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第二章 蛍宮宮廷
第二十話 上の子と下の子【後編】
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「殿下。今一度、愛憐がこの国に足を踏み入れるお許しを頂けませんでしょうか。立珂殿へ直接の謝罪をさせて頂きたい」
「それは」
「いいよ! いつ来る!?」
「立珂。天藍が話してるんだから大人しくしてなきゃ駄目だ」
「だって護栄様またいじわるするよ、絶対。性格悪いもん」
「しませんよ。では殿下の生誕祭はどうです? 来月なので少々急ですが」
「生誕祭!? 皇王のみならいざ知らず、愛憐が参列するなどとんでもない!」
「どうして? どうせなら家族みんなで遊びに来ればいいじゃない。きっと楽しいよ」
完全に外交を無視した発言に麗亜は愛想笑いをするのも忘れてしまった。
さすがにこれは皇太子が待ったをかけるだろうと慌てて振り返るが、予想に反してにこりと微笑まれた。
「招待状をお送りしましょう。護栄、手配を」
「承知致しました」
「お待ち下さい! とても許されることでは」
「あのさ、あんた妹のこと嫌いなの?」
「は?」
麗亜の言葉を遮って刺々しい言葉を放ったのは弟を抱っこしている兄だった。
弟は当然のようにその腕に収まっている。
「そうやって断り続ければ妹は死ぬかもしれない。でも有難うって言えば遊びに来れる。謝るのは大事だけど、同じくらい有難うも言えなきゃ駄目なんだよ。お兄ちゃんなら妹のために有難うくらい言いなよ」
「大変恐れながら、今ご教示くださっているのは兄としての振る舞いについてでしょうか」
「……護栄様。ごきょーじってなに?」
「教えを与えるということです」
「教え? 何言ってんの? お兄ちゃんは下の子を守ってあげるものじゃないか」
「それだけですか。外交のことはよろしいのですか」
「外交? そんな話はしてないよ。国なんてどうでもいい。弟妹は守ってやるんだ。あんたさっきから何の話してんの?」
「何の、話……?」
「う! じゃあ僕も薄珂を守るよ!」
「いいや。俺が立珂を守るんだ」
「僕だよ」
「俺だ」
それは僕の台詞だと叫んでやりたい。だが兄弟は顔を頬ずりしながらじゃれている。
麗亜の望む回答が出てこないことはもう予想がついたが、今回は少し違った。兄の方が弟の頬ずりを甘受しながら麗亜をきろりと睨んできた。
「あんたに聞きたいことあったんだ。俺と立珂は親が違うんだ。でも俺は立珂が可愛いからもっと可愛がりたい。だから同じ血の妹を持ってるあんたはもっともっと可愛がる方法を知ってるかと思ったんだ。けど、知らなそうだね」
「可愛がる方法……?」
「可愛くないの? 妹の代わりに謝りに来たってことは可愛いってことでしょ」
何をしに来たか、麗亜は答えられなかった。
ついさっき愛憐は死罪でも致し方ないと平然と言ったのに、言ってはいけない気がして唇を噛んだ。
それに気づいたのか、護栄が肩を軽く叩いてきた。
「愛憐姫の件は手打ち。契約は継続。なら今あなたが言うのは妹を悪に仕立てる言葉ではないはず――と薄珂殿は言ってるんですよ」
ちらりと薄珂を見ると、まだ弟を抱っこして頬をすり寄せている。弟は兄を信頼しきって身を任せているその姿は、いかに愛されてきたかが分かる。
だが麗亜は妹からこんな風に接してもらえたことはないし、そうしようと思ったこともなかった。
けれど、きっと信頼してくれていたのだろうとは思う。それは父親に投獄される直前、麗亜が蛍宮へ行くことになった時の言葉にあった。
『お兄様……私を見殺しになんてなさらないですよね……?』
助けてくれると思っていただろう。そう思ったのはきっと、今まで麗亜が愛憐の言うことをはいはいと言って叶え好き放題させていたからだろう。
だがそれはこの兄弟のように愛情からくるものでは無く、ただ面倒だったからだ。
けれど愛憐はたしかに麗亜を信じていた。
「妹を助けに来たんでしょ?」
まるで愛憐の想いを代弁したかのような薄珂の言葉にびくりと震えた。
この瞬間も弟は兄に頬ずりをしている。愛しいと思い思われ育って来たのだろう。
薄珂の問いに麗亜は答えられなかった。その代わり天藍と護栄に向かって土下座をする。
「有難うございます。ご招待謹んでお受けいたします」
「やったあ! 早く会いたいから早く来てね!」
皇太子が答えるよりも先に喜びの声を上げ、ぎゅうっと兄を強く抱きしめた。兄はやはり幸せそうに弟を撫でてやっている。
(無垢な子供だ。だが俺はそれ以上に子供だった)
麗亜は妹の笑顔が思い出せないことが恥ずかしかった。
「それは」
「いいよ! いつ来る!?」
「立珂。天藍が話してるんだから大人しくしてなきゃ駄目だ」
「だって護栄様またいじわるするよ、絶対。性格悪いもん」
「しませんよ。では殿下の生誕祭はどうです? 来月なので少々急ですが」
「生誕祭!? 皇王のみならいざ知らず、愛憐が参列するなどとんでもない!」
「どうして? どうせなら家族みんなで遊びに来ればいいじゃない。きっと楽しいよ」
完全に外交を無視した発言に麗亜は愛想笑いをするのも忘れてしまった。
さすがにこれは皇太子が待ったをかけるだろうと慌てて振り返るが、予想に反してにこりと微笑まれた。
「招待状をお送りしましょう。護栄、手配を」
「承知致しました」
「お待ち下さい! とても許されることでは」
「あのさ、あんた妹のこと嫌いなの?」
「は?」
麗亜の言葉を遮って刺々しい言葉を放ったのは弟を抱っこしている兄だった。
弟は当然のようにその腕に収まっている。
「そうやって断り続ければ妹は死ぬかもしれない。でも有難うって言えば遊びに来れる。謝るのは大事だけど、同じくらい有難うも言えなきゃ駄目なんだよ。お兄ちゃんなら妹のために有難うくらい言いなよ」
「大変恐れながら、今ご教示くださっているのは兄としての振る舞いについてでしょうか」
「……護栄様。ごきょーじってなに?」
「教えを与えるということです」
「教え? 何言ってんの? お兄ちゃんは下の子を守ってあげるものじゃないか」
「それだけですか。外交のことはよろしいのですか」
「外交? そんな話はしてないよ。国なんてどうでもいい。弟妹は守ってやるんだ。あんたさっきから何の話してんの?」
「何の、話……?」
「う! じゃあ僕も薄珂を守るよ!」
「いいや。俺が立珂を守るんだ」
「僕だよ」
「俺だ」
それは僕の台詞だと叫んでやりたい。だが兄弟は顔を頬ずりしながらじゃれている。
麗亜の望む回答が出てこないことはもう予想がついたが、今回は少し違った。兄の方が弟の頬ずりを甘受しながら麗亜をきろりと睨んできた。
「あんたに聞きたいことあったんだ。俺と立珂は親が違うんだ。でも俺は立珂が可愛いからもっと可愛がりたい。だから同じ血の妹を持ってるあんたはもっともっと可愛がる方法を知ってるかと思ったんだ。けど、知らなそうだね」
「可愛がる方法……?」
「可愛くないの? 妹の代わりに謝りに来たってことは可愛いってことでしょ」
何をしに来たか、麗亜は答えられなかった。
ついさっき愛憐は死罪でも致し方ないと平然と言ったのに、言ってはいけない気がして唇を噛んだ。
それに気づいたのか、護栄が肩を軽く叩いてきた。
「愛憐姫の件は手打ち。契約は継続。なら今あなたが言うのは妹を悪に仕立てる言葉ではないはず――と薄珂殿は言ってるんですよ」
ちらりと薄珂を見ると、まだ弟を抱っこして頬をすり寄せている。弟は兄を信頼しきって身を任せているその姿は、いかに愛されてきたかが分かる。
だが麗亜は妹からこんな風に接してもらえたことはないし、そうしようと思ったこともなかった。
けれど、きっと信頼してくれていたのだろうとは思う。それは父親に投獄される直前、麗亜が蛍宮へ行くことになった時の言葉にあった。
『お兄様……私を見殺しになんてなさらないですよね……?』
助けてくれると思っていただろう。そう思ったのはきっと、今まで麗亜が愛憐の言うことをはいはいと言って叶え好き放題させていたからだろう。
だがそれはこの兄弟のように愛情からくるものでは無く、ただ面倒だったからだ。
けれど愛憐はたしかに麗亜を信じていた。
「妹を助けに来たんでしょ?」
まるで愛憐の想いを代弁したかのような薄珂の言葉にびくりと震えた。
この瞬間も弟は兄に頬ずりをしている。愛しいと思い思われ育って来たのだろう。
薄珂の問いに麗亜は答えられなかった。その代わり天藍と護栄に向かって土下座をする。
「有難うございます。ご招待謹んでお受けいたします」
「やったあ! 早く会いたいから早く来てね!」
皇太子が答えるよりも先に喜びの声を上げ、ぎゅうっと兄を強く抱きしめた。兄はやはり幸せそうに弟を撫でてやっている。
(無垢な子供だ。だが俺はそれ以上に子供だった)
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