人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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第四章 翼衣專店

第二話 劇団『迦陵頻伽』【前編】

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 薄珂と立珂は昼食を街の広場で食べることが多い。
 森育ちであまりものを知らない二人にとって蛍宮はおもちゃ箱をひっくり返したようで、見たこともない料理を食べ歩く。
 けれど立珂が真っ先に買う店は決まっている。

「くーだーさーい!」
「お! 立珂ちゃん今日はどれだい」
「まんまるふたつ!」
「はいよ! ちょっと待ってろ!」

 ここは手作り腸詰が人気の肉屋『莉玖堂』。朝市で知って以来、立珂が一番気に入っている店だ。
 腸詰の種類が豊富で、好みを言えばそれに沿った腸詰を作ってくれる。
 それは店の商品として並ぶこともあり、立珂は一緒に腸詰作りをしているようで楽しいのか、今では毎日通っている。
 莉玖堂で買った腸詰を食べながら広場へ向かった。

「今日は屋台多いな」
「麺麭屋さんいっぱい!」
「食べたことない屋台にするか? 新しいお気に入り見つかるかもしれないぞ」
「うんっ! あっち行く!」

 広場にはいつも屋台が並んでいる。日によって違うが今日はいつもより多いようだった。
 まだまだ世界の狭い薄珂と立珂にとって、色々なものと出会える場所は楽しいものだ。
 何を食べようかと見て回ると、練色の羽をした有翼人の少女がじっと見つめていた。立珂と目が合うと、小走りで駆け寄って来る。 

「その服どこの? 羽出せてお洒落なんてすごい」
「僕のおみせだよ。『りっかのおみせ』っていうの。有翼人専門店だよ」
「専門店!? そんなのあるの!? どこ!?」
「宮廷の真横だよ。南門に向かえばすぐ分かる」
「有翼人用の服いっぱいあるよ。ぜひ遊びに来てね!」
「絶対行くよ! 有難う!」

 練色の羽をした少女は勢いよく母親に飛びつくと、ぐいぐいと手を引き走り出した。
 こういう出来事は多い。服に悩む有翼人にとって立珂の服は快適な生活への光明なのだ。
 そしてこれが広場に来る理由でもあった。

「ねえ! その服何で背中にぴったりしてるの!?」
「ふふふ~。これはねえ――」

 少女が声をかけてくれたのをきっかけに、また違う少女がやって来た。
 店を教えてやると親を連れ駆けだしていく。するとまた違う少年がやって来た。

「背中楽そう! それどこの!?」

 こんな感じで、広場にいれば有翼人の方から声を掛けてくれる。
 こうすれば自然と立珂の服は広まり、口伝えで国民へ広がっていく。
 少しずつではあるが立珂の服を着る有翼人は増えていき、それは汗疹や皮膚炎から解放されている証でもあった。
 だが同時に、まだまだ苦しむ有翼人が多いということでもある。

「もっと大勢に教えてあげられたらいいんだけどな」
「ねー。僕がいっぱいいれば渡しに行けるのに」
「立珂がいっぱい……」

 これが薄珂と立珂の最大の悩みだ。なかなか知ってもらえないのだ。
 どうしても薄珂と立珂が説明してやらないと存在を知ってすらもらえない。なら歩いて回るしかないが、それも一日数時間が限度だ。
 立珂はぷんっと口を尖らせたが、薄珂の頭の中にはこの愛らしい立珂がいっぱい増えていた。
 薄珂は立珂が大好きだ。幼いころから溺愛し、今でもそれは変わらない。その立珂がいっぱいなんて――

「可愛いじゃないか!」
「きゃー!」
「立珂がいっぱいなんて幸せすぎる!」

 薄珂は立珂を抱きしめぐりぐりと頬ずりした。
 周囲の視線もはばからず薄珂と立珂は激しくじゃれ合った。周りの人々も「いつものが始まったぞ」と温かい目で見守っている。
 立珂の服が広まるのと同時に薄珂の溺愛ぶりと、それが立珂の羽が美しい理由なのだろうかと薄珂を真似る親も増えた。
 二人につられて周りにいた有翼人の家族もじゃれ始め、広場はすっかり賑やかだ。
 しかしその時、ふと何かに気付いて薄珂は首を傾げた。

「今日人多くないか?」
「そうね。有翼人がいっぱいいる」
「屋台も多いし。珍しいな」

 有翼人は迫害されたことを忘れられない者も多く、街中で見かけることはそう多くない。
 この広場も普段は人間の姿をした者がほとんどだか、どういうわけか今日は有翼人が多いようだった。
 不思議に思っていると、どこからかしゃんしゃんと涼やかな鈴の音色が聴こえてきた。
 音のする方を見ると、そこには派手な服装の一団がいた。ひときわ目を引くのは先頭を歩く有翼人の女性で、とても美しい顔立ちをしている。来ている服も鮮やかで、赤や青、見たことも無いような豪華な刺繍は異国の姫のようだ。
 陽の光できらきらと輝く生地に魅了され、立珂は声を上げて飛び跳ねた。

「すごい! あの服とってもきれい!」
「蛍宮の服とは違うな。すごい派手だ」
「近くで見たい! 薄珂行こう!」
「あ、待て!」

 立珂は一団に向かってぴゅんと走っていった。
 一団は広場中央の舞台に集まった。舞台は半円状になっていて、それを囲うように客席が弧を描いている。
 薄珂は目を輝かせる立珂と並んで最前列に腰かけると、広場にいた人達もばたばたと集まり始め客席はあっという間に満員だ。
 やってきた一団の数名が舞台横に大きな旗を立てると、そこには黒い起毛生地に黄金の刺繍で文字が書かれていた。

「迦陵頻伽?」
「なあにそれ」
「何だろう。あの、これなんですか?」
「劇団よ! 劇団『迦陵頻伽』! 演技に歌に踊り! そりゃあすごいんだから!」
「へー……」
 
 広場でくつろいでいた人々は皆大慌てで舞台に集まった。座席にあぶれた者も立ち見をしている。
 しばらくすると笛の音が鳴り響き、様々な楽器の音色が鳴り響く。その音色に乗って劇団の演者は舞うように壇上へ上がっていく。
 そして、どおん、と大きな銅鑼の音がした。
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