人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

文字の大きさ
上 下
287 / 356
第五章 多様変遷

第十二話 求めるもの(二)

しおりを挟む
 天藍は前のめりになり、言葉の通り真面目な顔をした。皇太子として働いているところをあまり見たことのない薄珂には少し新鮮で胸が高鳴った。

(いや、今そういうのじゃないから)

 薄珂はぷんぷんと首を振り邪念を振り払った。そんなことには気付いていないのか、天藍は重々しい空気で話し始める。

「お前達は森で襲われたな。狙われた理由は何だと思う」
「俺が公佗児だからだよ」
「そうだな。だが何故そこに公佗児がいると分かった? 聞く限りお前達の森は相当な高所で奥地。ちょっと見に行こう、の距離じゃない」
「仮にそうだったとしても妙です。鳥獣人を捕らえる目的は軍事か観賞ですが、軍事に置いて公佗児は致命的な欠点があるんです。何だと思いますか?」
「えー……っと……」
「大きさです。大きすぎるので敵に見つかりやすいんです。あなたは偵察も奇襲もできないんですよ」
「ああ、そうだよね。風圧凄いから飛び立つのも降りるのも場所を選ぶし」
「それだけじゃありません。猛禽は観賞用として圧倒的に需要が無い。野生が死肉を食うのでその印象が強く、かつ白鳥のように美しい種がいるので求められることはまずない。実際、密売市場で猛禽鳥類は圧倒的に価格が低いんです」
「でも軍相手なら分からないよ」
「軍とは国。国は密売組織を捕えることはあっても密売に参加なんてしませんよ。犯罪なんですから。軍事利用というのは『やりませんか?』と声をかけて承諾をもらって教育をするものなんです。だから子供は狙われやすい。訳も分からないうちに書類に署名させてしまえば表向きは正しい契約となりますからね。考える力のある成人は不利益を被る可能性があまりにも高いんです。あなたの場合は立珂殿を人質にする必要もある。これを商売で言うと?」
「割に合わない……」
「そうです。あなたは殿下と関係があってもなくても捕まえる労力で赤字。公佗児は羽付き狩りの対象になりえないんです」
「じゃあ最初から俺個人を狙ってたってこと?」
「お前というか薄立殿だろう。当時蛍宮では『透珂の身内』を追っている連中がいた。羽付き狩りを隠れ蓑に利用したんだろう。だが問題は狙われる理由だ。何故今になって透珂殿の身内を狙う必要がある。俺を弱体化させるならまず慶真で、捕まえるなら教育可能な慶都だ。実際狙ってる奴もいたしな」
「有翼人保護区とか、色々されて邪魔だったんじゃないの?」
「それは今の理由だろう。森にいた時点でお前は何も無かった。仮に有翼人保護区を見据えていたとしても、それはあくまでも未来への貢献。無くなっても現状俺の痛手にはならないんだ」
「そっか。狙いは天藍じゃないってことになるね」
「そうだ。では何が目的だ?」

 しんと全員が言葉を失った。
 薄珂は公佗児であることを憎んだ。家族を失う原因となり獣化制御ができないが故に立珂を守ることもままならない。その上悪名高い噂まであるなんて良いことは一つも無いように思えたからだ。
 それでも公佗児だったから里へ辿り着くことができて、蛍宮で立珂はお洒落を楽しむことができるようになったのも事実だ。それだけで幾分か救われた気がした。だが公佗児であり透珂と似ているというだけで、今またそれが崩れようとしている。

「目的は分からないが、透珂殿の身内が生きていては困る奴がいる。そんな奴らがお前達を生かしておくと思うか」
「それは……」
「透珂殿、何より涼音殿については皇太子として無視はできない。これがお前であってもなくても俺達は動かざるを得ないが、お前にとっては立珂を守る最高の手段を手に入れることでもある。なら俺と伴侶契約しておくべきだろう?」
「でもそれで余計な問題が起きてるんでしょ」
「それだ。これは俺も聞きたいんだが」

 天藍はくるりと視線を護栄へ移した。目を細め、何かを探るようにじっと睨んでいる。

「お前は何で伴侶契約を許したんだ」
「はい?」
「冷静に考えておかしいだろ。薄珂の言うとおり『少年狂い』が再発する。お前の一番嫌がるそれが。なのに何で伴侶契約を快諾したんだ」
「確かに」

 契約当初は軽い気持ちだったが、これがどれだけ意味のある契約課はさすがに分かっている。分かった今、護栄が許すとは思えない。
 薄珂は天藍と一緒にじいっと護栄を睨んだ。

「私だって損得じゃなく殿下の幸せを願う心くらい持ってますよ」
「「嘘だ」」
「失礼ですね」
「だが実際そうだろう。損得無視なんてありえない。つまり俺と薄珂の伴侶契約は護栄にとって利益があるんだ。何だかは知らんが」
「知らないなら駄目じゃん……」
「こいつの手の内を読める頭があるなら宋睿討伐くらい一人でやったっての。だが商談と考えれば護栄が味方なのは最強の一手だろう?」
「それはそうだけど」
「俺は利益が無くても傍にいて欲しい。護栄は利益があるから傍に置いておきたい。俺の伴侶とその身内なら国を挙げて守れるし養ってやれる。どうだ。立珂にとって良いことしかないだろう」
「……立珂を持ってくるのはずるいよ」
「ずるくもなるさ。お前が離れていくならどんな手を使っても阻止してやる」

 天藍は手を伸ばすと、ぎゅっと薄珂の手を握りしめてくれた。
 出会った時は単なる商人だと思っていた。だが実際は皇太子で、今ここまで守り続け助けてくれている。
 護栄がここまでしてくれるのも天藍の我がままにすぎないと思っていたけれど、そこに利益があるのなら別だ。離れようとしても護栄は捕まえに来るだろう。
 そうでなくとも、この先立珂が思う存分楽しく生きていくなら確かに天藍と護栄の援助は手放すにはあまりにも惜しい。

「解約は俺と護栄が死んだ後にしろ。それが立珂のためにもなる」
「……分かった。でも俺が一番大事なのは立珂だよ。それは覚えておいて」
「ああ」

 天藍は安心したようにほっと息を吐いた。伴侶契約解約書類を手に取るとびりびり破き、これでよし、と笑った。
 護栄もくすくすと笑い、ぽんっと優しく背を叩いてくれる。

「ゆっくり大人になりなさい。諦めるのはそれからでいい」
「……うん。有難う」

 護栄は天藍が破いた解約書類のかけらを集めてぽいとごみ箱に捨てた。

(紙切れ一枚で天藍との関係は変わらない)

 そう思いつつも、解約書類が破かれた事に安心している気持ちもあった。けれどそれもまた天藍と護栄に与えられたことが悔しくもあった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

ニケの宿

水無月
BL
危険地帯の山の中。数少ない安全エリアで宿を営む赤犬族の犬耳幼子は、吹雪の中で白い青年を拾う。それは滅んだはずの種族「人族」で。 しっかり者のわんことあまり役に立たない青年。それでも青年は幼子の孤独をゆるやかに埋めてくれた。 異なる種族同士の、共同生活。 ※過激な描写は控えていますがバトルシーンがあるので、怪我をする箇所はあります。  キャラクター紹介のページに挿絵を入れてあります。  苦手な方はご注意ください。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

あの日の記憶の隅で、君は笑う。

15
BL
アキラは恋人である公彦の部屋でとある写真を見つけた。 その写真に写っていたのはーーー……俺とそっくりな人。 唐突に始まります。 身代わりの恋大好きか〜と思われるかもしれませんが、大好物です!すみません! 幸せになってくれな!

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

処理中です...