人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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第三章 蛍宮室家

第五十一話 大捕物の真相

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 薄珂が帰ってから立珂はしばらく泣き続けた。
 泣き疲れてようやく眠り、翌日目を覚ました時には昼を回っていた。大好きな腸詰を食べさせてやって水浴びもして、落ち着いたかと思ったがすぐ眠ってしまう。
 そのまま夜になっても眠り続け、翌日目を覚ますのは昼頃になってからだった。
 数日はその調子が続き、けれど立珂の羽は茶色いままでひと時も薄珂から離れようとはしなかった。
 けれど五日ほど経ったら服で遊ぶ元気が出てきて、計ったように美星が立珂の服をたくさん持って来てくれた。
 二人でお洒落談義をするまでに回復した頃、さらに盛り上げてくれたのが愛憐だった。麗亜に付いて来ていたらしく、これには立珂も大はしゃぎだった。
 明恭で人気の生地や装飾品をたくさん持って来てくれていて、美星と三人で着替えをしたり新しい服を考えたりして遊ぶようになった。
 前と変わらず愛憐は遠慮せず立珂の提案に駄目出しをして、時には口論になることもあり美星ははらはらとしていた。
 だがこれも立珂にとっては嬉しいことのようだった。けれど愛憐も仕事があるらしく、そう長く毎日いられるわけではないようだった。
 立珂は寂しそうにしていたけれど、その頃になると慶都も怪我が治っていた。
 学舎が終わったら遊びに来てくれて、おかげで立珂の羽は目に見えて白く輝き始めた。
 きっとみんなで都合を合わせてくれていたのだろう。
 そうして十日ほど経った頃には元の規則正しい生活に戻ることができた。
 立珂はすっかり元気になり、薄珂をひどい目に遭わせた天藍たちを怒りに行くんだと興奮し、ようやく二人は事情を聴きに宮廷へ足を踏み入れた。

「立珂。ちゃんと座って」
「や! 薄珂とぎゅーするの!」
「いい。そのままで」

 部屋に集まっているのは薄珂と立珂、天藍、護栄、玲章、慶真、そして長老と孔雀――牙燕と龍鳴だ。
 立珂は天藍達に背を向け、正面から薄珂に抱きつき離れようとしない。けれどこれには誰も何も言わずにいてくれて、薄珂は有難くそのまま立珂を抱きしめた。

「本当にすまなかった。まさかお前が狙われるとは思わなかったんだ」
「結局なんだったの?」
「三つのことが同時に発生したんだ。蛍宮の金剛一派残党狩りと明恭の黒曜一派逮捕、それと『皇太子が隠す鳥獣人』の出所調査だ」
「端的に言えば、全て分かっていたので罠にかかったふりをして一網打尽にしました。まず金剛一派の残党掃討に動いたのが牙燕様と龍鳴殿です」
「儂の取りこぼしみたいなもんだからの」
「次に有翼人売買の黒曜一派。これの発端は明恭なんですが、麗亜殿が知らせてくれたのと同時に黒曜が稜翠としてやってきました」
「じゃあ宮廷に入れたのはわざと?」
「ええ。龍鳴殿がすぐに気付いて下さいました」
「よく気付いたね。みんなは分からなかったんでしょ? 俺も一度近くで見たけど女の人だと思ったよ。亮漣とも全然違う声だったし」
「ふふ。変装の神髄を知る私の目は何人も欺けませんよ」
「……孔雀先生って本当は何してる人なの?」
「薄珂殿。世の中には知らない方が良いこともあるんですよ」
「あ、うん……」

 何故か護栄は孔雀から守るように薄珂と立珂を背に庇った。
 これまでを振り返れば、単なる医者でないことは薄珂にだってもう分かっている。
 けれど何も知らない立珂はきょとんと首を傾げて孔雀を見つめている。孔雀もにこりと微笑み返してくれて、立珂は嬉しそうににこにことした。
 真相はどうあれ今までよくしてくれて今回も助けてくれたこと、そして立珂が大切に想っているのなら薄珂は問い詰めて困らせるようなことはしないと決めた。

「龍鳴殿には間諜をしていただいたんです。黒曜に付いたと思わせ、私を根城まで連れて行く」
「よく金剛は信じたね」
「目の前で護栄様を殴ったら信じてくれました」
「血が出るまで殴らなくていいんですけどね」
「信じさせるためにはそれなりの演出が必要です」

 護栄の顔は今もまだ痣が残っている。
 周りは心配し休むように言ったそうだが、莉雹の「私は投獄されても仕事はしてましたけどね」という一言で全員黙り、護栄は普段通りに働いているらしい。

「黒曜を餌に一派全員炙り出すつもりでした。これに動いたのが殿下と私」
「これだけなら簡単だったんだ。だがここで『皇太子の隠す鳥獣人』の噂が出てきて混乱した」
「しかも麗亜殿が『黒曜が慶真殿を狙ってる』という情報も手に入れていたんです。だから『殿下の隠す鳥獣人』は慶都殿と白那殿のことだろうと思ったんです」
「ここで混乱したのは黒曜が薄珂君に接触したことです。それで狙いは薄珂君なのかとも――と迷いが出た」
「俺も。でも狙いは護栄様だったんだね」
「護栄様のお嫁さんになりたそうだった」
「薄珂殿で私を釣ろうとしたんでしょうね。稜翠は私が薄珂殿と取引していることを知っていましたから」
「これは俺たちの失態だ。狙いを『鳥獣人』に絞ってるなら鳥として役立たずの護栄が狙われるとは思わなかった」
「役立たず? 何で?」
「護栄様は鳥獣人としてご活躍なさるのは難しいんですよ」

 鳥獣人は世に噂されるほど凄い存在ではない――というのを以前慶真から聞いたことがあった。
 活躍できるのは奇襲と諜報くらいで、いざ戦闘になると爪しかないのだ。だが諜報なら護栄の本領発揮のように思えたが――

「目が悪いのだから仕方ないでしょう。上空から地上なんて見えませんよ」
「あれだけの怪我して視力あるのが奇跡だろ」
「そっか。諜報できないなら意味ないんだ。怪我って昔?」
「ええ。出会ったばかりのころ龍鳴殿にやられましてね」
「あれは護栄様が悪いじゃないですか」
「この人はまず目を潰すんです。気を付けた方がいいですよ」
「私に関わらず対獣人戦の基本ですよ」

 薄珂は天藍たちの関係についてはまだ何も聞かされていない。
 この会話を聞く限りでも相当長い付き合いで色々あったのだろうことは推察できるが、飛び交う会話が気持良いものではないので立珂の耳を塞いで我関せずを決め込んだ。 

「つまりだ。本来ならお前達がこの件に関わってくるはずはなかったんだ」
「でもうちに来たよ!」
「それが計算外でした。金剛の残党と黒曜が手を組んでいるとは思っていなかったんです」
「俺を連れてったのは金剛側の誰か?」
「いえ、黒曜側の鳥獣人です。これが最も混乱したところで、金剛一派と黒曜一派は別行動なんです。拠点と人員を共有するだけで、目的は違うし情報共有もされていない」
「俺を攫った奴は金剛から俺のことを聞いただけで親分は黒曜ってこと?」
「ええ。金剛の残党が黒曜と手を組むと考え至らなかった私達の責任です。申し訳ありません」
「いいよ。結局助けてもらったし」
「よくない! 最初に言っといてよ! 隠すから慶都まで怪我したんだ!」

 立珂は涙を浮かべながら天藍と護栄を睨みつけた。
 目の前で慶都が傷つけられたことにひどく衝撃を受けたらしく、宮廷で慶都の手当てを始めたころには立珂の羽は茶色くなっていたらしい。おそらく血のにおいのせいもあっただろう。
 立珂の言葉に天藍も護栄も謝るしかないようだったが、立珂を撫でてくれたのは慶真だった。

「立珂君。慶都は全て知っていたんですよ」
「んにゃ!?」
「有翼人が狙われているなら立珂君の護衛は必須。でもやたら厳重にしては居場所を教えるようなもの。ならば違和感なく護衛できる者を置こうということになったんです」
「じゃあ慶都がお泊りに来たのは」
「立珂君を守るためです。実力は玲章殿のお墨付きですよ」
「そうとも。俺が直々に叩き込んだからな。凄かっただろう、慶都は」
「凄かった! 凄かったよ! あっちは鷹になったけど慶都はならなかったんだ! 短刀でえいや! えいっ! がしゃーん!」
「落ち着け、立珂」

 立珂は急に笑顔で立ち上がり、短刀を持つような格好をしてぶんぶんと両手を振り回す。

「慶都のおかげで俺と麗亜殿も迅速に動けた。こちらが無傷の最速最短で一掃できたのは全て慶都の功績だ」
「これでまだ十歳とは恐れ入る。慶真殿、あいつ俺のとこにくれ」
「お断りします」

 戦いぶりがどんなだったか詳しいことは聞いていないが、玲章やその部下も慶都を絶賛していたという。
 慶真は苛立ち心配そうだが、どこか誇らしげだ。

「私たちの事情はこれだけです。次は君たちの番」

 護栄は視線を牙燕に向けた。
 ここまで一度も薄珂と立珂と目を合わさず、一言も声を出さなかった牙燕がようやく顔を上げた。

「……何から話そうか」
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