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第四章 翼衣專店
第十三話 護栄の解けない謎【後編】
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「殿下と歩く時はこうしてお傍に立ちます。その時殿下に恥をかかせてはいけません。私が貧相では『皇太子はみすぼらしい従者しかいない』と悪評が立つんです」
「あ! 礼儀だ!」
「そう。『天一有翼人店』の区画はもっと格式高い服でないといけないでしょうね。着易さより見栄えです」
「でも着易くないと疲れちゃうよ」
「ですが賓客に対面するのは数時間か、長くても一日。そんな短時間は多少疲れる服で構いません」
「んにゃ……」
立珂は自らが最も大事にする『着易さ』を否定されしょんぼりとしてしまったが、すかさず薄珂がぎゅっと抱きしめた。
「次は売り場を変えてもらうってのはどうだ? 立珂がやりたい『着易いお洒落着』が必要な売り場。格式高い服は立珂が理解できてから挑戦すればいい」
「……そうだよね。まだ有翼人用の肌着を知らない人いるものね。そうだね。そうする! 次がんばる!」
「ああ。凄いな立珂は。できることがどんどん増えていく」
「薄珂が僕をしあわせにしてくれるからだよ! だから有翼人をしあわせにする服が分かるんだ!」
「俺は立珂を幸せしたいだけだよ。それを有翼人全体に広げられるのは護栄様の力だ」
「え?」
じゃれあう兄弟の幸せそうな姿を眺めていたが、突然名前が出て護栄は思わずびくっと震えた。
「私は何もしてませんよ」
「そんなことないよ。護栄様が『りっかのおみせ』をやらせてくれて、紅蘭さんを紹介してくれたから瑠璃宮に出店できた。だから有翼人も幸せになるんだ」
「そうだよね。護栄様! いっぱいいっぱい有難う!」
「……いえ、そんな」
護栄の脳裏に思い浮かんだのは、規定服の商談をした際に虚を突かれ驚いた莉雹の姿だった。
莉雹は自らの意思で規定服の改定に臨んだつもりだったが、実際は薄珂に誘導された気がすると言っていた。
しかしそれは説得されたわけではない。
『護栄様は簡単にできることじゃなくて、難しくてもやらなきゃいけない事をやる人だと思う』
薄珂のこの一言が莉雹を奮い立たせたのだという。
護栄にしてみれば、人と競う難しさを知らない無垢さゆえの戯言だ。同じことを言う者はいくらでもいるだろう。
けれど莉雹は心を動かされた。
(薄珂殿は情報を出す順番が適切だ。だから無価値なものに価値が出るし、私も常にそれを意識している)
護栄にとって勝利とはいかに正しく計算するかだ。
それは商売の売上だけじゃない。何を言えばどれだけ人の心を動かせるかを測り、時には心にもない感謝の言葉をかけたりもする。
可視化できないものはない。目に見えないものでも可視化するのが自分の武器だと護栄は信じて来た。だから十年近くも天藍の傍にいられるのだと。
(だがこの子も同じことをする。十八年森で生き文字の読み書きもままならないこの子が)
護栄には分からなかった。
感情のままに弟を溺愛して生きて来た子供が何故自分と同じことができるのか。
(私は感情のままに生きて守れたものは何もなかった。失ったものの方が多い)
感情のままに生きたいと思ったことがあったかどうかすら、護栄の記憶にはない。
護栄は薄珂と立珂の頭を撫で膝をついた。
「今日は相談があるんです」
「なあに?」
「しばらく私を『天一有翼人店』の従業員として雇ってくれませんか」
「「え!?」」
想像すらしていなかったのだろう。
薄珂は面食らっているが、ためらいもせず両手を上げて喜んでくれたのは立珂だった。
「護栄様が毎日一緒なの!? やったあ!」
「こら、立珂」
立珂は護栄に抱きつき満面の笑みで歓迎してくれた。
その笑顔は愛らしく、ついつい頭を撫でてしまう。
(愛される子だ。私はこうはなれない)
薄珂は立珂を大人しくさせようとするが、立珂はひたすら嬉しそうにしてぐりぐりと頬ずりをしてくれる。
幸せを得に描いたような笑顔に思わず笑みがこぼれた。
「営業に私の名を使って構いません。そうすれば新しい客層も手に入るでしょう」
「有難いけど、本当にいいの?」
「ええ。立珂殿も喜んでくれているようですし」
「うん! 嬉しい! 一緒に頑張ろうねえ!」
しかし薄珂はまだ困惑している。
けれど立珂が嬉しそうにはしゃいでいるのだからこれはもう決定だ。
(この子らは二人で一つ。立珂殿が愛嬌で人を惹き付け、それを有翼人保護区という形にした薄珂殿)
護栄には分からなかった。
薄珂と立珂がどう生きてきて何故評価を得たかは分かっても、それを作った偶然が必然ではないと言い切れない。
(知りたい。この子らが新境地で何考えるのか)
薄珂はまだいいのかな、本当に、と悩んでいる。
護栄は立珂を片手で抱き上げ、もう片方の手で薄珂の髪を撫でた。
「いつぞやの恩を返しますよ」
「あ! 礼儀だ!」
「そう。『天一有翼人店』の区画はもっと格式高い服でないといけないでしょうね。着易さより見栄えです」
「でも着易くないと疲れちゃうよ」
「ですが賓客に対面するのは数時間か、長くても一日。そんな短時間は多少疲れる服で構いません」
「んにゃ……」
立珂は自らが最も大事にする『着易さ』を否定されしょんぼりとしてしまったが、すかさず薄珂がぎゅっと抱きしめた。
「次は売り場を変えてもらうってのはどうだ? 立珂がやりたい『着易いお洒落着』が必要な売り場。格式高い服は立珂が理解できてから挑戦すればいい」
「……そうだよね。まだ有翼人用の肌着を知らない人いるものね。そうだね。そうする! 次がんばる!」
「ああ。凄いな立珂は。できることがどんどん増えていく」
「薄珂が僕をしあわせにしてくれるからだよ! だから有翼人をしあわせにする服が分かるんだ!」
「俺は立珂を幸せしたいだけだよ。それを有翼人全体に広げられるのは護栄様の力だ」
「え?」
じゃれあう兄弟の幸せそうな姿を眺めていたが、突然名前が出て護栄は思わずびくっと震えた。
「私は何もしてませんよ」
「そんなことないよ。護栄様が『りっかのおみせ』をやらせてくれて、紅蘭さんを紹介してくれたから瑠璃宮に出店できた。だから有翼人も幸せになるんだ」
「そうだよね。護栄様! いっぱいいっぱい有難う!」
「……いえ、そんな」
護栄の脳裏に思い浮かんだのは、規定服の商談をした際に虚を突かれ驚いた莉雹の姿だった。
莉雹は自らの意思で規定服の改定に臨んだつもりだったが、実際は薄珂に誘導された気がすると言っていた。
しかしそれは説得されたわけではない。
『護栄様は簡単にできることじゃなくて、難しくてもやらなきゃいけない事をやる人だと思う』
薄珂のこの一言が莉雹を奮い立たせたのだという。
護栄にしてみれば、人と競う難しさを知らない無垢さゆえの戯言だ。同じことを言う者はいくらでもいるだろう。
けれど莉雹は心を動かされた。
(薄珂殿は情報を出す順番が適切だ。だから無価値なものに価値が出るし、私も常にそれを意識している)
護栄にとって勝利とはいかに正しく計算するかだ。
それは商売の売上だけじゃない。何を言えばどれだけ人の心を動かせるかを測り、時には心にもない感謝の言葉をかけたりもする。
可視化できないものはない。目に見えないものでも可視化するのが自分の武器だと護栄は信じて来た。だから十年近くも天藍の傍にいられるのだと。
(だがこの子も同じことをする。十八年森で生き文字の読み書きもままならないこの子が)
護栄には分からなかった。
感情のままに弟を溺愛して生きて来た子供が何故自分と同じことができるのか。
(私は感情のままに生きて守れたものは何もなかった。失ったものの方が多い)
感情のままに生きたいと思ったことがあったかどうかすら、護栄の記憶にはない。
護栄は薄珂と立珂の頭を撫で膝をついた。
「今日は相談があるんです」
「なあに?」
「しばらく私を『天一有翼人店』の従業員として雇ってくれませんか」
「「え!?」」
想像すらしていなかったのだろう。
薄珂は面食らっているが、ためらいもせず両手を上げて喜んでくれたのは立珂だった。
「護栄様が毎日一緒なの!? やったあ!」
「こら、立珂」
立珂は護栄に抱きつき満面の笑みで歓迎してくれた。
その笑顔は愛らしく、ついつい頭を撫でてしまう。
(愛される子だ。私はこうはなれない)
薄珂は立珂を大人しくさせようとするが、立珂はひたすら嬉しそうにしてぐりぐりと頬ずりをしてくれる。
幸せを得に描いたような笑顔に思わず笑みがこぼれた。
「営業に私の名を使って構いません。そうすれば新しい客層も手に入るでしょう」
「有難いけど、本当にいいの?」
「ええ。立珂殿も喜んでくれているようですし」
「うん! 嬉しい! 一緒に頑張ろうねえ!」
しかし薄珂はまだ困惑している。
けれど立珂が嬉しそうにはしゃいでいるのだからこれはもう決定だ。
(この子らは二人で一つ。立珂殿が愛嬌で人を惹き付け、それを有翼人保護区という形にした薄珂殿)
護栄には分からなかった。
薄珂と立珂がどう生きてきて何故評価を得たかは分かっても、それを作った偶然が必然ではないと言い切れない。
(知りたい。この子らが新境地で何考えるのか)
薄珂はまだいいのかな、本当に、と悩んでいる。
護栄は立珂を片手で抱き上げ、もう片方の手で薄珂の髪を撫でた。
「いつぞやの恩を返しますよ」
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