそれで余計な問題が起きてるんでしょ」
「それだ。これは俺も聞きたいんだが」
天藍はくるりと視線を護栄へ移した。目を細め、何かを探るようにじっと睨んでいる。
「お前は何で伴侶契約を許したんだ」
「はい?」
「冷静に考えておかしいだろ。薄珂の言うとおり『少年狂い』が再発する。お前の一番嫌がるそれが。なのに何で伴侶契約を快諾したんだ」
「確かに」
契約当初は軽い気持ちだったが、これがどれだけ意味のある契約課はさすがに分かっている。分かった今、護栄が許すとは思えない。
薄珂は天藍と一緒にじいっと護栄を睨んだ。
「私だって損得じゃなく殿下の幸せを願う心くらい持ってますよ」
「「嘘だ」」
「失礼ですね」
「だが実際そうだろう。損得無視なんてありえない。つまり俺と薄珂の伴侶契約は護栄にとって利益があるんだ。何だかは知らんが」
「知らないなら駄目じゃん……」
「こいつの手の内を読める頭があるなら宋睿討伐くらい一人でやったっての。だが商談と考えれば護栄が味方なのは最強の一手だろう?」
「それはそうだけど」
「俺は利益が無くても傍にいて欲しい。護栄は利益があるから傍に置いておきたい。俺の伴侶とその身内なら国を挙げて守れるし養ってやれる。どうだ。立珂にとって良いことしかないだろう」
「……立珂を持ってくるのはずるいよ」
「ずるくもなるさ。お前が離れていくならどんな手を使っても阻止してやる」
天藍は手を伸ばすと、ぎゅっと薄珂の手を握りしめてくれた。
出会った時は単なる商人だと思っていた。だが実際は皇太子で、今ここまで守り続け助けてくれている。
護栄がここまでしてくれるのも天藍の我がままにすぎないと思っていたけれど、そこに利益があるのなら別だ。離れようとしても護栄は捕まえに来るだろう。
そうでなくとも、この先立珂が思う存分楽しく生きていくなら確かに天藍と護栄の援助は手放すにはあまりにも惜しい。
「解約は俺と護栄が死んだ後にしろ。それが立珂のためにもなる」
「……分かった。でも俺が一番大事なのは立珂だよ。それは覚えておいて」
「ああ」
天藍は安心したようにほっと息を吐いた。伴侶契約解約書類を手に取るとびりびり破き、これでよし、と笑った。
護栄もくすくすと笑い、ぽんっと優しく背を叩いてくれる。
「ゆっくり大人になりなさい。諦めるのはそれからでいい」
「……うん。有難う」
護栄は天藍が破いた解約書類のかけらを集めてぽいとごみ箱に捨てた。
(紙切れ一枚で天藍との関係は変わらない)
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