人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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第三章 蛍宮室家

第二十三話 昨日の敵は今日の友

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 護栄は怒りにも似た表情を見せ、足早に莉雹の元へとやって来た。

「莉雹殿。立珂殿には近付かないようにお願いをし」
「だめ!」
「立珂殿?」
「莉雹様にだいじなお願いしたの! 聞いて!」

 ね、と立珂が莉雹の袖を強く引いて急かすと、ついに莉雹は毅然と護栄に向き合った。

「護栄様。立珂様に有翼人の事情をご教示頂きました。宮廷の礼儀作法は有翼人の肉体構造上できぬものです」
「礼儀作法?」
「これでは試験など受かるはずもございません。全種族平等が我が国の神髄。殿下のお考えに相応しい新たな礼儀作法を設けてはいかがでしょう!」

 わあ、と立珂は嬉しそうに笑い薄珂にぎゅっとしがみ付いた。

「それを莉雹殿がなさると? できるのですか?」

 護栄が厳しいことを言うと、周囲はまたざわざわし始めた。
 護栄が駄目だといえばそれで終わりだということを誰もが知っている。けれど立珂は目を輝かせて莉雹を見つめている。
 その応援を受け、莉雹はぎらりと目を光らせ護栄ににじり寄った。

「貴方に礼儀作法と処世術、経理、外交……宮廷を動かす諸々を叩き込んだ日々をお忘れですか」
「……失言でした……」

 まるで莉雹の身体が何倍にもなったかのような威圧感に、護栄はすうっと身を引いて一歩下がった。
 その様子に周囲からは感嘆の声と、侍女からはさすが莉雹様、と黄色い声援が上がっている。

(護栄様が気おされてる。この人は本当に凄い人なんだ)

 周囲に目をやれば、女性職員は皆莉雹を見ている。
 有翼人てどういうのが楽なのかしら、と早々に議論し始める者もいる。それにつられて白衣姿の職員が、立珂様は薫衣草を好まれるのだ、と知識をこれ見よがしに披露している。
 誰もが有翼人を受け入れるべく語り始め、まるで護栄と莉雹の立場が逆転したようだった。
 そして莉雹は立珂の隣に立ち方に手を添えた。

「私たちには有翼人の未来への架け橋たる立珂様がいらっしゃいます。実現できないはずがございません!」

 架け橋と聞いて薄珂はふと思い出した。以前立珂を傷付けたことを謝罪に来てくれた時に護栄が言っていた言葉だ。それが今宮廷にも響き始めた。
 わあ、とあたりから歓声が上がった。孔雀先生に有翼人のことを聞きに行かなきゃ、医療教本なら揃っているぞ、とまだ何の決もされていないのに皆が動き始めた。
 もはや収集が付かないほどの騒ぎになったころ、笑い声と共に天藍が姿を現した。

「面白いじゃないか」

 全員が一斉に頭を下げた。それは昔から続く礼儀作法で、立珂が否定した姿だ。
 その光景を背負い、天藍は立珂の前に立った。

「莉雹! 礼儀作法並びに宮廷規定の見直しを任せる。直ちに取り掛かれ!」
「有難き幸せ。必ずや実現してまいります」
「立珂。力を貸してくれるか」
「もちろんだよ!」
「薄珂、いいか」
「立珂が決めたなら俺が口を出すことじゃないよ。頑張ろうな、立珂」
「うん!」

 立珂の行動が莉雹を動かし、皇太子が新たな方針を立てた。それは有翼人の生活を変えていくに違いない。
 立珂は手に握っていた作ったばかりの羽根飾りを莉雹に差し出した。

「これあげる!」
「これは、ですが立珂様の羽根飾りは一握りにしか許されない高貴なもの」
「僕の羽根をどうするかは僕が決めるよ。だからはい!」

 莉雹は恐る恐る手を伸ばし、立珂はその手に羽根飾りを置いた。
 仕事の成功を祈る羽根飾りを莉雹は首に掛けた。

「……有難うございます。とても美しい羽根です」
「そうでしょう! 薄珂がお手入れしてくれてるからね!」

 立珂は薄珂に頬を寄せ、薄珂はすごいね、とはしゃいでいる。
 あれほど辛い想いをさせられた相手と手を取り未来へ向けて足を踏み出した。
 立珂の力で何かが変わっていく。それは立珂が望んだことで、それを叶えるのが薄珂の幸せだ。莉雹や護栄のように、純粋に国民を思う気持ちとは全く違う。
 けれどふいに以前護栄が言った言葉が思い出された。

『己の復讐心を満たすことと立珂殿を守ることのどちらが大切なんです! 今すべきことは何ですか!』

 薄珂は立珂のことしか大切に想えない。立珂のように同族を想いそのためだけに動くことはできない。
 けれど立珂がそれ望むのなら、薄珂は何でもできるのだ。

(なら俺は――……)

 全員仕事に戻りなさい、と護栄が職員たちに声を掛けていた。
 薄珂はその姿をずっと見つめていた。
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