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第五章 多様変遷
第十話 衝突(二)
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「寝てなくていいのか」
「平気。ちょっと疲れやすい気はするけど」
「そうか。だが無理はするな」
天藍は薄珂の隣に座りながら、侍女へこちらに構わなくて良いと目で合図をした。
侍女が再び立珂とのお洒落談義に戻ると、ふうっと深くため息を吐いて項垂れた。
「……すまない」
「え? 何が?」
「政治に巻き込みたくないなら手放すべきだった。だが俺は……お前を傍に置いておきたかった……」
「天藍……」
透珂の素性が明らかにされてから、天藍はばつの悪いのか苦し気な笑みを浮かべることが多くなっていた。これは護栄もそうだったが、仕事だから切り替えようと言ったら護栄は笑ってくれた。もういつも通りの護栄に戻っているが、天藍はそうはいかないようだった。
「俺は大丈夫だよ。それより気になるのは別のことなんだよね」
「別というと?」
「多分だけど、俺の素性を知ってた人が他にもいると思」
「薄珂」
「ん?」
背後から声を掛けられ振り向くと、やって来たのは閃里だった。孔雀同様忙しいとかでなかなか会うことができずにいた。
「閃里様! よかった。お礼を言いたかったんです」
「礼?」
「孔雀先生を呼んでくれたんですよね。有難う御座いました」
「……少し話をしても?」
「はい。どうぞ」
閃里は薄珂の向かい側に腰かけると、すかさず天藍がぎろりと睨み付ける。
「そう睨むな。別にどうこうするつもりはない」
「どうだか」
「獣人保護区の報告をしたいだけだ。一先ず洞穴から保護区内部へ繋がってる通路を埋めた。烙玲と錐漣が鼠と猫ですぐに終わらせた。さすが牙燕様の育てた子は有能だ」
「閃里様は里のみんなの事情も知ってるんだね」
「まあな。だが二人に指揮をしたのはお前だそうだな」
「指揮というか、前もそうやって助かったからそれが早いかなって」
「それが指揮というものだ」
閃里はふっと笑いを零し少しだけ俯くと、意を決したように薄珂をまっすぐ見つめた。
「俺のとこに来ないか」
「え?」
「閃里!?」
「全て立珂の望むようにしてやる。だから」
「ふざけるな! この子らを政治に巻き込むことは許さん!」
「それを決めるのはお前ではない」
「お前でもないだろう。それに薄珂は臨時職員だ。宮廷の内情を漏らすことは皇太子として認められん」
「お前こそ臨時だろう。貴様は皇族じゃない」
「宋睿とてそうだ。もはや皇族の血などなくともこの国は成り立っている」
「それを決めるのはお前じゃない。国民だ」
「お前でもないだろ」
「俺は国民だ」
天藍と閃里はばちばちと火花を散らした。
侍女は見慣れた光景なのか驚きもせず、立珂様お気になさらず、と首を傾げる立珂の視界に入らないよう背で隠してしまう。
問題の原因である以上と目に入るべきか迷っていると、こんっと頭を小突かれた。やって来たのは浩然だ。
「放っておいていいよ。あの二人は昔からああなんだ」
「浩然様」
「獣人保護区は調査してるから大丈夫って伝えに来たんだけど、もう聞いたかな」
「はい。けど侵入できるって他に知られたら困りますよね」
「大丈夫だよ。情報を漏らして陥れるのは護栄様の得意技だ」
「……なるほど」
浩然はふわりと上品に微笑んだ。侍女はちらちらと横目で見て、浩然の美しさに見惚れたのか顔を赤くしている。
だがこれは外面だ。戸部ではもっと軽い調子で、護栄に対してはからかって馬鹿にするような子供じみたこともする。色素の薄さも相まって、清楚さすら感じる目の前の姿とは別人のようだ。
「浩然様って裏表凄いですね」
「護栄様ほどじゃないよ。しかしうるさいね大人二人は。病み上がりなんだから静かにしようって配慮はないのかな」
「浩然様は閃里様と仲良いんですか?」
「仲良しではないかな。けど解放戦争で協力した人だし、他よりは付き合いある程度」
「え? 閃里様も一緒に戦ったんですか? 天藍と?」
「そうだよ。でもその後の国政については全く意見が合わなくてあの調子」
浩然に促されて天藍と閃里を見るとまだぎゃんぎゃんといがみ合っている。次第に口調も乱暴になり、皇太子としての威厳も何もあったものじゃない。
そしてついに薄珂は閃里に腕を掴まれ引き寄せられた。
「おわっ」
「こいつがどこで何しようがお前にゃ関係ねえだろ」
「ある。俺の部下だ」
「部下の成長を願うならなおさらだ。人生いろいろ経験しとくべきじゃないか。今以上に立珂が楽しくなるものが俺のところにあるかも知れないぜ」
「あ、そっか。そういうこともあるんだ」
「駄目に決まってんだろ」
「お前にゃ聞いてねえよ」
「行かねえっつってんだろ!」
「お前に聞いてねえっつってんの!」
まるで子供の喧嘩だ。侍女はもはや振り向きもせず、立珂に醜いものを見せてたまるかとばかりに背を向けている。浩然も仲裁する気が無いのか、困ったね、と侍女に微笑みを向けて魅了している。
「お前の個人的な感情に巻き込むんじゃねえ! 関係ねえだろ兎!」
ついに天藍はぶちっと堪忍袋の緒が切れたようで、がばっと薄珂を奪い抱きしめた。
「あるに決まってんだろ! 薄珂は俺の伴侶だ!」
「……伴侶?」
げ、と薄珂は眉間にしわを寄せた。侍女も思わず振り向いて、浩然は耐え切れなかったのかけらけらと笑い出した。
「浩然様! 笑い事じゃないですって!」
「笑い事だよ。護栄様の渋い顔を見る好機だ。呼んで来よう」
「お願いします……」
天藍はしまった、と頭を抱えた。薄珂は突き刺さる侍女の視線に耐え切れず天藍を壁にしてため息を吐いた。
「平気。ちょっと疲れやすい気はするけど」
「そうか。だが無理はするな」
天藍は薄珂の隣に座りながら、侍女へこちらに構わなくて良いと目で合図をした。
侍女が再び立珂とのお洒落談義に戻ると、ふうっと深くため息を吐いて項垂れた。
「……すまない」
「え? 何が?」
「政治に巻き込みたくないなら手放すべきだった。だが俺は……お前を傍に置いておきたかった……」
「天藍……」
透珂の素性が明らかにされてから、天藍はばつの悪いのか苦し気な笑みを浮かべることが多くなっていた。これは護栄もそうだったが、仕事だから切り替えようと言ったら護栄は笑ってくれた。もういつも通りの護栄に戻っているが、天藍はそうはいかないようだった。
「俺は大丈夫だよ。それより気になるのは別のことなんだよね」
「別というと?」
「多分だけど、俺の素性を知ってた人が他にもいると思」
「薄珂」
「ん?」
背後から声を掛けられ振り向くと、やって来たのは閃里だった。孔雀同様忙しいとかでなかなか会うことができずにいた。
「閃里様! よかった。お礼を言いたかったんです」
「礼?」
「孔雀先生を呼んでくれたんですよね。有難う御座いました」
「……少し話をしても?」
「はい。どうぞ」
閃里は薄珂の向かい側に腰かけると、すかさず天藍がぎろりと睨み付ける。
「そう睨むな。別にどうこうするつもりはない」
「どうだか」
「獣人保護区の報告をしたいだけだ。一先ず洞穴から保護区内部へ繋がってる通路を埋めた。烙玲と錐漣が鼠と猫ですぐに終わらせた。さすが牙燕様の育てた子は有能だ」
「閃里様は里のみんなの事情も知ってるんだね」
「まあな。だが二人に指揮をしたのはお前だそうだな」
「指揮というか、前もそうやって助かったからそれが早いかなって」
「それが指揮というものだ」
閃里はふっと笑いを零し少しだけ俯くと、意を決したように薄珂をまっすぐ見つめた。
「俺のとこに来ないか」
「え?」
「閃里!?」
「全て立珂の望むようにしてやる。だから」
「ふざけるな! この子らを政治に巻き込むことは許さん!」
「それを決めるのはお前ではない」
「お前でもないだろう。それに薄珂は臨時職員だ。宮廷の内情を漏らすことは皇太子として認められん」
「お前こそ臨時だろう。貴様は皇族じゃない」
「宋睿とてそうだ。もはや皇族の血などなくともこの国は成り立っている」
「それを決めるのはお前じゃない。国民だ」
「お前でもないだろ」
「俺は国民だ」
天藍と閃里はばちばちと火花を散らした。
侍女は見慣れた光景なのか驚きもせず、立珂様お気になさらず、と首を傾げる立珂の視界に入らないよう背で隠してしまう。
問題の原因である以上と目に入るべきか迷っていると、こんっと頭を小突かれた。やって来たのは浩然だ。
「放っておいていいよ。あの二人は昔からああなんだ」
「浩然様」
「獣人保護区は調査してるから大丈夫って伝えに来たんだけど、もう聞いたかな」
「はい。けど侵入できるって他に知られたら困りますよね」
「大丈夫だよ。情報を漏らして陥れるのは護栄様の得意技だ」
「……なるほど」
浩然はふわりと上品に微笑んだ。侍女はちらちらと横目で見て、浩然の美しさに見惚れたのか顔を赤くしている。
だがこれは外面だ。戸部ではもっと軽い調子で、護栄に対してはからかって馬鹿にするような子供じみたこともする。色素の薄さも相まって、清楚さすら感じる目の前の姿とは別人のようだ。
「浩然様って裏表凄いですね」
「護栄様ほどじゃないよ。しかしうるさいね大人二人は。病み上がりなんだから静かにしようって配慮はないのかな」
「浩然様は閃里様と仲良いんですか?」
「仲良しではないかな。けど解放戦争で協力した人だし、他よりは付き合いある程度」
「え? 閃里様も一緒に戦ったんですか? 天藍と?」
「そうだよ。でもその後の国政については全く意見が合わなくてあの調子」
浩然に促されて天藍と閃里を見るとまだぎゃんぎゃんといがみ合っている。次第に口調も乱暴になり、皇太子としての威厳も何もあったものじゃない。
そしてついに薄珂は閃里に腕を掴まれ引き寄せられた。
「おわっ」
「こいつがどこで何しようがお前にゃ関係ねえだろ」
「ある。俺の部下だ」
「部下の成長を願うならなおさらだ。人生いろいろ経験しとくべきじゃないか。今以上に立珂が楽しくなるものが俺のところにあるかも知れないぜ」
「あ、そっか。そういうこともあるんだ」
「駄目に決まってんだろ」
「お前にゃ聞いてねえよ」
「行かねえっつってんだろ!」
「お前に聞いてねえっつってんの!」
まるで子供の喧嘩だ。侍女はもはや振り向きもせず、立珂に醜いものを見せてたまるかとばかりに背を向けている。浩然も仲裁する気が無いのか、困ったね、と侍女に微笑みを向けて魅了している。
「お前の個人的な感情に巻き込むんじゃねえ! 関係ねえだろ兎!」
ついに天藍はぶちっと堪忍袋の緒が切れたようで、がばっと薄珂を奪い抱きしめた。
「あるに決まってんだろ! 薄珂は俺の伴侶だ!」
「……伴侶?」
げ、と薄珂は眉間にしわを寄せた。侍女も思わず振り向いて、浩然は耐え切れなかったのかけらけらと笑い出した。
「浩然様! 笑い事じゃないですって!」
「笑い事だよ。護栄様の渋い顔を見る好機だ。呼んで来よう」
「お願いします……」
天藍はしまった、と頭を抱えた。薄珂は突き刺さる侍女の視線に耐え切れず天藍を壁にしてため息を吐いた。
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