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第二章 蛍宮宮廷
第二十話 上の子と下の子【中編】
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「お怪我のことをお怒りではないのですか」
「それは僕が転んだんだよ。でも薄珂に謝ってほしい。僕が怪我して辛かったのは薄珂だよ。僕は薄珂がぎゅーしてくれてたから平気」
ねー、と弟は兄にぎゅうと抱き着いた。兄は当然のように弟を抱き返し、二人とも幸せそうに微笑み合う。
兄弟は抱きしめ合ったままちらりと目線を寄越したが、笑顔の弟とは真逆に兄は訝しげな顔をしている。
怪我の話なのか服の話なのか、麗亜の頭はまだ混乱している。けれど謝れというのなら謝っておこうと、するりと流れるように土下座をした。
「大切な弟君を傷付けたこと、誠に申し訳ございません。罪人になり下がった愚かな妹を許して頂けるとは思っておりません。ですが私にできる償いであれば何でも致しましょう」
「あんたが? 悪いと思ってないあんたが何を償えるの」
「何をおっしゃいます。立珂様への暴行は悪そのもの。その分は」
「だから、あんたが悪いと思ってるのは妹で自分は関係無いと思ってるじゃないか。そのあんたが何を償えるんだよ」
ぴくりと麗亜の指が震えた。そっと顔をあげると、兄である少年は顔を怒りで歪ませている。
「兄貴なら下の子を守って当然だ。なのにあんたは妹を悪者にするばっかりだ」
「庇えるわけが御座いません。これほど愚かなことをしたのです」
「兄貴が庇ってやらないで誰が庇うんだ。一緒に並んで謝ってやるべきじゃないか。どうして妹を守ってやらないんだ!」
麗亜は眉をひそめた。敵と言っても過言ではないであろう愛憐を庇う理由が分からなかった。
よくも立珂を傷付けたなという言葉以外はあり得ないだろう。
(何を考えているんだ。やはり護栄殿に匹敵する才覚が?)
護栄があっさりと輸出入契約の継続を許したのは布石で、本当に落としてくるのはこの少年なのだろうかと麗亜は身構えた。
弟に意味不明なことを言わせ場を荒らし、混乱したところをはめようという魂胆かもしれない。
護栄が何も言わず見守っているのが恐ろしく、麗亜はごくりと喉を鳴らし睨み合った。やられる前にやるべきか――そんなことを考えた次の瞬間、麗亜の出鼻はくじかれた。
「まあ、でも有難う。立珂嬉しいみたいだから」
「は?」
策士に違いないと警戒した相手は再び弟を抱きしめて頬ずりをし始めた。弟は相変わらず幸せそうに笑っている。
(な、なんだこれは)
麗亜の中では何一つ話が繋がらなかった。
この兄弟には罵倒されても刃を向けられても仕方が無いと思っていた。機嫌をとるためなら最悪愛憐の命も使えと言われて来た。
それなのに向けられる言葉は謝罪と感謝ばかりだ。
「あーあ。会いたかったなあ。そしたらこれお姫様に渡してくれる?」
「これは何でしょう」
「僕の羽根で作った髪飾り! 小さい羽根使ったの初めてなんだ! 小さい羽根って貴重なんだよ。知ってる?」
「仲直りのしるしに作ったんだよな」
「うん! お姫様僕の羽根飾り使ってくれてたんだ。僕ね、誰かが僕の羽根使ってくれてるとこ見たの初めてなんだ。気に入ってくれてとっても嬉しい!」
ぱあっと向日葵のように麗亜へ笑顔を向けた。
渡されたのは無垢で美しい有翼人の羽根飾りで、同じ羽根が向日葵の笑顔の向こう側で揺らめいている。
(贈り物? 何だ、何の裏があるんだ。話がめちゃくちゃだ)
魂胆が見えない。策略が読み取れない。
麗亜の身体にじわじわと不安が広がっていくが、落ち着けと言うかのように護栄がとんっと肩を叩いてきた。
「この子達に政治的駆け引きなどできませんよ」
「あ。馬鹿にしてる。護栄様すぐ僕のこと馬鹿にする」
「素直な良い子だと褒めているのです」
護栄の嘘くさい笑みにむっとして、弟は兄にきゅっと抱き着き口を尖らせた。
「僕がおかしいの?」
「おかしくない。喧嘩したら謝るんだ。ごめんなさいできる立珂は偉いぞ」
「仲直りしないと遊べないものね。僕女の子のお友達いないから楽しみだなあ」
「友? 友とは、まさか愛憐を友と?」
「う!? 友達って思ってるのもしかして僕だけ!?」
「当り前です。友などと、そんなとんでもない」
「そうだぞ。ごめんなさいしてないから友達になれるのは次会った時だ」
「んにゃっ! そうだよね! ねえ次はいつ来るの!?」
「予定は……ございません……」
「そっかぁ。あ、作ってから言うのもなんだけど、髪飾り嫌だったら使わなくていいからね」
「い、嫌なはずがありません。必ず使うよう伝えます」
「無理強いはだめだよ。女の子はお洒落にこだわるんだから」
はあ、とため息のようなぼやけた答えしかできなかった。
兄弟は二人とも楽しそうに幸せそうに笑っている。期待に満ちた表情をしながらも、その手には血に染まった服を抱きしめている。
「……立珂殿。本当に愛憐をお許し下さるのですか」
「怒ってるのは天藍と護栄様で僕じゃないよ。許してくれないの?」
「もう許しましたよ。でも被害者は立珂殿なので立珂殿にも許して頂きたいのです」
「う? そうなの? じゃあお姫様が遊びに来てくれたら許す!」
きゃははと笑い、またも兄に抱きついた。兄は宝物を守るように弟を抱きしめ撫でている。
終始ずっとこの調子で、出逢って間もない麗亜ですら二人が幸せではない姿は想像がつかない。
麗亜は妹のことを思い出してみた。だが、どんな顔で笑う娘だったか分からなかった。
「それは僕が転んだんだよ。でも薄珂に謝ってほしい。僕が怪我して辛かったのは薄珂だよ。僕は薄珂がぎゅーしてくれてたから平気」
ねー、と弟は兄にぎゅうと抱き着いた。兄は当然のように弟を抱き返し、二人とも幸せそうに微笑み合う。
兄弟は抱きしめ合ったままちらりと目線を寄越したが、笑顔の弟とは真逆に兄は訝しげな顔をしている。
怪我の話なのか服の話なのか、麗亜の頭はまだ混乱している。けれど謝れというのなら謝っておこうと、するりと流れるように土下座をした。
「大切な弟君を傷付けたこと、誠に申し訳ございません。罪人になり下がった愚かな妹を許して頂けるとは思っておりません。ですが私にできる償いであれば何でも致しましょう」
「あんたが? 悪いと思ってないあんたが何を償えるの」
「何をおっしゃいます。立珂様への暴行は悪そのもの。その分は」
「だから、あんたが悪いと思ってるのは妹で自分は関係無いと思ってるじゃないか。そのあんたが何を償えるんだよ」
ぴくりと麗亜の指が震えた。そっと顔をあげると、兄である少年は顔を怒りで歪ませている。
「兄貴なら下の子を守って当然だ。なのにあんたは妹を悪者にするばっかりだ」
「庇えるわけが御座いません。これほど愚かなことをしたのです」
「兄貴が庇ってやらないで誰が庇うんだ。一緒に並んで謝ってやるべきじゃないか。どうして妹を守ってやらないんだ!」
麗亜は眉をひそめた。敵と言っても過言ではないであろう愛憐を庇う理由が分からなかった。
よくも立珂を傷付けたなという言葉以外はあり得ないだろう。
(何を考えているんだ。やはり護栄殿に匹敵する才覚が?)
護栄があっさりと輸出入契約の継続を許したのは布石で、本当に落としてくるのはこの少年なのだろうかと麗亜は身構えた。
弟に意味不明なことを言わせ場を荒らし、混乱したところをはめようという魂胆かもしれない。
護栄が何も言わず見守っているのが恐ろしく、麗亜はごくりと喉を鳴らし睨み合った。やられる前にやるべきか――そんなことを考えた次の瞬間、麗亜の出鼻はくじかれた。
「まあ、でも有難う。立珂嬉しいみたいだから」
「は?」
策士に違いないと警戒した相手は再び弟を抱きしめて頬ずりをし始めた。弟は相変わらず幸せそうに笑っている。
(な、なんだこれは)
麗亜の中では何一つ話が繋がらなかった。
この兄弟には罵倒されても刃を向けられても仕方が無いと思っていた。機嫌をとるためなら最悪愛憐の命も使えと言われて来た。
それなのに向けられる言葉は謝罪と感謝ばかりだ。
「あーあ。会いたかったなあ。そしたらこれお姫様に渡してくれる?」
「これは何でしょう」
「僕の羽根で作った髪飾り! 小さい羽根使ったの初めてなんだ! 小さい羽根って貴重なんだよ。知ってる?」
「仲直りのしるしに作ったんだよな」
「うん! お姫様僕の羽根飾り使ってくれてたんだ。僕ね、誰かが僕の羽根使ってくれてるとこ見たの初めてなんだ。気に入ってくれてとっても嬉しい!」
ぱあっと向日葵のように麗亜へ笑顔を向けた。
渡されたのは無垢で美しい有翼人の羽根飾りで、同じ羽根が向日葵の笑顔の向こう側で揺らめいている。
(贈り物? 何だ、何の裏があるんだ。話がめちゃくちゃだ)
魂胆が見えない。策略が読み取れない。
麗亜の身体にじわじわと不安が広がっていくが、落ち着けと言うかのように護栄がとんっと肩を叩いてきた。
「この子達に政治的駆け引きなどできませんよ」
「あ。馬鹿にしてる。護栄様すぐ僕のこと馬鹿にする」
「素直な良い子だと褒めているのです」
護栄の嘘くさい笑みにむっとして、弟は兄にきゅっと抱き着き口を尖らせた。
「僕がおかしいの?」
「おかしくない。喧嘩したら謝るんだ。ごめんなさいできる立珂は偉いぞ」
「仲直りしないと遊べないものね。僕女の子のお友達いないから楽しみだなあ」
「友? 友とは、まさか愛憐を友と?」
「う!? 友達って思ってるのもしかして僕だけ!?」
「当り前です。友などと、そんなとんでもない」
「そうだぞ。ごめんなさいしてないから友達になれるのは次会った時だ」
「んにゃっ! そうだよね! ねえ次はいつ来るの!?」
「予定は……ございません……」
「そっかぁ。あ、作ってから言うのもなんだけど、髪飾り嫌だったら使わなくていいからね」
「い、嫌なはずがありません。必ず使うよう伝えます」
「無理強いはだめだよ。女の子はお洒落にこだわるんだから」
はあ、とため息のようなぼやけた答えしかできなかった。
兄弟は二人とも楽しそうに幸せそうに笑っている。期待に満ちた表情をしながらも、その手には血に染まった服を抱きしめている。
「……立珂殿。本当に愛憐をお許し下さるのですか」
「怒ってるのは天藍と護栄様で僕じゃないよ。許してくれないの?」
「もう許しましたよ。でも被害者は立珂殿なので立珂殿にも許して頂きたいのです」
「う? そうなの? じゃあお姫様が遊びに来てくれたら許す!」
きゃははと笑い、またも兄に抱きついた。兄は宝物を守るように弟を抱きしめ撫でている。
終始ずっとこの調子で、出逢って間もない麗亜ですら二人が幸せではない姿は想像がつかない。
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