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第五章 多様変遷
第九話 薄珂の異常
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玲章は獣人保護区へ走り、獣人の診察をしていた龍鳴に事情を説明した。
公佗児のことなど聞かされても困るのではと思っていたが、聞くや否や自室の棚からいくつかの薬品を取り出した。それは全く迷いのない動きで、まるで想定済みだったことを想わせた。
まっすぐ天藍の部屋へ駆け込むと、薄珂は寝台に寝かせられていた。天藍も護栄でさえも顔を青くしているが、龍鳴は戸惑うこと無く薄珂に駆け寄ると背負っていたものを下ろした。それは医療器具でも薬でもない。薄珂が溺愛する弟の立珂だった。
「薄珂! 薄珂ぁ!」
立珂は涙を流しながら寝台に上り、薄珂の手をぎゅうっと強く握った。
「孔雀! 何故立珂を連れて来た!」
「必要だからです。どいて下さい」
天藍も護栄もまだ混乱していた。けれど龍鳴は手際よく鞄から一つの瓶と底の深い皿を取り出した。瓶の中身は乳白色の液体で、それを皿に入れていく。
「立珂君。羽根を一本頂きますね」
「ん!」
龍鳴は液体の入った皿を置くと、立珂の生えてきたばかりの小さな羽根を一つ抜いた。そしてそれをすりおろし乳白色の液体へ入れていく。
「何をしてる! 羽根の粉は麻薬だろう!」
「そういう精製をしたらの話ですよ、それは。でも精製次第では治療薬にもなるんです。それも鳥獣人にのみ有効な治療薬」
「何故、何に羽根の粉が効くんだ」
「有翼人の羽は鳥獣人の獣化の究極。鳥の獣化細胞を完全に落ち着かせると有翼人の羽になるんです。なので羽根の粉を体内に取り込めば薄珂君の獣の血を抑え込むことができます」
「じゃあ薄珂のこの状態は」
「獣の血が暴れているんです。恐らく獣の血が強いんでしょう。これは遺伝する場合が多い」
遺伝、と聞いて玲章は眉をひそめた。
(公佗児特有か? 護栄はこんなの無かった。透珂殿は知らんけど)
玲章は透珂について詳しいわけでは無い。ただたまたま拾った護栄が蛍宮に関わることになったので必然的に情報を耳にしただけだった。知らなくても当然だが、公佗児という希少種である以上、より特異な話しは噂になりそうなものだ。
何となく釈然としなかったが、龍鳴が調合を終え立ち上がったのでそちらに目を向けた。羽根の粉が溶けたのか混ざっただけなのかは分からなかったが、龍鳴はそれを立珂に手渡している。
「これを口移しで飲ませてあげて下さい。苦いですが我慢して」
「分かった!」
立珂は迷うことなく乳白色の液体を口に含み、ちゅっと口移しで飲ませていった。
*
三回口移しで飲ませたら、そっと薄珂の瞼が開いた。意識がはっきりしていないのか、目はぼんやりと天井を見上げている。
「薄珂!」
「りっか……?」
「いたい!? くるしい!?」
「……立珂……血がついてるじゃないか……どうしたんだ……」
「僕は大丈夫だよ! 薄珂が大丈夫なら僕は大丈夫だよ!」
「俺……?」
「倒れたんですよ。覚えていますか?」
「……ああ」
「意識があるなら大丈夫。立珂君。もう少し薬を飲ませてあげて下さい」
「ん! 薄珂! ちゅってするよ!」
立珂はぐいっと薬を口に含むと、無くなるまで薬を飲ませていく。
薄珂は何の抵抗もないのか、それをこくこくと飲んでいく。全てのみ終わると、次第に目がとろんとしてきた。
「朝昼晩と飲んで下さい。眠気がなくなりいつも通り動けるようになれば大丈夫」
「わかった! 薄珂ねていいよ。僕がぎゅってしてるからね」
「でも……りっか、血が……」
薄珂は弱々しく立珂に手を伸ばしたが、いつものように抱きしめることは叶わずぱたりと眠りに落ちた。
立珂はぎゅっと薄珂を抱きしめたが、天藍が身体を話すように立珂の肩に手を添える。
「立珂は少し離れた方が良いだろう。血のにおいがする」
「や! 薄珂といる!」
「ならせめて身体を洗ってこい。じゃないとお前が倒れるぞ」
「やだやだ! 薄珂といるの!」
「立珂。お前が血まみれじゃ薄珂が心配する。綺麗にして、目が覚めた時は一番可愛い立珂を見せてやってくれ。な?」
「……ん」
「玲章殿。美星に部屋を用意させてるので立珂殿を連れて行って下さい」
「あ、ああ」
急に指名され、玲章はいそいそと立珂を抱き上げた。けれど立珂はずっと薄珂を見つめていて、悔しそうに口を尖らせた。
「薄珂が起きたらすぐ呼んでね」
「もちろんだ。薄珂の特効薬はお前なんだからな」
立珂はこくりと小さく頷き、玲章の服をきゅっと握りしめて。う、う、と鳴き声を押し殺している姿はとても痛々しかったが、玲章は龍鳴を囲んで護栄が何を話すか聞けないことの方が心残りだった。
公佗児のことなど聞かされても困るのではと思っていたが、聞くや否や自室の棚からいくつかの薬品を取り出した。それは全く迷いのない動きで、まるで想定済みだったことを想わせた。
まっすぐ天藍の部屋へ駆け込むと、薄珂は寝台に寝かせられていた。天藍も護栄でさえも顔を青くしているが、龍鳴は戸惑うこと無く薄珂に駆け寄ると背負っていたものを下ろした。それは医療器具でも薬でもない。薄珂が溺愛する弟の立珂だった。
「薄珂! 薄珂ぁ!」
立珂は涙を流しながら寝台に上り、薄珂の手をぎゅうっと強く握った。
「孔雀! 何故立珂を連れて来た!」
「必要だからです。どいて下さい」
天藍も護栄もまだ混乱していた。けれど龍鳴は手際よく鞄から一つの瓶と底の深い皿を取り出した。瓶の中身は乳白色の液体で、それを皿に入れていく。
「立珂君。羽根を一本頂きますね」
「ん!」
龍鳴は液体の入った皿を置くと、立珂の生えてきたばかりの小さな羽根を一つ抜いた。そしてそれをすりおろし乳白色の液体へ入れていく。
「何をしてる! 羽根の粉は麻薬だろう!」
「そういう精製をしたらの話ですよ、それは。でも精製次第では治療薬にもなるんです。それも鳥獣人にのみ有効な治療薬」
「何故、何に羽根の粉が効くんだ」
「有翼人の羽は鳥獣人の獣化の究極。鳥の獣化細胞を完全に落ち着かせると有翼人の羽になるんです。なので羽根の粉を体内に取り込めば薄珂君の獣の血を抑え込むことができます」
「じゃあ薄珂のこの状態は」
「獣の血が暴れているんです。恐らく獣の血が強いんでしょう。これは遺伝する場合が多い」
遺伝、と聞いて玲章は眉をひそめた。
(公佗児特有か? 護栄はこんなの無かった。透珂殿は知らんけど)
玲章は透珂について詳しいわけでは無い。ただたまたま拾った護栄が蛍宮に関わることになったので必然的に情報を耳にしただけだった。知らなくても当然だが、公佗児という希少種である以上、より特異な話しは噂になりそうなものだ。
何となく釈然としなかったが、龍鳴が調合を終え立ち上がったのでそちらに目を向けた。羽根の粉が溶けたのか混ざっただけなのかは分からなかったが、龍鳴はそれを立珂に手渡している。
「これを口移しで飲ませてあげて下さい。苦いですが我慢して」
「分かった!」
立珂は迷うことなく乳白色の液体を口に含み、ちゅっと口移しで飲ませていった。
*
三回口移しで飲ませたら、そっと薄珂の瞼が開いた。意識がはっきりしていないのか、目はぼんやりと天井を見上げている。
「薄珂!」
「りっか……?」
「いたい!? くるしい!?」
「……立珂……血がついてるじゃないか……どうしたんだ……」
「僕は大丈夫だよ! 薄珂が大丈夫なら僕は大丈夫だよ!」
「俺……?」
「倒れたんですよ。覚えていますか?」
「……ああ」
「意識があるなら大丈夫。立珂君。もう少し薬を飲ませてあげて下さい」
「ん! 薄珂! ちゅってするよ!」
立珂はぐいっと薬を口に含むと、無くなるまで薬を飲ませていく。
薄珂は何の抵抗もないのか、それをこくこくと飲んでいく。全てのみ終わると、次第に目がとろんとしてきた。
「朝昼晩と飲んで下さい。眠気がなくなりいつも通り動けるようになれば大丈夫」
「わかった! 薄珂ねていいよ。僕がぎゅってしてるからね」
「でも……りっか、血が……」
薄珂は弱々しく立珂に手を伸ばしたが、いつものように抱きしめることは叶わずぱたりと眠りに落ちた。
立珂はぎゅっと薄珂を抱きしめたが、天藍が身体を話すように立珂の肩に手を添える。
「立珂は少し離れた方が良いだろう。血のにおいがする」
「や! 薄珂といる!」
「ならせめて身体を洗ってこい。じゃないとお前が倒れるぞ」
「やだやだ! 薄珂といるの!」
「立珂。お前が血まみれじゃ薄珂が心配する。綺麗にして、目が覚めた時は一番可愛い立珂を見せてやってくれ。な?」
「……ん」
「玲章殿。美星に部屋を用意させてるので立珂殿を連れて行って下さい」
「あ、ああ」
急に指名され、玲章はいそいそと立珂を抱き上げた。けれど立珂はずっと薄珂を見つめていて、悔しそうに口を尖らせた。
「薄珂が起きたらすぐ呼んでね」
「もちろんだ。薄珂の特効薬はお前なんだからな」
立珂はこくりと小さく頷き、玲章の服をきゅっと握りしめて。う、う、と鳴き声を押し殺している姿はとても痛々しかったが、玲章は龍鳴を囲んで護栄が何を話すか聞けないことの方が心残りだった。
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