人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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第四章 翼衣專店

第三十話 冬用肌着(四)

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「ちょっと待った」
「何だい」
「契約内容を確認しろ。貸せ」

 柳は麗亜から契約書を奪い取るとじっと隅から隅まで目を通していく。

(やっぱりこの人は職人じゃない。商人だ)

 恐らく麗亜は以前の護栄同様、子供だと舐めて甘く見るだろうと薄珂は思っていた。
 その流れで有利な条件にできればと思い契約書を作ってきている。
 しかし、目を通し終わった柳はにやりと笑った。

「これは製造委託契約だな。独占売買契約を別に結ばせてもらいたい」
「え? あ」

 言われて、麗亜は慌てて契約書へ目を通した。
 契約書には目的ごとに種類があるが、今日薄珂が用意したのは『明恭は肌着の製造を響玄に任せる』という内容の契約書だ。
 響玄が明恭に販売するのではなく、明恭のお願いを響玄が聞いてあげる、ということだ。
 これなら今後受けるも断るも響玄次第となり、こちらで舵を取れるようになる。
 一方柳が言ったのは『この商品は明恭にしか販売しません』という内容の契約だ。
 これを締結すると明恭以外に流通させることができなくなり、蛍宮内で需要が出ても販売することができない。それは立珂の希望が通らなくなるということでもある。
 全てを明恭に握られるわけにはいかないのだ。

(残念。見逃してくれないか)

 薄珂はにこりと笑顔を取り繕った。

「独占契約はお受けできません。ですがご提供数量については契約に条項の追加を検討します」
「具体的な枚数が確約できるのか? 有翼人の好意ありきということは君の努力ではどうにもならないだろう」
「いいえ。確実に入手する方法があるので問題ありません」
「どうやって。片っ端から立珂殿がお願いして回るとでも?」
「違います。これは響玄が既に手段を確立しています」
「何?」

 柳は慌てて響玄へ目をやると、響玄はにこりと穏やかに微笑んでいる。

「薄珂の提案は事前に確認しています。私が責任を持てる範囲のことですのでご心配なく」
「蛍宮の流通を握る響玄殿が断言なさいますか。なるほど」
「言ったでしょう。この子を単なる兄馬鹿と思ってると痛い目を見ると」
「……護栄様の欲目かと思っていました」
「私は誰も欲目では見ませんよ」

 護栄は眉一つ動かすことは無い。
 しれっと、まるでこの契約には興味が無いとでも言いたげに別の書類を見ている。
 柳は契約書を麗亜にぽいっと渡す。

「一旦この契約書はお預かりし、修正案をご用意します。締結はその後で」
「もちろんです。お待ちしております」
「では麗亜殿はこのまま輸出入の話に入らせて下さい。響玄殿。殿下を立珂殿と明恭職人の視察へお連れして下さい」
「承知致しました」

 全員頭を下げると、天藍と護栄、麗亜を残して部屋を出た。
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