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第三章 蛍宮室家
第三話 天藍の結婚
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皇太子である天藍が遠征から帰国すると凱旋行列が行われる。
一体何のためなのか薄珂には分からなかったが、響玄が言うには皇太子としての威厳や良い結果を得られたことを国民に知らしめるためらしい。
だが国政など知ったことではない薄珂にとっては、立珂が華やかな衣装と装飾を見て喜ぶという重要な意味があった。
今回も凱旋行列の時は自分達も合わせて綺麗な服を着ようと立珂ははしゃいでいたが、薄珂の気持ちは暗雲が立ち込めていた。
『結婚だ! 殿下が奥方を連れて帰ってくる!』
響玄の店でそう叫んだ男は街では情報通として知られていた。彼の言葉通りに物を売れば必ず大当たりするという名実ともに「情報通」だ。
そんな男が天藍の結婚を報じたため、街はすっかり祝賀の雰囲気になっていた。
「早く早く! とーちゃん行っちゃう!」
「待ちなさい! 慶都!」
「あれ孔雀先生だ! せんせー!」
「これ! 慶都!」
獣人の隠れ里で出会った鷹獣人一家の一人息子、慶都は好奇心旺盛で元気な子供だ。立珂のことが大好きで、今日も慶都が誘ってくれて立珂は大喜びだった。
行列には遠征の参加者が全員並ぶ。その中には天藍の親衛隊隊長である慶都の父、慶真がいるので慶都にも一大行事だ。
さらに里で世話になっていた医師の孔雀もいる。孔雀は人間だが、獣人の敵ともいえる獣人売買犯の象獣人・金剛を仕留めたという功績を持って獣人の英雄のようになっている。そのため天藍の遠征には同行することも多い。
身近な人達の晴れ舞台に慶都も立珂も大はしゃぎで、薄珂は良く見えるように立珂を抱っこしてやった。
「薄珂! あれ!」
立珂が笑顔で指差した先にいたのは天藍だった。
里での天藍は表情豊かでひょうひょうとしていたが、皇太子の天藍はすまし顔で国民へ手を振っている。
まるで別人のようで、遠巻きに見るしかできな薄珂の胸がずきりと痛みを覚えた。
「今回も豪華な格好してるね!」
「そうだな……」
立珂は生地の地模様が格好良い、装飾が派手すぎて僕は好みじゃない、と森で暮らしていた頃からは考えられないほど詳しい議論を展開している。
けれど薄珂が目を離せないのはそれではなかった。
天藍のすぐ隣を女が歩いている。顔は頭巾で隠れていてよく見えないが、大きく美しい羽の有翼人だ。彼女に続いて多くの有翼人が列を作っている。その羽は皆美しく、有翼人を見慣れている蛍宮国民でさえため息を吐いている。
(まさか本当に結婚相手……?)
薄珂は天藍を目で追ったが、天藍は気付くことなく行ってしまった。
国民は皆あれが奥方じゃないのかとざわつき始め薄珂の心は揺れたが、立珂がくんっと手を引いてきた。
「お嫁さんじゃないと思うよ。だって羽が元気ない有翼人ばっかりだった。きっとまた孤児を拾ったとかだよ」
「立珂……」
国民は羽の美しさを褒め称えているが、薄珂と立珂にとってはそうでもなかった。
立珂に比べればいずれも褒め称えるほどではないからだ。それでも蛍宮の有翼人よりは美しいが、立珂がいる限り宮廷が囲うには見合わないだろう。
けれど少女は確かに天藍の隣にいた。今の薄珂では立てないその場所に。
「それより疲れた顔してる方が気になるな。眼にくまがあったよ」
「忙しいらしいわ。宮廷中ばたばたしてて落ち着かないったら」
「……あの子、何で天藍へ会いに来たんだろう」
「そりゃあ縁を持ちたいわよ。蛍宮は世界中から注目されてるんだから」
「そうなの? 何で?」
「全種族平等の中立国だからよ」
この世界には三つの種族がいる。人間と獣人、そして有翼人だ。
三種族は相容れず争いが絶えない。大きな戦争になる国もあり、未だに共生は難しい状況だ。
そんな中、近年少しずつ増えているのが『中立国』だ。種族分け隔てなく平等に暮らそうじゃないかという志を掲げているが、それはどっちつかずになるということでもある。もし肉食獣人国家から総攻撃を受ければ勝ち目はない。だから国家として独立することは稀だ。
「中立は誰でも思いつく理想よ。でも肉食獣人が絶対強者なのは変えようがないわ」
「前の王様は肉食獣が一番偉い! って人だったんでしょ?」
「そう。だから兎の天藍さんが勝ったのは本当に凄いことなのよ」
「蛍宮解放戦争だっけ」
「と言っても三日だけね」
「それも聞いた。護栄様のおかげなんでしょ?」
「そうよ。座して人を狂わせたって、当時は恐れられたものよ」
「護栄様は今も怖いよ」
立珂がぷうと頬を膨らませると慶都も慶都の母も笑った。
護栄は以前立珂を追い詰め心を病ませた張本人だが、今は和解しとても良くしてくれている。立珂も懐いていて、今では頼りになる強い味方だ。
「さ、そろそろ帰りましょう。急いでお食事の支度しなきゃ」
「そうだね」
一体何のためなのか薄珂には分からなかったが、響玄が言うには皇太子としての威厳や良い結果を得られたことを国民に知らしめるためらしい。
だが国政など知ったことではない薄珂にとっては、立珂が華やかな衣装と装飾を見て喜ぶという重要な意味があった。
今回も凱旋行列の時は自分達も合わせて綺麗な服を着ようと立珂ははしゃいでいたが、薄珂の気持ちは暗雲が立ち込めていた。
『結婚だ! 殿下が奥方を連れて帰ってくる!』
響玄の店でそう叫んだ男は街では情報通として知られていた。彼の言葉通りに物を売れば必ず大当たりするという名実ともに「情報通」だ。
そんな男が天藍の結婚を報じたため、街はすっかり祝賀の雰囲気になっていた。
「早く早く! とーちゃん行っちゃう!」
「待ちなさい! 慶都!」
「あれ孔雀先生だ! せんせー!」
「これ! 慶都!」
獣人の隠れ里で出会った鷹獣人一家の一人息子、慶都は好奇心旺盛で元気な子供だ。立珂のことが大好きで、今日も慶都が誘ってくれて立珂は大喜びだった。
行列には遠征の参加者が全員並ぶ。その中には天藍の親衛隊隊長である慶都の父、慶真がいるので慶都にも一大行事だ。
さらに里で世話になっていた医師の孔雀もいる。孔雀は人間だが、獣人の敵ともいえる獣人売買犯の象獣人・金剛を仕留めたという功績を持って獣人の英雄のようになっている。そのため天藍の遠征には同行することも多い。
身近な人達の晴れ舞台に慶都も立珂も大はしゃぎで、薄珂は良く見えるように立珂を抱っこしてやった。
「薄珂! あれ!」
立珂が笑顔で指差した先にいたのは天藍だった。
里での天藍は表情豊かでひょうひょうとしていたが、皇太子の天藍はすまし顔で国民へ手を振っている。
まるで別人のようで、遠巻きに見るしかできな薄珂の胸がずきりと痛みを覚えた。
「今回も豪華な格好してるね!」
「そうだな……」
立珂は生地の地模様が格好良い、装飾が派手すぎて僕は好みじゃない、と森で暮らしていた頃からは考えられないほど詳しい議論を展開している。
けれど薄珂が目を離せないのはそれではなかった。
天藍のすぐ隣を女が歩いている。顔は頭巾で隠れていてよく見えないが、大きく美しい羽の有翼人だ。彼女に続いて多くの有翼人が列を作っている。その羽は皆美しく、有翼人を見慣れている蛍宮国民でさえため息を吐いている。
(まさか本当に結婚相手……?)
薄珂は天藍を目で追ったが、天藍は気付くことなく行ってしまった。
国民は皆あれが奥方じゃないのかとざわつき始め薄珂の心は揺れたが、立珂がくんっと手を引いてきた。
「お嫁さんじゃないと思うよ。だって羽が元気ない有翼人ばっかりだった。きっとまた孤児を拾ったとかだよ」
「立珂……」
国民は羽の美しさを褒め称えているが、薄珂と立珂にとってはそうでもなかった。
立珂に比べればいずれも褒め称えるほどではないからだ。それでも蛍宮の有翼人よりは美しいが、立珂がいる限り宮廷が囲うには見合わないだろう。
けれど少女は確かに天藍の隣にいた。今の薄珂では立てないその場所に。
「それより疲れた顔してる方が気になるな。眼にくまがあったよ」
「忙しいらしいわ。宮廷中ばたばたしてて落ち着かないったら」
「……あの子、何で天藍へ会いに来たんだろう」
「そりゃあ縁を持ちたいわよ。蛍宮は世界中から注目されてるんだから」
「そうなの? 何で?」
「全種族平等の中立国だからよ」
この世界には三つの種族がいる。人間と獣人、そして有翼人だ。
三種族は相容れず争いが絶えない。大きな戦争になる国もあり、未だに共生は難しい状況だ。
そんな中、近年少しずつ増えているのが『中立国』だ。種族分け隔てなく平等に暮らそうじゃないかという志を掲げているが、それはどっちつかずになるということでもある。もし肉食獣人国家から総攻撃を受ければ勝ち目はない。だから国家として独立することは稀だ。
「中立は誰でも思いつく理想よ。でも肉食獣人が絶対強者なのは変えようがないわ」
「前の王様は肉食獣が一番偉い! って人だったんでしょ?」
「そう。だから兎の天藍さんが勝ったのは本当に凄いことなのよ」
「蛍宮解放戦争だっけ」
「と言っても三日だけね」
「それも聞いた。護栄様のおかげなんでしょ?」
「そうよ。座して人を狂わせたって、当時は恐れられたものよ」
「護栄様は今も怖いよ」
立珂がぷうと頬を膨らませると慶都も慶都の母も笑った。
護栄は以前立珂を追い詰め心を病ませた張本人だが、今は和解しとても良くしてくれている。立珂も懐いていて、今では頼りになる強い味方だ。
「さ、そろそろ帰りましょう。急いでお食事の支度しなきゃ」
「そうだね」
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