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第三章 蛍宮室家
第三十三話 駆け引きの実態
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すっかり日が沈み星が瞬き始めたころ、ようやく全ての仕事が終わった。
一日が終わると護栄が書類をまとめて持っていくのだが、この時の確認で修正が出ればまた仕事だ。当然、護衛の玲章も付き合って居残りとなる。
淡々と書類を捲っていく護栄を見ていると、ふと昼に薄珂と話したことを思い出した。
「お前薄珂に余計なこと言ったろ」
「何のことです?」
「人を狂わせるようになるって妙な釘刺しただろ」
「ああ、それですか。あの子はどうも無自覚でいけない」
「混乱さすな。政治を知らない子供だぞ」
「だからです。私達はもうあの兄弟を無視することはできない。さすれば国民から非難を浴びる」
「……まあ、有翼人は全員立珂に付くだろうな」
「侍女もですよ」
「莉雹殿もだろう。あの人が他人にかしづく日がくるとはな」
「薄珂殿ならそれを率いて独立するでしょうね。響玄殿を後ろ盾に有翼人独立国家の完成です」
ああ? と一人欠伸をしていた玲章が間抜けな声を零した。
「国を落とした俺達を踏み台に国を造るか」
「明恭という最高の取引先もいますしね。麗亜殿からです」
護栄はぽいっと捨てるように封書を寄越した。それはとても手触りの良いしっとりとした紙で、高級な品だとすぐに分かる。
中に入っていたのは手紙だった。交易に関するやりとりだったが、最後の数行に天藍の指先がぴくりと揺れた。
『次は薄珂殿とゆっくりお話をしたいので、お時間を頂けないかお声掛け頂けないでしょうか』
薄珂と麗亜は数回顔を合わせているが、国の損益に繋がる話はしていなかった。
けれど、最後の最後で麗亜の心を動かし決断させたのは薄珂だった。
「彼は私を除けば今最も実力のある若手政治家。心を入れ替え国民の支持率急上昇の愛憐姫は立珂殿と友人。どうしてくれましょうかね」
「さすがのお前も無垢な心には勝てないか」
「何を勝敗の基準とするかによりますよ。まあでも……」
護栄は言葉を途中で切ると、足早に窓を開けた。
すると、そこには胸元が大きく開いた薄い服で窓下に隠れている稜翠の姿があった。
「色仕掛けしか手の残っていない貴女とは存在価値が天と地ほど違います」
稜翠はくっと悔しそうに唇を噛んで護栄を睨みつけた。
「ここは立ち入り禁止区域。本来ならば厳罰ですが大目に見ます。さっさと帰って寝なさい」
謝罪も許しを請う言葉も何もなく、稜翠は背を向け逃げ帰って行った。
「まったく。少年狂いの殿下は成人女性なんてお呼びじゃないですよ」
「俺が好きなのは薄珂だけだ!」
「頼ってくるのは私ですけどね」
「……ふん。いいんだよそれは」
護栄はそれも薄珂の戦略であるかのように言っていたが、天藍はそうとは思えない。
『そうすれば天藍は俺を気にするでしょ』
恥ずかしそうなあの微笑みの裏でそんなあくどいことを考えるような子ではない。
だが、距離を取られて必死なのは天藍だ。薄珂は変わらず立珂だけを見つめていて振り返ることなどない。
護栄のように策略を巡らせていなかったとしても、それに翻弄されていることは確かだった。
「……なあ、護栄。薄珂はお前と対等になる気があると思うか?」
護栄はきょとんとして目を丸くした。
薄珂が未熟さを理由に距離を取ったのは若いが故の意地だと思っていた。それが今や護栄の興味を引き宮廷職員を味方に付けて、けれど見つめているのは立珂だけ。
せめて護栄と対等になってくれれば天藍の手の中に届く。そして薄珂がそれをしない限り、追うのは薄珂ではなく天藍の方だ。
「あの子の恐ろしさが分かりましたか」
護栄はにやりと笑い、明日までに修正をしておけと書類の束を残して帰って行った。
一日が終わると護栄が書類をまとめて持っていくのだが、この時の確認で修正が出ればまた仕事だ。当然、護衛の玲章も付き合って居残りとなる。
淡々と書類を捲っていく護栄を見ていると、ふと昼に薄珂と話したことを思い出した。
「お前薄珂に余計なこと言ったろ」
「何のことです?」
「人を狂わせるようになるって妙な釘刺しただろ」
「ああ、それですか。あの子はどうも無自覚でいけない」
「混乱さすな。政治を知らない子供だぞ」
「だからです。私達はもうあの兄弟を無視することはできない。さすれば国民から非難を浴びる」
「……まあ、有翼人は全員立珂に付くだろうな」
「侍女もですよ」
「莉雹殿もだろう。あの人が他人にかしづく日がくるとはな」
「薄珂殿ならそれを率いて独立するでしょうね。響玄殿を後ろ盾に有翼人独立国家の完成です」
ああ? と一人欠伸をしていた玲章が間抜けな声を零した。
「国を落とした俺達を踏み台に国を造るか」
「明恭という最高の取引先もいますしね。麗亜殿からです」
護栄はぽいっと捨てるように封書を寄越した。それはとても手触りの良いしっとりとした紙で、高級な品だとすぐに分かる。
中に入っていたのは手紙だった。交易に関するやりとりだったが、最後の数行に天藍の指先がぴくりと揺れた。
『次は薄珂殿とゆっくりお話をしたいので、お時間を頂けないかお声掛け頂けないでしょうか』
薄珂と麗亜は数回顔を合わせているが、国の損益に繋がる話はしていなかった。
けれど、最後の最後で麗亜の心を動かし決断させたのは薄珂だった。
「彼は私を除けば今最も実力のある若手政治家。心を入れ替え国民の支持率急上昇の愛憐姫は立珂殿と友人。どうしてくれましょうかね」
「さすがのお前も無垢な心には勝てないか」
「何を勝敗の基準とするかによりますよ。まあでも……」
護栄は言葉を途中で切ると、足早に窓を開けた。
すると、そこには胸元が大きく開いた薄い服で窓下に隠れている稜翠の姿があった。
「色仕掛けしか手の残っていない貴女とは存在価値が天と地ほど違います」
稜翠はくっと悔しそうに唇を噛んで護栄を睨みつけた。
「ここは立ち入り禁止区域。本来ならば厳罰ですが大目に見ます。さっさと帰って寝なさい」
謝罪も許しを請う言葉も何もなく、稜翠は背を向け逃げ帰って行った。
「まったく。少年狂いの殿下は成人女性なんてお呼びじゃないですよ」
「俺が好きなのは薄珂だけだ!」
「頼ってくるのは私ですけどね」
「……ふん。いいんだよそれは」
護栄はそれも薄珂の戦略であるかのように言っていたが、天藍はそうとは思えない。
『そうすれば天藍は俺を気にするでしょ』
恥ずかしそうなあの微笑みの裏でそんなあくどいことを考えるような子ではない。
だが、距離を取られて必死なのは天藍だ。薄珂は変わらず立珂だけを見つめていて振り返ることなどない。
護栄のように策略を巡らせていなかったとしても、それに翻弄されていることは確かだった。
「……なあ、護栄。薄珂はお前と対等になる気があると思うか?」
護栄はきょとんとして目を丸くした。
薄珂が未熟さを理由に距離を取ったのは若いが故の意地だと思っていた。それが今や護栄の興味を引き宮廷職員を味方に付けて、けれど見つめているのは立珂だけ。
せめて護栄と対等になってくれれば天藍の手の中に届く。そして薄珂がそれをしない限り、追うのは薄珂ではなく天藍の方だ。
「あの子の恐ろしさが分かりましたか」
護栄はにやりと笑い、明日までに修正をしておけと書類の束を残して帰って行った。
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