278 / 356
第五章 多様変遷
第八話 皇太子たち(一)
しおりを挟む
「透珂って……」
「よくある名だと思っていたが、まさかこんな」
閃里は口元を抑え、恐ろしいものを見るような目で薄珂を凝視した。透珂様、と唇を震わせている。
(透珂ってたくさん人を殺したんだよな。何で様付け?)
薄珂は直接その男を知っているわけではない。伝承のような話を牙燕から聞いただけで真相は知らない。
それに深く気にしたこともなかった。薄珂にとって父は育ててくれたあの父で、薄珂の家族は立珂だけだ。会ったことすらない男の名を聞かされても感慨にふけることなどない。ただ『透珂は多くの人を殺した』という認識で、それだけを見れば悪人だ。それをまさか様付けで呼ぶ個人的な知り合が身近にいるなんて思ってもいなかった。
閃里は我に返ると薄珂に駆け寄り両肩を殴るような強さで掴んできた。
「涼音様はどうされた! お戻りになられたのか!」
「え? 誰?」
「何を言ってる! 涼音様はお前の」
「閃里殿。この子は知らないんですよ」
「何だと!?」
閃里の勢いに呑まれていると護栄がすっと間に入ってきた。閃里の手を引かせると、護栄はそっと薄珂の背を撫でる。
「この子らは何も教えられず育ったようです。二人を育てたのは涼音様ではありません」
「な、何だと。では涼音様は」
「引き続き捜索を続けています。ですが、やはりこの子は似ているんですね……」
護栄は明らかに何かしらの事情を知っているようだった。
それ自体は驚くようなことではない。天藍に関わる者の素性を調べていないわけがないからだ。そして掴んだ情報をやたらと露呈させることなどないだろう。知らせるとしたら利用価値が生まれた時だ。護栄がそういう男であることはよく分かっている。
けれど同時に、一見厳しく恐ろし気なことを言っても根本では善人であることも知っている。握った情報が何であれ、天藍が大切にする者を陥れるようなことはしないだろう。
護栄を見上げると、やはり傷付いたような悲しい眼をしていた。護栄は膝を付き薄珂の顔を覗き込み、ぎゅっと両手を握った。
「……本当は里から来てすぐに話すつもりでいたんです。でも迷ってしまった。まさかあなたたちがこんなに……」
護栄の手が震えていた。何かを言いよどみ俯いている。そんな姿を見るのは初めてだった。
「あの、これ何の話? 俺は透珂も涼音も知らないんだ」
「分かっています。これ以上は殿下にご説明をお願いしましょう。閃里殿もご同席頂けますか」
「当然だ。俺はそいつに聞かなければならん」
すみません、と護栄はもう一度薄珂の手を握った。透珂と涼音、閃里がどう関係するのかは分からない。もしかすれば聞かない方が良い真実を知っているのかもしれない。それは恐ろしく思えた。
けれどそれ以上に、護栄がまるでらしくない姿を見せることの方が恐ろしかった。
「よくある名だと思っていたが、まさかこんな」
閃里は口元を抑え、恐ろしいものを見るような目で薄珂を凝視した。透珂様、と唇を震わせている。
(透珂ってたくさん人を殺したんだよな。何で様付け?)
薄珂は直接その男を知っているわけではない。伝承のような話を牙燕から聞いただけで真相は知らない。
それに深く気にしたこともなかった。薄珂にとって父は育ててくれたあの父で、薄珂の家族は立珂だけだ。会ったことすらない男の名を聞かされても感慨にふけることなどない。ただ『透珂は多くの人を殺した』という認識で、それだけを見れば悪人だ。それをまさか様付けで呼ぶ個人的な知り合が身近にいるなんて思ってもいなかった。
閃里は我に返ると薄珂に駆け寄り両肩を殴るような強さで掴んできた。
「涼音様はどうされた! お戻りになられたのか!」
「え? 誰?」
「何を言ってる! 涼音様はお前の」
「閃里殿。この子は知らないんですよ」
「何だと!?」
閃里の勢いに呑まれていると護栄がすっと間に入ってきた。閃里の手を引かせると、護栄はそっと薄珂の背を撫でる。
「この子らは何も教えられず育ったようです。二人を育てたのは涼音様ではありません」
「な、何だと。では涼音様は」
「引き続き捜索を続けています。ですが、やはりこの子は似ているんですね……」
護栄は明らかに何かしらの事情を知っているようだった。
それ自体は驚くようなことではない。天藍に関わる者の素性を調べていないわけがないからだ。そして掴んだ情報をやたらと露呈させることなどないだろう。知らせるとしたら利用価値が生まれた時だ。護栄がそういう男であることはよく分かっている。
けれど同時に、一見厳しく恐ろし気なことを言っても根本では善人であることも知っている。握った情報が何であれ、天藍が大切にする者を陥れるようなことはしないだろう。
護栄を見上げると、やはり傷付いたような悲しい眼をしていた。護栄は膝を付き薄珂の顔を覗き込み、ぎゅっと両手を握った。
「……本当は里から来てすぐに話すつもりでいたんです。でも迷ってしまった。まさかあなたたちがこんなに……」
護栄の手が震えていた。何かを言いよどみ俯いている。そんな姿を見るのは初めてだった。
「あの、これ何の話? 俺は透珂も涼音も知らないんだ」
「分かっています。これ以上は殿下にご説明をお願いしましょう。閃里殿もご同席頂けますか」
「当然だ。俺はそいつに聞かなければならん」
すみません、と護栄はもう一度薄珂の手を握った。透珂と涼音、閃里がどう関係するのかは分からない。もしかすれば聞かない方が良い真実を知っているのかもしれない。それは恐ろしく思えた。
けれどそれ以上に、護栄がまるでらしくない姿を見せることの方が恐ろしかった。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【運命】に捨てられ捨てたΩ
雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。

ニケの宿
水無月
BL
危険地帯の山の中。数少ない安全エリアで宿を営む赤犬族の犬耳幼子は、吹雪の中で白い青年を拾う。それは滅んだはずの種族「人族」で。
しっかり者のわんことあまり役に立たない青年。それでも青年は幼子の孤独をゆるやかに埋めてくれた。
異なる種族同士の、共同生活。
※過激な描写は控えていますがバトルシーンがあるので、怪我をする箇所はあります。
キャラクター紹介のページに挿絵を入れてあります。
苦手な方はご注意ください。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

あの日の記憶の隅で、君は笑う。
15
BL
アキラは恋人である公彦の部屋でとある写真を見つけた。
その写真に写っていたのはーーー……俺とそっくりな人。
唐突に始まります。
身代わりの恋大好きか〜と思われるかもしれませんが、大好物です!すみません!
幸せになってくれな!

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」

金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる