人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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第四章 翼衣專店

第三十五話 有翼人保護区の守護者(三)

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 慶都には警備以外にも頼んだことがあった。交通整理に必要な保護区内の地図作りだ。
 宅配には台車が多く使われるため、大都市さながらの交通整理が行われる。
 これも柳が行うのだが、大人たちは忙しすぎて手が回らない。ならば現場を知る者に頼もうとなり、現場唯一の軍所属である慶都が抜擢された。
 慶都は大きな紙を広げると、そこには細かな場所まで描き記された地図が完成していた。
 柳はそれを見ると、へえ、と感心して声をあげた。

「親の七光りじゃないんだな」
「有難うございます。ご指示の件ですが、宅配拠点候補地には赤丸を付けています」
「どれどれ」

 嫌味を真に受けず、礼儀正しく接する姿に薄珂と立珂は目をぱちくりさせた。里を裸で駆け回ってた姿からは想像もできない。柳と真剣に向き合う様子は立珂よりも年上に感じるほどだった。
 柳が慶都に確認するよう頼んだのは宅配拠点の設置場所だ。宅配は各店から家庭へ直接ではなく、店の下働きが中間地点に運び、中間地点から宅配員が配達に出る。
 この拠点をどこにするかを考えてくれということだった。

「どういう基準だ? 相当偏ってるが」
「住人の数に応じて配置しました。それと、できれば人員を増やしてほしいです」
「目的によるな。何のためだ?」
「生活補助です。環境の変化が不安だったり寂しかったりするみたいで羽がくすむ人が多いんです」
「……そうか。不便はないが恐れがあるのか」
「はい。これは下働きが気付きました。彼らも貧困で孤独な生活をしてきたから分かるようです。それで話し相手になってますけど、そのせいで配達が遅れるんです。そうなるとあれ・・を届けられなくて、待ちきれない人が拠点に押し寄せてるんです」
「それはまずいな。よし、ちょっと見に行くか」

 じつは拠点作りにはもう一つ目的があった。
 ある品物を全家庭に無料配布するが、重すぎて長時間一人で運ぶことができなかった。だから中継地点で降ろし、そこから別の人員が配達する。
 そして、これこそが服に次ぐ有翼人の生活必需品だった。

「お急ぎじゃない方はご自宅でお待ち下さーい!」

 何名もの警備員が押し寄せる有翼人の列整理にあたっている。
 彼らが列を成してでもいち早く手に入れようと望むのは――

「冷たーい! 気持ちいい!」
「最高! 氷の塊くれるとか神様なんだけど!」

 配布されているのは明恭の廃棄物こと氷だ。
 有翼人保護区には大きな氷室が設けられ、そこに明恭から届いた氷を保存する。
 これを毎日配るのだが、これが大変な人気だった。このためだけに保護区入居を求める者も多く、保護区外での配布も進められている。

「こんな貴重な物、無料でもらっていいの?」
「うん! 明恭の皇子様と皇女様が羽根のお礼にってくれたんだ。ずーっといーっぱいあるからね!」
「有難いねえ。羽根くらいいくらでも持ってっておくれ」

 麗亜は氷なんかがこんなに役に立つのか、とあんぐり口を開けていた。
 しかも羽根を寄付してくれる者も多く、中には防寒具に仕上げて来てくれる者もいた。
 一度は立珂を傷付け苦しめたことで非難を浴びた明恭だが、そんなことは皆忘れて明恭へ向けて手を合わせている。

「増員決定」
「孤児難民保護活動を推進します」

 それから、慶都の地図通りに保護区内を見て回った。
 やはり下働きは需要が多かった。中には家族として迎え入れ同居を始める家庭もあるらしい。
 伴侶契約の申請方法を訊ねられる事も多く、護栄はこれが福利厚生か、とぶつぶつ呟いていた。

「順調ですね。経過を見て拡大していきましょう」
「人材派遣と宅配は蛍宮全土でやっても良さそうですよ」
「そうですね。種族問わず利用できますから。ではこの後は川付近の視察を」
「それは俺達だけでやろう。薄珂、お前は帰れ」
「何で? まだ明るいから大丈夫だよ」
「駄目だ。ほら」

 天藍が目をやった先には、木の根元で慶都に寄っかかる立珂の姿があった。
 立珂は眠そうにこくこくと頭を揺らしている。

「あ、しまった。お昼寝の時間過ぎてた」

 薄珂は慌てて駆け寄ると、相当眠気をこらえていたようで抱っこする前に眠りに落ちてしまった。

「薄珂。志を高く持つのは良いが立珂から目を離しては本末転倒だ。まずはできる範囲で頑張れ」
「……有難う。天藍も無理しないでね」
「俺はするさ。仕事だからな」

 そう言うと、天藍は護栄たちをを連れて視察へと戻っていった。
 慶都は共に来るかと思ったが警備に戻ると言い、柳と質疑応答をし始めた。
 それを見ると申し訳ない気持ちもあったが、やはり立珂を布団で眠らせてやりたいという気持ちが勝る。

「薄珂ぁ……」
「ごめんな。帰ってお昼寝しような」
「ちょうづめぇ……」
「ああ。いっぱい食べよう」

 抱っこすると、立珂は腸詰を求めて腕の中でうごうごともがいていた。
 薄珂はぎゅっと抱きしめ二人の家に戻った。
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