120 / 356
第三章 蛍宮室家
第三十四話 朝市
しおりを挟む
薄珂と立珂は自宅がある南区の中央広場で開催されている朝市にやって来ていた。
屋台がいくつも並び、品ぞろえは様々だ。
「わー! すごーい!」
「今日はここでお買い物だ。朝市は専用のお金があるんだってさ」
「この紙?」
「紙幣(しへい)っていうんだ。いつものお金に混ざるといけないから立珂持っててくれるか?」
「はあい!」
紙幣を長い紐付きの財布に入れて立珂の首に掛けると、立珂は不思議そうな顔をして紙幣を見つめた。
朝市に来た目的の一つがこれだ。
立珂は一人で買い物ができない。これから先のことを考えたら理解しておく必要があるが、薄珂でさえ硬貨の種類や換金を覚えるのに時間がかかった。
『お金で買う』という概念すら無い立珂には『換金』や『釣銭』が何なのかも分からないのだ。
それを思うと朝市専用紙幣は都合が良かった。
一体何故こんな制度になっているのかは知らないが、価格は商品ごとに紙幣の枚数で決まっているので釣銭が発生しない。だから『お金を払う』という感覚に慣れることから始められるのだ。
それに何といっても朝市には立珂の大好きな――
「わあああ! 焼き腸詰がいっぱい!」
「朝市にしかないのもあるみたいだぞ」
「ねえねえ! あれすっごく細い! あっちは白いよ! あ! まんまるだ!」
「色々食べて新しいお気に入り見つけような。一本半分こしていくつか食べるか?」
「うん! 最初はまんまるのにする!」
立珂は紙幣をにぎりしめて一軒の屋台に飛びついた。
数種類の腸詰が並んでいて、立珂の目はこれまでにないほど輝いた。
「腸詰くーださい!」
「はいよ! どれにする?」
「このまんまるの! あとねあとね、どうしよっかな……」
「辛いのってある?」
「あるよ。この細いのがぴりっとくるやつだ!」
「僕からいの大好き! それも食べる!」
「まいど。二つで三枚ね」
「う?」
「腸詰二本が紙幣三枚で買えるんだって。さっきの紙を三枚渡してくれ」
「三枚。はい!」
「まいど! 南区の本店でも出してるから気に入ったら来てくれよ!」
「うん。有難う」
立珂はまるまるとした腸詰を持って、駆け足で噴水の傍にある長椅子に腰かけた。
小さな口をめいっぱい広げてかぶりつき、目をきらきらと輝かせる。
「おいひい!」
「この店は南区第四商店街にある『莉玖(りく)堂』だって」
「まんまる!」
「立珂のほっぺもまんまるだ」
「うにゅ」
栗鼠のように膨らんだ頬をぷにっと突く。立珂が必死にもぐもぐと食べる姿は薄珂を幸せにしてくれる。
実は朝市に来た目的はもう一つある。それが食の幅を広げることだ。
護栄が言っていたように、食が娯楽になれば立珂はもっと楽しく過ごせるかもしれないと思ったのだ。
だがやはり立珂が目を輝かせるのは腸詰ばかりで、もはや腸詰専門店を開いた方が良いかもしれないなどと思っていると、ふいに立珂が足を止めた。
「どうした?」
「あれ!」
立珂の視線の先にあるのは菓子の屋台だった。
大きな氷が置いてあり、その上で宝石のようなものがきらきらと輝いている。透き通った赤に水色、黄色、桃色、色とりどりの美しさに立珂は釘付けになった。
「きれい! どうしてこの宝石は氷に乗ってるの?」
「おや嬉しい。これは宝石じゃなくて水飴だよ」
「飴なの!? うわあ……とってもきれい……」
「食べてみるか?」
「うん! 食べる! これちょうだい!」
「ありがと。二個で一枚だよ。好きなの選んでおくれ」
「僕この水色! 僕は青が似合うんだよ! でも顔色悪く見えるから服は黄色を着るの!」
「じゃあ俺は黄色にする。立珂の笑顔の色だ」
立珂は財布から紙幣を一枚取り出して渡した。思いのほか早くに紙幣を使うことに慣れてくれたようだった。
受け取った水飴には持ち手となる棒のようなものが二本刺さっていて、立珂はくゆくゆと練って遊んだ。ぱくりと頬張るととても甘くて、こんなとろりとした口触りは初めてだった。
「ふしぎ! おいしいね!」
「な。飴を溶かすとこうなるのかな」
「きれいだね。いいなあ、これ」
「気に入ったか?」
「うん! きれいなのいいよね。おうちでも作れるかなあ」
「調べてみよう。作れたら侍女のみんなに持って行っても良いし」
「そうだね! うん!」
立珂は満面の笑みでぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。立珂が楽しく無理をしない速度で成長していければそれが良い。
何よりこの笑顔が見れただけで今日は来て良かった。まだきょろきょろと辺りを見回していて、視線の先にはまた別の腸詰がある。
「他に見たい屋台あるか?」
「んっとね! あっちの――」
「薄珂さん」
「え?」
幸せなひと時を邪魔するかのように、とんっと肩を叩かれた。
振り向くとそこには有翼人の女がいた。立珂ほどではないがきちんと手入れされていそうな艶やかな羽をしている。
この羽には見覚えがあった。
(天藍が連れて帰って来た……!)
やはり頭巾で隠れていてよく見えないが、それは間違いなく天藍が凱旋で連れていた女だった。
屋台がいくつも並び、品ぞろえは様々だ。
「わー! すごーい!」
「今日はここでお買い物だ。朝市は専用のお金があるんだってさ」
「この紙?」
「紙幣(しへい)っていうんだ。いつものお金に混ざるといけないから立珂持っててくれるか?」
「はあい!」
紙幣を長い紐付きの財布に入れて立珂の首に掛けると、立珂は不思議そうな顔をして紙幣を見つめた。
朝市に来た目的の一つがこれだ。
立珂は一人で買い物ができない。これから先のことを考えたら理解しておく必要があるが、薄珂でさえ硬貨の種類や換金を覚えるのに時間がかかった。
『お金で買う』という概念すら無い立珂には『換金』や『釣銭』が何なのかも分からないのだ。
それを思うと朝市専用紙幣は都合が良かった。
一体何故こんな制度になっているのかは知らないが、価格は商品ごとに紙幣の枚数で決まっているので釣銭が発生しない。だから『お金を払う』という感覚に慣れることから始められるのだ。
それに何といっても朝市には立珂の大好きな――
「わあああ! 焼き腸詰がいっぱい!」
「朝市にしかないのもあるみたいだぞ」
「ねえねえ! あれすっごく細い! あっちは白いよ! あ! まんまるだ!」
「色々食べて新しいお気に入り見つけような。一本半分こしていくつか食べるか?」
「うん! 最初はまんまるのにする!」
立珂は紙幣をにぎりしめて一軒の屋台に飛びついた。
数種類の腸詰が並んでいて、立珂の目はこれまでにないほど輝いた。
「腸詰くーださい!」
「はいよ! どれにする?」
「このまんまるの! あとねあとね、どうしよっかな……」
「辛いのってある?」
「あるよ。この細いのがぴりっとくるやつだ!」
「僕からいの大好き! それも食べる!」
「まいど。二つで三枚ね」
「う?」
「腸詰二本が紙幣三枚で買えるんだって。さっきの紙を三枚渡してくれ」
「三枚。はい!」
「まいど! 南区の本店でも出してるから気に入ったら来てくれよ!」
「うん。有難う」
立珂はまるまるとした腸詰を持って、駆け足で噴水の傍にある長椅子に腰かけた。
小さな口をめいっぱい広げてかぶりつき、目をきらきらと輝かせる。
「おいひい!」
「この店は南区第四商店街にある『莉玖(りく)堂』だって」
「まんまる!」
「立珂のほっぺもまんまるだ」
「うにゅ」
栗鼠のように膨らんだ頬をぷにっと突く。立珂が必死にもぐもぐと食べる姿は薄珂を幸せにしてくれる。
実は朝市に来た目的はもう一つある。それが食の幅を広げることだ。
護栄が言っていたように、食が娯楽になれば立珂はもっと楽しく過ごせるかもしれないと思ったのだ。
だがやはり立珂が目を輝かせるのは腸詰ばかりで、もはや腸詰専門店を開いた方が良いかもしれないなどと思っていると、ふいに立珂が足を止めた。
「どうした?」
「あれ!」
立珂の視線の先にあるのは菓子の屋台だった。
大きな氷が置いてあり、その上で宝石のようなものがきらきらと輝いている。透き通った赤に水色、黄色、桃色、色とりどりの美しさに立珂は釘付けになった。
「きれい! どうしてこの宝石は氷に乗ってるの?」
「おや嬉しい。これは宝石じゃなくて水飴だよ」
「飴なの!? うわあ……とってもきれい……」
「食べてみるか?」
「うん! 食べる! これちょうだい!」
「ありがと。二個で一枚だよ。好きなの選んでおくれ」
「僕この水色! 僕は青が似合うんだよ! でも顔色悪く見えるから服は黄色を着るの!」
「じゃあ俺は黄色にする。立珂の笑顔の色だ」
立珂は財布から紙幣を一枚取り出して渡した。思いのほか早くに紙幣を使うことに慣れてくれたようだった。
受け取った水飴には持ち手となる棒のようなものが二本刺さっていて、立珂はくゆくゆと練って遊んだ。ぱくりと頬張るととても甘くて、こんなとろりとした口触りは初めてだった。
「ふしぎ! おいしいね!」
「な。飴を溶かすとこうなるのかな」
「きれいだね。いいなあ、これ」
「気に入ったか?」
「うん! きれいなのいいよね。おうちでも作れるかなあ」
「調べてみよう。作れたら侍女のみんなに持って行っても良いし」
「そうだね! うん!」
立珂は満面の笑みでぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。立珂が楽しく無理をしない速度で成長していければそれが良い。
何よりこの笑顔が見れただけで今日は来て良かった。まだきょろきょろと辺りを見回していて、視線の先にはまた別の腸詰がある。
「他に見たい屋台あるか?」
「んっとね! あっちの――」
「薄珂さん」
「え?」
幸せなひと時を邪魔するかのように、とんっと肩を叩かれた。
振り向くとそこには有翼人の女がいた。立珂ほどではないがきちんと手入れされていそうな艶やかな羽をしている。
この羽には見覚えがあった。
(天藍が連れて帰って来た……!)
やはり頭巾で隠れていてよく見えないが、それは間違いなく天藍が凱旋で連れていた女だった。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説

【運命】に捨てられ捨てたΩ
雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。

ニケの宿
水無月
BL
危険地帯の山の中。数少ない安全エリアで宿を営む赤犬族の犬耳幼子は、吹雪の中で白い青年を拾う。それは滅んだはずの種族「人族」で。
しっかり者のわんことあまり役に立たない青年。それでも青年は幼子の孤独をゆるやかに埋めてくれた。
異なる種族同士の、共同生活。
※過激な描写は控えていますがバトルシーンがあるので、怪我をする箇所はあります。
キャラクター紹介のページに挿絵を入れてあります。
苦手な方はご注意ください。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

あの日の記憶の隅で、君は笑う。
15
BL
アキラは恋人である公彦の部屋でとある写真を見つけた。
その写真に写っていたのはーーー……俺とそっくりな人。
唐突に始まります。
身代わりの恋大好きか〜と思われるかもしれませんが、大好物です!すみません!
幸せになってくれな!

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」

金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる