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第三章 蛍宮室家
第二十五話 輝いた羽
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響玄が有翼人たちと仕事を始めた数日後、薄珂はいつも通り立珂の羽根を納品すべく護栄の元を訪れていた。
羽を納品し金額を支払ってもらうにはこうした面会が二回にまたがる。
一回目に羽根を渡し、宮廷が検品を終わらせたら支払のために二回目の面会をする。この二回目でまた羽根を納品し、また次回の約束をするという流れだ。
「では確かに。今日も美しい羽根を有難う御座います」
「役に立ててとっても嬉しいよ! それでね、今日は護栄様にお願いがあるんだ。ね、薄珂!」
「はい。護栄様にぜひこれを見て頂きたく」
「なんですこれは」
「褞袍(どてら)という東国の防寒具です。中に有翼人の羽根を詰めております」
「着てみて! すっごく温かいから!」
これが有翼人たちに頼んだ響玄の仕事だ。てっきり響玄が護栄に提案をするのだろうと思っていたが、商談を薄珂に任せてくれた。
師が手掛けた仕事を任せてもらえるというのは思っていた以上に嬉しいことで、薄珂は気合を入れて護栄に向き合った。
(これは絶対に頷いてほしいから最初は立珂に話してもらう。情けないけど今はこれが確実だ)
立珂が身を乗り出すと、きらきらとした笑顔に押されたのか護栄は無言で頷いた。
だがそれでも護栄は躊躇った。それもそうだろう。布団のように分厚い褞袍を身なりを整えて礼儀を優先する護栄が好むとは思えない。
けれど立珂は目を輝かせて護栄が袖を通すのを待っている。さすがの護栄もこれには敵わず、おそるおそる袖を通した。
すると護栄は大きく目を開き、ぽんぽんと褞袍を叩いた。
「本当だ。見た目よりもかなり温かい。これは明恭が喜ぶでしょう。価格はいくらです?」
「縫製まで完成させて十着単位で銅三枚を考えております。でいかがでしょうか」
「銅三? 安すぎませんか。立珂殿の羽根は最低銀一でしょう」
「使ってるのは立珂の羽根ではありません。生活に困る街の有翼人のものです」
生活に困る、という言葉を出した途端に護栄の眉がぴくりと揺れた。
蛍宮は有翼人の生活を保護や補助をする制度がある。そのおかげで他国から非難して来た身寄りも収入も無い有翼人も生きていける。
これは護栄が作り上げた制度で、その功績は国民からも高く評価をされたという。護栄の人気を後押しした大きな一手だったらしい。
それをこんな風に否定されては面白くないのは当然だ。
「生活に困らないよう手を尽くしていますが」
「はい。ですが満足な収入には程遠いのです。これは有翼人の生態によるものですが、実態をご存知ではありませんか」
「大枠は把握をしています。ですが細かな一つ一つは知らないこともあるでしょう」
「では詳細は立珂より莉雹様にお伝えします。この褞袍はそういった有翼人が羽根を提供してくれました。中を開けてお確かめください」
護栄は有翼人の実態について言及したいようだったが、ここでその追及をしては褞袍の商談があやふやになってしまう。
薄珂は褞袍に鋏を入れて差し出すと、護栄は褞袍の中から羽根を取り出した。
ここから出て来るのは茶色くくすんだ有翼人の羽根だ。当初はそうである予定だったが、響玄と仕事をするうちに有翼人に変化があった。
護栄が中から取り出したのは茶色くくすんだ羽根ではなく、白くふわりとした羽根だった。立珂ほどではないが、少なくとも白と言って良い色だ。
護栄は目を丸くして首を傾げた。
「綺麗じゃないですか。これなら褞袍にせずとも宮廷で買い取りますよ」
「ええ。ですが以前はこうでした」
薄珂が並べて見せたのは、店に来た日に採っておいた女性客の羽根だ。
茶色くくすみ、とても使えそうにない。護栄は茶色い羽根と褞袍の羽根を並べると、確かに大きさは同じ程度だった。羽根の形状もよく似ている。
「まさか、白くなったんですか?」
「はい。薄珂が数日でやりました」
「え? 俺?」
突如響玄にぽんっと肩を叩かれた。
想像もしていなかった展開で、薄珂は思わず首をかしげる。しかし護栄はそれに気づかず、立珂と同じように目を輝かせた。
「全然違うじゃないですか! 一体どうやって!?」
「え? いや、俺は特に何も」
「もしや立珂殿の羽が美しいのは何か特別なお手入れがあるのですか?」
「あるよ! 薄珂はいっつも大好きだよ、きれいだよって言ってくれるの!」
「それは親だって言うでしょう」
「ぎゅってして羽撫でてくれる!」
「そうではなく、もっと技術的な」
護栄が身を乗り出して問い詰めようとしてきたが、薄珂にも全く分からない。
言い出した響玄を見ると、おっと、と守るように護栄と薄珂の間に手を差し込んでくれる。
「これ以上は企業秘密です」
「先生。秘密にするようなこと何もしてないですよ」
「お前はそうかもな。だが思いもよらぬこともあるものだ」
「響玄殿はその秘密を知ったと? なんですそれは」
「企業秘密ですね。これは『情報』という商品ですから」
響玄はにこにこと微笑んでいた。
(はったりだ。先生の意図は分からないけど絶対に嘘だ。立珂の羽は最初から綺麗なんだ)
物心ついた時から立珂の羽は純白で、薄珂は本当に何もしていない。有翼人は皆そうなのだろうと思っていたくらいだ。
仮に何かあったとしても、褞袍を作ってくれた有翼人に対して特別な何かはしていない。確実にこれは嘘だ。
けれど響玄はにこにこと勝ち誇ったように笑っている。
「さて。それを踏まえてこちらの褞袍。十着単位で銅三枚」
「……十着単位で銅十三枚、在庫は常に全数買い取ります。余剰はその子達への給金としてください」
「これは有難い! 護栄様からのご温情であることしかと伝えます」
「いいえ。常日頃有翼人のことを想う殿下のお心配りです」
「なるほど。そう伝えましょう。皆殿下に感謝するに違いない」
わあい、と立珂は飛び跳ねて喜んだ。
みんな喜ぶよ、有難う、と無垢に喜ばれて護栄も形無しだ。よろしく伝えて下さいね、と頭を撫でると護栄は複雑そうな表情をして部屋を出て行った。
そして羽根を提供してくれた少女二人に報告し銀1枚ずつを手渡した。すると喜ぶ以上に驚いて、驚きすぎたのかぎゃあと悲鳴を上げた。
「こんなに!? 嘘でしょ!? 何が起きたの!?」
「常日頃有翼人のことを想う殿下のお心配りです! だって!」
「ほんとに!? いや、これちょっと……すごいぼろ儲けなんだけど……」
「これからは綺麗なのを何枚か買い取ってもらって、買い取ってもらえないのを防寒具にするといいよ。褞袍は中身見ないから」
「あ、そっかそっか。うんうん」
「けど薄珂君すごいね。まさかこんな綺麗になると思わなかったよ」
「え? 何の話?」
「羽! びっくりだよ! こんな方法で白くなるなんて思ってなかった! この方法、他の子にも教えてあげていい?」
「え? 何の?」
「もちろん、どんどん広めてくれ。立珂のようになる日も遠くはないかもしれないぞ」
薄珂は訳が分からず首をかしげたが、響玄がずいと前に出て自慢げに言った。
少女二人はきゃあと喜び立珂と一緒に飛び跳ねる。
「頑張ろっと! 薄珂君! ほんっとありがとね!」
「え? あ、う、うん」
一体何がどうしたのかさっぱり分からず、ばいばーい、と手を振って帰っていく二人を呆然と見送った。
そしてぐるんと響玄を振り向きじいっと睨みつける。
「先生。何なの?」
「お前は本当に気付いてないのか?」
「だって洗って流すだけだよ」
「そうかもな。そうそう。そういうことだ」
わはは、と響玄は笑ってわざとらしく仕事するかあ、と品整理をし始めた。
結局何が何だか分からないうちに日は暮れて、響玄から回答を得られないまま薄珂と立珂は自宅に帰った。
いつも通り夕食を食べ風呂に入り、羽根を乾かすときに注意を払ってみたが別に立珂に特別な何かが生じている様子はない。羽をいつもより長くわしゃわしゃしてみるけれど何も起きない。
立珂に聞いても何かを感じてるわけでは無いようで、もういいやと諦めて立珂を抱いて布団に入った。
羽を納品し金額を支払ってもらうにはこうした面会が二回にまたがる。
一回目に羽根を渡し、宮廷が検品を終わらせたら支払のために二回目の面会をする。この二回目でまた羽根を納品し、また次回の約束をするという流れだ。
「では確かに。今日も美しい羽根を有難う御座います」
「役に立ててとっても嬉しいよ! それでね、今日は護栄様にお願いがあるんだ。ね、薄珂!」
「はい。護栄様にぜひこれを見て頂きたく」
「なんですこれは」
「褞袍(どてら)という東国の防寒具です。中に有翼人の羽根を詰めております」
「着てみて! すっごく温かいから!」
これが有翼人たちに頼んだ響玄の仕事だ。てっきり響玄が護栄に提案をするのだろうと思っていたが、商談を薄珂に任せてくれた。
師が手掛けた仕事を任せてもらえるというのは思っていた以上に嬉しいことで、薄珂は気合を入れて護栄に向き合った。
(これは絶対に頷いてほしいから最初は立珂に話してもらう。情けないけど今はこれが確実だ)
立珂が身を乗り出すと、きらきらとした笑顔に押されたのか護栄は無言で頷いた。
だがそれでも護栄は躊躇った。それもそうだろう。布団のように分厚い褞袍を身なりを整えて礼儀を優先する護栄が好むとは思えない。
けれど立珂は目を輝かせて護栄が袖を通すのを待っている。さすがの護栄もこれには敵わず、おそるおそる袖を通した。
すると護栄は大きく目を開き、ぽんぽんと褞袍を叩いた。
「本当だ。見た目よりもかなり温かい。これは明恭が喜ぶでしょう。価格はいくらです?」
「縫製まで完成させて十着単位で銅三枚を考えております。でいかがでしょうか」
「銅三? 安すぎませんか。立珂殿の羽根は最低銀一でしょう」
「使ってるのは立珂の羽根ではありません。生活に困る街の有翼人のものです」
生活に困る、という言葉を出した途端に護栄の眉がぴくりと揺れた。
蛍宮は有翼人の生活を保護や補助をする制度がある。そのおかげで他国から非難して来た身寄りも収入も無い有翼人も生きていける。
これは護栄が作り上げた制度で、その功績は国民からも高く評価をされたという。護栄の人気を後押しした大きな一手だったらしい。
それをこんな風に否定されては面白くないのは当然だ。
「生活に困らないよう手を尽くしていますが」
「はい。ですが満足な収入には程遠いのです。これは有翼人の生態によるものですが、実態をご存知ではありませんか」
「大枠は把握をしています。ですが細かな一つ一つは知らないこともあるでしょう」
「では詳細は立珂より莉雹様にお伝えします。この褞袍はそういった有翼人が羽根を提供してくれました。中を開けてお確かめください」
護栄は有翼人の実態について言及したいようだったが、ここでその追及をしては褞袍の商談があやふやになってしまう。
薄珂は褞袍に鋏を入れて差し出すと、護栄は褞袍の中から羽根を取り出した。
ここから出て来るのは茶色くくすんだ有翼人の羽根だ。当初はそうである予定だったが、響玄と仕事をするうちに有翼人に変化があった。
護栄が中から取り出したのは茶色くくすんだ羽根ではなく、白くふわりとした羽根だった。立珂ほどではないが、少なくとも白と言って良い色だ。
護栄は目を丸くして首を傾げた。
「綺麗じゃないですか。これなら褞袍にせずとも宮廷で買い取りますよ」
「ええ。ですが以前はこうでした」
薄珂が並べて見せたのは、店に来た日に採っておいた女性客の羽根だ。
茶色くくすみ、とても使えそうにない。護栄は茶色い羽根と褞袍の羽根を並べると、確かに大きさは同じ程度だった。羽根の形状もよく似ている。
「まさか、白くなったんですか?」
「はい。薄珂が数日でやりました」
「え? 俺?」
突如響玄にぽんっと肩を叩かれた。
想像もしていなかった展開で、薄珂は思わず首をかしげる。しかし護栄はそれに気づかず、立珂と同じように目を輝かせた。
「全然違うじゃないですか! 一体どうやって!?」
「え? いや、俺は特に何も」
「もしや立珂殿の羽が美しいのは何か特別なお手入れがあるのですか?」
「あるよ! 薄珂はいっつも大好きだよ、きれいだよって言ってくれるの!」
「それは親だって言うでしょう」
「ぎゅってして羽撫でてくれる!」
「そうではなく、もっと技術的な」
護栄が身を乗り出して問い詰めようとしてきたが、薄珂にも全く分からない。
言い出した響玄を見ると、おっと、と守るように護栄と薄珂の間に手を差し込んでくれる。
「これ以上は企業秘密です」
「先生。秘密にするようなこと何もしてないですよ」
「お前はそうかもな。だが思いもよらぬこともあるものだ」
「響玄殿はその秘密を知ったと? なんですそれは」
「企業秘密ですね。これは『情報』という商品ですから」
響玄はにこにこと微笑んでいた。
(はったりだ。先生の意図は分からないけど絶対に嘘だ。立珂の羽は最初から綺麗なんだ)
物心ついた時から立珂の羽は純白で、薄珂は本当に何もしていない。有翼人は皆そうなのだろうと思っていたくらいだ。
仮に何かあったとしても、褞袍を作ってくれた有翼人に対して特別な何かはしていない。確実にこれは嘘だ。
けれど響玄はにこにこと勝ち誇ったように笑っている。
「さて。それを踏まえてこちらの褞袍。十着単位で銅三枚」
「……十着単位で銅十三枚、在庫は常に全数買い取ります。余剰はその子達への給金としてください」
「これは有難い! 護栄様からのご温情であることしかと伝えます」
「いいえ。常日頃有翼人のことを想う殿下のお心配りです」
「なるほど。そう伝えましょう。皆殿下に感謝するに違いない」
わあい、と立珂は飛び跳ねて喜んだ。
みんな喜ぶよ、有難う、と無垢に喜ばれて護栄も形無しだ。よろしく伝えて下さいね、と頭を撫でると護栄は複雑そうな表情をして部屋を出て行った。
そして羽根を提供してくれた少女二人に報告し銀1枚ずつを手渡した。すると喜ぶ以上に驚いて、驚きすぎたのかぎゃあと悲鳴を上げた。
「こんなに!? 嘘でしょ!? 何が起きたの!?」
「常日頃有翼人のことを想う殿下のお心配りです! だって!」
「ほんとに!? いや、これちょっと……すごいぼろ儲けなんだけど……」
「これからは綺麗なのを何枚か買い取ってもらって、買い取ってもらえないのを防寒具にするといいよ。褞袍は中身見ないから」
「あ、そっかそっか。うんうん」
「けど薄珂君すごいね。まさかこんな綺麗になると思わなかったよ」
「え? 何の話?」
「羽! びっくりだよ! こんな方法で白くなるなんて思ってなかった! この方法、他の子にも教えてあげていい?」
「え? 何の?」
「もちろん、どんどん広めてくれ。立珂のようになる日も遠くはないかもしれないぞ」
薄珂は訳が分からず首をかしげたが、響玄がずいと前に出て自慢げに言った。
少女二人はきゃあと喜び立珂と一緒に飛び跳ねる。
「頑張ろっと! 薄珂君! ほんっとありがとね!」
「え? あ、う、うん」
一体何がどうしたのかさっぱり分からず、ばいばーい、と手を振って帰っていく二人を呆然と見送った。
そしてぐるんと響玄を振り向きじいっと睨みつける。
「先生。何なの?」
「お前は本当に気付いてないのか?」
「だって洗って流すだけだよ」
「そうかもな。そうそう。そういうことだ」
わはは、と響玄は笑ってわざとらしく仕事するかあ、と品整理をし始めた。
結局何が何だか分からないうちに日は暮れて、響玄から回答を得られないまま薄珂と立珂は自宅に帰った。
いつも通り夕食を食べ風呂に入り、羽根を乾かすときに注意を払ってみたが別に立珂に特別な何かが生じている様子はない。羽をいつもより長くわしゃわしゃしてみるけれど何も起きない。
立珂に聞いても何かを感じてるわけでは無いようで、もういいやと諦めて立珂を抱いて布団に入った。
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