103 / 356
第三章 蛍宮室家
第十七話 予兆
しおりを挟む
護栄は苛立ちを押さえ、必死に笑顔を取り繕っていた。
それは今、皇太子である天藍の前に並んでいる者たちの礼儀の無さだったのせいだ。
そもそもだが、皇太子に謁見できるのは限られたごく一部だ。たとえ宮廷職員でも直接顔を合わせ語り合うようなことはまずない。ましてや勤務資格を持たない者ならなおさらだ。
だが今謁見の間で天藍の前に並んでいるのは宮廷から生活保護や支援金を受けて生活を切り盛りする国民と、玲章が無計画に拾ってきた孤児だ。
用件はもちろん薄珂が提案してきた装飾品制作と蛍石の採掘員として業務に就かせることだ。これを『高貴な仕事』とするべく、皇太子自ら全員に挨拶する場を設けたのだ。
(……莉雹殿に手を空けて頂きましょう)
ぐっとこらえて咳ばらいをし、護栄は一歩前へ出た。
「あなた方に新たな仕事を担って頂きます。これにあたり殿下よりお言葉がございます」
「蛍石を見てくれ。こは先代皇が価値を見抜けず放置した石。これの正しい価値を知らしめるべく、採掘と装飾作りをやってもらいたい」
全員手元に蛍石を持っており、おお、と目を輝かせて蛍石を撫でまわした。その顔を見れば薄珂の狙いが見事に当たっていることが分かる。
今回護栄が薄珂の提案を受けたのには理由があった。
あの商談は護栄もしてやられたと思ってはいるが、決して意表を突いた素晴らしい施策が提案されたからではない。
(あの一連は私がやろうとして後回しにしていたもの。あんな子供が私と同じことを考えているとは思わなかった)
薄珂が提案は護栄にとって『こうなったらいいのに』と思い描いていた理想そのものだった。
自分と同じ発想をできる人材が欲しいと常々思っていた護栄には衝撃だったのだ。
けれど一度だけなら偶然かもしれない。だから護栄は薄珂の真価を確認するため、あえて反撃せず敗北を甘んじて受けたのだ。
「皆には離宮を家賃不要の宿舎として開放する。食堂も無料で使えるので食事の心配はいらない」
「え!? そ、それって、宮廷で生活できるってことですか!?」
「そうだ。だが強制ではない。希望しない者は自宅から通いで良い」
その場の全員がわあ、と歓声を上げた。
それはそうだろう。生活保護や支援金で生活する者の住居は必要最低限だ。悠々自適の広さがあるわけでもないし、調度品を増やして美味しい物を毎日食べるような贅沢はできないのだ。それが宮廷で過ごせるとなれば生活が格段に向上する。嬉しくないわけがない。
全員が声をあげて喜んでいたが、天藍が話はまだだぞ、と手を叩いた。
天藍は手元の台に置いてあった物を手に取り掲げて見せた。それは白く輝く美しい、立珂の羽根を使った首飾りだった。立珂が無償でくれた羽根を首飾りにしたのだ。
目にするや否や、女性はきゃあと声を上げた。
「これはあの立珂殿の羽根飾りだ。皆のことを知った立珂殿が支援したいとこれを下さった。一人に一つを配布する」
「立珂殿手ずからの品は滅多に頂けません。それほどこの仕事は高貴なものなのですよ」
「この品に相応しい働きを期待している。皆業務に励んでくれ!」
わあ、と特に女性は目を輝かせた。受け取るといそいそと首に掛け、髪に括りつけてみたりもしている。
天藍と護栄はふうと一息つき、後は下官に任せて退室した。
執務室へ戻ると、天藍は重たい上着を放り捨てて椅子にどかっと座り込んだ。
「離宮を宿舎にするのは良かったな。無駄だった維持費に意味が出る」
「以前から考えていたんですよ。離宮を住居にできれば生活保護制度予算が削減できますが、勤労できない者に職員同等の福利厚生を与えるわけにもいかず手が止まってたんです」
「じゃあ今回のは最高の言い訳だ」
「はい。おかげで年間白金十以上の費用削減です」
「ほ~……」
白金とは一般ではほぼ扱われない硬貨だ。
金百枚で白金一枚と高額なため、宮廷のように国家規模の経営や大きな取引をする商人の間でしか使われない。
それを二十枚となると、額が高すぎていったいどれほどのものか想像するのも難しい。
「しかしまあ、薄珂はよく思いついたな」
天藍は素直に感心しているようだったが、薄珂に関してもう一つ気になっていることがあった。
(驚くべきは商才よりも人脈だ。殿下に慶真殿、孔雀殿、麗亜皇子、愛憐姫、響玄殿、そして私。これを偶然の産物で済ませて良いものか……)
護栄の聞いている限りでは、獣人の隠れ里へ辿り着いたのも天藍に出会ったのも響玄と知り合ったのも、それは全て偶然のようだった。
けれど護栄に食らいついて来たのは間違いなく薄珂の意思で、まるで立珂を守るために必要な人間を着々と集めていたように見えるのだ。
(……偶然だろう。だがこれは解放戦争を率いた頃の天藍様を思い出す。天藍様も都合の良い偶然が多かった。気付けば数多の権力者から支持を得、だから戦争も三日で執着できた。そして終わって初めて、全ての偶然は天藍様の作る渦の必然だったと分かった)
天藍が勝利できたのは護栄がいたからだと言われることは少なくない。ほぼそれだと言っても良いだろう。
けれど護栄は自分こそ天藍の手のひらで踊らされていたように思っている。
だがそれは外から見ている者には分からないのだ。けれど中にいても、気付くのは戦乱の渦が治まった後だ。
(私が今ここにいるのは偶然かそれとも――……)
護栄は再び何かの渦に巻き込まれているような気がしていた。
「おーい! 護栄! 聞いてるか!」
「え? あ、聞いてませんでした。何でしょう」
「麗亜殿から手紙が来たとか言ってたろ。あれ何だった?」
「ああ、そうそう。何でも明恭に慶真殿を狙う輩がいるそうです」
「なんだ。またか」
「一応把握はしておいた方が良いでしょうね。読みますか?」
「ああ」
内容はさしたるものではない。護栄が気になったのはそれではなかった。
(麗亜殿が動いた。薄珂殿が動いたと同時に)
ちらりと外を見ると、先程業務を指示した面々が離宮へ移動するのが見えた。
――渦がある。何かの渦が。
護栄はちりちりと胸の奥が焼けているような気がした。
それは今、皇太子である天藍の前に並んでいる者たちの礼儀の無さだったのせいだ。
そもそもだが、皇太子に謁見できるのは限られたごく一部だ。たとえ宮廷職員でも直接顔を合わせ語り合うようなことはまずない。ましてや勤務資格を持たない者ならなおさらだ。
だが今謁見の間で天藍の前に並んでいるのは宮廷から生活保護や支援金を受けて生活を切り盛りする国民と、玲章が無計画に拾ってきた孤児だ。
用件はもちろん薄珂が提案してきた装飾品制作と蛍石の採掘員として業務に就かせることだ。これを『高貴な仕事』とするべく、皇太子自ら全員に挨拶する場を設けたのだ。
(……莉雹殿に手を空けて頂きましょう)
ぐっとこらえて咳ばらいをし、護栄は一歩前へ出た。
「あなた方に新たな仕事を担って頂きます。これにあたり殿下よりお言葉がございます」
「蛍石を見てくれ。こは先代皇が価値を見抜けず放置した石。これの正しい価値を知らしめるべく、採掘と装飾作りをやってもらいたい」
全員手元に蛍石を持っており、おお、と目を輝かせて蛍石を撫でまわした。その顔を見れば薄珂の狙いが見事に当たっていることが分かる。
今回護栄が薄珂の提案を受けたのには理由があった。
あの商談は護栄もしてやられたと思ってはいるが、決して意表を突いた素晴らしい施策が提案されたからではない。
(あの一連は私がやろうとして後回しにしていたもの。あんな子供が私と同じことを考えているとは思わなかった)
薄珂が提案は護栄にとって『こうなったらいいのに』と思い描いていた理想そのものだった。
自分と同じ発想をできる人材が欲しいと常々思っていた護栄には衝撃だったのだ。
けれど一度だけなら偶然かもしれない。だから護栄は薄珂の真価を確認するため、あえて反撃せず敗北を甘んじて受けたのだ。
「皆には離宮を家賃不要の宿舎として開放する。食堂も無料で使えるので食事の心配はいらない」
「え!? そ、それって、宮廷で生活できるってことですか!?」
「そうだ。だが強制ではない。希望しない者は自宅から通いで良い」
その場の全員がわあ、と歓声を上げた。
それはそうだろう。生活保護や支援金で生活する者の住居は必要最低限だ。悠々自適の広さがあるわけでもないし、調度品を増やして美味しい物を毎日食べるような贅沢はできないのだ。それが宮廷で過ごせるとなれば生活が格段に向上する。嬉しくないわけがない。
全員が声をあげて喜んでいたが、天藍が話はまだだぞ、と手を叩いた。
天藍は手元の台に置いてあった物を手に取り掲げて見せた。それは白く輝く美しい、立珂の羽根を使った首飾りだった。立珂が無償でくれた羽根を首飾りにしたのだ。
目にするや否や、女性はきゃあと声を上げた。
「これはあの立珂殿の羽根飾りだ。皆のことを知った立珂殿が支援したいとこれを下さった。一人に一つを配布する」
「立珂殿手ずからの品は滅多に頂けません。それほどこの仕事は高貴なものなのですよ」
「この品に相応しい働きを期待している。皆業務に励んでくれ!」
わあ、と特に女性は目を輝かせた。受け取るといそいそと首に掛け、髪に括りつけてみたりもしている。
天藍と護栄はふうと一息つき、後は下官に任せて退室した。
執務室へ戻ると、天藍は重たい上着を放り捨てて椅子にどかっと座り込んだ。
「離宮を宿舎にするのは良かったな。無駄だった維持費に意味が出る」
「以前から考えていたんですよ。離宮を住居にできれば生活保護制度予算が削減できますが、勤労できない者に職員同等の福利厚生を与えるわけにもいかず手が止まってたんです」
「じゃあ今回のは最高の言い訳だ」
「はい。おかげで年間白金十以上の費用削減です」
「ほ~……」
白金とは一般ではほぼ扱われない硬貨だ。
金百枚で白金一枚と高額なため、宮廷のように国家規模の経営や大きな取引をする商人の間でしか使われない。
それを二十枚となると、額が高すぎていったいどれほどのものか想像するのも難しい。
「しかしまあ、薄珂はよく思いついたな」
天藍は素直に感心しているようだったが、薄珂に関してもう一つ気になっていることがあった。
(驚くべきは商才よりも人脈だ。殿下に慶真殿、孔雀殿、麗亜皇子、愛憐姫、響玄殿、そして私。これを偶然の産物で済ませて良いものか……)
護栄の聞いている限りでは、獣人の隠れ里へ辿り着いたのも天藍に出会ったのも響玄と知り合ったのも、それは全て偶然のようだった。
けれど護栄に食らいついて来たのは間違いなく薄珂の意思で、まるで立珂を守るために必要な人間を着々と集めていたように見えるのだ。
(……偶然だろう。だがこれは解放戦争を率いた頃の天藍様を思い出す。天藍様も都合の良い偶然が多かった。気付けば数多の権力者から支持を得、だから戦争も三日で執着できた。そして終わって初めて、全ての偶然は天藍様の作る渦の必然だったと分かった)
天藍が勝利できたのは護栄がいたからだと言われることは少なくない。ほぼそれだと言っても良いだろう。
けれど護栄は自分こそ天藍の手のひらで踊らされていたように思っている。
だがそれは外から見ている者には分からないのだ。けれど中にいても、気付くのは戦乱の渦が治まった後だ。
(私が今ここにいるのは偶然かそれとも――……)
護栄は再び何かの渦に巻き込まれているような気がしていた。
「おーい! 護栄! 聞いてるか!」
「え? あ、聞いてませんでした。何でしょう」
「麗亜殿から手紙が来たとか言ってたろ。あれ何だった?」
「ああ、そうそう。何でも明恭に慶真殿を狙う輩がいるそうです」
「なんだ。またか」
「一応把握はしておいた方が良いでしょうね。読みますか?」
「ああ」
内容はさしたるものではない。護栄が気になったのはそれではなかった。
(麗亜殿が動いた。薄珂殿が動いたと同時に)
ちらりと外を見ると、先程業務を指示した面々が離宮へ移動するのが見えた。
――渦がある。何かの渦が。
護栄はちりちりと胸の奥が焼けているような気がした。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【運命】に捨てられ捨てたΩ
雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。

ニケの宿
水無月
BL
危険地帯の山の中。数少ない安全エリアで宿を営む赤犬族の犬耳幼子は、吹雪の中で白い青年を拾う。それは滅んだはずの種族「人族」で。
しっかり者のわんことあまり役に立たない青年。それでも青年は幼子の孤独をゆるやかに埋めてくれた。
異なる種族同士の、共同生活。
※過激な描写は控えていますがバトルシーンがあるので、怪我をする箇所はあります。
キャラクター紹介のページに挿絵を入れてあります。
苦手な方はご注意ください。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

あの日の記憶の隅で、君は笑う。
15
BL
アキラは恋人である公彦の部屋でとある写真を見つけた。
その写真に写っていたのはーーー……俺とそっくりな人。
唐突に始まります。
身代わりの恋大好きか〜と思われるかもしれませんが、大好物です!すみません!
幸せになってくれな!

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる