人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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第五章 多様変遷

第八話 皇太子たち(三)

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 がんっと机を叩いて立ち上がったのは閃里だ。怒りで拳を震わせ、がんがんと机を殴り続けている。

「透珂様が民を殺したわけではない! あれこそ巻き込まれただけで、透珂様は被害者だ!」
「え、な、何の」
「涼音様だ! 象獣人一族の姫で多くの者に狙われていた。それを守っただけの話!」
「狙われたなら涼音が何かしたんじゃないの?」
「していない! 象獣人は軍事的価値が高い。一族の姫を人質にできればそれだけで一大勢力だ。それだけだ!」
「ああ、そういう。それで透珂も死んだの?」
「ええ。透珂様は涼音様救出のため討伐に向かわれました。ですが敵の中に裏切った蛍宮国民がいて、透珂様は汚名を着せられ身を隠されたのです。同時に薄立様が透珂様の子を連れて逃げたという情報も入り、それで閃里殿は」
「薄立様を探した! 涼音様の息子ならば守らねばならん!」
「えーっと……」

 薄珂は混乱した。情報が乱立しているというのもあるが、この話が自分には何ら関係が無いように感じるからだ。

(こんなの聞かされても困るんだけどな。父さんが殺されたのは羽付き狩りのせいだし)

 護栄には思うことがあるのだろう。それはきっと天藍と薄珂が伴侶契約を結ぶほど親密になってしまったことにあるのかもしれない。
 けれど透珂と涼音がどうあれ薄珂は天藍を選び、護栄は立珂を守ってくれている。それが全てだ。実の両親が歴史的に重大な問題があったとしても、薄珂にとって大事なのは立珂の未来だ。

(この話終わりにしちゃ駄目かな。悪いけどどうでもい――っ!)

 その時、薄珂の体内で何かが蠢くような違和感が走った。内臓が回転したような気持ち悪さで、薄珂はその場に倒れ込んだ。

「薄珂!?」
「薄珂殿!」
「あ……あっ……!」

 目の前に床があった。ようやく自分が倒れたことに気が付いた。

(また眩暈……いや、これは……!)

 美星が心配してくれていた顔が思い出された。あの眩暈は何かの前兆だったのだろうか、体内で何かが暴れているような不快感が凄まじい。
 そして体内から何かが押し出され、薄珂の口からは真っ赤な血が吐き出された。

「薄珂!」
「う、ぐっ……」

 ぼたぼたと口から血が垂れていく。それでもまだ体内で何かが蠢いていて身体を起こす事させできない。

「玲章! 医者を呼べ! 慶真もだ!」

 天藍も護栄までもが顔を真っ青にしておたついている。
 けれど一人だけ冷静な者がいた。薄珂の額に手を当て熱を測り、喉や胸など、触れて様子を見ているのは閃里だ。

「その前に龍鳴だ。龍鳴を呼んでこい」
「鳥獣人は研究が足りていないんだよ! 同じ鳥獣人の慶真の方が」
「なら二人とも連れてこい。これは龍鳴が知っている」
「は? 何でだよ」
「いいから呼んで来い。玲章、まずは龍鳴だ」
「……分かった」

 顔をろくに動かせない薄珂の視界の隅で玲章が窓から飛び出たのが見えた。天藍は強く手を握ってくれているが、護栄はがたがたと震えている。

「呆けてるな護栄! 侍女に静養する部屋を用意させろ。信用できる者を一人だけだ」
「は、はい!」

 怒鳴りつけられて護栄はようやく走り出した。
 誰かに叱られる護栄なんてとても珍しいものを見たと、薄珂は呑気にそんな事を想っていた。
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