人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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第五章 多様変遷

第七話 隠れ里の住民との再会(三)

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 薄珂は真っ直ぐ宮廷へ向かい戸部の執務室へと入った。
 護栄は相変わらず大量の書類に囲まれていたが、烙玲と錐漣が調べた一連を報告するとにやりとあくどい笑みを浮かべた。

「やはり優秀ですね。ぜひ宮廷に欲しい」
「……それよりあの洞窟ってどうなったんですか?」
「立ち入り禁止にしていますが早急に調査をしましょう」
「埋め立てた方がよくないですか?」
「ええ。ですが場所が場所なので難しいんですよ。それに……」

 護栄は眉間にしわを寄せると腕を組んで考え込んだ。明らかに早期対処が必要な事態に護栄が言葉を濁すのは珍しい気がした。

「どうかしたの?」
「いえ。良い機会なので獣人保護区の責任者へ報告しましょう。そろそろ彼にあなたを会わせなければと思っていたところです」
「彼?」
「……会えば分かります。規定服に着替えなさい」
「はい」

 護栄が何を悩んだかは分からないが、そのまま足早に向ったのは吏部の執務室だった。
 薄珂も立ち入りが許可されている区画だが、仕事に関係が無いので入ったことは無かった。だが護栄が足を踏み入れた途端全員が書類を隠すように抱え込み、露骨に背を向けてくる様子は明らかに敵対しているように感じられた。

(先代皇派なのかな。何でそんな揉めるんだろ……)

 職員はじろじろと護栄を睨み、その流れで薄珂のことも睨んでくる。宮廷に骨を埋める気などない薄珂はこれといって気にはならないが、毎日こんな視線を向けられている護栄がどう思っているかは気になるところだ。
 しかし護栄は全く気にしていないようで、まっすぐ奥へと進んでいく。ぴたりと足を止めたのは一番大きな机の前だった。そこには一人の男が座っていた。護栄ほどではないがいくつもの書類が積み上げられている。

「閃里殿。お疲れ様です」

 護栄はぺこりと頭を下げた。しかし回答は無く、男はただ黙々と書類に筆を滑らせている。

「挨拶くらいして下さいよ」
「兎の糞に挨拶など必要ないだろう」
「上司が礼儀知らずでは部下の立場を悪くするだけですよ。気に食わなくても現皇太子は天藍様です」

 室内の職員が一斉に睨み付けて来た。ここまで露骨だといっそ気持ちが良い。

「それに今日は新しい部下を紹介したいだけです。薄珂。こちらが獣人保護区区長の閃里殿です。閃里殿。これは臨時職員の薄珂。響玄殿が保護者をしてる子です」
「ああ、あの……」

 閃里は興味を持ったようで、ようやく顔を上げた。薄珂は全く知らない顔だったが、目が合った途端に閃里は勢いよく立ち上がり、椅子は大きな音を立てて床に転がった。閃里は目を見開いてがたがたと口を震わせている。何か言った方が良いか迷ったが、閃里は口元を抑えて言い放った。

「透珂様……!?」
「え?」

 それは薄珂の父だという男の名前だった。
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