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第二章 蛍宮宮廷
第十九話 翻弄される皇子【中編】
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「勝手を申しました。契約終了で今後の姿勢を改めてまいります。ですが天藍様。一つだけお願いがございます」
「何だ」
「立珂殿に怪我をさせお心を病むほどに追い詰めた愛憐の所業には公吠も死罪は禁じ得ないと申しており、私も致し方ないことと理解しております。ですがその前に私から立珂殿へ謝罪をさせて頂きたく存じます。本来ならば本人がお詫び申し上げるべきですが、もはや罪人となった愚妹を御前に立たせるわけにはまいりません。代理ではございますが、立珂殿へお声掛けすることをお許しいただけますでしょうか」
「なるほど。立珂の同情を引き赦しを得ようというところか」
「狙いがある時だけ饒舌になるのはお国柄ですか?」
麗亜はぐっと拳を握った。
こうやって時折挟んでくる嫌味に煽られて激昂し、我を忘れて護栄の手のひらで踊らされ結果馬鹿を見た者は多い。
「立珂は純真無垢で優しい子だ。同情作戦は効くだろう。だがな」
くくっと天藍が笑って立ち上がった。
(……おかしい。何故殿下自ら動かれるのか)
いつもこういう場面で仕掛けてくるのは護栄だ。皇太子自ら切り込んで来ることはないと言って良い。
それが作戦なのか実は傀儡なのかは分からないが、麗亜の経験上は無い。
それが自ら動くとなると、やはりこの兄弟には何かあったのだ。この場に参列していることをもっと疑うべきだった。
だが今更後悔してももう遅い。麗亜は土下座したままぎりっと唇を噛んだ。
そして皇太子が発した言葉は――
「んにゃっ」
「……は?」
聴こえて来たのは皇太子の言葉ではなく何かの鳴き声だった。顔を上げて良いとは言われていないが、麗亜は思わず顔を上げた。
そこには兄の肩に頭を転がして、むにゃむにゃと言葉にならない声をぽつぽつと漏らしている無邪気な弟の姿があった。
「残念ながら立珂はおねむだ」
「おねむ!?」
「麗亜殿が頭を下げた数秒後に寝ましたよ」
「数秒後!?」
「そろそろお昼寝の時間だからね、立珂は」
「お昼寝!?」
兄は起きろ、と頬を突くが弟はそれを気持ちよさそうにくふふと笑う。
「立珂。ちゃんと聞いてなきゃだめだろ」
「だってぇ……お話むずかしくて分からないもの……」
兄弟は全く話を聞いていなかった。
弟は兄に抱きかかえながらくしくしと目を擦っていて、兄は口で注意をしながらも弟の頭を撫でている。
「疲れたな。お昼寝するか?」
「うん……薫衣草のとこがいい……」
「よし。おいで」
外交の場であるまじき状況に麗亜は唖然としたが、兄は全く気にせずひょいと弟を抱っこした。
麗亜には興味が無いようで、くるりと背を向け出口へと向かって歩き出す。
(何だと!? 聞いていないのなら何でもいいから許すと言ってくれ!)
対護栄の心づもりはしていたが、まさか抱っこでお昼寝などという言葉が出て来るとは予想もしていなかった。
同席は都合が良いと思っていたが、こんな掻き回され方は経験が無くどうしたら良いかも分からない。抱っこされた立珂と目が合うとふにゃりと愛らしい笑顔を見せてくれた。
「お話おわったら呼んでね……僕お姫様のお兄ちゃんに聞きたいことあるの……」
「私に! ええ! ぜひ! 今おうかいいたします!」
「立珂眠いからそっち先でいいよ。護栄様、終わったら呼んで」
「分かりました」
「薄珂。お前はそれでいいのか」
「立珂がいいならいい」
「そうか。分かった」
麗亜以外はこの事態を理解しているようでとんとんと話しが進んでいく。
薄珂に抱っこされた立珂は、またねぇ、と手を振って去り際にはことんと眠りに落ちた。
(なん、だ、あれは……! どういうことだ!)
普通であれば馬鹿にするなと怒っていい場面だろう。しかし全てにおいて強く出られない麗亜はそれすらもできない。
喜怒哀楽どの感情を優先すべきか分からず呆然としていると、天藍が面白そうにくくくと笑った。
「立珂殿は歩けなかったせいで体力が無いんです」
「歩けなかった?」
「ええ。羽の間引き方を知らなかったので大きく育ってしまったんですよ」
「間引く、とは?」
「羽は髪のように伸びるんです。なので間引く必要があり、私達はそれを買い取ってるんです」
「……そうでしたか。では愛憐はとんでもない失礼を申し上げたのですね」
有翼人の生態というのはあまり知られていない。知るどころか迫害してきたからだ。
麗亜も蛍宮との外交に立ち初めて知ったことが多く、当然ながら外交など知らない愛憐は気にした事も無いだろう。いや、麗亜も有翼人の日常を気にしたことはなかった。いかに安く仕入れるかしか考えてこなかったし、羽で苦しむ実状を知りもしなかった。
「さて、じゃあ輸出入契約の件ですが」
この流れでいきなり本題に入る図太さには恐れ入る。
麗亜はまだ感情が追いついてこないが、いつものように穏やかで上品な皇子の顔を作った。
予想外の出来事で出ばなをくじかれたが、どんな質疑応答でも対応できるようあらゆる想定をしてきた。さあ来いと麗亜は戦闘態勢に入った。
だが皇太子から出た言葉はまたも麗亜の予想を裏切った。
「薄珂がいいなら俺ももういい。護栄任せた」
「承知致しました」
「殿下! お待ち下さい! 今しばらくお時間を」
「護栄がうかがいますよ。玲章、お前は薄珂と立珂に加密列茶を用意してやれ」
「承知しました」
それだけ言うと、ばたん、と扉を閉じて出て行った。
(……は? 薄珂がいいならいい? まさか本当に色惚けか?)
伸ばした手は行き場を失い、麗亜は護栄と二人きり残された。
「麗亜殿も加密列茶いかがです? 落ち着きますよ」
「……は?」
「気持ちは分かりますが、とりあえず加密列茶をどうぞ」
「は、はあ……」
「何だ」
「立珂殿に怪我をさせお心を病むほどに追い詰めた愛憐の所業には公吠も死罪は禁じ得ないと申しており、私も致し方ないことと理解しております。ですがその前に私から立珂殿へ謝罪をさせて頂きたく存じます。本来ならば本人がお詫び申し上げるべきですが、もはや罪人となった愚妹を御前に立たせるわけにはまいりません。代理ではございますが、立珂殿へお声掛けすることをお許しいただけますでしょうか」
「なるほど。立珂の同情を引き赦しを得ようというところか」
「狙いがある時だけ饒舌になるのはお国柄ですか?」
麗亜はぐっと拳を握った。
こうやって時折挟んでくる嫌味に煽られて激昂し、我を忘れて護栄の手のひらで踊らされ結果馬鹿を見た者は多い。
「立珂は純真無垢で優しい子だ。同情作戦は効くだろう。だがな」
くくっと天藍が笑って立ち上がった。
(……おかしい。何故殿下自ら動かれるのか)
いつもこういう場面で仕掛けてくるのは護栄だ。皇太子自ら切り込んで来ることはないと言って良い。
それが作戦なのか実は傀儡なのかは分からないが、麗亜の経験上は無い。
それが自ら動くとなると、やはりこの兄弟には何かあったのだ。この場に参列していることをもっと疑うべきだった。
だが今更後悔してももう遅い。麗亜は土下座したままぎりっと唇を噛んだ。
そして皇太子が発した言葉は――
「んにゃっ」
「……は?」
聴こえて来たのは皇太子の言葉ではなく何かの鳴き声だった。顔を上げて良いとは言われていないが、麗亜は思わず顔を上げた。
そこには兄の肩に頭を転がして、むにゃむにゃと言葉にならない声をぽつぽつと漏らしている無邪気な弟の姿があった。
「残念ながら立珂はおねむだ」
「おねむ!?」
「麗亜殿が頭を下げた数秒後に寝ましたよ」
「数秒後!?」
「そろそろお昼寝の時間だからね、立珂は」
「お昼寝!?」
兄は起きろ、と頬を突くが弟はそれを気持ちよさそうにくふふと笑う。
「立珂。ちゃんと聞いてなきゃだめだろ」
「だってぇ……お話むずかしくて分からないもの……」
兄弟は全く話を聞いていなかった。
弟は兄に抱きかかえながらくしくしと目を擦っていて、兄は口で注意をしながらも弟の頭を撫でている。
「疲れたな。お昼寝するか?」
「うん……薫衣草のとこがいい……」
「よし。おいで」
外交の場であるまじき状況に麗亜は唖然としたが、兄は全く気にせずひょいと弟を抱っこした。
麗亜には興味が無いようで、くるりと背を向け出口へと向かって歩き出す。
(何だと!? 聞いていないのなら何でもいいから許すと言ってくれ!)
対護栄の心づもりはしていたが、まさか抱っこでお昼寝などという言葉が出て来るとは予想もしていなかった。
同席は都合が良いと思っていたが、こんな掻き回され方は経験が無くどうしたら良いかも分からない。抱っこされた立珂と目が合うとふにゃりと愛らしい笑顔を見せてくれた。
「お話おわったら呼んでね……僕お姫様のお兄ちゃんに聞きたいことあるの……」
「私に! ええ! ぜひ! 今おうかいいたします!」
「立珂眠いからそっち先でいいよ。護栄様、終わったら呼んで」
「分かりました」
「薄珂。お前はそれでいいのか」
「立珂がいいならいい」
「そうか。分かった」
麗亜以外はこの事態を理解しているようでとんとんと話しが進んでいく。
薄珂に抱っこされた立珂は、またねぇ、と手を振って去り際にはことんと眠りに落ちた。
(なん、だ、あれは……! どういうことだ!)
普通であれば馬鹿にするなと怒っていい場面だろう。しかし全てにおいて強く出られない麗亜はそれすらもできない。
喜怒哀楽どの感情を優先すべきか分からず呆然としていると、天藍が面白そうにくくくと笑った。
「立珂殿は歩けなかったせいで体力が無いんです」
「歩けなかった?」
「ええ。羽の間引き方を知らなかったので大きく育ってしまったんですよ」
「間引く、とは?」
「羽は髪のように伸びるんです。なので間引く必要があり、私達はそれを買い取ってるんです」
「……そうでしたか。では愛憐はとんでもない失礼を申し上げたのですね」
有翼人の生態というのはあまり知られていない。知るどころか迫害してきたからだ。
麗亜も蛍宮との外交に立ち初めて知ったことが多く、当然ながら外交など知らない愛憐は気にした事も無いだろう。いや、麗亜も有翼人の日常を気にしたことはなかった。いかに安く仕入れるかしか考えてこなかったし、羽で苦しむ実状を知りもしなかった。
「さて、じゃあ輸出入契約の件ですが」
この流れでいきなり本題に入る図太さには恐れ入る。
麗亜はまだ感情が追いついてこないが、いつものように穏やかで上品な皇子の顔を作った。
予想外の出来事で出ばなをくじかれたが、どんな質疑応答でも対応できるようあらゆる想定をしてきた。さあ来いと麗亜は戦闘態勢に入った。
だが皇太子から出た言葉はまたも麗亜の予想を裏切った。
「薄珂がいいなら俺ももういい。護栄任せた」
「承知致しました」
「殿下! お待ち下さい! 今しばらくお時間を」
「護栄がうかがいますよ。玲章、お前は薄珂と立珂に加密列茶を用意してやれ」
「承知しました」
それだけ言うと、ばたん、と扉を閉じて出て行った。
(……は? 薄珂がいいならいい? まさか本当に色惚けか?)
伸ばした手は行き場を失い、麗亜は護栄と二人きり残された。
「麗亜殿も加密列茶いかがです? 落ち着きますよ」
「……は?」
「気持ちは分かりますが、とりあえず加密列茶をどうぞ」
「は、はあ……」
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