人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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第二章 蛍宮宮廷

第二十二話 仲直り【後編】

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「申し訳ございません! 皇女の無礼な振る舞いをお許しください!」
「いえ、あれは立珂が遊びたいだけなのでお気になさらず」
「姫の一件は麗亜殿と話がついています。今回はただ生誕祭をお楽しみ頂ければそれで良いですよ」
「しかし許されることではございません。立珂殿は高貴なお立場の方。傷つけ病に追い込んだ者を傍に置くなど気が気ではございません」
「ふむ。そこまで気に病まれるのであれば明恭皇として一つ助けては頂けませんか。それで国としても手打ちとしましょう」
「はい! なんなりと!」

 げ、と麗亜は心の中で父の皇王としての矜持に舌打ちをした。
 護栄がここぞとばかりに目を輝かせ前に出て来た。だがこれも弟を溺愛するあの兄に窘められたことと同じだ。
 ああ、と麗亜は笑顔の裏で諦めのため息を吐いた。

「羽根商品を拡大したいのですが、温暖な蛍宮は防寒具の知識に乏しいのです。そこで蛍宮の数名を明恭で生活させ、民に必要な物を検討したいと思っています。これにあたり宮廷の若者を陛下のお手元に置いてはいただけませんか。ご助力頂けるのであれば今後羽根を大目にご提供いたします」
「おお、それは素晴らしい!」

 何が素晴らしいんだ、と麗亜は父の羽根へ盲目さに呆れた。
 護栄がぺらぺらと軽快に話すなど、事前に用意した原稿であることは明らかだ。大体、言っている内容がぼんやりとしている。
 なぜ若者限定なのか、羽根を「大目に」とは具体的にどれくらいの数量なのか、完成した商品は優先的に提供してもらえるのかも分からない。全ての条件確認してから承諾すべきであることくらい、免罪と羽根に目が眩んでいる父親も気付くだろうと思ったが――

「では大使館を設けましょう! そこを拠点にすれば良い!」
「なんと、そこまでして下さいますか。どうだ護栄」
「有難いご提案です。これを生誕祭で宣言すれば国民にも明恭の誠意が伝わるでしょう」
「そうだな。これは良い生誕祭になりそうだ」

 大使館と聞いて麗亜は、馬鹿か、と言いたくなったがその気持ちを押さえなんとか溜め息も呑み込んだ。
 護栄の笑顔がさらに輝きを増しているのが憎らしい。

「ではごゆるりとお過ごしください。愛憐姫をお叱りにならないよう」
「離宮をご用意しています。何かあれば侍女にお申し付けください」

 こうして今まで通りに来賓として離宮に入らせてもらいなんとか落ち着いた。
 父親がわははと豪快に笑い出し、麗亜はようやくしっかりとため息を吐けた。

「なんと良い着地だ! 愛憐の愚行が好転した!」

 ここが蛍宮でなければ、何が好転だ、と叫んでいるところだ。
 麗亜しにてみれば好転などしていない。結果だけ見れば契約条件が悪くなり、そのうえ大使館なんて明恭の一角を取られたようなものだ。
 交流が深まると言えばそうだろうが、護栄が生活を知るだけで終わらせるとは思えない。けれど父親は相も変わらずわはははと笑っている。
 はあ、と麗亜はもう一度ため息を吐いて寝台にごろりと転がった。

*

 麗亜の不安など誰が汲み取ってくれるわけも無く、全員が気分上々で生誕祭が始まった。
 街では生誕祭の二日前から祭りが開かれていたらしい。
 人間も獣人も有翼人の全種族がまじりあい屋台や櫓を出し、舞台では歌と踊りで賑わっている。それは全種族平等を謳う皇太子の想いが実現しているようだった。
 生誕祭当日になると、広場の檀上に皇太子が立ち国民はその挨拶を聞いていた。その後ろに明恭の一行は控えている。

「今日は明恭国皇王陛下と第一皇子、第一皇女が祝いに駆けつけてくれた」
「明恭国皇王公吠と申します。有翼人の皆様の羽根がなくては越冬できない我らに天藍様は手厚い支援を下さった。ならば明恭は天藍様の掲げる種族平等に及ばずながら助力を申し上げたいと思っております」

 挨拶をした父は、麗亜と愛憐にも前へ出るよう促した。
 だが愛憐は震えていた。いくら立珂に許されたとはいえ、国民がどう思っているかは分からない。
 麗亜はそっと愛憐の肩を抱いてやると、ようやく一歩前へと踏み出す。

「明恭国第一皇子麗亜と申します。今後とも何卒宜しくお願い致します」
「……明恭国第一皇女愛憐と申します。先日は立珂様へ多大なるご迷惑をお掛け致しましたが、広いお心でお許しくださいました。今後は皆様の生活向上に尽くしてまいります」

 愛憐の挨拶に国民はみなざわざわしたが、それが嘘のように収まった。それは最前列に席を用意されていた立珂の声が響いたからだ。

「愛憐ちゃーん! 愛憐ちゃんは僕のお友達なんだよ! とってもお洒落なんだよ!」

 立珂は声を上げて両手を大きく振った。その声は広場に響き渡り、兄に静かにするように注意されている姿に回りから笑いが上がる。
 お友達なんだと嬉しそうに自慢している立珂の笑顔に愛憐はぐすっと涙を浮かべた。

「さらなる交流のため明恭に大使館を設置することとなった。これには護栄直々に教育をした者で使節団を作り派遣する」

 その言葉と同時に護栄が複数名の若者を引き連れて前に出て来た。全員が少年だったが特に名のある者ではないようだった。
 しかし麗亜はその顔ぶれに見覚えがあった。宮廷で下働きをしていた少年たちだ。彼らは愛憐が少年狂いの皇太子が囲っている――と思っていた少年たちだった。
 にこにこと晴れやかな顔をする護栄に麗亜はこそりと耳打ちした。

「今度も天藍殿は才ある少年を見つけてきましたか」
「ええ。勉学のみならず肉体労働もこなす、心身ともに優秀な子ばかりです」
「人を狂わす少年はいそうですか?」
「そうなってくれるといいのですが」

 麗亜はからかうつもりで言ったが、護栄がこれしきのことで表情を崩すわけもなかった。
 そうして生誕祭は終わり、蛍宮の国民も明恭の名を受け入れた。
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