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第三章 蛍宮室家
第七話 拭えない不安
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薄珂に衝突した少年は、そんなことはさておき一直線に孔雀へ飛びついた。
「孔雀先生! 石なら俺の店にいっぱいある! 見に来てくれよ!」
「それはちょうどいい。欲しい石があるので買いに行きましょう」
「先生が行くなら俺も!」
「ずるい! 私も行くわ!」
「ではみんなで行きましょう。響玄殿が見て下されば良い品を選べる」
「お任せを。じゃあ案内してもらえるかな」
「ああ! こっちだ!」
孔雀はにこりと微笑むと薄珂を振り返り、目線を合せるとこくんと頷いた。
そして薄珂は立珂を抱き上げ孔雀一行に加わった。それは英雄の凱旋のごとくで、進むにつれ行列が長くなっていく。
「恐ろしいものだな、英雄殿の人気は」
「ほんと。護栄様もびっくりするよ、これは」
「あそこが俺の店だ! どんなのがいるんだ!? まだ出してないやつもあるから持ってくるよ!」
「白と緑を探してるんです。ありますか?」
「もちろん! ちょっと待ってくれよ!」
少年は大慌てで天幕へ戻ると、中からわあっと何人もが天然石を持って飛び出て来た。
周辺の店も天然石を前に出し始め、孔雀があれは良い石ですよと言えばそれが完売していく。
凄まじい熱狂が広がっていくが、薄珂はその隙にと商品を見ていった。
「何か探しているのか」
「はい。あ、あった」
「……護栄様にそれ(・・)を使うのか?」
「はい。他のはおまけです」
「ほお……」
薄珂が手に取ったのは淡い緑色の天然石だった。それを数個買って腰にぶら下げていた小さな鞄にしまうと、今度は立珂がわあと声を上げた。
「きれい! これも天然石!?」
「あー、違う違う。これは硝子玉だよ」
立珂が手にしたのは透明な丸い石だった。他にも様々な色が付いている物があり、平たい物もある。
綺麗ではあるが、宝石や天然石に比べると玩具のように見えた。
「ほお。これは珍しい」
「先生でも珍しい物あるんだ」
「ここらではあまり流通してないという意味でな。これも東の品で『おはじき』というんだ。君は東から来たのかい?」
「定住してない。あちこちぐるぐるしてんだよ」
「そうか。卸はやってるかい?」
「やってるよ! 欲しい物あれば次持ってくるよ」
「薄珂。隊商に頼んで持って来てもらえば他国の品も取り扱える。こうして縁を広げるんだ」
「へえ……」
「取引なら歓迎だよ。俺は亮漣(りょうれん)。お前は?」
「薄珂」
「薄珂? って、もしかして宮廷で」
「あははは! あ、それ何!?」
薄珂の名前は立珂ほど知られていない。
立珂の名は愛憐の一件で大いに広まったが薄珂は『立珂の兄』で、天藍と仲が深いことは知られていない。だが名前が似ているので「あ!」と気付かれることがたまにあるのだ。
話題の人物である立珂には聞きにくいことも薄珂になら聞ける――と人が集中したことがあり、それ以来身元を知られるようなことは避けている。
話題を逸らすように薄珂は亮漣が手に持っているものに食いついてみせた。
「あっちの隊商で買った。宮廷に来た有翼人のお姫様が安く出してるんだ。すんごい金持ちで殿下に結婚を迫ってるんだと」
「……お金のために結婚なんてするかな」
「するさ。隊商はその前払いだろうな。珍しいもん安く並べてくれて、こんな良いお姫様ならぜひとも結婚して欲しいね!」
「ふむ。商人としては見ておきたいな」
「行くなら案内してやるよ。俺一通り見てきたから物把握してるぜ」
「お願いしようかな。薄珂、見に行こう」
響玄がとんっと肩を軽く叩いてきたが、薄珂は返事ができなかった。
もしそこに行って姫君の凄さを知り、絶対に叶わないことをしまったら――そう思うと怖かった。けれど師である響玄が行くというのなら行かないわけにもいかない。
それでも顔を上げて笑顔で行きますとは言えなくて、身体も動いてくれない。
脳が思考に支配されていると、がばっと立珂が抱き着いて来た。
「薄珂。僕きもち悪い」
「え? あ、ああ、そっか。疲れたよな」
「うん。ごめんね先生。薄珂は僕と帰るから行けないんだ。薄珂、抱っこして」
「ああ。おいで」
「ん」
薄珂は立珂を抱き上げると、ぺこりと頭を下げ逃げるように背を向けた。
とぼとぼと歩くと、立珂がぎゅっと抱きしめてくれる。
「お姫様じゃないと思うよ。だって愛憐ちゃんは隊商でお金儲けなんてしないもん」
「……確かにな」
それはかなり説得力があった。正真正銘のお姫様である愛憐は視察をする側で、見てもらう側はお姫様ではない。
「よし。今はみんなのお洒落を考えよう。立珂にやってほしいことがあるんだ」
「やるよ! なにすればいいの!?」
腕の中ではしゃぐ立珂を落とさないよう、薄珂はしっかりと抱きしめる。
(そうだ。俺は立珂の楽しいことをするんだ)
どれだけ言い聞かせても天藍の結婚が気にならなくなることはないだろう。
それでも薄珂の大切なものは今腕の中で微笑むたった一人の弟で、それが何よりも大事だ。それは嘘ではない。
薄珂は立珂を強く抱きしめ、二人の家へと走り出した。
「孔雀先生! 石なら俺の店にいっぱいある! 見に来てくれよ!」
「それはちょうどいい。欲しい石があるので買いに行きましょう」
「先生が行くなら俺も!」
「ずるい! 私も行くわ!」
「ではみんなで行きましょう。響玄殿が見て下されば良い品を選べる」
「お任せを。じゃあ案内してもらえるかな」
「ああ! こっちだ!」
孔雀はにこりと微笑むと薄珂を振り返り、目線を合せるとこくんと頷いた。
そして薄珂は立珂を抱き上げ孔雀一行に加わった。それは英雄の凱旋のごとくで、進むにつれ行列が長くなっていく。
「恐ろしいものだな、英雄殿の人気は」
「ほんと。護栄様もびっくりするよ、これは」
「あそこが俺の店だ! どんなのがいるんだ!? まだ出してないやつもあるから持ってくるよ!」
「白と緑を探してるんです。ありますか?」
「もちろん! ちょっと待ってくれよ!」
少年は大慌てで天幕へ戻ると、中からわあっと何人もが天然石を持って飛び出て来た。
周辺の店も天然石を前に出し始め、孔雀があれは良い石ですよと言えばそれが完売していく。
凄まじい熱狂が広がっていくが、薄珂はその隙にと商品を見ていった。
「何か探しているのか」
「はい。あ、あった」
「……護栄様にそれ(・・)を使うのか?」
「はい。他のはおまけです」
「ほお……」
薄珂が手に取ったのは淡い緑色の天然石だった。それを数個買って腰にぶら下げていた小さな鞄にしまうと、今度は立珂がわあと声を上げた。
「きれい! これも天然石!?」
「あー、違う違う。これは硝子玉だよ」
立珂が手にしたのは透明な丸い石だった。他にも様々な色が付いている物があり、平たい物もある。
綺麗ではあるが、宝石や天然石に比べると玩具のように見えた。
「ほお。これは珍しい」
「先生でも珍しい物あるんだ」
「ここらではあまり流通してないという意味でな。これも東の品で『おはじき』というんだ。君は東から来たのかい?」
「定住してない。あちこちぐるぐるしてんだよ」
「そうか。卸はやってるかい?」
「やってるよ! 欲しい物あれば次持ってくるよ」
「薄珂。隊商に頼んで持って来てもらえば他国の品も取り扱える。こうして縁を広げるんだ」
「へえ……」
「取引なら歓迎だよ。俺は亮漣(りょうれん)。お前は?」
「薄珂」
「薄珂? って、もしかして宮廷で」
「あははは! あ、それ何!?」
薄珂の名前は立珂ほど知られていない。
立珂の名は愛憐の一件で大いに広まったが薄珂は『立珂の兄』で、天藍と仲が深いことは知られていない。だが名前が似ているので「あ!」と気付かれることがたまにあるのだ。
話題の人物である立珂には聞きにくいことも薄珂になら聞ける――と人が集中したことがあり、それ以来身元を知られるようなことは避けている。
話題を逸らすように薄珂は亮漣が手に持っているものに食いついてみせた。
「あっちの隊商で買った。宮廷に来た有翼人のお姫様が安く出してるんだ。すんごい金持ちで殿下に結婚を迫ってるんだと」
「……お金のために結婚なんてするかな」
「するさ。隊商はその前払いだろうな。珍しいもん安く並べてくれて、こんな良いお姫様ならぜひとも結婚して欲しいね!」
「ふむ。商人としては見ておきたいな」
「行くなら案内してやるよ。俺一通り見てきたから物把握してるぜ」
「お願いしようかな。薄珂、見に行こう」
響玄がとんっと肩を軽く叩いてきたが、薄珂は返事ができなかった。
もしそこに行って姫君の凄さを知り、絶対に叶わないことをしまったら――そう思うと怖かった。けれど師である響玄が行くというのなら行かないわけにもいかない。
それでも顔を上げて笑顔で行きますとは言えなくて、身体も動いてくれない。
脳が思考に支配されていると、がばっと立珂が抱き着いて来た。
「薄珂。僕きもち悪い」
「え? あ、ああ、そっか。疲れたよな」
「うん。ごめんね先生。薄珂は僕と帰るから行けないんだ。薄珂、抱っこして」
「ああ。おいで」
「ん」
薄珂は立珂を抱き上げると、ぺこりと頭を下げ逃げるように背を向けた。
とぼとぼと歩くと、立珂がぎゅっと抱きしめてくれる。
「お姫様じゃないと思うよ。だって愛憐ちゃんは隊商でお金儲けなんてしないもん」
「……確かにな」
それはかなり説得力があった。正真正銘のお姫様である愛憐は視察をする側で、見てもらう側はお姫様ではない。
「よし。今はみんなのお洒落を考えよう。立珂にやってほしいことがあるんだ」
「やるよ! なにすればいいの!?」
腕の中ではしゃぐ立珂を落とさないよう、薄珂はしっかりと抱きしめる。
(そうだ。俺は立珂の楽しいことをするんだ)
どれだけ言い聞かせても天藍の結婚が気にならなくなることはないだろう。
それでも薄珂の大切なものは今腕の中で微笑むたった一人の弟で、それが何よりも大事だ。それは嘘ではない。
薄珂は立珂を強く抱きしめ、二人の家へと走り出した。
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