人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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第三章 蛍宮室家

第五十話 終着

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 名を呼ばれて振り向くと、走ってくるのは天藍と数名の兵だった。

「薄珂!」
「天藍!」
「よかった! 無事だな!」
「……うん」

 天藍は真っ直ぐに薄珂に飛びつきぎゅっと抱きしめてくれたが、はーあ、と護栄がわざとらしいため息を吐いた。

「私のことも心配してくれませんか」
「予定通り動いてるお前の心配なんかするだけ無駄だ」
「……え? まさか護栄様が掴まったのってわざと?」
「そうですよ。ちなみに、牙燕殿が掴まったのもわざとです」
「いい加減決着を付けねばならんからな。非力な我らは内から食い破るのが確実だ」
「そうだ! 里の、他のみんなは!?」
「慶真殿と玲章殿が向かったので大丈夫です。それより残党はどうなりました」
「問題無い。彼が片付けてくれた」
「孔雀殿の指示で金剛を含め全員捕縛。根城も明恭の軍で制圧が完了しましたよ」

 天藍は肩越しに振り向くと、そこには薄珂も覚えのある青年がいた。
 ここにいるはずのない青年の姿に薄珂は思わず声を上げて駆け寄った。

「麗亜様!? どうして麗亜様が!?」
「事の発端は明恭なんです。今回は護栄殿にご協力をお願いしたんですよ」
「この貸しは利益率を上げて頂ければ帳消しにしましょう」
「帳消しじゃなくて上乗せじゃないですかそれ……」

 あははと全員が穏やかに笑った。ここまでの出来事など些細なことのように笑っている。
 そう思った途端、へなへなと薄珂は地面に座り込んだ。

「薄珂!」
「だ、大丈夫。ちょっと疲れただけ……」

 おや、と牙燕が薄珂の額に手を当てた。皺だらけの手はとても最強と呼ばれる肉食獣人とは思えない。
 長老は里で守ってくれた時と同じ笑顔で頭を撫でてくれる。

「少し熱があるな。身体を小さく保つのは疲れるだろう」
「すごく。長老様よくこんなのできるね」
「得手不得手がある。お前は得意ではない種なんだろうな。お前の父も回復までは時間がかかっていた」
「……父さんを知ってるの?」
「それは立珂と一緒に聞かせてやろう。ほれ」

 長老は宮廷の方へ眼をやった。
 その先に見えて来たのは、涙を流しながら両手を伸ばして走ってくる立珂だった。

「薄珂! 薄珂ぁ!」
「立珂!」

 立珂はわああと声を上げて泣きながら薄珂に飛びついた。
 ぼろぼろと流れる大粒の涙で立珂の顔はぐしゃぐしゃだ。どれだけ辛い想いをさせたのかは茶色く濁ってしまった羽が全てを物語っていた。

「ごめんな。心配かけたな」
「薄珂、薄珂、薄珂」
「もう大丈夫だ。大丈夫だ」

 立珂は小さな体の全てを使って叫ぶように泣き続けた。ぎゅうっと強く抱きしめてくれる手は震えている。
 ぽんぽんと背を撫でてやると一層強く抱き着いてきて、薄珂も力いっぱい抱き返してやった。

「落ち着いたら宮廷に来てください」
「うん」

 護栄はにこりと微笑むと、部下らしき青年に指示を出し始めた。
 動じずきびきびと動く姿はまるで護栄が二人いるようだ。
 天藍もそっと薄珂の頭を撫でると、立珂を見つめてから小さく頷き宮廷へと戻って行った。

「薄珂、薄珂」
「心配かけてごめんな。もう大丈夫だからな」

 それでも立珂は泣き続けた。しがみ付いてくる両手がもう二度と離れたくないと言っている。

(……強くならなきゃ。天藍が護栄様の無事を信じて疑わないように、立珂を安心させられるくらい強く)

 護栄は戦闘技術があるわけではない。それでも絶対的な強さがある。

『勝敗を左右するのは知略。戦うだけが力じゃありませんよ』

 天藍を、蛍宮という国を守る護栄の言葉が薄珂の身体に沁み込んでいた。
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